つれづれに

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  今日のYoutube

 花の都のパリのテロ、前代未聞である。
テロというより、戦争に近い状態。観光業にとっても
大打撃だろう。さっそく、ユーロが下げた。
難民問題と、テロが欧州の大問題になってきた。
二年前までは姿も形もなかった「IS」が、世界を大きく
揺すぶりだした。 シリア、イラクでは、逆に、無人爆撃機
虐殺されているのだろうが、これは報道から消されている。


・・・・・・
2782, 浅井さん
2008年11月16日(日)

 十年前の「随想集」の中にあった、「浅井さん」という文章である。
ホノボノとした三人の人間性が雀の雛を通して伝わってくる。
「随想とは、こういうものだ」と、教わるようだ。
 ---
ー浅井さんー          諏訪崎はるえ
 数か月前、我が家の隣の古い家屋が取り壊された。隣は軒先に雀がよく巣をつくるので、
子雀達はどうなるのだろうと、私は気がかりだった。ブルドーザやシャベルベルカーが現れて、
一時の間に家は壊われた。 日暮れ近くになって、庭に若い作業員が二人、敷地の隅に駆け
寄って行ってしゃがみ込むのを見た。「雀?」フェンス越しに私が問うとヘルメットが頷いた。  
掌に渡された子雀一羽に、私はうろたえた。うぶ毛も生えていない赤裸の雀である。
何とかしなければ……と、気持ちの焦る中で、ふと、以前に浅井さん夫妻が雲雀の子を育てて
巣立たせた事があったのを思い出した。電話をかけてみると、雀の子育てを引き受けて
下さるという。折よく在宅だったご主人の運転で、二人揃って車で雀を迎えに来てくださった。 
その数日後、浅井さん夫妻には長女の方の嫁ぎ先へ行かれる用事ができて、雀は一時我が家へ
帰って来た。我が家には猫がいる。猫どもに気づかれぬよう、私は鳥籠を二階の押入れへ隠した。
餌をやる時には、金庫でも取り出すようにお出まし願う。 浅井さん夫妻は、遠路を二日ばかり
の滞在でとんぼ返りされて、また雀を迎えに来てくださった。"私は、肩の荷を下ろした。
と同時に、浅井さんのご苦労が思われて、期待をかけて負担になっては…と、
「煮るなりと焼くなりと、浅井さんにおまかせします。どうせ、助からなかった命ですから…」
と、そんな事を言って、あとは電話もしなかった。それから、どのくらいの日数がたっただろう。
浅井さんの奥さんからお電話を頂いた。すっかり(雀が)育って近々巣立たせるから、是非見に
来てやってください、とのことだった。私は出かけて行った。 雀は、軒先に見るような雀に
なっていた。奥さんにすすめられて鳥籠に手を入れると、雀は、親し気に私の肩や腕に止まった。
「アラ、助けてもらった人はよくわかるのね」と、奥さん。 とんでもない…。
 障子の向うで、もう一羽の羽音がするのである。 奥さんが笑いながら話されるにはー。 
雀を預って頂いたすぐあと、今度は次女の方がお勤め帰りに燕の子を拾って帰られて、
それもご夫妻で育てたということだった。…私は、言葉も出なかった。雀も燕も、同じ年頃(?)
とあって、二羽とも飛行の訓練に余念がなかった。お茶をよばれながら、「それでね…」など
と話していると、障子の向うの二間続きのサンルームを燕の羽音が過ぎて行く。向きを変えて
帰って来る。障子のこちら側は雀…。私は、おかしくてたまらない。 そこでー、奥さんが
また楽しい話を披露してくださる。雀には練り餌を、燕にはミジンコようの虫を餌にする
のだが、あるとき試しに雀にもミジンコを与えてみた。雀は、ミジンコは食べない。
食べないながらも、ミジンコは離さないでしっかりと嘴にはさんでいる。
燕が寄って行って、「頂戴!」というように首を傾げるのだけれど、雀はやらない。
くるりと後ろ向きになったりして、意地悪をするのだそうだ。やがて、雀も燕も無事に
浅井家を巣立って行った、と報告を受けた。 鳥の行方を心配気に見守る浅井さん夫妻と
娘さんのまなざし。軒端の上のぽっかりと透いた青空まで、目に見えるようである。
--
ところで、この雀、生きていけたのだろうか?私の知る限り無理だと思うが!
最期まで飼うのがベスト? 庭に籠を置いて、入り口をオープンにしておく
方法もあるが。要らぬ心配か!

