* 印象に残った動画とは
 YouTubeの映像も一年もしない内に、新たな内容に入れ替わる。
直接投稿の人気順もあって、迫力のある画面に出合う機会が多い。
「事実は小説より奇なり」を実写で見られることになる。
準備無しでも、強烈な印象の映像が次々と想い浮かぶ。
新聞、TV、雑誌などのマスコミを通したら必ずカットされた内容ばかり。
最近、それらの動画集を紹介する番組も多く見られるようになった。

…ISが、捕虜を生きたまま焼き殺す場面や、
 斬り落とした異教徒の幾つかの生首を串刺にして柵に並べたものとか、 
…街中の闘牛で、突刺された場面だけを特集したTVバラエティとか、
…鳴き叫ぶ水牛を、ライオンの群れが生きたまま食す場面とか、
…水牛とライオンのドックファイトとか、1対1の血みどろの死闘や、
…重量級ボクシング、異種格闘技、大相撲の迫力が圧倒的に増した。
…世界各地の絶景をドローンで空撮したドキュメントや、ドローンの
 空中レースを、ゲーマーのゴーグル・カメラ目線で撮影したもの、
…ムササビ・スーツの滑空に失敗し、地面に叩きつけられた場面集や、
…数m四方の30?の水深の水たまりに、10mの高さから飛込む場面とか、
…高度7600mの飛行機上から、パラシュート無しで地上に設置された
 30m四方のスペースのネット上に着地するとか、
…パンツ一枚で機上から飛び降りた人を、モモンガ・スーツで滑空した
 人が、空中で拾って密着、最後はパラシュートで無事着地するとか、
白頭鷲が赤ちゃんの入った手提籠ごと、連れ去ろうとし失敗した場面、
…大鷹が、崖の中腹にいる家族?の少年を落下させようと襲った場面とか、
  等々、過って見る機会がなかった迫力ある映像に出くわす。

 今では、ドローンが加わったため、多種多彩な場面を垣間見れる。
例えば、プール付きの豪邸の中を、小型ドローンで鮮明に撮影した
映像や、築地市場で、マグロを解体しているライブとか… 
買ってきたゴーグルの箱を開き、実際に装着して、その映像そのまま
をドラマ風に仕上げるリアルなものも、面白い。 大型4k・TVもあった。
 若者は、YouTubeに限らず、ゲーム、SNSなどを駆使して楽しんでいるが、
羨ましい限り。嫌なこともあるのだろうが。
 今日の午前中は、『タイソンKO特集』『異種格闘技』でも見ようか!

後記: こういうことでもね書き残し、晒すという行為の習慣は、数知れない
 マイナスもあるが、何か、底知れないプラス効果を、読返すごとに実感する。
 日常の流れの中で、実感を書き残すことは、垂直にフックを残すような、
 働きがある。言葉にし、さらに起承転結の物語化から沸き立つ刻印といえば、
 少し大げさだが、後から振り返ると、確かに魂の刻印という感覚である。

――――
5801,閑話小題 〜4k8kテレビの世界  ―1
2017年02月01日(水)
  * 冥途の土産に
・一昨年の暮れ、寝室にWoWoWの二台目契約をしたのと同時に、ブルーレイの
録画機を設置して一年。次は6年半経過したTVを思いきって買換え、はや一ヶ月
経過。居間から寝室にシェルター内の居場所の重点移動になる。一切、家内に
秘密で、新潟駅前の家電チェーンを含めて10軒近く、見て聞いた後、買換え
の結論を出した。少しでも家内に気づかれれば、瞬時に潰されるのは自明。
決めて納入までの罵声の嵐は覚悟の上だが、全身での罵声は覚悟としても、
やはり堪えた。敵は、この機会とばかりに普段の鬱憤を怒りこめてくる。
奥の間は、外界からの雑音が皆無ということも含め、そこは異世界である。
これをベッドでみた後、廊下を隔てた仏間のパソコン前と、居間に向かう時、
何か夢の世界から現実社会に、引き戻されつつ歩んでいる感覚になる。 
・20年以上、年末のNHK紅白歌合戦を見ることがなかったが、早速、初めから
終わりまで、一睡もすることなく見てしまった。背景がデジタル映像を主体に
した世界に変っていた。
・更に大相撲初場所も、幕下上位から、打上げまで、ほぼ見ていた。 
最近に知ったが、これが8kの試験放送。いやに生々しいはず! 映し出される
力士だけでなく、観客の姿が立体的に鮮明に映し出される。服装、表情を見て
いるだけで飽きはしない。より立体的に、力士も行事も、砂被りの観客も、見る
ことが出来る。4kと8kの違いは、より鮮明に立体的に浮かび上がる画像の差。
・店頭の中年店員が「他は800万画素だが、これは2000万画素の異世界の映像
を映し出している」というのも実感できる。4k8kTVの情報は、東京の従兄が、
葬式で地元に来た時の通夜の席で、「別次元の明るさがあり、鮮明で、臨場感が
違う」と聞いた情報。
・そこで【長岡花火 2016】とYouTubeに入力すると… 過って見たことの映像
世界が次々と出てきた。見方によれば、現場で見るより、華やかさという面では
圧倒的に?まさっている。「4k・8k映像世界とは、これ」と現出された内容。
「人間の視力、聴力をデジタル技術で遥かに超える世界が、TV映像にも出てきた」
ということ。3Ⅾが最近、話題に上がらなくなったのは、対象が立体的になった
ためという。
・グーグルが、ストリートビューを美術館内の芸術作品で始めた。まだ出だし
だが、世界の名画が、パソコン、TVで本物よりも本物らしく映し出される時代
になった。8kの次世代の画面の段階に研究は進んでいるという。あまり長生き
をしたいと思わなかったが、ここで、少し気持ちが変化をしてきている。

