つれづれに

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 今日のシネマは? 

 以下の5年前の文章。人生を振りかえり、一番、不思議な経験。
明日の随想日記のテーマに…  魂の融合とは何なんでしょうか?
書けないかもしれない。無理に書こうとすると、嘘になりそうな。







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4839,「事業人生を決心して45年」の語り直しー14
2014年06月14日(土)
   * 父の亡くなった直後の夢で起こった魂の融合!
 ここで何度も書いてきた、父との魂の融合の経験の内容から
《 ー平成04/07 霊的体験 ー <社内報のレポート>より
 二十年近く前になるが、父の死後49日法要が終わるまで、何度か不思議な体験をした。死の数日後に妙な
夢で、私自身が父の気持になり“死にたくない、もっと生きたい、生きたい”という“念”になった夢。
そして夢よりさめた時の妙な気持。 私自身が父になってしまった。いや私自身(父自身)生きている!
という妙な不思議な感覚である。夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しみが伝わっていた
為に“念”が自身実感できた。夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と融合した不思議な実感。この感覚は
経験しなければわからないはず。更に数日後の夢も強烈な夢であった。夢で強烈な恐怖感がおそってきた。
その時は、父のベットで寝ていたが、“おやじ助けて!”と言ってしまった。と同時に廊下の向こうに
ある仏間より強烈な“引力”が全身をひっぱった。その瞬間、ベットにしがみついたが、隣のベッドに寝て
いた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。全身汗びっしょり。まだまだ不思議な事が多くあった… 
あれ以来(最近は少なくなったが)幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった・・》
 何故、これを取り上げたかというと、姉夫婦との対立は、父と姉夫婦に根があった。父親は、典型的明治
生まれの、質素倹約が基本にあるが、派手で湯水のように社交費を使う姉夫婦と深い溝があった。絶対的な
父のサブとしては義兄の能力があっても、トップとして疑問を感じていた。 父は、中学と高校時に私を
二度、仕入れに同行させていた。将来のための実学のため。それと、子供時代より実家の転業と、商売の
現場を体感していた。これが急遽、本店を任され何も知らない仕入れや、経営に大きく役に立つことになる。
父の魂が現場に再起して私に成り代わったようでもあった。まず産地を歩き、情報を集めること!が、コツ。 
父が特別教育と、千葉の千城台ビルの土地購入から、立ち上げの過程を見れば、姉夫婦が不安になって当然。
 ところで、養老乃滝の開店のドサクサに、姉夫婦が父の遺留分の財産を、母と実兄と私の相談なしに勝手に
処分、その上、白紙委任状を送りつけてきた。父の遺言状が何時の間に蒸発。その上、母に、義兄を
(遺言に反して)社長にするよう執拗に依願。それを受けてしまった母に私が激怒の電話。と同時に姉夫婦
への対決を決意する。千葉での相方(親戚筋)から、気を許して話した本心が姉夫婦に筒抜け。それが拍車
になってもいた。地元では実兄に対する陰湿な追い出しが本格的に開始していた。 のんびりした兄に、
従業員の総スカン!露骨の針のムシロの中、怒りの電話を何度も私にしてきた。 父が生前贈与をしていた
私たちの資産の実質乗取り劇の、開始である。 
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4472, 余命半年 ー6
2013年06月14日(金)
  *「余命半年」の前に待ち構える、10年間の介護か寝たきり! 
