2003年09月09日(火)
888, バックナンバー 2

バックナンバーを見ながら、今まで書いてきた随想日記を総括してみる。
まずは読書日記や映画日記の感想文。あの時、あの本を読んでこんなことを考えていたのかがリアルにわかる。
日記は未来の自分に対して書くものだということが、一番わかりやすい事例といえる。

 映画もそうである。感想文を書いてないと、単なる娯楽で終わってしまうものが多い。
それはそれでよいが、文章化をきっちりしていると、自分のメルクマールとなる。
また映画日記を書き続けていると、映画の見方が変わってくるのが解る。
その世界に意識的に飛び込みと同時に、冷静な目が養われているのだ。
日記としての追悼文も姉と両親には書いていたが、親戚や友人の場合も
書いた方がよいことに気がついた。故人に対して一番の供養になる。
こうして書いていると、いかに毎日つまらないことに振り回されている
自分に気がつく。それをいつの間にか鳥瞰してしまう作用が書いていて解る。
人が見ていたら、こんな面白いものはないのではないか。
他人の内面の棚卸と陳列変えと改築を傍観しているようなものだ。また誤字なども冷静に見れるからだ。

一番面白いのは実は自分だが。

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