――――
5804,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −2
2017年02月04日(土)
  * 鮮烈荘厳で神秘に満ちた粟粒の光景
たまたま、7年前の写真家・白川義員の文章があった。
4k8kTVで、YouTubeサイト、『世界の秘境 高画質』などで検索すると、
次々と息をのむ光景が出てくる。それも現場で見るのと遜色ない神々しい
シーンなら… 何おか言わんである。4k8kのビデオカメラから映し
出された世界中の秘異境の高画質のものなら、感動しないわけがない。
間違いなく旅先で神秘的な光景を見ることが出来るとは言えない。絶妙な
天候などで、外れる可能性を含んだ上で、その神々しい光景との一期一会の
出会いが感動を高めてくれる。 『長岡花火 フェニックス』と、音声入力
をすると、現場の裸眼で見るのとは違った高性能カメラが映しだす信じがたい
色彩の花火が息もつかさず現れ出てくる。 以下の文章にある、
<スゴイ景色との出会い>が、現場とは違ったカタチで、TV画面を通して、
気楽に見れる。 毎日、その画面を見て、独り溜息をついている。
秘異境での光景との出会いが沈殿してあることもあるが。 
それもこれも、高質な『キーワード』に順じて写真、映像が出てくる。
経験があればこその『キーワード』であり、映像である。これが、プロだけで
なく、一般人が高性能のデジカメを持てる時代の産物である。 例えば国際線の
機長が、機上で目にした下界の光輝く景観の写真集を、図書館で見つけたことが
あった。機長しか見れない光景だからこそ素晴らしいのである。
 娑婆に執りこまれていては、見ても見えず。そちらから、娑婆を新たに
見れば、内幕情報とか何とかなど、何おかいわんになって然るべきになる。 

――――
5833,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −3
2017年03月05日(日)
   * 現在も驚愕の日々が続く 〜ドローンで空撮
 昨年の秋に東京の葛飾に住む一回り年上のカメラマニアの従兄から、
「4kTVと、ビデオカメラが如何に素晴らしいか」を教えてもらい、寝室の
6年半使用のTVを少し早めに買換えた。当然、さほど余裕がない立場の身、
家内からの激しいバッシングを受けることに相成った。 従兄が語った
「私は進行ガンで老老介護の日々。生まれるのが10年早かった。ドローンに
8kカメラをつけて、名所の自然を空中から撮ってみたかった!」という悲鳴
に近い口惜しさが直に伝わっていた。そこで一月かけて、4kTVとは如何なる
ものか、家電店を10回近く見て回った。特に「ソニーの‘ブラビア’は別次元
の世界に誘う。4kだが実際は8kに近いしろもの」という殺し文句を数人の担当者
から聞くことができた。 人間の視覚を遥かに超えた4k・8kの画面は、現地
で見るより数倍に視覚能力を持つ。 TV検索によるネットサーフィンで昨日、
行きついたのが、
<ハネムーンに400日! BBCも取り上げた日本人夫婦の仰天新婚生活>の映像。
 そういえば、去年の暮れに話題になりワイドショーで取上げていた。
  〜ネット検索によると〜
【 「一生分の夫婦の話題づくりをしよう」
 そんな一言から、ある夫婦の壮大な旅路が始まった。関西国際空港から飛び
立った2人は400日をかけて地球を一周、48か国を巡った。2人は自分たちのこと
を「ハネムーントラベラー」と呼ぶ。400日間の世界一周旅行は彼らにとっての
新婚旅行だったのだ。新婚旅行で世界一周というのもユニークだが、彼らの旅
にはもうひとつ独特な試みがあった。行く先々でドローンを飛ばし、世界各地の
名所の空撮映像をSNSで公開していたのだ。これをイギリスの国営テレビ局BBC
報じたことによって、2人はいちやく有名人になった。千貴さんがネット上に
アップした一連の動画の合計再生数はいまや1000万回を超えるという。
400日間もの旅路は夫婦に何をもたらしたのか、そして夫婦を旅にいざなった
ものは何だったのか。2016年8月に日本に戻った。新たな生活を営み始めた2人に
話を聞いた。<ドローンから撮影した絶景はこちら> 】
▼ 従兄も、これを見たのだろうが、写真マニアなら実に無念のはず。
 私が50年かけて51回、合計延べ500日間、予算が3500万円。 
この二人は、予算500万で、400日。家賃3万円のアパートに暮らし、徹底した
節約生活を送り、2年でこの大金を貯めたという。それにドローンに4kビデオ。
何とも羨ましい限り。プログラマ―のため、仕事で路頭に迷うことがないという。
2人の行先の多くが重なる… 毎日、真昼間から寝室に籠り、異世界に入り込む
のも、変といえば変だが、それでも精神は異世界で羽ばたいている。
 〜で、再び、文脈が、去年の同月同日の内容に続く。

