つれづれに

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 今朝は、天気予報どおりに15cmぐらいの積雪あり。
寒さは、さほどでもない。 これで雪は終わり。



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5122, 社会主義の実現を信じた狂信者という悪魔 ~3
2015年03月24日(火)
      ―ポル・ポト―ある悪夢の歴史~フィリップ ショート(著)ー
  * ポル・ポト ―自国民の二割を虐殺した男
 国家権力は絶大だが、空想的社会主義者が持つと、こうなるという事例。
家庭を否定し、産まれると、引き離し、数字を記印し呼んでいた。
虐殺の実行者が、その少年達が担っていたというから恐ろしい。
   ~まずはアマゾンの商品説明より
≪ カンボジアで二十世紀の歴史に汚点を残す大量虐殺がなぜ起きたのか?
 人口700万人のうち150万人が犠牲になった、クメール・ルージュ/カンボジア
共産党首領ポル・ポトの伝記。極度の秘密主義を貫いた彼の生涯は、これまで
闇に包まれていた。しかし本書は、その軌跡を追い、クメール・ルージュ組織、
粛清、権力奪取、大量虐殺、失墜、死までを、綿密な取材とインタビュー、
膨大な資料を駆使して克明に描き出した、「決定版」といえる大著。
 パリ留学から帰国したポル・ポトクメール・ルージュを組織し、「都市=
ブルジョア思想に毒された場所」「農村=革命の前衛」という図式を掲げて農村
オルグ、独自の共産主義路線を推し進める。彼は背後に隠れ、血の粛清に
基づく恐怖政治で支配を固め、プノンペン占領を果たす。都市人口の大量移動、
通貨・商業の廃止、家族制度の廃止と共同の食事、強制労働など、極端な空想
社会主義は多大な犠牲者を生むことになる。まさに「悪夢の歴史」だ。
大量虐殺はなぜ起きたのか? 蛮行と悲劇の全貌を暴いた本書は
我々に問いかけるが、それは重く、根深い。≫
▼ ポルポトは空想社会主義を信じ、通貨・商業の廃止、強制労働、家族制度
 の廃止を貫き、反抗する者はすべて拷問・虐殺。国民の4分の1を抹殺した。
両親から引離された子供が、その拷問の執行者。1970年頃から2000年までの
30年の間、カンボジアで起きた権力闘争や虐殺の詳細の多くが書籍で語られ
ているが、その内容たるや、想像を絶している。出世のため、地方の役人が
しでかし、それを見て見ぬふりの毛沢東とは違い、ポルポトは、その具体的
指示を出した確信犯。 ヒトラー毛沢東スターリンに匹敵する虐殺が、
10数年前までアジアであった事実は痛ましい。国力の向上には優勝劣敗の弱肉
強食のシステムが必要だが、大多数を占める弱者を如何に守るかが問題になる。
それも文化人を狙いうちにしたのだから、国家として絶望的な所業である。
他にも、中国による、チベット民族120万人の虐殺があるが、何故か世界の
マスコミは誰も語ろうとしない。最後の最後、守ってくれるのは国家だが、
ひとつ権力者の選定を間違うと、こういう事態も有りえるということ!
 で、日本では、世界恐慌へまっしぐらの中、東京オリンピックに向け、
アフォノミクスと、お金を無制限に漆黒の闇に、ばら撒いているのだから!

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4757,閑話小題 ー今場所は、面白かった!
2014年03月24日(月)
  * 今場所は面白かったが
大相撲が再び人気が戻ってきつつあるが、今場所が思わぬ展開で面白い場所。
不調で負け越しの瀬戸際だった琴奨菊が、二人の横綱に勝ったことで、俄然
面白くなった。結果は鶴竜の優勝と、横綱昇進が決まったが、大相撲の醍醐味が
楽しめた。 まだ入門一年の、遠藤が三役力士と互角で闘うのだから、古参力士
のプライドに火がついたこともある。後半まで全勝だった二人の横綱が、
二人の大関に負ける展開は近年、珍しい展開。更に若手に突然、超大物?
