つれづれに

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 今日はシネマの日。何をみるか? 
それなりに、どれもこれもが面白い。

イチロウが昨日、引退声明を出した。
メジャーリーグに何人か活躍したが、イチロウは別格。
過っての日本人選手の中では別格。 最後は燃え尽きて終わった。

 甲子園の高校野球も、明日から開幕。面白そうなドラマが
生れようとしている。




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・・・・・・

4014, 事業生活39年の、独り語り ー3
2012年03月22日(木)
  * 武澤ゼミ (20歳の頃 ーある教授との出会いー3)
 高度成長の真っ只中、創業人生が面白そうと20歳の時に思い立ち、色いろ
の教授に触発された。その最大の恩師が、人事管理の武澤教授である。
その後も、ゼミOB会に2~3年に一度は参加していた。10年前に亡くなられた。
【 1024, 22歳の日記-2   ー武澤ゼミについて
 何度か書いた事があるが、ゼミについて考えてみる。この時期は、武澤ゼミと
寮とクラスメイトなどの過去4年間の友人が、ほとんどを占めていた。その中で
武澤教授の影響が大きいことが、当時の日記からうかがい知ることができる。
ゼミでは、一週間前に社内トラブルの事例(ケース・スタディー)の用紙を
渡される。その間に対処を考えて、全員で徹底的に議論をする。 
その後、その事例研究のベストの答えの用紙を見せられる。そこで私たちの
出した結論と、その差異について更に議論をする。また二班に分かれて、
それぞれが議論した結果を持ち寄り、互いに議論する。その結果、知っている
限界の知識と体験をもとにした、それぞれの地言葉(赤裸々)の議論になる。 
教授は要所要所以外はほとんど話さないで議論の推移を聞いている。
考えるヒントを与え、議論を通して「考えること」を促す。そして
「考えることは如何いうことか」と、一歩踏み込んでいく。そこに各自の
知識不足を自ら気づく仕組みになっている。当時の日記を写して気づいたが、
ソクラテスの「対話法」の真理追究を、そこで体験させていたようだ。 
素朴に深い疑問を常にもって、社会や世界を見る目を持たせるのが目的。
対話の訓練が友人に受けたのだろう、卒業まじかに多くの友人が私に集中
してきた。誰もが卒業という節目で迷っていたからである。武澤ゼミで学んだ
ことは、社会に出て、事業の組立てなどに非常に役に立った。冷静な事実の
把握と、仮説の積み上げと崩しの、繰り返しの中で計画の練り上げをして
いくのと酷似していた。要は地頭で考える訓練であった。 】
▼ 振り返ってみて、事業人生で学生時代の3人の教授と、コンサルタント
 渥美俊一に大きな影響を受けていた。渥美コンサルタントは、カリスマ的
流通革命の指導的立場にいた。 学生時代に、鈴木教授に「意志」の自覚。
野田教授に「統合(経営)」。武澤教授に「分析(冷静)」を学んだ。
独り総括をしていると、「私の人生は結局は何だったのだろう?」という、
基本的な問いが、立ち上がっては消える。人生など何の意味(価値)もない
こと位は分かっていても・・哲学を学生時代に、より深く追求しておくべき
だった。それもこれも還暦過ぎれば、それがどうした!でしかないとしても。

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5485,閑話小題 ~51回の海外ツアーで ー②
2016年03月22日(火)
    * 世界の絵画
 ベルギーのフランドル地方の古都ゲントの大聖堂にある