ー―――
5834,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −4
2017年03月06日(月)
   * 世界の絶景をドローンで空撮
 新婚旅行で行き先の絶景をドローンで空撮をしながらYouTubeに進行形で投稿
した録画の新鮮さが、バズって世界中で大ヒットした。ごく普通の人が、2年間、
節約した金で世界各地の絶景を空撮した切口と、絶景録画が何とも素晴らしい。
 数日前に、かつて録画していた世界絶景紀行のボリビアのウユニ湖の紀行モノ
をみた。ここで現地ガイドが、サービスの一つとしてドローンで空撮をした画面
タブレットで、見せていた… 南米の僻地でも、時代の先端をいっている。
その録画から見える絶景が美しかったのに驚いた。YouTubeで検索で、出てきた
星座群と、湖面に映しだされた輝きはTVでも感動もの。4kビデオ+ドローンの
空撮は、空中からの自撮りも、空中探索も可能になる。
  〜2人のネット記事から〜 
【 ● 彼らの旅を彩ったのが、ドローンによる空撮だ。
 いまや旅人が自身の写真や動画をとり、SNSに投稿する行為は珍しくないが、
これほど大掛かりなガジェットを使うケースはなかなか稀有。ーなぜドローン
だったのかー 夫の千貴さん曰く、それは「たまたまだった」という。
「もともと考えていたのは、2人一緒に並んだ写真をいっぱい撮ろうということ。
世界の観光地の写真は綺麗なものがネット上にいっぱいあります。でも2人の
写真は僕たちにしか撮れないから、自分たちのために残したかった。でも旅行が
近づいたある日、YouTubeですごく格好いいドローンの空撮映像を観たんです。
それで、2人の記念撮影とドローンを組み合わせたいと思いました」
いまYouTubeに「ハネムーントラベラー」と打ち込むと、千貴さんと真理子さん
が撮影した数多くの映像を視聴できる。映像の始まりは、どれも仲睦まじく並ぶ
2人の姿から。ドローンが空高く上昇するにつれて2人は小さくなり、やがて息を
のむような絶景があらわになる。千貴さんは「正直なところ、行く先々で撮影した
映像をネットに投稿していればバズるかなー、なんて気持ちもありましたけど、
BBCにとりあげられて、世界中の人に見ていただけるなんて想定外」とはにかむ。
  ● 2人が旅から得たものは?
 ドローンを持参したことで、確かに2人の旅はより実りあるものになった。
例えば、通常の視点では気付けない風景を知ることができたという。…(略)
上空から見ると、二つの川の水の色がぜんぜん違うのです。些細なことですけど、
すごく得した気分。また、ドバイの人工島を空撮した時のことも忘れられません。
パームとはヤシの木のこと。この島はヤシの木の形をしていることで知られて
いるのですが、自分の目でそれを確認することができました。上空から見ない
とわからないことって、意外とあるんだなと気付けたんです」
 また、ドローンを通じて、地元の人々と交流を深められたことも貴重な体験
だった。ドローンの映像には、さまざまな人々に囲まれる2人の笑顔が映っている。
千貴さんは「地域によってはドローンを見るのも初めてという人もいて、撮影を
していると珍しがってくれました。ドローンのコントローラーには空撮している
映像をリアルタイムで確認できるディスプレイがついているのですが、
『自分たちが住んでいる場所を初めて空から見た!』と喜んでくれたんです」と。
 そして、ドローンを使った一連の経験は、千貴さんに新たなキャリアを提示
している。BBCにとりあげられて以来、世界中から映像作家としての仕事の
オファーが舞い込むようになった。ニューカレドニア、タイ、南極、日本国内と、
最近の仕事だけでも多岐に渡る地域を股にかけている。記者が取材した当日も、
「明後日からまた海外に出発です」ととても忙しそうだった。

▼ ドローンの空撮も、4kビデオも、カメラもデジタル技術の飛躍的進化の
 結果である。ますます空撮などの面白いのが世の中に溢れることになる。
この5〜6年、週一度はシネマ館に通っているが、これも特撮などデジタルの
進化で圧倒的に面白くなっている。それを最大限に利用して楽しめるのも時代
からの贈物。ハリウッドの連続モノドラマ『CSI』に、サイバー犯罪シリーズ
があるが、近未来の世界の先取りで面白い。 長年かけ培ってきた感謝、感動の
受信能力がデジタル技術で拡幅してくれる時代! それこそ有難いことだ。
〜 で、偶然、「黄金の時間をデジタル化して伝える」という文脈として続く。