・・・・・・・・・
2007年11月16日(金)
2417, よく生きる -2
 ´       ・ω・)ノはよー
                             -読書日記ー   
 この数日の間、この4つの問題を私の経験を照らして考えてみた。
自分は本当に「 よく生きてきたのか?」という自問自答である。 
やはり、根本的なところが欠けていたいたようである。「万人が、そのはず? 
気がつくかつかない人もあろうが」と自己弁解をしながらだが。無神論に近いが、
やはり最期は「絶対者の元へ帰っていく」という確信は必要ではなかろうか?
生きてきた過程で現在、こう在らしめている何か=Xを、神として心の底に
置かなければならなかったのでは? という自問自答である。真面目に、健全に、
前向きに生きていれば良いだけだが・・ まずは、4つの問題の二つの要点を
ーはじめにーの中から抜粋してみる。
    -- 
  ーはじめにー
旧友のクリトンが「無実の罪なのだから逃亡すべきだ」と脱獄をすすめにきた時に、
語られた言葉です。ソクラテスが言うには、私たちは長いあいだ哲学してきたが、
その哲学の原則は 「もっとも大切にしなければならないことは、生きることでは
なくて、善く生きることである」(『クリトン』48B) というのではなかったか、
と。ただ生きること、なにがなんでも生にしがみつくこと、何の理想も意味づけも
なしに、動物のように生存欲のままに生きつづけることが人間の生なのであろうか。
それとも「人間の生」は「人間らしい生」でなければならず、それが「善く生きる」
ということではないのか。ソクラテスの弟子の端くれと思い込んでいる私は、
この小著で、この問いに正面から取り組みました。
 以下に展開する私の論点は、次の四点です。

(1)幸福とは第一に、自己実現です。
人間はまず、自分自身の力で、やりたいことをやって生きなければなりません。
それが、「人間が自由で自律的な存在者である」ということの基本的な意味です。
それだから、自分で自分を支えられないような人生、他人に命令されるがままの
奴隷的な人生であってはなりません。幸福とは、道徳的に優れていることを核と
しながら、各人が素質的に持っている優れた能力を、可能な限り十全に発揮する
ことです。 人間の存在が根本的に自分自身の存在の維持拡張である以上、
この思想に異議を唱えることは誰にもできないでしょう。しかし各人が自己実現
励む社会は、必然的に競争社会になります。たしかに、人間は競争することに
よって能力を向上させ、文明を発展させ、社会を活性化させます。だから、
学問的にせよ、経済的にせよ、政治的にせよ、能力を自由に発揮させ、競争させる
ことが、人類の進歩のためには必要でしょう。しかし他方、人間には生まれつき
ゆえに、あるいは生存条件のゆえに能力上の差異がありますから、競争社会には
否応なしに勝者と敗老が生れます。どれほど社会福祉政策を徹底して社会的格差
の減少に努めても、能力の差異がある以上、社会の階層的格差がなくなることは
ないのです。そこで、あらためて人は何のために生きているのか、を問わなければ
ならなくなります。
(2)私の考えの第二点は、自己実現は人間が生きるための条件であって、
その意味ではないという点にあります。人の本当の喜びは、実は自己実現のうち
にあるのではなくて、他者との交わりのうちにあるのです。他者とは自分の自由に
できない者、自分のうちに取り込めない者、自分を否定しうる者、そういう意味で
無限に高い者です。そういう他者に対しては、私は一方的に善意を捧げ、ひたすら
仕えることができるだけです。もし私が他者に命令し、暴力を振るい、服従させて、
他者を支配下においたならば、そこには、すでに他者は存在せず、肥大化した
エゴイズムが置き去りにされているだけなのです。私がエゴイストとして暴力を
振るう時、その瞬間に他者は退去します。どこへ。「存在のかなた」へ。
それだから、私の善意の奉献に他者が応答してくれたとき、この応答は想像を
絶する喜びをもたらすのです。なぜなら、私が自由にできない者、私が自分の
うちに取り込めない者、私が支配できない者が、かれの自由の深淵から私に
善意を贈ってくれたからなのです。それは奇蹟です。それが愛であり、交わり。
愛は、強者が力で獲得するものではなく、弱者が祈りながら待つものなのです。