『フランドルの祭壇画』を、以前にみてきたが、立花隆が、死ぬ前にみて
おきたいと、わざわざみにいった絵画。この絵画はスペイン圏では、非常に
有名で、スペインから毎日、特急が出ているという。教会の定位置には、模写
の絵画飾られていて、特別のコーナーに本物が防弾ガラスの中に、監視の元で
飾られていた。模写のコーナーでは写真撮影はオッケーだが、本物のコーナー
では不可。少女が賛美歌を歌っている表情に、それぞれの内面が出ていてよい。
 ルーベンスの『夜景』と、エル・グレコの『オルガス伯爵の埋葬』、
ダビンチの『モナリザ』、ベラスケスの『ラス・メニーナス』、
ボッチィチェリの『春』、ゴッホの『ひまわり』、ピカソの『ゲルニカ』と、
このファン・エイクの『フランドルの祭壇画』を見れたのだから、これで良し
としなければ。 絵画といえば、スペイン、英国、オランダ、ベルギー、
イタリアである。 一枚の絵画の中に、さまざまな思惑、情報が詰込まれている。
ひとつ『夜景』を取上げると、ここに出てくる人たちは、自分の姿を後世に
残すため、この絵画を特注したという。 ~『夜景』をネット検索すると
《 レンブラントに発注した18人の名は中央右後方の盾に描かれている。
 その他、鼓手、少女、少年などが絵の中には描かれたほか、左側には絵が
切り詰められる前はあと2人ほどの傍観者が描かれていた。この時の支払いや
受注の記録は全く残っていないが、発注者たちの記録によれば各人が
100ギルダー、計1,600ギルダーレンブラントに払われた。これは当時の
肖像画の報酬としては大きな額である。
 絵画は次の三つの要素のために有名である。
・まずその巨大さ(縦3メートル63センチ、横4メートル37センチ)、
・次に光と影の効果的な使用、
・そして当時は不動の姿勢で描かれた軍隊や自警団の集団肖像画
 動きの要素を取り入れたことである。
『夜警』はオランダ黄金時代の絶頂期であった1642年に完成した。
この絵は題名となった(火縄銃手組合による)市民自警団)が出動する瞬間
を描いている。・・一斉に人々が動き始めたため、その下では犬が吠えたて、
左には少年が走り回っている。各隊員はそれぞれ異なった方向に体を向け、
多様な表情を見せて、隊員の動きが交錯して画面に興奮を生み出している。
いずれも体の一部分しか画面に映されておらず、全身が描かれているのは
3人のみ。》とある。 絵画を描かれる背景の意味などを知るか知らないかで、
捉え方が全く違ってくる。芸術とは、そういうことである。


・・・・・・
3648, 地震 ―つれづれに  ー9
2011年03月22日(火)
  * 日本経済はガタガタ
 TVで、新宿・歌舞伎町、新橋駅界隈、秋葉原、渋谷などの先週末の繁華街や、箱根などのリゾート地
の客の激減の様子を放映していた。 魚河岸では7割も普段よりお客が激減しているという。
街は節電で、真っ暗で、放射能が漂っているかもしれない中、外食も買い物もする気にもなれない。
先週の長岡駅新潟駅中専門店の店内には、お客の姿は皆無なほど見られない。
朝から晩までTVで、100年、1000年来の大震災の惨状や、原発放射能漏れが報じられていれば、
買い物や外食をすること自体、後ろめたい気持ちになる。これが短期的現象ですめばよいが、そうはいかない。
 3月11日をもって日本は全く違う時代に入った。比較的東北から離れている関西以南は、関東に比べて
落ち着いているが、これも時間の問題。損害は12兆円というが、原発事故への不安心理が景気にもたらす影響
はあまりに大きい。昨夜、自宅近くのイタ飯屋のサエゼリアには避難民のグループで満席であった。 
着の身着のままの服装が痛々しい。
  
  * 想定外の歴史的惨事に、あまり責任を追及しないがよい!