ー―――
5835,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −5
2017年03月07日(火)    
     < 体感!グレートネイチャー!「奇跡のビッグウェーブを追え!
           〜アメリカ ハワイ〜」(BSプレミアム)2月25日21:00
  * ビックウェーブのド迫力
 映し出される映像の圧倒的迫力に魅入って自分に、「いい歳をして、何を
しているのか?」の内なる言葉は軽く打ち砕かれる。ムササビスーツを着て、
頭の先にビデオカメラを装着してムササビのように滑空する録画や、大津波
流される街の衝撃的映像を見るにつけ、魔物に憑かれたように冷静に見ている
自分に驚かされること屡々である。
 大空に展開されるオーロラや、アフリカのサバンナの野生動物の生死をかけて
生きる姿は、現地でないと分からない。 が、現在のデジタル技術は、それを
カバーするところがある。その一つが高さ20mのハワイの巨大サーフィン! 
色々な撮影手法で迫力ある波間の一瞬を映しだす。ハワイには、様ざまな要素
が重ねって神秘的な大波が打ち寄せる!
  〜NHKの説明では〜    
≪・ハワイ・オアフ島ノースショア。真冬になると巨大波が押し寄せる海岸線。
 20mもの波はエメラルド色の分厚い壁。重低音を響かせて白砂のビーチで
砕け散る。取材班は熟練のサーファーとともに、巨大波を追跡。目の当たりに
したのは高さ15m、5階建てのビルに匹敵する巨大な波。キラキラと輝きながら
刻々と形を変え、まるで生きたガラス彫刻のようにうごめく。 
 波の先端が丸まって円柱型のトンネルが形作られる「パイプライン」。
その内側の世界を熟練サーファーに取り付けた小型カメラで写し取る。
・なぜノースショアには大きな波が到来するのか?ハワイ諸島の空と海を縦横
無尽に探索し、たどり着いたのはホットスポット型噴火によって点々と並んだ
ハワイ4島の絶妙な位置関係。日本の嵐に端を発した波が、巨大波となって
たどり着く奇跡的なメカニズムだった。今までのグレートネイチャーとは一線
を画す、清涼感あふれるエンターテインメント大作。巨大波が放つ圧倒的な
自然美をたっぷりと体感する。≫
――
▼ サーフィンに魅入られ移住してきた父親と息子。父がパイプラインの中を
 サーフィンする一瞬を撮影する。本人の頭にはカメラがある。その迫力ある
映像の世界は見ている者にも共同体験の錯覚をもたらす。去年あたりから、
メガネ型動画プレイヤー が家電店頭に並ぶようになったが、これが次世代の
バーチャルの世界? あと10年、生きたくなってきたが… 3年間に圧縮可能?
 もっとも、今どきのハリウッド映画の世界は、バーチャルそのもの。
「達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ」の禅言葉が
あるが、毎週、異次元世界を見ているのに、今さら何を? 
 …で、次は「パンプローナの牛追い祭」 その次は、「リオのカーニバル
イグアスの滝」「グトルフォスの滝」「イスラエル巡礼の旅」。 …行って
見てないが、「メッカ巡礼」の集団礼拝が面白そう。 
  <行ったつもりの世界異境の旅>のテーマがコンセプト?

――――
5837,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −6
2017年03月09日(木)
   *「感激・感動・感謝」は一つの能力?
 最近、考えたことは、<「感激・感動・感謝」は、至高体験などの積み重ねで
つくられる‘能力’ではないか>という内なる問いかけ。感情の豊かさとは触媒に
より立ち起ったこれらの感情の蓄積で培われた情念の質量ではないかと。
 恋愛感情も、そうかもしれない。 毎日、飽きずにTVをみて、読書をして、
ネットサーフィンをし、毎週、シネマ館の映像に感激、感動する。これも知らず
と感情を豊かにしているのでは?…と。今ではWowowなどで映画が無尽蔵に流され、
知らぬ間に大きく影響を受けてしまう。しかし、あくまで受動態でしかない…
 人生を、この3つの感情の視点で振り返ると、如何に多く至ったことか。
どの場面で、それに至ったか? そこに、人生の秘儀があったような。汗と涙が、
そこにあった。これに至る前には、まずは「驚き」がある。いや、この感情の後
にもある? その結果、「これは何だろうという問いが立つ」ことになる。 
触媒により「感激・感動・感謝」の激情が立り上り、触媒に対する「問い」の
積み重ねが、人生を前向きにし、豊かにする。それが18歳までに作られた壁に
気づき、乗越える原動力になっていく。 その壁の厚さの程度が「世間人指数」
の高い人。日常に圧し潰され、常識をそのまま信じて、疑いもせず一生を終える。
これを壊すのは、「感激・感謝・感謝」の積重ね。 これが脳をクリアーにして、
バカの壁」の存在に気づく切っ掛けとなる。今では、TV画面を通しての触媒が
中心だが、それでも探しただけ、無尽蔵に『本当かよ!』が現れ出てくる。
 この程度でも… まだまだ日々が面白い。明日のシネマ館は何をみるか? 
カミさんは数日前に??で「○○ショー」で、私は寝室でTV…。家庭内格差は
広がるばかり。「山は向こうから来ない、歩いていくしかない」のは分かって
いるが、腰痛持ちの身の私は… ああそう、長年かけた4k8k並みの「感激・感動
・感謝」の受信脳力がある。で、寝室で寂しくTV三昧。
迷う家内に、『直ぐ泣くときが来る。したいうち、出来るうち、今のうち』
と励ましている。 50歳代に「可能の限り、していて良かった」と実感する。

