2003年10月26日(日)
935,『年収300万時代を生き抜く経済学』  森永卓郎著 (光文社) 

 怖いものみたさに何回か立ち読みをした。
また書評なども新聞でみて、買うほどでもないが何か気になる本である。
この文章は実際読まないで書いているが、要点の90?はおさえているはずだ。
 これからの時代は、米国のように1?の勝ち組が牛耳る社会になることは明らかである。
99?が負け組みなら、敢えてわざわざ人生を犠牲にしてまで働くという発想を変えることだという。
大部分の負け組み と割り切って年収300万を受け入れてしまえばよいと主張している。 それでも、
けっして惨めな生活を送ることにならない。 2000年の一人当たりのGNI−国民総所得−では、
日本はフランスの1・8倍、イタリヤの2倍、スペインの2・7倍、その総所得でヨーロッパ人は
バカンスをとり、ちゃんと豊かな生活をしているという。
 もっと身近なデーターもあって、1999年「全国消費実体調査」によると
年収373万の2人以上世帯の耐久財普及率は、電子レジー92%  エアコンー78% VTR−71% 
自動車ー73%だという。その年の平均世帯年収が760万というから、この半分以下の年収でこれだけの普及率なら
よいとしなくてはというのも肯ける。 発想、見方さえ変えれば、それなりに豊かな生活が可能なのである。
 戦後から右上がりに成長路線の上で生活をしてきた世代が、ここで半分以下の収入になろうとしているのは事実である。
不安な我々にとっての先行きのレッスンなのかもしれない。

 一部抜粋すると
・「日本に現れるのは新たな階級社会である。それは一般市民が新興の金持ちに支配され、はい上がることの非常に困難な、
安全で安心して暮らせる社会とは、ほど遠い社会なのである」「1億円を稼ぐサラリーマンが出てくる一方で、
一般サラリーマンの年収の主流は、グローバルスタンダードの300万〜400万円にまで下がっていくだろう」
・「国民は(このストーリーに気づかずに)金持ち優遇社会への転換という
小泉構造改革を圧倒的に支持しつづけているのだ」等々である。
アメリカ型資本主義が正しいとは思わないが、もっと悪いのは、何でも横並びで皆と同じが良いとする日本の感覚である。 
一?の勝ち組と99?の負け組みの方向性は変えられない。
この流れが変えられないから、年収300万円に見合う生き方をしろというのも一理ある。
 強者生き残りの生物の原理は情報社会ではしかたがないのだ。いずれもグローバルの時代は世界的勝ち負けで判断される。
先進国でも300万から400万が平均値であるというから、10年以内になるのも当たり前なのかもしれない!

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