 この地震は想定外の歴史的大震災。原発がたまたま巻き込まれ本州全体が壊滅する可能性もある。
政府対応が悪いとか流布されているが、それより被害を最小に収めることが最優先にされるべき。その中で
民主党が野党に協力を求めたにも関わらず拒否をした。彼らは今だ、この惨事に対する認識が薄い証拠である。
現在の日本の稚拙な実態が、そのまま現れ出てしまったと言えよう。 ここは災害大連合内閣で望むべきで、
これで自民党は最期の命綱を自ら切り落としてしまった。 
数日内に自民党バッシングの嵐になる可能性がある。
民主も酷いのは分かるが・・・ 
 ーー
3283, 人みな骨になるならば -3
 2010年03月22日(月)
  人生、60歳を過ぎて、そろそろと考えていた矢先に、この百年か五百年に一度の大恐慌である。
「最後のレッスンを神が与え給ってくれたのか」と気を取り直し取り組んでいるが、それでも弱気に
なると、「自分の人生とは果たして何だったのだろうか」という原点的な問いかけが出てくる。
 一応、人生の課題は無難に? 解いてきたつもりだったが・・。丁度、良いタイミングに
   ー「人生の課題」という幻想ー という言葉が飛んできた。  
  著者は私と同じ年齢で、9年前にガンで亡くなっている。 私の中・高校の同級生が、この10年間で
 何人も亡くなっている。その彼等の天国からの代弁とイメージをして読むと、なかなか味わい深い内容
 として聞こえる。死者の視線で見れば、人生の課題も何もかもが幻想でしかないのである。
 それが虚無ということ。
  * 「人生の課題」という幻想  の項目の一部を抜粋
 「時々、宇宙における自分たちの位置を思い出してみることで、我われを幻惑する我われ自身の分泌物
 たる通念を相対化してみるのは、どうであろうか。 『人生の課題』というのは一つの幻想である。
 事業といっても世間に流通している貨幣や評判を集めているだけである。国事に奔走するといっても、
 特定のサル集団と利害を共にしているだけのこと。マイホームの夢は巣作りでしかない。
 有名になることは多くの人に個体識別されるという意味である。もちろん、そうした目標は馬の眼の前に
 ぶら下げる人参ほどの効果はあるだろう。馬が走るには、何らかの動機が必要で、少なくとも何かから
 逃げるといった走り方より、何かを目指した走り方が元気が出る。人参を追っている馬は、虎から
 逃げている馬より、幸せだろう。何よりも重宝するのは、このような鳥瞰的な視点を得ることは、
 われわれが『人生の課題』達成に敗れたり疲れた時にそれを天空から鳥瞰して、それほど大したことが
 ないと達観することを容易とする。どれもこれも宇宙の一大事にはほど遠い。われわれが失恋したり、
 事業に失敗して大騒ぎをすることも、宇宙から俯瞰すれば似たようなレベルでしかない」(p116)
 ー幻想としても、目先の課題をキーワードに解決すること、それが「骨になる間」のお勉めでは?と、
 思うのだが。それも、これも、「衣食たって礼節を知る」が、あってこそ云えるのではないか。
 これも、幻想か?
  ・・・・・・・・
2908, 「ドレス」という名のクラブ?
 2009年03月22日(日)
 二年ほど前に、クラブの新規開店の案内と一緒に1千円の割引券入りの同封された封筒が手元にきた。
「ドレス」という名が印象的で、「同じドレスなら『赤いドレス』の名のほうがインパクトが強いのに」と
思いつつ、記憶から着えてしまった。 その一年後に、開店一周年記念の案内が再びきたのでチャンスが
あったら一度行ってみようかと思いつつ、これもまた記憶から消えてしまった。ところが、先日連れの人
と居酒屋で飲んだ後、何時ものスナックに向かって歩いていたら、「ドレス」が入っているビルの前で、
そのことを思い出し、入ってみることにした。そこは高級そうなクラブといった佇まい。まだ開店直後
のため、ドレスアップした若い女性が三人、丁寧に迎えてくれた。ドレスの似合う女性は少ないから、
お客にとって満足である。30坪ぐらいの店だが、初めて入る店はカウンターに座るのが飲み助の常道。
前に立った女性に、「案内書と割引券を貰って来ようと思っていたが持ってこなかった」というと、
少し顔色が変わったのが分かった。 「あの案内は、数軒のホテルしか配ってない。何処のホテルから
貰ったのか教えて欲しい」という。 その辺をはぐらしながら飲んでいると、次々と背広族の連れ同士
の客が入ってくる。上手くいっているかどうかは、月曜日の時間帯からみて分かる。ドリンクを注文する