つれづれに

イメージ 1

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http://horii888888.toypark.in/cgi-bin/s_diarys.cgi
http://d.hatena.ne.jp/horii888888/archive


今朝は曇天の中、少し強引にミニチャリに出かけた。
信濃川の西側土手から、大手大橋をヒキチャリをしている時に
雨がぽたりぽたり。慌てて、最短コースをフルスピードで帰路に
ついたが、チョイ濡れ。信濃川の雨量は普段は2割とすると、
4割程。 長野の千曲川では、大雨が降ったのだろう。




・・・・・・
・・・・・・

6046,「遊び」の意味合いとは
2017年10月02日(月)
        <意味としての心~「私」の精神分析用語辞書ー北山修著>
   *「遊び」の意味合いとは
「遊び」については、数多く読み、ここで書いてきた。『夜と霧』の著者、
フランクルの、<人生の要諦は「よく遊び、よく学び、よく働く」にある>
に納得し、また身近では両親の生き様の後ろ姿をみて、バランスをとって
生きてきた。 想い返せば12歳頃までは無心に遊んでいたが、中2後半から
受験勉強に重心を移動、暗い受験生になっていた。
 そして20歳から将来設計を考え、両親に倣って「創業」を目指す人生を
考るようになっていた。その翌年、「30日間・欧州一周旅行ツアー」への参加
で人生観が一変。 当時の海外渡航は20万人。殆どがビジネス関係者の中、
当時の私の精神的体力では極限?であった。一ヶ月で当時の40万、現在で
350万を遊びに費やした経験は甚大。旅行先の大自然、文明、文化との邂逅に、
何度も絶頂体験をしていた。腹の底から笑ったり、感動したのは幼児期以来、
いや初めての経験である。世界は想像を絶した広がりと、深さがあることを
実感した。それまでの世界認識は何だった? 「遊び楽しむこと自体が目的」
の意味合いを僅か1ヶ月で実感してしまった。「絶頂体験を求め、ひたすら
努力し続けること。その為に、「良く学び、働く」こと。その「良く」には、
目的地と、「遊び、学び、働き」のバランスと効率を良くすること。
 年齢を積重ねるにつれ、「より資金を貯めておけば、もっと働いておけば!」
よりも、「もっと遊んでおけば良かった!」と思うのが人間の常。
 つい最近まで、「勤勉・勤労」の反対語が「遊び」の宗教的な意味合いが
強かったが、今では、「健康や創造性の原点」に位置づけられ、
<車のハンドルとタイヤ間の「遊び」のような「ゆとり」「自在さ」「自由」
 な遊びとして認められ、強調されるようになっている。
「ハレ」と「ケ」が、交替するように働いたり、遊びこそ、効率を上げる
楽しい人生の必要条件、絶対条件として… >
 情報化社会の中で、知識と経験は益々膨らんでいく中で、狭い肉体と柵に
縛られ、心は自由を求めて悲鳴を上げている。それを開放してくれるのが、
至高体験」。この上ない感激、感動体験。これは映画でも、絵画鑑賞でも、
音楽会でも可能。その感受性の鋭敏さは、それらの経験の蓄積から生じてくる。
そのためには、極限に自分を置いて追い求めなければなるまえに…
 真剣に遊ぶのも、ちゃらんぽらんに遊ぶのも、お好みによる。
 
・・・・・・
5679,閑話小題 ~大口病院異物混入事件
2016年10月02日(日)
   * 終末医療病院・大口病院異物混入事件
 ・今年4月に入ってから、大口病院4階ナースステーションを中心に様々な
トラブルが起きていて、7月から9月に至っては4階だけで50名もの患者が亡く
なったとか。終末医療棟としても異常に多い。ところが、この事件が明るみ
に出てからは一人の死者が出てないことを、どのように考えるか。
 ・先日のTVで、で犯罪心理に詳しい目白大学の原田孝之教授が、
『病院に何らかの不満を抱えている人間が、職員から患者を狙った方が病院側
への不満を訴えるメッセージになるとして標的をシフトチェンジした可能性が
ある?』と、コメントをしていた。
・この異物混入事件、ネット上では様々な憶測が飛交っている。
ネットによると、「犯人と噂されている人物」とは、この事件で度々、
マスコミの取材に応じている人物で、この異物混入事件が発覚する前から、
内部事情を訴えていたツイッター上のハンドルネーム『 』と呼ばれる男とか 。
・また他にも、妻が看護士で、夫が病院関係者の某とか、様々な憶測がある。、
無差別テロということになるが、それにしても奇怪である。「胃瘻などで、
無理に生かす医療制度に対するテロ攻撃」の可能性もあるが、如何だろう?
   *「良く学び、よく遊べ」
「良く学び、よく遊べ」とは、<勉強するときはしっかり勉強し、遊ぶときは
よく遊ぶべきだ>、という意味。勉強だけ長くやっていても、かえって効率が
悪いもの。遊ぶ時は徹底的に遊ぶことで、結果とし勉強や仕事の意欲も強くなる。
これに「よく働け」を加えるとフランクルの思想になっていく。 
問題は「よく」である。3つのバランスが「良し」ということか。
グローバル化の時代、競争激化もありストレスも過剰になる。 その解消には、
ライフワークとしての自分の世界を持つとよい。このブログも、その一つ。
オモロ可笑しく構築しているから続いている。これは私にとっては、遊びであり、
学びであり、働く(傍を楽)ためである。で、想い出すのは「遊び」だけ。

