つれづれに

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 今日のブログ
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  今日のYoutube

 今日の夜は中学校の同期会。年3回は開かれて
 いるが、25人位は集まるのだろう。
同級会を含めると、もう40年は続いている。
地方生活の良さの一つだが、まあ、よく続いている。



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3476, 秘・異郷ツアー、よもやま話 ー12
2010年10月01日(金)
  * 次のツアーの選定の仕方
ツアーの選定を、どのようにして決めるのか?その都度に選定の
プロセスがある。多いのが直近に行ったツアー仲間の情報と、自分が、
その時点で行きたいところを数ヶ所あげて、その資料を集めるところから始る。 
まず直近に行って良かった周辺を探すことが多い。エジプト・トルコが良かった
直後にイスラエルが面白い!と聞いて資料を集めて決断。そして、次はシリア・
ヨルダン・レバノンのコースを決めるとか。インドに行って、ネパールに行き、
その後、中国のウィグル地区からカラコルム・ハイウェーを通って
パキスタンに抜け、アフガンの国境の麻薬通りに行くコースの順に行ったりとか。
一ヶ所から周辺の二ヶ所を選ぶケースが多い。それを結んで行くと、それが世界
一周コースになったりする。スペインも中央、南、北スペインの三ヶ所だったり、
オーストリア、スイス、北イタリアも、そうだ。 南米も、同じ理由で行き先を
決めていった。情報は、その都度行ったツアー仲間と添乗員が、その最大の
情報源。他の人も同じこと。従って聞くほうも聞かれる方もオープンになる。 
国内では単に自慢話になるが、旅行先では情報交換クラブ仲間になる。
インド派、アフリカ派、欧州派、南米派、遺跡派、シルクロード派など、
その人により違ってくる。万遍なく行っている人は、「旅行道派」になる。
 私の経験からすると、一度行って良かった処に通い詰めるのも良いが、
やはり万遍なく色いろな世界を見ておいたほうが良い。TPOSもある。
ある人が、これから世界中を10回行くとしたら、どのような場所を選ぶか?
《 南米三ヶ所、アフリカ三ヶ所、カナダ、ウィグル・カラコルム
  北スペイン、スイス》と答える。それか、船旅で百日間世界一周コース
があるが、あれでも良い。そこに行ってから付け足しをするのも合理的である。
一人150万が高いか、安いかを如何に判断するかだが。集中の妙である。
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3101,返済猶予法案の成立から見えてくること! -2
2009年10月01日(木)
 返済猶予法案の成立が現実味を帯びてきた。無理だろうという一般的な
見方だったが、面白くなってきた。実際のところ、こうでもしないと中小企業
はもたない、と前回書いたとおりである。新聞やマスコミの論説などからし
実態の厳しさが分かってない。「昭和初期の恐慌ほどではない」とか、
藤井財務大臣が言っているが、その数倍の津波が来ているのが理解できない?
 (字数制限のためカット2011年10月1日)
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2736, 正直こそ、最大の正当防衛
2008年10月01日(水)
 議論に絶対負けない法 -4          読書日記
学生時代に、「青雲寮」(25人)という名の寮に4年間いた。三日前にも40年
ぶりに訪ねた夢をみた。夢の中の寮は部屋も40年前のままだったが、古くて
瓦解する寸前の汚い風景。そこで初めて知ったのが、見たことのない世界。
今回は夢がテーマではないので詳細は書かないが、北は秋田から南は福岡
までの人種を知った。こでまず驚いたのがウソを平気で言う何人かの人。
8人兄姉の末っ子のため、ウソなど必ず見抜かれることを体験上知っていた。
しかし、それは私だけの話し大体、15%の割りでいた。(もちろん、ウソを
付く程度のレベルで言っている。人を陥れるために付くウソを平然と言うと
人種のことである)正直であること、それが一番の自然体ということは、
特に母から常日頃いい聞かされてきた。だから、それが当たり前ということは、
圧縮された異種の人間の集合体ではベースではないことを、そこで知った。