二人が現れ出てきた。今場所は、白鵬時代の終わりの始まりの場所。
鶴竜は、その性格の大人しさのため、実力があるにかかわらず、いま一つ
だったが、先々場所の前半に負けこんで、大人しい性格に火がついてしまった。 
これで、モンゴル三横綱の時代が2~3年は続き、遠藤、豪栄道と、
二人の超大物?の時代に移っていくのだろう。
  * 高校野球も田中の御陰で、面白くなってきた
 田中投手のヤンキースへの破格の契約金で、高校球児に大きな夢を与えた。
アメリカンドリームを、自分も?」である。まさか田中が、イチロウ以上の
評価の選手になろうとは、驚き! 情報化で誰でも情報が入手可能の時代。
親子鷹で、科学的にノウハウを積み上げれば、異能の投手術を持つ選手に
育成可能である。逆に天才的スポーツ選手は親子鷹でないと難しいのだろう。
そこには当然、科学的な管理がある。冬期オリンピックで活躍した選手は
全て、そうである。あるところまで行くと、国がコーチをつけるのだろうが。
  * 一昨夜半見た夢
 一昨夜半見た夢が、驚き。 あるコンサルタント事務所の一室で、
マネジメント・ゲームの進化した研修を数人がしている。誰かに紹介されて
特別見学をしている自分が、疎外感に陥る。そこで、そのゲームに参加したい
と申し出ると、「ある私立小学校の創業の計画書」と、進化したタブレットPC
を渡される。計画書には、創業参加希望者の名が数名あって、まず、タブレット
で希望者の履歴を調べ、面接をするように、更に、資金計画書の作成も
タブレットでするように申し渡される。それを遂行するには膨大なエネルギー
を要する。しかし、その気力が私には全くないことに気づき、その場で参加を
取りやめる。その隣の部屋には、どこかの新興の社長が、ある事業計画の報告を
自慢げにしている。 ところで、そのタブレットが、面白いのである。
ある居酒屋チェーンの店頭に、タブレット(付属しているカメラ)を向けると、
その情報が自動的に出てくる。(誰が社長で、役員の経歴、財務内容、
コンセプト、店内の様子)が、である。このマシーンを使った事業の創業
ゲームで、ほぼ現実と変わりのないリアルなもの。 何か私の潜在意識の
一部を垣間見た思いである。その担当者の冷たい視線と、あの部屋は、
資本主義社会と私の脳内? あの部屋の中に過っていたのである。
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4390, ブラック・スワン ー3
2013年03月24日(日)
ブラック・スワン―不確実性とリスクの本質」ナシーム・ニコラス・タレブ
  * 2023年までに予測されるブラック・スワンは?
 これから10年後の2023年までに予測されるブラック・スワンは、何だろう。
大雑把でいえば世界恐慌と大戦である。今世紀に入って13年だがが、9・11テロ、
リーマンショック、3・11に代表される多くの黒鳥が、舞い降りてきた。 
さらに、その黒鳥の仲間が近くに来ているが、いつ舞い降りるのか分からない。 
地震などの天変地異、経済動乱、戦争が何かのキッカケで突然起ことになる。
しかし、恐れていては何も出来はしなし、あとは備えをするしかない。
ブラック・スワンは、歴史的大事件だけでなく、身辺の出来事にも起こっている。 
人生はマサカという形で、ある日、突然に、我われに襲いかかる。特に断絶の
境目には起きやすい。情報機器の進化は、とどまることなく進化し、情報や知識
は大量に私たちに押し寄せ、それがブラック・スワンを呼び寄せる(天変地異を
除くが)。これだけは、来てみて初めて分かること。1~2年スパンでは、
イランの核施設へのイスラエル攻撃。それと欧州危機と破綻か、分裂か、朝鮮
戦争の勃発あたりか。地震か富士山噴火も考えられる。「まさか」だから、
こう書いていること以上のことが起こるはず。10年前に、現在まで舞い降りて
きた黒鳥を想像できようはずがない。昨日、シネマで「相棒」劇場版をみてきた。
《殺人事件の背後に、官僚と政治家による銀行閉鎖の「X-day」のネット上
での暴露が隠されていた・・・》というリアルな脚本。数日前にキプロス