際に、ここはウイスキーコースと焼酎コースがあり、ウイスキーコースは4000円、焼酎コースは
3500円という。 なるほどサラリーマンが平日に関わらず次々とくるはずである。高級クラブ風に
して、ドレスアップした女性を置いて、二時間で3500~4000円ならお客は満足する。
ボックスで隣に座ればビールかドリンクを女性に頼むことになるから、自然に5000円以上になるが、
雰囲気からみて廉い。お客に支持される店は、それなりの知恵でお客のニーズを満たしている。3~4年
前から事務所の至近距離の店が一軒、繁盛していると聞いたので、ある会の帰りに一人で寄ってみた。
見ていると若いアルバイト?女性を、一組あたりに短時間にして回転させている。更に店の売りが、
ナポレオンとジョニクロが飲み放題で4千円である。この辺が決め手のようだ。これなら、客は
行くだろうと納得。私の向きではないが・・ しかし、この不景気、勝ち組?の店でも四苦八苦のはず。
・・・・・・・・
2544, パリ高級娼婦館女主人の告白 ?2
2008年03月22日(土)
 ともかく内容が異世界である。だから面白いのだが。こういう人間のベース?の世界を、真っ只中の
人物が書いているのだから、一言一言が生々しく小説のようである。 特に性欲からくる人間的な本性が
リアルである。人間研究という面で、顕わで可愛いが、人間の一番、弱い側面でもある。 娼婦の後ろに
ヒモの存在が、あまりに悲しい。髪結いの亭主とか似たような男は周辺に幾らでも居る。
「娼婦に殆どヒモが居る」というのは始めて知ったが。こういう連中が都会には蠢いていて、鵜匠の
ように見えない糸を操っている。次の内容を少し脚色を変えた物語が、今でも現在進行中なのである。。
  *娼婦はヒモがつくる
彼女たちの大部分は、田舎からパリにお手伝いの口を探しにやってくるのです。
当時 ジュロと呼ばれていたヒモは、金持ちのようにしゃれた身なりで、彼女たちの到着を駅で待ち伏せして
いました。娘たちは小さなスーツケースを持って、ちょっと途方に暮れた様子で、プラットホームに降り
立ちます。手に雇い主の女主人の住所の書かれたメモを握りしめ、とまどっています。男は何らかの口実
を見つけて、娘たちに近づくのでした。こうして、娼婦獲得のため、お定まりの小粋なラブストーリーが
始まるのです。「地下鉄はあそこですよ。でも、その前にコーヒーでも飲みませんか」田舎の雌牛たちに
なれ親しんできた娘にとって、都会のざわめきはいらつきを覚えます。カフェの中で初めて出会った男に
自分の行く先を説明するのでした。彼は驚いて 「へえ。君の行く先って、あの夫人のとこ,.」
「あなたはその方のこと、ご存じなの?」と、娘はさほど驚きもせずに尋ねます。「もちろん、彼女を
知らない人なんかいないよ。パリにはああいった女性主人というのは多いよ.こう言っては何だけど、
とても意地悪な女だよ」と、ジュロは大声で笑いながら、そして、しばらくこの娘に考える時間を与えて
から、保護者気取りで言うのです。「お嬢さん、気をつけてな。マダムは頑固だけじゃなくって、
金払いも悪いからな…」「ええ、じゃあ……」と、娘は呆然とつぶやきます。実際、娘にとっての
第一日は不運に始まりました。この見えない罠に満ちた大都会に、彼女はおじけついてしまったのでした。
ジェロは、そんな娘の動揺を見すかすように、やさしく言うのです。 「でも考えがあるんだ。
僕の母親がお手伝いを探してるんだ。彼女ってとても素晴らしい女性なんだ。
   (字数制限のためカット 2011年3月22日)
.......
2007年03月22日(木)
2179, 親の仕送り       才八∋ウ  _〆(∀`●) 
 先日の新聞に「首都圏の私大に昨春入学した子供を持つ家庭の家計負担」の実態の記事があった。
私の息子二人が一年間だけだが、自宅外通学で関東の大学に在学した時期がある。
みるみるうちに貯金が目減りをしたのを記憶している。あれから10年になるが、当時は
「一年間は仕方ないか!」ぐらいしか考えてなかったが・・ 学費とアパート代と生活費など、年間
400?500万はかかっていた。少子化問題というが、現在の日本では多産なぞ出来るわけがない。 
 ーその内容を、まとめてみるとー
:平均借り入れ金額が170万円台に達し、自宅外通学者は207万円、過去最高になった。
:毎月の仕送りは初めて月額10万円を割り込んだ。6年続けて下がり続けており、
 家賃をひいた生活費は平均は3万9千円。