しかし長い人生を歩いて、正直こそ一番の力になることを知った。
反面、正直とウソさえ知らない人種がいる。 それは無知の人間である。 
ただ親の価値観を引き継いで、その価値観の中で生きていて、その価値を
疑ったこともない人たちが大部分だろう。 自分もそうなのだろう。
その価値観に従うことが正直なのだろうから何がなんだか分からなくなる。 
 -次の箇所が、そのあたりの人間の歪みを、言い表している。
 p-93
私たちは子供のころから本当のことを言いなさいと諭され、人生のさまざまな
場面において「正直は最良の策」だと確信するようになった。だが、一生の
あいだに、真実を語る事に、ほとんど上達しない。おかしなことに、私たちの
社会は正直であることを奨励しない。大学に「真実を語る法」と題する
講座はない。「うそつき自主治療協会」など、というものもない。 
真実を語る人だと自称する人には一度もお目にかかったことはないし、
もし自分の言うことは全部本当のことだという人がいたら、私はくるり
向きを変えて逃げ出す。私たちは幼いころの経験から本当のことを言うと
たいていは罰を受けると学んだ。本当のこと書うと、負けるか、拒否されるか、
追い出されるかだ。悪いことをして、それを正直に告白すると、たとえ悪気が
なく些細なことでも、たいがいは罰を受ける。自分が怖いと思ってることを
正直に言うと、馬鹿にされる。  (字数制限のためカット2010年10月1日)
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2007年10月01日(月)
2372, 人は60歳で何をしたか                  
 *「人は60歳で何をしたか」 藤原治・著 文芸春秋  ー読書日記 
何度もここで書いたことだが、50歳になった時、今後如何に生きようか?と
一年考えた末に、「この十年で、60歳以降も含めた全ての人生を生きよう」
という結論に達した。そして、そのつもりで生きた。現在に至って、この
コンセプトは正解だったと自己満足をしている。これは他人が評価する問題
ではない、自分自身のことである。 昨年の一月に還暦を迎えた時に、
「この10年間の生き方は満足できたが、次の10年をどのように生きようか? 
そのコンセプトを一年間考えよう」と決めた。正直にいうと、その満足できる
結論は出てない。しかし大よそ考えたのは「この十年生きてきた中で、やり
残したことが幾らでもあったはず、それを追求だけで幾らでもあるはず、
それを探せばよいだけ」である。「やり残しを探し、一つずつ潰していく」
しかし50代のコンセプトからみると、何か攻撃的ではない。
50代のそれは好きな世界秘境ツアーを可能な限り行けばよいし、
嫌なこと、嫌な人間のいるところに、一切顔を出さなければよかった。
秘境・異郷旅行を徹した?上に、このHPの文章を遺言と思いを書き足せば
良かった。他に身体に害にならない程度に美味い酒を楽しめばよかった。
これまで読みたかった本は幾らでもあったが、それを読めばよかった。 
その結果、60歳になった現在、何か張りが無くなってしまった。この10年間、
少し無理してきたこともあり、唯我独尊の生き方でもあった。50歳で人生の元
を取った実感があったし、60歳で人生の余白も埋めた実感を持てた。そこで、
他の同じような年代の人は如何なのか、気になりだした?
(いや、それより60歳代のコンセプトを満足してなかった!からだ)
ところが面白いもので、丁度良い本を図書館で見つけたのが、これである。
それを読むと、60歳の地点で様々な人生の立ち向かい方があるのに驚かされた。
意外に老成している内容が多いのには驚いたが、えり抜かれた人は当然ながら、
それぞれの人生に最大限の努力をしている。この本を読んでみて、小さな世界
に満足していた自分の卑小さが合わせ鏡のように見えてくる。生きてきたように
しか、その後も生きられない。それでも真摯に生きてきた人は、その後の人生
でも枯れるのではなく、むしろ成長しているのが解る。次回からは、その印象的
なところを抜粋しながら考えてみる。同じ歳とはいえ、比べようもない相手では
あるが、自分が情けないような、悲しいような気がする。これは生まれた
天分だから、仕方ないとしてもである。二度とない人生、一日一生の思いを
更に深くすれば良いのだが!
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2005年10月01日(土)
1642.マグロ屋福助ー亭主・宗親の独り言・・1

