ある雑誌に、「わが人生最良の瞬間」というテーマで各界30人の有名人が寄稿していた。
歓びと、悲しみ、そして出会いと別れが、その人をつくりあげたことを、それぞれが心を込めて書いている。
なるほど、このテーマで自分の思いを語ることは、自分自身を語ることでもある。
それぞれの人が、自分の思い入れがあり、その一番印象的な瞬間こそ、「わが人生最良の瞬間」になる。
その中で、印象に残ったものは、
  宗教学者ひろさちや「即今・当処・自己」である。
【 華々しい賞を貰ったこともないし、逆に刑務所に入ったこともない。
 それにかかわらず著作活動で500冊の本を書いた。 何処をもって最高だったか?・・・
 と考えた瞬間にハッと閃きました。そうだ〈いまが最高なんだ〉と。
 ラテン語に「カルペ・デイム」という言葉があります。「いまを楽しめ」という意味。BC1世紀のローマの風刺詩人の
 ホラティウスの言葉です。   仏教では ー即今・当処・自己ー と、いっています。「いま、ここ、わたし」です。
 もし、いまが苦しみの内にあるなら、わたしはその苦しみを味わって生きればよいのです。病気なら、その病人を
 しっかり生きればよいのです。病気でないわたし、苦しみのないわたし、そんなわたしは存在してないのである。
 あの頃は良かったといっても、それはもう存在してないのです。未来に求めても存在してないのです。
 それゆえ、「人生の最良のとき」と問われれば、「いま」になるのです。何か遺言みたいになってしまったが。】 
   以上だが、最良の瞬間には永遠という時間が縦に流れとすれば、彼のこの言葉は当然のことだろう。
  
 わたしの「わが人生最良の瞬間」を、考えてみたことが何度もある。
 私もそれほど、華やかの経験もないし、実績もない。しかし「わが人生最良の瞬間」という経験を数多くしてきた。
 多くの感動の積み重ねが自分の中に沈殿し、それが磁力になって感動を求めて(引き寄せて)いったのだろう。
 その度に感受性が強くなってしまったのだろう。 
 秘境で大自然の神秘的な光景との思わない出会い、酒を飲んで騒ぎ、読書を通して時空を超えて多くの人と出会い、
 それぞれの節目ごとに多くの人と邂逅し、多くの美術館で有名な絵画などに出会うなどした集積が、
 多くの最良の瞬間を引き寄せてくれたのである。
  小さな自己満足でしかないが。 「 いま、ここ、自分 」を大事にしろ!ということだ。
  そして、その場をつくる積極的な準備もである。
 「 ひとがみな われより偉くみゆる日に 花を買いきて独りでしたしむ 」でもよいだろう。

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2567, 閑話小題
2008年04月14日(月)
 
 *桜咲く