「もう治療の余地がありません。あとは内科か、ホスピスに行って下さい」という三行半の後、「余命半年」
と宣告されるのは。死刑宣告に匹敵する最も恐ろしい宣告である。 最期はホスピスで5%、自宅10%、
それ以外は病院で亡くなるという。その宣言を受けて恐怖に身を悶えながら死んでいく人が数人に一人と
いうから他人事ではない。 幸運にも、そうでない場合、「男性が9年、女性が12年間も、病院か、
介護を受け亡くなっていく」現実が待っている。 80歳過ぎなら分かるが、平均としても70歳過ぎで、
半数が介護か寝たきりとは、驚き。それからして余命を告げられ早々、亡くなるのも一つの道。女性は男より
生死に対して現実的で、未練は少ないという。 死ぬのも大変だが、生き続けるのも大変。
更に大変なのは、「90歳過ぎても心身がシッカリしている方が大変」と、親戚から聞いたことがある。 
 団塊世代が、あと数年で古希(70歳)になるが、大きな社会問題になる。植物人間になり管につながれ
生きているより、死ぬ権利もあってもよいが、意図的に死なせるのは現在のところ禁じられている。
 ところで「余命半年」と宣言された時、冷静でいられるだろうか。直ぐに実感として受け入れられなくとも、
少し経てば、その恐怖に愕然とするはず。 家内とは互いに余命を知らせないと前もって約束をしているが、
直ぐに直感で知ることになる。 哲学的に考えれば、自分の死は存在しない。 とはいえ、心身とも日々、
弱っていくのは実感すれば、夜半に独り、死の恐怖に震え慄くことになる。 全ての人は死ぬが、交通事故や
ガンや脳溢血はキッカケで、死因は生まれてきたこと。それでは自分にとっての仮定で、余命何年が良い
のだろうか? 半年では末期で、心身とも余裕が無くなるというから、一年が現実的目安となる。
還暦過ぎれば、老後の心配などすることはない。さほど先が無いのだから。 厳しい近未来を見つめ、
その上で楽観的、積極的に一日一日を楽しむしかない。自分の身は自分で守るしかないが・・・

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4098、私は完全な本 "日本の自殺 'ー4を作った
2012年6月14日(木)
     * ローマ帝国衰亡との類似
  予言の書で、日本とローマ帝国衰退と類似点として、エゴの氾濫と悪平等主義の流行を上げている。
 極端に現れ出ているのが日本で、これは世界中の各国の共通問題でもある。その中で、情報化による情報の
 氾濫。情報は平準を求めるもの。ローマ帝国のサーカスは現代ではTVになる。それと都市、とくに首都圏
 への集中化も同じである。
≪ 諸文明の没落の原因を探り求めて、われわれの到達した結論は、あらゆる文明が外からの攻撃によって
 ではなく、内部からの社会的崩壊によって破滅するという基本的命題。 過去のほとんどすべての没落した
 文明は、外敵の侵入、征服、支配などの前に 自分自身の行為によって挫折してしまっていた。ほとんど
 すべての事例において、文明の没落は社会の衰弱と内部崩壊を通じての”自殺”だったのである。 いかに
 ローマは滅亡したのかについては以下の5つの理由を挙げている。
・第一に、巨大な富を集中し繁栄を謳歌したローマ市民は、次第にその欲望を肥大化させ、労働を忘れて
 消費と娯楽レジャーに明け暮れるようになり、節度を失って放縦と堕落への衰弱の道を歩み始めた。
 それはまさに繁栄の代償、豊かさの代償とでも呼ぶべきものであった。
・第二に、ローマ帝国各地から繁栄を求めて流入する人口によってローマ市の人口は適正規模を越えて膨張に
 膨張を続け、遂にあの強固な結束をもつ小さくまとまった市民団のコミュニティを崩壊させてしまった。
・第三に、これらローマ市民の一部は一世紀以上にわたるポエニ戦争その他の理由で土地を失い経済的に没落し、
 事実上無産者と化して、市民権の名において救済と保障を、つまり「シビル・ミニマム」を要求するよう
 になった。よく知られる「パンとサーカス」の要求。無料の「パン」が保障されると、退屈しのぎのために
 マス・レジャー対策が必要となる。ここに「サーカス」が登場することになる。
・第四に、市民大衆が際限なく無償の「パンとサーカス」を要求し続けるとき、経済はインフレからスタグ
 フレーションへと進んでいくほかはない。過去の諸文明が、その挫折と解体の過程でいずれもインフレに
 悩まされているのは誠に興味深い歴史的事実である。
・第五に、文明の没落過程では必ずといってよいほどエゴの氾濫と悪平等主義の流行が起こる。
 こうして民主主義はその活力を失って、一方で放縦に走り、無秩序と解体をもたらし、他方で悪平等主義
 に走って画一化と全体主義の泥沼のなかに腐敗していく。” ≫
▼ 現代の戦争は経済戦争になる。ソ連・東欧は経済戦争でアメリカと西欧に負け、勝者の欧米も、
 その奢りで自壊しつつある。「日本の自殺」が書かれた時は、既に崩壊に入っていたのである。それを
冷静に歴史の中で予知し、予言として警告していたのだ。その結果が現時点である。市民権の名において
救済と保証を第一優先にしている日本とギリシャ、救いようがないというしかない。
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3732, 全米N0・1弁護士の勝ち抜きセオリー  ~?