1, 人生を見せてもらいました!  
 宗親

居酒屋を二十数年も経営をしていると、社会の裏表が見える。
人生を人の数十倍、いや数百倍も見たように思える。

・数年前まで羽振りの良かった人が、今は乞食をしているとか。
・あのお客が会社の金を使い込んでいたとか。
・がんで亡くなったとか。
・かけ落ちをしたとか。
・実の娘に手を出し、子供ができたとか。
・遠くの親戚から、思わず数億の遺産が転がり込んだとか。

ここで書けないような犯罪の話の内容を聞いた。
それらを中心にボチボチ書いていくつもりだ。
まあ人間は酒が入ると、人間性が丸出しになるし、
幼稚になるからね!
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2004年10月01日(金)
1277, [人生の目的]ー五木寛之著ー読書録

 数年前に話題になった本だが、当時あまり興味を示さなかった。
先日、たまたま図書館にあったので借りてきて読んでみた。
幼児期のころから、かなり厳しい生活体験をしている為、
書いてあることは暗いが、しかし重い。
彼のーあとがきにかえてーの一文が、全てこの本を伝えている。

ーー「人生に決められた目的はない、と私は思う。
しかし、目的のない人生はさびしい。寂しいだけでなくて、むなしい。
むなしい人生は、なにか大きな困難にぶつかったときに、つづかない。
 人生の目的は、「自分の人生の目的」をさがすことである。
自分ひとりの目的、世界中の誰ともちがう自分だけの「生きる意味」を
見出すことである。変な言いかたになるが、
「自分の人生の目的を見つけるのが、人生の目的である」と言ってよい。
そのためには、生きなくてはならない。生きつづけてこそ、目的も明らかに
なるのである。「我あり、ゆえにわれ求む」というのがわたしの立場だ。

 その目的はナカナカ見つからないものである。
確実に見つかるのは目的でなく目標である。
目標は達成されれば終わる。残るのは達成感だけである。それも直に
薄れていく。

 人生の目的とは、おそらく最後まで見出すことのできないものだろう。
それがいやなら、もうひとつ、「自分でつくる」という道もある。
自分だけの人生の目的をつくりだす。それは、ひとつの物語をつくることだ。
自分で物語をつくり、それを信じて生きる。
しかし、これはナカナカむずかしいことである。
<悟り>という物語、
<来世>という物語、
<浄土>という物語、
<来世>という物語、
<輪廻>という物語、
それぞれが、偉大な物語だ。
人が全身で信じた物語は、真実となる。

ーー

以上だが、深い人生を生きてきたからこそ、このような文章が書けるのだ。
最近、両親の生きざまが、いやに思い出される。
私にとって両親を尊敬できるのが、本当に嬉しいとつくづく思う。
あと5年もしたら、どうしても過去を振り返りながら、
ソフト・ランディング態勢に入らなくてはならない時期になる。
その時人生を振り返っテ「自分の人生の目的」とは何だったのだろうか、
と総括をしなくてはならない。
苦しいが、しかし冷徹に自己評価をしなくてはなるまい。

この本に、前回借りた人が書いた、メモが挟んであった。
達筆な年配の人のような字だ。
それを書き写してみる。

「他力の信は義なきを義とす。
 生きている限り生老病死の影は、私たちにさしつづける。
 このことは、わがはからいにあらず
 災難に会うときは会うがよろし
 死ぬる時は死ぬがよろし
 
 人生は暗夜の山中行である
 人は彼方の灯火に勇気づけられる
 それを他力本願という」
 
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2003年10月01日(水)
910, 人生の縮図

 先日、ある世界を垣間見た。
といって書くには、あまりにシビアな世界であった。
しかし、それを書くのが随想日記の真骨頂である。

 ある売り物の物件を見にいった時の人生模様である。
生々しい状態であった。
「あるリゾートホテルをどう転用したらよいか見てほしい」と頼まれた。
半年前に経営委託を受けた人が、支払いができないで逃げた直後。
オーナーが嫌気をさして混乱しているという。