:自宅外通学者の初年度の負担が307万円。
:入学費用の銀行からの借入者が30・7?。207万円。自宅通学者で25?の世帯が借り入れを
 していて、138万円という。自宅外と自宅の通学者平均174万円。
  ーーーーーー  
これからみても、厳しい実態が窺える。両親にしてみれば、胸突き八丁というところだろう。
苦労して育てても、結婚すれば嫁か娘婿に疎んじらる。これも順番であるから仕方ないが。
40年前になるが、昭和40年前半の頃、私の寮費は水道・ガス・電気代込みで4千円。学費は
家から学校に直接振り込み。家賃も大家に直接振り込まれ、生活費が郵便為替で1万5千円の送金。
生活費と交通費と小遣いで、手元には何も残らない程度であった。使いすぎて生活費に困ったことは
一度もない。家からは、父親が3ヶ月に一度位に、米と柿の種と、インスタントラーメンを送って
くれていた。手元には常に子供の頃から貯めていた10万円の現金が部屋に隠し置いてあった。
(当時としては現在の70万円位か)今から考えてみると、一種のお守りみたいなものだった。
都会では誰も助けたり、優しくはしてくれない。最後はお金であると、かたく信じていた。
しかし、手をつけたことは一度もなかったが・・・卒業の一年前になって、急に父が寮に寄って、
寮の貧乏暮らしの実態に驚き、仕送りを二倍にしてくれた。これで大學生活は急に華やな舞台に
様変わりをした。このとき、お金の有り難さをいやというほど知った。気持ちの上で、これだけ
リッチな気持ちになったのは人生で初めて。少なくとも一年間は一挙に二倍の収入アップで、
小さな段差の幸せを味わった。まあ、恵まれていた!ということか。
人生を振り返り、恵まれていた!と言い切れることこそ、豊かな人生ではないかと、学生時代の
断片を振り返って実感できる。この程度でだが!解釈、解釈、考え方、受けとめ方!(π`)ノばあ?い
ーーーーーーーー
2006年03月22日(水)
 1814, WBC?まさかの、日本が優勝!      才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*)
WBCで、日本が優勝するとは誰も思っていなかっただろう。韓国戦で二連敗をした時には、こんな
ものだろうと白々とした諦めの気分になった。この冬期オリンピックで、日本の最低の負け様を見せ
つけられたからだ。今回の勝利は日本のスポーツ界にとって、今だかってない偉業といってよいだろう。
まさか大リーグの選手が多くいるアメリカと中米のチームの中で、日本が勝てないのは誰の目にも
あきらかであった。4勝33敗のキューバに寄せ集めの日本が勝てないと思うのは、当然である。 
中盤まで勝っていたとしても土俵際で軽くウッチャリと過去の経験が示していた。それが・・・・   
何と勝ってしまった! 日本の野球にとって、歴史的な勝利で、球界の神風になるだろう。この勝利は
アメリカにとってプライドが地に落ちてしまった。審判に怪しげな人物を配置したり、ルールを
アメリカに有利にしても、敗北したのだから! メジャー・リーガーがゼロのキューバと、二人しか
出てなかった日本が決勝戦に勝ち進んだのも皮肉である。
松井も事情があったとしても、イチロウと選手としての商品価値が大きく開いてしまった。
韓国戦の準決勝と、この決勝の緊張感はそうそう観ることはできない。
 ー今回のWBCで印象的な場面とキーポイントは
・デービットソン審判の意図的?誤審
・韓国に連敗後の、準決勝の勝利と、韓国の日本への敵対心と、その民度のレベル?の露出
・メキシコのアメリカ戦での、マサカの勝利
・イチロウのプロの執念
・短期決戦でのスモール・ベースボールの勝利
「僕の野球人生で最大の屈辱を味わった」と、韓国に二連敗をしたときの言葉が、日本の選手に火を
つけた。優勝後のイチロウのコメント「最大の屈辱を味わい、最高の気分を味あった」と、
「選手としてつぶれても、このWBCで勝つことに全てを注いだ!」が印象的であった。
 イチロウ日本の勝利といっても過言ではない。イチロウの力と、王監督が重なってチームとしてマトマリ、
 まさかの優勝になった。飛び石連休に丁度良く、準決勝と決勝が重なってくれた。  
・・・・・・・
2005年03月22日(火)
1449, BOSEのステレオ-4
「利益は全て研究開発に投資する、投資家の配当はなし」が会社の方針というから、アメリカ的でない。
現在も株主は殆んど配当金を貰ってないのだ。音響研究開発集団をめざすことが、この会社の行き方。