・・・・・・
5314,下流老人 ー②  ~下流老人への転落
2015年10月02日(金)
 この問題、団塊世代年金生活に入ったこともあり、マスコミに扱われる
ことが多くなった。更に新幹線内で年金制度に対する抗議の焼身自殺もある。
今では、週に1~2度は、TVで極貧の『下流老人』をレポートをしている。 
多くの人にとって、他人事ではない問題。私の場合が一歩間違えれば・・
準備期間を入れると45年間心血をそそいだ事業が思いもよらないリーマン
ショックで成立たなくなった。 それでも事業設計の段階から万一の備えを
組み込んでいたこともあり、何とか人並みの生活を維持している。 ところで、
ブログ内検索で調べてみたら、二ヶ月前、「下流老人」のテーマで扱っていた。
(後にコピー)  ~最近みたTVでアンケートでは、
・病気などで、大金の思わない支出
・離婚で、財産が消滅
・転職の失敗(思い上がり)
・年金資金の投資の失敗
・頼れる家族がいないか、その家族がギリギリの年金に頼っている
・手持ちがあったが、気前良く使っているうち底をついてしまった
などなどの事例を生々しく映しだしている。その幾つかが重なった加速が多い。
 手持ち資金が底をついた、あてが国民年金の一人暮らしで6~7万円では、
家賃で、その大半が消えてしまう。数ヶ月前に、中学校の「古希」の会が
あった。会場が県境の湯沢で、二万円近くの会費のため、出席出来る人は、
限られるため、貯蓄、収入の余裕ある人が中心のため、その実態は見えないが、
身近を知る限り、甘くはない。TVで誰もが口を揃えて、「まさか自分が!」
という。 私のケースでも、夫婦のどちらかが欠ければ、この大きな屋敷の
一人住まいは難しく、小さな家への住替えか、施設の入居の問題が出てくる。
 団塊の世代は、終戦直後の最低の環境から、バブル崩壊まで35年間、
地球史上、稀なる7%の経済成長を続けた。これは奇跡中の奇跡の恵まれた
環境の中、そこで育った人生は幸せだったが、末路の気の毒な結果が、
下流老人』になる。もっと気の毒なのが、その子供と孫。親の介護に、
職も全財産を注込んで呆然とする姿が、戦後世代間の負の問題を象徴する。
――――
2015/08/03
下流老人 ー①
 去年になるが、NHKスペシャル、ー老後破産:長寿という悪夢ー
をみて衝撃を受けた。家内も厚生年金のため、人並みの生活は出来そうだ。
先日、新聞の雑誌広告で、『下流老人』という言葉が目に付いたので、
ネット検索をすると、以下のような厳しい内容が出てきた。
≪ ・ ー下流老人とは、
1、収入がない、2、資産がない、3、社会的ネットワークがない老人をいう。
 総務省の家計調査や、所得統計から貧困ラインから下流範囲を推測するが、
生命保険会社や金融機関では、老後生活の費用は最低ラインで20万円、ゆとり
ある暮らしには30万円超が必要という。ほとんどの老人世帯は最低ラインで、
ゆとりある老人世帯は一握り。(これは金融商品や保険を売るため使われる。)
・2014年の我が国における65歳以上の高齢者人口は3300万人、総人口に占める
割合は25.9%と、共に過去最高を記録しているが、大づかみに言って、そのうち
600~700万人が「下流老人」と見なされている。内閣府の調査でも(2010年)、
65歳以上の高齢者世帯の「相対的貧困率」が22.0%となっていることから、
この推計は大きく的を外してはいない。老人と若者の間の「世代間格差」
が問題となっているが、老人の間の「世代内格差」も凄まじいものがある。≫
▼ 10年、20年スパンでみると、9割?の老人が「下流老人化」するという。
 老いれば、金を使う場面も少ないから、さほどの問題ではない?と、たかを
括っていられない。死ぬまでは金が要るが、死んだ瞬間から、生活費がゼロ
になるので、当人にとっての持ち金は微妙な問題でもある。 それでも
総世帯の15%が「下流」というから、やはり老人の立場は弱い。本格的
な国家衰退が始まってきたが、そのシワ寄せは、まず弱者に襲いかかる。
ギリシャが問題になっているが、それより、日本が遥かに深刻である。
ひたすら直視しないで、先送りしか手立てがないだけ。その限界の年が、
今年から来年。その矛先が、まずは老人と、母子家族。何がオリンピックか!
目先を凌ぐ、末期患者のリンゲルと同じ。その責任は、選んだ国民にあり。
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4949,脳がよろこぶ話 ー3
2014年10月02日(木)
      対談ー小菅正夫 『脳がよろこぶ話』茂木健一郎ー5人との対談 
  * 生きて、子どもを育てりゃもう十分
 年齢を重ねたこともあるが、「毎日、淡々と何事もなく、自分がベストと
思ったスケジュールを、こなしていれば十分」と、思うようになった。