 現場に行くと数日前まで営業をしていたのが、ありあり。
給料2か月分をまだ貰えない行き場のないマネジャーや従業員が3人いた。
彼等はそこで働き出して半年、派遣会社の身分で、保障は全くないという。
現在の日本の姿が、そのまま現れている状況であった。

 これ以上の景観がない位の場所にあり、オーナーが半分趣味で建てた
素晴らしいリゾートホテルである。
夫婦して80歳を過ぎた高齢の為、維持が出来なくなってしまったのだ。

 実家の衣料ディスカウントハウスを五年近くみていたときは、そういう現場
は日常茶飯事であった。
夜逃げ直前の現場から買い付けをする場面など、何回も経験してきた。
問屋を数十軒も回っていると、何処かで危ないという噂を聞く。
知らない顔をして平気で乗り込むのだ。
安く良い商品のことしか頭がなかったからできたのだろう。

 しかし今の事業を始めて二十数年は全く無かった。
ー違う形の人生模様は多くあったが、倒産という修羅場は無かった。
その当時はドライに割り切っていたし、深く対象を見る余裕など全くなかった。
しかし、この歳になるとその背後がよく見えるのだ。

 どんな時でも、弱者の立場に立ってはならないのが現実社会である。
自分が経験したこと以外は、何を理屈を言ってもイメージの世界でしかない。
可能な限り経験を積むしかない。
中村天風でないが「積極一貫」で経験を積むしかない。
自分が経験した範囲で対象が見えてくるのを今回つくづく知った。

 ここまで変化が激しい中で、変化に対応するためには、自分が変化の先端に
立つしかない。  変化の拒否は自殺行為である。

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デフレと対策
      2002/10/01

現在上手くいっている店を見ていると、やはりデスカウントの業態の店である。
それも思い切って、20年前か25年前のプライスを打ち出しながら、
現在の嗜好を取り入れた店や会社だ。

衣料品は20年前の半値以下の商品が多くなってきた。
自転車も、半値か四分の一だ。
電気商品もしかりだ。

落ちないのが公共料金だけである。
ホテルの値段もその様相になった。
ラーメンの値段も落ちてない。
過去の三次産業の異端は価格破壊である。
そうすると落ちてないのが狙い目である。

先日TVで180円のラーメンチェーンを紹介していた。
マクドナルドのように、徹底した機械化を厨房で図っていた。
吉野家松屋の牛丼も400円を280円に下げた。
そうすると他の甘いラーメン屋とか何でもや食堂のお客が流れてくる。

先日に法事で帰ってきた姉が、面白い温泉旅館にいってきたと教えてくれた。
関東圏の温泉旅館で、4名以上で一泊二食で4500円という。
予約をすると東京周辺のJR駅の近くの三箇所の指定した場所、
にマイクロバスで迎えにきてくれるという。
更に食事のときは従業員が即興の演劇をしてくれたり、
とにかく飽きさせないようにしてあるとか。
社長はつなぎを着て陣頭指揮にあたっているという。
先ずは安く、そして価値があればお客は殺到する。
「もうそういう時代だよ!」とつくづく言っていた。

何かどこかで聞いたことがある話だと思ったら、
そうアメリカの航空業界の異端児で大不況の中、飛躍的に伸ばしている
サウスウエスト航空を温泉旅館版に換えただけの話である。
斜陽産業の温泉旅館が良くぞ考えたものと驚いてしまった!!
(こういうのをベスト・プラクテスという)

客の立場にたてば,全く違った設定ができるのである。
淘汰されている所は、ただ不況と仲間内で傷を舐めあっているだけだ。
発狂してベスト・プラクテスをするか、廃業するかどちらかだ。
今更発狂はできないか??!!
(発狂とは、出来ない人の目から見たベスト・プラクテスのプロセスを
踏んでる姿)