銀行閉鎖があったこともあり、現実味がある切実な問題。明日にでも、ここで
書くが、アベノミクスの批判とも受け取れる内容。意図的にハイパーインフレ
起こし、銀行閉鎖を? ウソでないから、恐ろしい。ある日を境に、黒鳥が
一定の間隔を保ちながら、次々と舞い降りてくる。今世紀に入って現在に
至るまで、舞い降りてきた黒鳥ように。
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4016, 事業生活39年の、独り語り ー4
2012年03月24日(土)
 昭和30年後半辺りから、駅前百貨店と既存商店街が主な流通経路だったが、
新たにスーパーが現れてきた。既存の流通経路では大量生産、大量消費の物流が
対処できなくなったためである。そして書店には「流通革命論」などが、並ぶ
ようになっていた。実家が衣料量販店だったこともあり、それに注目するのは
自然の流れ。 渥美俊一著のシリーズの「チェーンストアへの道」下地にした
流通革命」を武澤ゼミの卒論のテーマにした。それもあり、就職先が
ジャスコ」。その一期生と言えば聞こえはいいが、三社合併の先兵として、
合併先の矛盾の先頭に立つのが役割。そして一年で辞職、産能大編入し、
その一年後に金沢を中心に衣料店チェーンを展開していた「いとはん」
(後にジャスコに吸収合併された)に一年半、勤務した。フィールドでの、
ジャスコ、いとはんは俗にいう修行。 その産能大時代に、三番目の姉の家の
二階に居候させてもらった。 絵に描いたような話だが、その姉が貸家として
千葉市郊外の5万人ほどの新興住宅地の千城台に、貸家を持った直後だった。 
姉、曰く、「ここは、数年で土地の値段が数倍になる。もうじき団地の真ん中の
四つ角が格安で売りに出される。あれは絶対買い得。」 そして、暫くすると
新聞広告に売り出し広告が出ていた。 千葉県土地供給公社が、「大規模団地
を造成し、購入希望者の抽選会を公開で行い、当選者に売却」とあった。 
外れて元々と、申し込みをして、公開抽選会に行ってみた。 そころが5倍と
10倍の競合だった二箇所のうち、5倍だったところが当選したのである。
 そこで実家に帰って父に告げると、にべもなく、ノー。「明らかに数年で二倍
になる権利を捨てることはない。私に買ってくれと いうのでなく、会社名義で
買うべきだ」と三日間、朝から晩まで父に張り付き、イエスの返事をもらった。
もちろん会社名義である。その売却条件が二年半以内の建物の着工。現場での
一年だけの現場経験では、まだ精神的体力が足りないのは自他とも認めるところ。
あと二年の経験が必要と当時、厳しさで知れ渡っていた金沢の「いとはん」
に二年の条件で入ることになった。その後、そこで私が何か事業を立ち上げる
前提があった。 成る程、「いとはん」は聞きしに勝る厳しさ。西友の資本傘下
に入った直後で、社内全体は動揺の渦の中。 金沢は加賀百万石の気風があり、
気位の高さと、どんよりした暗さと、人間味の深さがある独特の空気。 
 男は武士顔、女は京都顔。何ともいえない味がある。外づらは良いが、
内づらはウワサ社会の城下町である。社内は、被占領会社の惨めな空気が
ドップリと浸かっていた。 そして色いろあった一年半後に、実家の姉から
「父が末期ガンで、あと一年!」という知らせが入った。20歳の時に創業
人生を決めてから、この瞬間までが、「創業の準備期間」になった。 
振り返ってみると、激しく厳しい経験だったが、全てが合理的。特に、
産能大の一年は勉学と、千城台の土地購入は人生を大きく変えることになる。


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2005年03月24日(木)
1451、「仏教の根底からの否定」の文章-1
  ー山根二郎かく語りきー
ある雑誌で山根二郎という人の文章を読んで、ただただ驚いた。仏教を根こそぎ否定・批判しているのである。
ここまで仏教を根底から批判している文章も初めてお目にかかる。宗教業界の坊主の質が悪いと思っていたが、
