2002年02月28日(木)
345,20歳の頃 -ある教授との出会い−2 
  野田一夫教授

経済・経営系の人なら、この人の名を知っているはずだ。ドラッガーの訳者だからだ。
忘れられない授業がある。確か3年の時の6月の初旬あたりである。
講座は「経営学」である。その時の感激を今でも忘れられない。
学生時代の自分の中で色々な内面のビッグバンがあった。その中で「Aクラスのショック」であった。
ーその内容とはー
諸君、同じ人間として生まれたからに、せっかくこうして学んで人の上に立とうというなら、
ロマンローランの「ベートーベンの生涯」をぜひ読んでみなさい!
ベートーベンは音楽家でありながら、耳が聞こえなくなってしまった。
楽家にとっての難聴は致命的である。それを乗り越え、その心を作曲したのが「運命」である。
この本の中の彼の手紙に 「絶望を突き抜け歓喜に!」「良くかつ高貴に行動する人間は、その事実に拠ってだけでも、
不幸に耐ええることができる!」という言葉がある。不幸のどん底の中の意志の言葉だから素晴らしいのだ。
この本を買って繰り返し読みたまえ! これから諸君は何らかの形で指導者になる人間だ。素晴らしい本を読みたまえ。
勉強をもっともっとしたまえ。何処でも席を座るならこそこそ隅に座るな!真ん中に座りなさい。
大体がこんな内容であった。この時から何かが変わったように思えた。野田一夫教授は当時、
ドラッガーの訳者として高度成長期の売れっ子教授で、今でいうタレント教授的なところがあった。
自信と個性の塊のような人で、人をある方向に駆り立てるカリスマがあった。
その後立教を辞めた。多摩大学の創立総長として、何度かTVでお目にかかった。
更に宮城大学も同様に創立に関わり総長をされていた。ドラッガーが愛読書になったのも野田教授のお陰である。