 ー字数の関係で第三と第四は次回になりますー
他者との邂逅は、決して徒党を組むことではない。他者が善意の奉献に対して
応答してくれた時、かれの自由の深遠から善意を贈ってくれた時に自己実現
意味がでてくるのである。 o(*・ー・)〇"ぐっ♪o(*・▽・)ノ"ばーい♪
・・・・・・・・
2006年11月16日(木)
2053, たとえ他人の過ちが90?であっても
                 才八∋ウ_〆(∀`●)
いいですか、たとえその人のあやまちが90?であり、あなたのあやまちが10?
であるにしても、あなたは90?のことを考えることより何も得ることはできません。 
何故かと言うと、あなたはそのことをどうすることもできないからです。
ところが10?からは、とても大事なことを学ぶことができるでしょう。(ユング
ーー
ある本に引用されていたユングの言葉が心に残った。ユングフロイトの理論に
共鳴して精神分析を始め、フロイトも自分の後継者をユングと期待していた。
しかし途中から二人の意見の食い違いが大きくなり決別してしまった。
そこでユングが考えたのは、「互いの理論の誤りは人間のタイプの違いによる
のではなかろうか」ということである。同じ現象でも、感情によって判断する人と、
理性によって判断する人は、受けとめ方も違ってくる。それぞれが、それぞれの
理由や合理性があるはずである。 かりにどっちかが間違っていたとしても、
相手の考えを変えることが出来なくとも、自分の考えを変えることは出来る。
理論の対立だけでなく、我われの日常のことでも使えることだ。隣の人が教えて
くれるような忠告だが、深い内容である。この理屈を少しでも実践すれば、
家内などとの些細な事などに、いちいち対立することも激減していただろうに・・
些細なことなど、相手に従いなさいということになる。「他者不可知論」と同時に、
深く考えなければなるまい! 熟年期を向かえて何の準備の出来ていない同年代
の群れの悲哀の姿が、あまりに生々しい。
・・それも他人の90?の誤りと思い込んでいるでしかない。それぞれのタイプが
あるのだから。家内相手に、これを実践したら毎日の生活では隷属することに
なるんじゃないかい? 夫婦間で超然としているわけいかないだろう? 
心の奥で思っていればよいことか! (;´-`).。oO (ぇ・・マジ!)
                   (。^0^。)ノサイナラ!
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2005年11月16日(水)
1688, アメリカ資本主義 "実体は巨大な政府"

 数日前の読売新聞のトップページ「地球を読む」というコーナーに時々、
米国の未来学者のトフラー夫妻が寄稿をしている。 今回のテーマが何と
アメリカ資本主義”実体は巨大な政府”」であった。目を疑い内容をジックリ
と読んだが、間違いなくそのテーマを論証するものであった。                       
ー以下はその概要であるー        
 ドイツやフィンランドの細々した規制社会とは違い、アメリカは規制の
少ない警官も少ない国というイメージとは全く違った内容。ほかの国と違うのは、
アメリカだけが、規制の少ない自由の国として紹介されていることだけ」という
論旨である。        (o ・д・)ツ⌒□ 号外!!号外!!
 (以下、字数の関係でカット2008年11月16日)