2011年06月14日(火)
  * ジャンプのために 《恐怖の「目」をにらみつけよ、そうすれば自分から「解放」される》
                               『議論に負けない法』スペンス著
 さて私たちは今、聴衆の前に立っている。どうすれば話せるだろうか。どうすれば手を離すことができる
だろうか。その経験は、近所のプールの高さ四メートルの飛び込み台から、初めて飛び込むのに似ている。
飛び込み台の上に立って下を見下ろすと、胃は硬直し、膝はがくがくしはじめる。さりげなくくるり
向きを変えて、引き返したい気持ちになる。だが心のなかのかすかな声は、飛べ、と急き立てる。
「魔術的な議論」のため手を離すこと、メモに縛られずに自分自身を解放すること、裸でたつこと。
頭からではなく心から話すこと。読むのではなく、話すこと、それはこういうものだ。「魔術的議論とは、
自分自身の中に飛び込むことだ」 私は若い弁護士たちに、まず近所のプールに行って飛び込み台から
飛び込むことによって「魔術的な議論」に飛び込むことを、実際に体験してみることを勧めている。
実際に泳げなかった私の生徒の一人は、飛び込み方を学んだばかりか、泳ぎ方も、そうこうするあいだに
身につけた。 議論もそういうものだ。彼は陪審員の前に歩み出た時に自分が飛び込み台に立って飛び
込もうとしているところを想像した。激しい恐怖が襲ってきた。 私が忠告したとおりに、彼は陪審員
自分の恐怖について話した。 なぜこの裁判が自分にとって重要なのか、なぜ勝ちたいのか、なぜ負ける
のが怖いのかを説明した。彼が恐怖を感じたのは、自分の依頼人のためだった。が、自分自身のためでも
あった。依頼人のことを心配していたからこそ、怖かった。負けたらつらい思いをすることも怖かった。
だが、彼は飛び込んだ。そのあと「魔術的な議論」は一気に湧き出てきた、と彼は私に話してくれた。 
もう一人の生徒は、大学時代に飛び込みの選手だったため、飛び込みはお手のものだった。
「それなら、肉体的に何か怖いと思うことをやってみなさい」と私は提案した。次に彼に会った時、
彼はこの経験で輝いていた。 彼はなんと飛行機から飛び降りたのだ。 パラシュートを開くのを
こらえながら、地上数百メートルまで落下していく時の気分は最高だったと彼は言った。 】
▼ ニュージーランドで、南アフリカザンベジ川の鉄橋で、43M、100Mのバンジージャンプで、
 飛び込みの恐怖の経験をしてみた。あの恐怖は、筆舌であらわすことは無理だが、この二回の経験で、
今でも躊躇する場面(=倒産時の銀行への侘び挨拶など・・)で、冷静でいられる。もっとも、これまで、
幾つかの事業を経験してきたが、その度、胸試しに似ていた。<事業を立ち上げるとは自由を得ることで
あった。その事業は失われても、その自由を充分味わった後味は、身体と心に染み付いている。>
  ・・・・・・・
3367, 大不況で世界はこう変わる!  -2
 2010年06月14日(月)
  * ネットワーク型資本主義
 ここで、榊原は、キーワードとして、「ネットワーク型資本主義」と表現をしている。アマゾン、
ヤフー、楽天、マックなどの出現から知ることができる。私の最近の買い物の半分はネット購入である。 
アマゾンン、価格ドットコム、楽天、ヤフーなどを通し購入、週に二日は宅配便が来ている。
ネット販売は既に百貨店業界や、コンビニの売り上げを越えている。これにiPadなどのタブレット
情報端末が普及すれば、ネットワーク型資本主義の時代の姿は鮮明になる。それは、もうアメリカ型
資本主義の象徴である大量生産・大量販売の時代から、ネットワークによるモノの交換の時代になって
いくのである。 ネットで市場で農家の奥さんが直接、お客に売る時代に逆戻りをすることが可能に。
この著で一つの事例を上げている。 オイシックスという企業は農家1000軒あまりと契約をし、
ネット販売している。ここは注文があってから収穫し、新鮮な野菜を三日以内に届ける他、カタチの
不ぞろいな野菜を扱う等、オイシイということを基準に価格を三割程度低くして販売している。
こうした新しい試みは、野菜の色と形を基準に仕入れをするスーパーマーケットの方式に対する挑戦
でもあり、いわゆるスーパーマーケット文明を壊していくポテンシャルを持っている。 
スーパーマーケットは、その効率と低価格で八百屋や魚屋、肉屋などに取って代わっていったが、
オイシックス等は新しいインターネットという技術を使って、二十一世紀型の八百屋をつくるという