リタイアで主夫化したようだが・ 少子化は、右下がりの時代、将来の展望が
開けず、収入が先細りの中では、子どもは最小にするしかない事情がある。
 ーその辺りからー
≪ ・茂木: アメリカでフクロウの研究をしている小西正一先生の研究室に
 留学していた方に聞いたんですが、ある種のフクロウは繁殖させるのが難しい。
なかなか子どもを作ってくれない。小西先生の研究室で飼っているフクロウ
だけは繁殖するというんです。なぜかとみんな聞くけど絶対教えてくれない。
でも、ある時に失敗をして偶然わかったらしいんですが、エサの冷凍ネズミを、
毎回食べ切れる程度与えていたんでは子どもは作らない。あり余るくらい、
お腹いっぱい食べても余るくらいエサをあげると子どもを作るというんですね。
エサが豊富にあるということがシグナルとなって、繁殖行動を始めるらしい。
・小菅: たぶん動物は、自分の子どもが、ちゃんとひとり立ちできる
「見極め」があって初めて子育てをスタートするんだと思う。エサだって、
自分が食べるだけじゃなくて、もう数羽いても生きていける環境があると
わかったから、じゃあ雛もそこで生きていけると判断する部分がどこかある。
命をつないでも大丈夫という安心感がそういう行動を起こさせることかも。
・茂木: 最近の日本の少子化は、安心できていないということですかね。
・小菅: そういうことだと思う。誰に聞いても、「育てていけるか不安だ」
とかね。でもそうじゃない、育てていくんだって。みんな自分を中心に考えて
いるからね。子どもを育てたらあれができない、これができないって。
生き物というのは子どもを産んで育てるために生きている。 
自分が生きていくことを第一に考えているわけではない。だから、娘が結婚
したときに、「今すぐ子ども作れ」と言ったら、「お父さんにそんな.」と
言われる覚えはない」と言われました)。それがやっぱり僕は、親から子へ
渡す言葉としてはね、あの言葉は正しかったと思うんですが、どうでしょう。
・茂木 なんかね、僕は人間って自分が動物だということを忘れて不幸に
 なっていると思う。小菅さんもずっと動物たちを見てきたわけですが、
逆に動物から見て、今の人間社会に対する提言が、ありますか。
・小菅 もうちょっと楽に生きるべきだと思いますね。あれもこれもしようと
 思うから疲れると思う。まずは生きること。基本は。しっかり生きて、子ども
育てて、それが軸なんで、それ以外はプラスα。それができないから人間として
どうなのかとか、そういうふうに考える必要はなんかないんじゃないか。
・茂木: 勉強ができないとか、たいしたことじゃない。生きていればよい・・
 生きていることが一番価値があるということ、それが当たり前。
・小菅: 動物からみたら、何でそんなくだらないことで悩んでいるのと
 思うと思います。「もっと平気で生きなさい」といっていると思います。≫
▼ 人間は、あくまで動物でしかない。それを忘れてしまっている。
 特に、文明国では。もっと楽に、平気で生きるべき、と言うが、それに真に
気づくのは、概して老いてから。しかし知識を持ってしまった現在、それでは
生活に支障をきたす。だから、リタイアを区切りにして、気楽に生きろ!
ということ。そのため、長年の準備が必要になる。人は、動物であると同時に
知的動物でもある。  また偶然だが、下の文に続く!
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4582, そして、人生はつづく ー2  
2013年10月02日(水)
                『そして、人生はつづく』 川本三郎
    ー『あとがき』ーも、良い (ほぼ、全文) 
《「東京人」2010年7月号から2011年11月号まで連載した「東京つれづれ日記」
 を中心に、この間のエッセイを編んでいる。書名はイラン映画アッバス
キアロスタミ監督「そして人生はつづく」に倣った。1990年、イラン北部を
襲った大地震の後、監督自身が大きな被害を受けた村を訪ねてゆくドキェメン
タリー風作品。どんなに悲劇に遭ったとしても生き残った者は、昨日と同じよう
に今日も生きてゆかなければならないという切実な思いがこの言葉にはこめられ
ている。家内を癌で亡くしたあと、私にとってもこの言葉は支えになった。
悲しみを大仰に語ることなく、毎日を普通に生きること。なんとかいままで
どおりに暮してゆくと。 3.11の惨劇のあと、現代を代表する俳人、長谷川罹
さんは、「やむにやまれ思い」で、俳句ではなく歌を詠み、『震災歌集』
(中央公論新社、2012)にまとめた。 そのなかに、こんな歌がある。
 「ラーメン屋がラーメンを作るといふことの平安を思ふ大津波ののち」
 悲劇の大きさを知れば知るほど日々の「平安」が大事に思える。物書きである
私にとっては、一人で暮らすことに平安を見出していくことになろうか。