株主にとっては、目先の配当より売却時に株価で利益を得れば良いのだ。
 ー以下はボーズ社のパンフレットの要点をまとめたものー
会社の創業が、MIT(マサチュウーセッツ工科大学)の一研究室という。
 (字数制限のためカット 2010年3月22日)
・・・・・・・・
2004年03月22日(月)
1083, 「80対20」革命 ?2(読書日記)
この本は、簡単に言えば、いま「創造的な個人を中心とした新しい経済」が出現しつつあり、つまり、
個性を発揮して新しく有益なものを作りだす『80対20人間』こそが次の時代の担い手であり、
その一人になりたい人には、どんなビジネスが可能か、そのための方法があるかを説いている。・・・
 特徴的なのは、「何かを創造したいなら、まず自分の20?のスパイク(強み)を見つけ、伸ばさなければ
ならない。新しいビジネスをつくりたいなら、ビジネスについて考えることからはじめてはならない。
自分自身について考えることから始めるべきである」個人の中にある20?のスパイク(強み)に対して
忠実であるべきである。この並外れたスパイクを自分で見つけ、強力に育て上げなくてはならない。
そして「取るに足りない多数」を外に外注に出し、エネルギーを「きわめて重要な少数」の20ー
に注ぐことだと主張している。
20パーセントの人々の生産性は80?の人々の4倍ではない、何とその二乗の16倍なのである。
 (字数制限のためカット 2010年3月22日)
・・・・・・・・・・
2003年03月22日(土)
717, 温帯魚
 事務所で温帯魚を飼っていた時、よく熱帯・温帯魚の専門店に餌を買いに行った。その時に店の片隅に
小さな鯉が、タライにいっぱい入っていた。場違いの存在に「何でこんなものを売っているの?」と聞いた。
店主が「餌だ」とばつの悪そうに答えた。思わずゾッとした。料理屋の生簀の魚を見ても何とも思わない
のだから、不思議なものだ。鯉は20~50万が孵化して、選分けられて数匹以外は肥やしか、餌として売られる。
 事務所で温帯魚を飼っていたとき、2^3日に一匹の割合で魚が消えていった。不思議だと思ってみていたら、
ハリセンボンが目の前で小さな魚を追いかけていた。まさか、ハリセンボンが食べていたとは想像すら
できなかった。一匹の魚は頭を岩の間に隠したまま、尻尾のほうが三分の一食べられて死んでいた。
もちろんすぐに隔離をした。ある種類の温帯魚だけを数匹飼っていたときに不思議な現象をみた。
ある一匹が他の一匹を執拗に追いかけていた。ところが一番大きい一匹がいつも中に割ってはいるのだ。
たまたまそう見えたのではと思ってみていたが、そうでなかった。どういうことなのか今でも理解できない。
あまりにも巨大になり鑑賞用としては耐えられなくなり全て店に返してしまった。
そして現在は金魚だけである。ランチュウだけに絞り10匹を飼っている。温帯魚を飼っていたときは、
どんなに見ていても飽きないのだ。傍から見ていたら不思議な姿だろう。
・・・・・・
2002年03月22日(金)
353、流通再編ーウォルマートの進出
 旅行の留守の間の新聞をみていたら、3月15日付けの日経にウオルマートの西友の買収の記事に驚いた。 
当然といえば当然だが。これでジャスコヨーカ堂ウォルマートとの3極の再編成が、この4?5年で
始まるだろう。ユニーなどの地方の準大手や中堅企業のSMも、吸収か倒産のどちらかの選択に迫られる。
この3極の一角も10年以内に倒産に追いやられるのは、アメリカのKマートの倒産を見れば当然。
自動車業界や電気業界と同じ世界に、流通もおいやられるということだ。まずはダイエーの淘汰は
この数年で必至だ。そして今最盛期を誇っているホームセンターも3?4年先から倒産の嵐も必至である。
もちろん地元の原信やウオロクなどは、そのどこかに参加するか消滅しかない、面白い時代になってきた。
といって全ての企業がこの数年で存続か消滅の岐路に立たされている。最終的にダイエーを買収すると思って
いたが、西友とは思ってなかった。SMのスパーセンター(1500?2000坪)あたりを狙ってくる
のは当然だ。仕事人生の前半に流通業に身をおいていたから、その競争世界の激しさに震撼とする。
地方(痴呆)豪族化していたー(ペガサス主幹の渥美俊一)痴呆スパーの淘汰に入った。
ー地方豪族化を敢えて説明すると、自動車販売会社やケーブルTVとか、
印刷会社や貸しビルなど持つ??などの地方スーパーをいう。
 ーあくまで渥美談ー