2004年07月03日(土)
1187, 異境・秘境ツアーレッスンー6
  ー遺跡編ー

37年前の欧州旅行時に立ち寄った、ローマの遺跡のコロッセウムを見たのが初めてである。2000年前の動物の臭い?
がいまだに残っていたのは驚いた。それと西洋文明の奥深い歴史に圧倒されたのが今でも記憶に生々しい。
十数年前に行ったイタリアのポンペイの遺跡も素晴らしい。
近くのベスビオス山の大爆発で一瞬に埋まったために、2000年前の当時の生活がそのまま完全保存されていた。
ローマ帝国華やかなりし頃の市民の生活がそのまま埋もれており、当時の様子が分かる。
鉛の水道管が施されて水道があったのは驚異だ。 猛犬注意の表示もあり、今と変わらない生活ぶりが忍ばれる。
歩道もあり、横断歩道もある風呂に入ったままの姿の人とか、石化した遺体が多くあった。
パン屋や娼婦の館や民家が、ほぼ完全に奇跡的に残っていた。街の中心の水飲み場で、街の人がそこに手をついて
飲んだところが、回数を重ねたためか、すべすべしていて当時の人間の感覚がそのまま伝わってきた。

遺跡の虜になったきっかけは、8年前にいったエジプトの遺跡である。
(あとで、その時の文章をコピーしておきます)とにかく、そのスケールの大きさに圧倒された。
シリアとヨルダンの遺跡もただ驚いてしまった。 今後2000年〜5000年先は気の遠くなるほどの彼方と思うが、
過ぎ去ってしまえば昨日のように感じるのも妙である。シリア砂漠のオアシスに忽然と現れる大遺跡パルミラ
かつて隊商都市として栄華を極め、ローマを向こうにまわすほどの権勢を誇った文明の残照は、圧倒的な存在感を
漂わせている。 記念門・列柱通りは自分がタイムスリップをして、2000年前にいたような気持ちになった。

神秘的という面では、インカの遺跡である。その中で、やはりマチュピチの遺跡は圧巻であった。
霊界の世界というのが、正にいいあてている。
日本と違い石文化は、数千年経ってもそのまま残るから、当時の痕跡を多く残してくれる。
時空をこえていつの時代も変わらぬ人間の暮らしと文化はある。

ーーーーー
H0805 エジプト、トルコ感激の旅  ーエジプト編ー 

 まさにタイム・スリップして数千年前の古代を旅している日々であった。
まず最初に訪ねたのがカルナック神殿であった。
“まさしく驚愕!”直径が二mの石の大列柱が百数十本並ぶ神殿。
これが三千数百年に本当に! 周辺の王侯貴族を驚かす為に造られたというが、今まさに自分が、
目を丸くして驚いているのだ。歴史が私という小さな存在を見下ろしているのだ。
日本ではまだ縄文の時代、これを造りあげた高度の技術があったのだ。

 壁に刻みこまれたレリーフ、古代文字、現地のまだ若い日本人女性ガイドの熱心な説明も手伝って
古代文明の世界にタイムスリップした気分になってしまった。そらに天を指すオペリスクと
ラムセス?世などの王や神の像の数々、「今まで何度か海外旅行をしていながら、
何故ここにもっと早く来なかったのだろうか?」と考えてしまったほどだ。
 
 次に行った“王家の谷”。ここは何代の王様の墓が、かくれるように数々掘られている集団墓地だ。
この中で英国の考古学者カーターの執念でつきとめられたツタンカーメンの墓室にも入ってみた。
また、夕日の長い影を落としていたハトシェプスト女王の壮麗な葬祭殿と、やはり刻まれていたレリーフの数々。
その帰りにたちよったネクロポリスの麗に立つメムノンの二体の巨像の神秘的な光景も印象的であった。
 
 翌日行ったアブジンベルの大神殿、小神殿、のラムセス?等の巨大な立像も
実際そこに立ってみて古代歴史の深さを実感する事ができた。
またアスワンのナイル川で乗ったのんびりした“ファルーカ”という小さな帆かけ舟の
夕日の中での“ひととき”も、その一瞬の中に永遠を感じる事ができるようだった。

 旅の後半になってカイロに入ったが、ナポレオンが言ったという“四千年が諸君を見下ろしている!”
というまさに異様なイスラム社会が大きなカルチャーショックになった。
丁度、ラマダン(一ケ月間の日の出から日の入りの断食の行)という事もあり、
異様さがさらに目立ち、我々日本人は西欧社会に感化去れているのが逆に対比する事ができた。
早朝、街中とどろくアラーラの祈りのスピーカーの音も異様そのものだった。

 我々の目からみると、接するエジプト人全員が金に特に汚い詐欺師そのもの、
“騙すより騙されるのが悪い!”“車は轢かれるほうが悪い!”とか、それがイスラム教という。
カイロ郊外にある二百五十万個の巨石を積みあげたピラミッドも本当にすばらしいの一言。
考古博物館のツタンカーメンの黄金のマスクと財宝をみた瞬間、ゾックと身ぶるいをしてしまった。
まだ今にも起きあがりそうなラムネス?をはじめとする数々のミイラも
「数千年をこえて不死への激しい希求」を魂にかたりかけてくるようであった。

・・・・・・・・・・