2006年10月09日(月)
 2015, ゴミ少女 −2
          (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜 ヨウ
この写真とゴミ少女に対して論議を呼びおこし、多くの意見が寄せられたという。
そんな中に写真家は、ある日一通の気になるメールを受け取った。
25歳の元・ゴミ少女からで、読んでいても説得力がある。
その彼女にあって藤原新也はインタビューするのだが、彼女たちの心の深層を見事に浮かび上がらせていた。
  
 ーまずは彼女のメールの内容であるー
私は、吉野さやか(仮名)といいます。25歳です。サイトで貴方の原稿を拝見しました。
で何かいいたくて打っています。私は彼女たちと地続きの人間です。
地べたに座っているときは、無敵でした。毎日、楽しくなさそうに働いている大人を馬鹿にしていました。
ギャルはギャルでないすべての者を見下しています。そうすることでしか、自分の存在意義を見出せないからです。
「ゴミ化」という言葉を使われていましたね。当初、藤原さんに否定されたと落ち込みました。
しかし、徐々に、確かにそうじゃないかと思い始めました。 独特の化粧をして、大きな声でしゃべって、
社会に反抗して、でも親は怖い。・・・援交をしていなくとも、その身なりから「公衆便所」のように見られます。
彼女たちは、自己を過大評価して強くなるしかないんだと思います。
弱さの裏返しで、他人の足元をみて虚勢をはるしかありません。 25歳ぐらいで、ようやく「自分が何者でもない」
ことに気づくはずです。・・・よい子が「よい子」になろうと頑張るように、いわゆる駄目な子も
「ダメな子」像に自分を当てはめようと必死なのだと思います。
その後彼女とのインタビューとの中で、その彼女のゴミ化した原因を鋭く捉えている。
    
ーその中で幾つかを抜粋してみるー
「母は私そのものを見ていませんでした。自分の理想だと考える「ぬいぐるみのお人形」
を私に着せて、それを見ていたんだと思います。私はそのぬいぐるみの暗闇の中で、いつも孤独だったんです。
その光の射さない中でじっと胎児のようにうずくまり本当の愛に飢えていたんだと思います。
母が見つめれば見つめるほど、私はぬいぐるみだけの自分になってしまうのです。
それは子供の存在がないネグレクト(無視)と一体どこが違うのでしょうか」

「私をぬいぐるみにしている母は偽者の母で、ある時からそんな偽者の母を、ただのぬいぐるみにしか見えなくなったんです。
何かぬいぐるみ同士が向かい合っている感覚っていうか。その母の着ているものを殺してあげたかった。
殺せばそのぬいぐるみの中から、胎児の中から本当の母が生まれるんじゃないかって。
そして私を閉じ込めているぬいぐるみの中から、胎児のままの私を取り出してくれるんじゃないかって。
母を殺せばそこで母が自分のものになり、自分の本当の母に戻ってくれるんじゃないかって、不思議な錯覚に陥っていたんです。
ぬいぐるみの母がこの世から居なくならない限り、自分の存在は永遠に消えたままじゃないかって、
そんな気持ちが渦巻いていたんです」
  −−
評)
非常に深い彼女の暗闇からの叫びである。母親の強力なエネルギーに押しつぶれされた娘の悲鳴である。
親が自分の都合でつくり上げた「あるべき姿」というぬいぐるみに押し込まれて、真の自分が暗闇に落とされてしまい、
死ぬほど辛い格闘が歪んだカタチに出ているのが、「ゴミ少女」たちの姿である。
私の中学校の担任の定年祝いを兼ねた同級会での、二次会のスナックの深刻な打ち明け話
「おい堀井!俺の悩みを聞いてくれ。定年を向かえた現在になり後悔しているのは、『自分の人生が無かった』ことだ。
両親が二人とも教師で現在も健在。ずっと同居してきた。もう90歳近い。そのため、二人の世界から一歩も出れなかった。
『自分の人生が無かった』と、この歳で後悔するほど辛いものはない・・・」

先生の言いたかった事は、この女性のぬいぐるみに押し込まれた状態と同じである。
もっと悲惨なのかもしれない。そのぬいぐるみを一生のあいだ着せられてきた人生。
そういう私も、両親のぬいぐるみを着ている。少し違うのは、他のぬいぐるみを幾つか見たり着たりしてきたことだ。
そして、ぬいぐるみを作ったこと。しかし、同じじゃないかい、どっちにしても。
といって、後悔してはいない!そのぬいぐるみが好きだったからだ。
    
 自由とは、このぬいぐるみからの脱皮であろう・・ 脱皮できないなら、
 演じきるしかない!大根役者で。    ただ後悔あとに立たず!であるが。
                  \(^▽^*)バイ!
・・・・・・・・