頭のなかにはともかく、暮しのなかには修羅を持ちこまないこと。静かな生活を
心がけること。そうやって家内亡きあとの日々をやり過してきたように思う。
もとより60代も半ばを過ぎた人間にはもう劇的なことも起らない。いまのところ
健康を保っているので、家事もなんとかこなしている。3・11後、「生存罪責感」
という言葉を知った。家族を失い、自分だけが生き残ってしまうと、死者に
申し訳ないという気持が強くなることをさす。生き残ったからにはなんとか
生きてゆかなければならない。そう思う一方で、死んでしまった者に負い目を
感じてしまう。ふたつの気持に引き裂かれながら毎日がある。もともと旅が
好きだったが、一人暮しになってから旅が増えた。といっても家を長く空ける
わけにはゆかないのでせいぜい一、二泊。ほとんどが鉄道の旅。列車の窓から
流れてゆく風景を眺める。あまり大自然には興味はない。人間の営みが感じ
られる町がいい。鉄道の駅があって、駅前には昔ながらの商店街がある。
食堂やそば屋があれば有難い。夏ならビール、寒くなったら燗酒。孤酒は生きる
元気を与える。旅をしていて以前とは違う楽しみも出来た。 好きな町に
出会った時「老後をこの町で暮したら、どんなだろう」と空想すること。
函館、盛岡、小田原、湯河原、松江、長崎など、町を歩きながら、
このマンションに住んで、この居酒屋に通って・・と想像する。 》
▼ 生の切実な声が、ストレートに伝わってくる。「最近の旅は、隠れ里探し
 になってきている」というのも良い。私も、この大きな住宅に何時までも
住むのは無理である。5年が目処になるが、住み心地がベストのことも確か。
それにしても、老後を、「そして、人生はつづく」というのは良い。
連れ添いに先立たれたり、寝たきりや、病が次々と出てくる時節に
「そして、人生はつづく」から、「それでも、人生はつづく」になるのは
致し方ない。その中で、いかに静かに心の平安を保つことの難しさは周囲の
老醜を見れば分かること。 何もかも面倒になり、ただ惰性と安逸の中で、
過去のフラッシュに心が動揺する。その反面、TVの旅番組で、毎日、
行き先の放送している。ドラマも、多くの経験を得た現在、今までと違う
見方で味える。さほど先は無いと思い、あらため世の中を見ると、
知らないこと、未経験のこと、気づかなかったことだらけ。 
 そして、人生はつづく。 されど我らが老後である。
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4207, 親子年表
2012年10月02日(火)
  * 自分目線の100年世界               
 還暦を過ぎた辺りから、その時々年齢の父と当時の自分の年齢を重ねて
みている。更に最近では、「二人の息子の年齢に自分は何をしていたか」も
重ねみるようになった。先日、こういう見方を「親子年表」として存在している
ことを知った。考えることは皆、同じである。父が66歳時に、私は22歳。
父が亡くなった71歳時に27歳。1973年であった。 父の享年まで私は、
あと5年になる。そろそろ最期の身辺整理の時期に入っている。
父は最期の仕事に自分の財産を生前贈与をして亡くなっていった。
それが私の人生を大きく支えてくれた。両親の愛情を物心とも直接、間接的に
受けたことが最大の財産である。その意味で家内も私と同じように恵まれた両親
だった。その相性が良かった悪かったで人生が大きく変わる。これこそ最大の
ツキの善し悪しになる。 それに甘んじて一生、親の世界から抜けられなく
過ごし、死の間際に慌てて生き急いでいる人を秘境ツアーで何人も出会ってきた。 
「ハッとしたら、既に老境。親のいうとおり生きてきたが、自分の人生が何も
無かった。死に病になり、何時死ぬか分からないが、このままでは死ねない。
その何かが世界の果てにくれば少しで分かると思い立ち、参加した!
帰国すれば大きな問題が山積み」という一身上の話を偶然、山道で隣り合わせに
なった60過ぎの一人参加の女性から聞いた。死に直面した時に大きく動揺する
のは、「やりたいことを、してなかったため」という。結果がどうあれ、現在、
心が安定しているのは、60歳までに、前倒しにして遣り尽くした感があるため
だが、これは大きい。これがないと、周囲のマイナス探しで自分を肯定する
しかない晩年になる。ほぼ九割の人のそれは周囲の誰かを具体的に特定すれば
見て取れる。団塊世代と、その子供の世代の特徴を親子年表にし、時代背景から
見ると、その特徴が浮かび上がってくる。その世代間格差が、あまりに大きい。
逆に団塊世代の親の世代をみると、太平洋戦争に大きく翻弄された最も困難な
時代である。それからし終戦直後の団塊世代前後の人が奇跡的に恵まれた
時代に生きたことになる。自分の親と子供を重ねると、100年、150年の
視界が鳥瞰できる。