試みだということができるのでしょう。家内が最近、米を近くのスーパーや米穀店からネットの米屋に
注文をかえた。 この方が価値があると判断したからである。そういえば最近、ヨーカ堂のネット
注文の配達の車を見かけるようになったが、この傾向が更に強くなるだろう。  情報化が世界を
根底から変えようとしている。その一つが、この恐慌である。 21世紀世界の創造の前の破壊である。
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2992,転機を迎えた受験ビジネス
2009年06月14日(日)
 * 先日の産経新聞のトップ記事に時代の変化をみた。
早稲田大学が、関西に中・高校一貫校を開校しようと新規に募集したところ、245人の高校に対して
35人に留まり合格者が28人。中学も140人に対して170人の受験者しかなかったという。中学では三次の
募集を賭けたが、結局は合格者は定員の半分に満たない63人。私立の中・高一貫校は加熱する中学校
受験ブームの中核だったのに、早稲田の不人気ぶりに受験の環境の一端を示すことになった。 
(字数制限のためカット2012年6月14日)
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2628, 日本経済、どん底への転落
 2008年06月14日(土)
 連日、日本経済の悲観論の本。本屋で見かけたが、買うほどではないが読んでみたいとおもっていた。
それが、長岡の図書館で先日借りて読んだ。 まずは、この本の紹介文と、目次からー
 ー「日本経済、どん底への転落」 著者・水谷研治/著   ー読書日記
いますぐ借金経営と訣別しないと、日本は「もの不足」=悪性インフレに突入する!
日本経済の実態を明らかにし、痛みを伴なう本格的な改革の断行を提言する。これまで日本経済は世界に
卓越した「ものづくり」による強力な供給力に基づく経済力で、敗戦後の焼け野原から奇跡の成長を遂げ、
黒字を蓄えてきた。しかし、財政赤字の放置と、成長後の日本人の国民性の変質は、この国の経済を
「赤字体質」へと変えてしまい、かつてあった勤勉な国民性を失った今、「ものづくり」ができない
「品質の劣化」した経済に至らせた。このあとに待ち受けるのは、悪性インフレの到来による「もの不足」
の世の中であると著者は言う。そこまでに残されている時間も5ー10年と、次の世代にとっては大変過酷
な状況にある。本書は、今こそ、増税を含む社会の大改革なくして、この危機は乗り切れないとする
        警世の経済書
 (目次)   (字数制限のためカット2010年6月14日)
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2007年06月14日(木)
2263, 人生の真価の問われる10年とは     ・д・)ノ〔● ォ'`ョゥ○〕ヽ(・д・`●)
 人生の真価が問われる時期といえば、50歳代の10年間である。
30歳代までは、仕事や家庭の問題にただガムシャラの時期であり
40歳代は、ある程度の余裕ができ、基礎が確立できる時期。
50歳代が、その全てが熟成された結果ができて、自在に出来る時期になる。
自分の過去を振り返ってみて、充実という意味では一番安定していた時期であった。
 そういえば、父親も亡くなる前に、50代が一番良かったと回顧していた!
私の場合、
20歳代までの三十年は、がむしゃら
30歳代は、自分の力の出し方がわかりかけてきた時期
40歳代は、多く部分で矛盾や失敗の揺り戻しがあり
50歳代は、もう一度、それまでの人生を見直しをしながら自己修正の時期
60歳代は、徹底的に足元を見つめなおす時期   というのが、現在の心境である
 ところで人生は全て過去に覆われていて、その窓は「いま、ここ」だけである。過去は打ち消すことが
出来ない。過去の構造が「いま、ここ」をベースにする。未来への意思は「いま、ここ」の中で頑丈なもの
にする。真価を問われた50代を過ぎた、60歳から80歳すぎは、無防備に過ごしてきた人にとっては大変な時期。
性欲も、食欲も減退し、体力は落ちる一方で、分ひとりで切り開いていかなければならない時期に、それまで
の生き方が問われる。その為、何十年かけて、その準備をしなくてはならない。ただ生きている人生ほど
つまらないものはないからである。準備。この成果が重要というより、前向きに生きる姿勢こそ真価といえる。  
50歳代か?!  面白かった!   ヾ(´Д`、)マタネ