仏教を根底から否定している日本人に初めて出会った。それが正しいとか、間違っているかが問題ではない。
日本のような仏教国?で、あからさまに否定できる知識に驚いている。また、その豪胆さにも。反面、マイナスから
照らした仏教の教えの真髄も見えてくる。江戸時代に、幕府がキリスト教を封じ込めるため寺請制度に問題があった。
市役所の戸籍の役をお寺に丸投げをしたのだ。 もし人別帳から外されたら大変な事態になるからだ。
そこを利用した坊主の利益享受システムが、長年にわたってつくられた。その流れをそのまま受けついでいるのが
現在の仏教業界である。不幸につけこんだ搾取を、立場と信心を利用して行なっているのだ。それに対して、
誰も声高く批難できないのが島国の環境のためでもあった。それと似たことが、中世キリスト教会も行なわれていたが。
まあ創価学会にしても、その類でしかない。自分達だけは無税と手前勝手な屁理屈で大手を振っている。
一年ほど前、寺から京都の本堂の改築のため、一万の寄付の要求をしてきた。
「この不景気に何をいっている」と言いたいが黙っていた。全く坊主丸儲けである。
山根は、その根底から否定しているから痛快である。ー以下は彼の文章のポイントを抜粋したものである。
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仏教が入ってきて日本を悪くした。日本人は、なぜこんな空・無の思想に取りつかれたままなのか。
それは、もともと「私」という観念が希薄な列島の部族的存在としての日本人の意識の上に
「自分というものはどこにもない」という仏教思想が張り付いてしまったからなのだ。
だから永遠に「私」という「個」の意識など生まれようがなく、日本人はいつまでたっても
「色即是空」の中に封じ込められたままである。ハンチントンが「日本人は孤立している」と言ったのはこのことなのだ。
日本人は孤立していくのではないかと感じだしているが、その一番の原因がどこにあるかは誰も分らないまま、
日本人はますます仏教にのめりだしている。その仏教そのものが、日本人が世界で孤立していく最大の原因なのだ。
今日本で起こっていることは、「仏教」をやりながら「近代」もやってきた。
本居宣長の言葉を借りるなら、虫のよい「きたなき心」の日本人の崩壊が始まったということである。
結局日本人には近代化は無理であった。たとえば、地方都市のある禅寺では、坊主が、本堂とてめえの住まいを建て替える
といって寄付を募ったところ、瞬く間に檀家から13億円が集まった。本堂と総檜造りの住まいで7億円の普請で、6億あまった勘定。
これこそ坊主丸儲け、笑いが止まらない。その坊主の住まいが本堂管理棟と言うそうだ。
こいつらには一銭も税金を払わなくてもよいようになっていて、
税制改革といっていても、こいつら宗教法人には非課税を撤廃せよという声は聞こえてこない。
 (書き写していて全く痛快である。よくここまで書けるもの。
                         まだまだーつづく
以前書いた仏教批判の文章をコピーしておきます。
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2002/12/30  葬式仏教の由来
(字数制限の関係でカット2,009年3月)
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2004年03月24日(水)
1086, 疑惑
台湾で陳総統が0・2?の差で再選されたニュースを報じていたが、胡散臭い銃撃事件と思いざるをえない事件。
この事件が無ければ対立候補が絶対有利であったからだ。自作自演事件?と考えるのが、穿ったみかただろうか。
政治家なら、平気でその位のことをするものだ。腹を丁度よく横にかすめたものである。
おまけに、隣にいた副総統の足にも当たり負傷をしたという。弾丸まで車の中で発見されたとか。
対立候補は早速疑わしい状況があったとして『この選挙は無効』と宣言している。
台湾では抗議行動が進んでいるが、後進国の一つの現象と割り切ってみると漫画的でもある。
何処かの国の密室政治も外部から見たら、このレベルの世界だとも言えるだろう。ある月刊誌に
『逮捕されたイラクフセインは替え玉で、本物はアメリカの手で実際は匿われている』と書いてあった。
まさかと思いつつ読んでいると、なるほど有得ると思ってしまう内容であった。
情報化社会は、実際に表面化している情報が本当かどうか一度疑ってみる必要がある。
情報操作が簡単になったからである。哲学者が、こういう情報化社会の現象をイチハヤク解剖ー分析ーをしている。
真実と現象の構造を、精密に説明してみせている。事実と思い込んできたことが、実は虚構でしかなかったというのは
人生を振り返ってみるとよく解ることである。ソ連邦東ドイツが崩壊した時に、その共産主義を信じて疑わなかった
多くのエリート官僚が、その虚の崩壊に呆然として精神の異常をきたしたという。テーマと少し話しは外れたが、
今度の台湾の総統の茶番はアマリにお粗末である。 他山の石として見ている分には面白いが。
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2003年03月24日(月)
 719, 「私の無名人名語録」
永六輔の「無名人名語録」があるなら、「私の無名人名語録」もあってよいだろうと考えてみた。
・「会社を良くしようと思ったら、よい人間をどんどん入れることだな!ゴミがすぐ浮いてきて、出て行くんだ」
    ーあるセミナーの隣席の社長が言っていた。
・「事業で大失敗をするほど、どういうわけかその都度大きくなるんだよな~」これも事業を立ちあげた社長から聞いた。
・「地方って3流の人物が親の財産をバックにしてさ、一流と思い込んでいる奴が多いだろう。
    おれは田舎のプレスリーって奴」。
・本当にあった話だそうだが、もう亡くなった往年の二枚目俳優の田宮二郎がある地方の温泉街を歩いていると、
   「田宮二郎一座」という劇場があった。面白がって入ったが途中で腹が立ってきて座長の所に終わってから行った。
 文句を言うと、戸籍を出して、田宮二郎が実名ということが解った。
 ところがその座長曰く「いいですよ、私の名前をそのままつかっても!」
 と逆に言われたそうだ。これこそ無名人?語録である。 変な逸話をおもいだした。
(字数制限の関係でカット2,009年3月)
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2002年03月24日(日)
 355、西アフリカ旅行記-2
今回の旅行は西アフリカのコートジボアールとガーナとトーゴベナンの4カ国を突き抜けるバスツアーであった。
人間の頭に例えると、インド洋が顔、大西洋を後頭部とする。その後頭部にあたります。
1000?と思っていたが実際2000?であった。バスツアーそのものを楽しむものだった。
ほとんど景色は変わらず、淡々とした旅行でもあった。やはり異質性はあった。東洋人を全く見たことがないようで、
彼らの好奇の目に驚かされた。何処でもそうだが、こういうところは市場が面白い。各地の市場にいったが現地の
特性があり生活の匂いがしていい。彼らは写真を撮られることに、異常に拒否反応を示した。4カ国を短時間で見て、
それぞれの政治情勢が手に取るように解った。当然のことだが、政治の重要性を感じとることが出来た。
奴隷についても、日本でもありえたのでないか。隣国が海で囲まれていない場合、戦争捕虜を皆殺しをしないで、
隣国に売り払った可能性があった。戦国時代は負けたほうは、条件をつけない場合は皆殺しであった。
何処がどうという事でなく、トータルで異国情緒を愉しむという旅行であった。同行者もアフリカのみならず、
世界中を行きつくしたツワモノぞろいであった。私にとって行きたい処の情報の宝庫であった。
もう一つの楽しみの同行者がよかった。何かを背負い、また降ろしてきた人生のツワモノ達でもあった。
こういうところに来る人は、変わった人というより旅行をしているうちにここに行き着いたという人が多い。
その中で感性が磨かれたものと思われる。それと初めから何かのきっかけで来ているか、どちらかである。
これから数人具体的に見てきた人を紹介してみる。