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2004年11月16日(火)
1323, まさか、地元で大地震!ー13 
            Σヽ|゜Д゜|ノ┌┛☆【びっくら!】
やっと収まったと思いきや、昨日も震度三の地震があった。しかし三週間
以上も余震とは、全くシツコイ。道路などの公共施設の損害が約2000億円と
発表されたが、まだ膨れあがるだろう。学校や役場なども酷い状態とか。
民間を含めたら、その倍だろう。「被災地の多くの家の躯体は大丈夫だが、
内部が目茶目茶で使えない」というのが実体だという。屋根瓦が雪国用に厚く
作られている為、重量がかかって押しつぶされている。青いシートが多く屋根
にかかっているのでよく分る。特に長岡の悠久山よりの住宅に多い。
新幹線も、「トンネル内部などの損傷が激しく実体を発表できない状態」との
話も洩れ聞こえてきた。1~2年、いや数年、という事も考えられるが、
これだけは予測が付かない。まだ高速道路が通るから救いがあるが、何と
いても新幹線の影響は大きい。長岡、新潟駅の専門店など如何なるのだろうか。
 いや他人事ではない。
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メルクマール  堀井 
11月12日
・今朝方はAM2時半位に震度1~2の地震あり。何だこの程度か、せっかくなら、
 せめて3~4位になれと!思う余裕も出てきた。これは被災の大きい人達に悪いと
 考え直したり。それでも一時であるが大雨が降ってきたが、ダムの土石流は
 大丈夫か心配になる。 
・東京に出張を控えていた人達が、そろそろ出張に行きはじめた。
 長岡を新幹線で朝6時40分に出たら、10時に東京に着いたとか。
 来週、仕事で東京に行くとか。バスが一番手ごろのようだ。それにしても、
 駅は可哀想なぐらい人が少ない。毎日のように長岡駅の専門店に通勤の帰り
 道によって、大幅値引きの弁当や酒の肴を買っている。売れないため、
スーパーの半額以下。いや、もっと安い。せめての贅沢?である。可愛いもの!
 ーーー
11月11日
・2~3日続いた夜半の余震が無かった。 寝ているところを突然揺れると、
 少しは動揺する。
・幼児の頃、よく両親に連れて行ってもらっていた成願寺温泉ホテルが、
 この地震で倒産と新聞に出ていた。子供の頃、すぐ上の兄と姉と三人で遠足に
 行ったことを思い出す。およそ片道5^6キロの道を2~3時間以上もかけての
 遠足だった。モルモットがいたのが印象に残っている。130年以上続いた
 湯治場の旅館だったという。
・新幹線は相変わらず人が極端に少ない。年末まで開通が、JRの本音だろうが。
 年末の帰省者も躊躇するだろう。新聞に数千億規模の復興投資がおこなわれる
とあった。 阪神大震災は九千億、普賢岳の時は、1000億というから、まちがい
ないだろう。 既に、県内の職人の数が足りないという話も出ている。

・・・・・・・・
2003年11月16日(日)
956, ハイビジョン超特急

 昨日の昼、NHKハイビジョンで過去3年間の「ハイビジョン番組」90本を
5分以内にまとめて、4時間ぶっとうしで放送。デジタルだから可能なだろう。
様々なジャンルの番組を繋げて放送するもので、息をつかせない内容であった。
未来の一部を垣間見たような時間であった。そして、至福に近い4時間であった。
元々ハイビジョンの内容は、選りすぐりのものが多い。その二時間を5分に
まとめて、次々に放送するのだから一瞬も目を離せない。 
年末に再放送をする予告編も兼ねていた。 音楽スーパーライブ、美の回路、
お祭り、サッカーなどのスポーツ番組、動物、自然、宝塚、歌舞伎、遺跡など
など次から次へと出てくる。7割は見た番組だったからこそ、更に面白かった。 
これからは、こういう番組が多くなるのだろう。ワールドカップのサッカーも
5分にまとめてあるのだから目が離せないのも当然。スポーツ、遺跡など、
それだけを集めて5分にまとめて放送する番組も出てくるだろう。
 印象的なものとして、「長野オリンピック」「源氏物語・絵巻師との対話」
エチオピア」「イグアスの滝」「ベネチアの仮面祭り」「ワールドカップ
「謎の深海大峡谷アメリカ西海岸・モントレーの神秘」
「ミレニアム・オリンピック」「リオのカーニバル」「青森ねぶた祭り」
「天空への道」「南極大紀行」「大砂漠ラクダキャラバンーテネレ砂漠」
永平寺」「九さい溝」「リビア」 どれ一つとっても非常に興味をひかれる
内容である。ハイビジョンの良さは遠くの背景がしっかりと見て取れることだ。
・・・・・・・・・・
582, NTTと日本の現状
- 2002年11月16日(土)

このところ光ファイバーを会社や自宅に導入して、NTTの現状を
垣間見ることができた。自社ホテルの電話の使用売上が10年前の十分の一
以下に落ちている。 携帯電話に変わった為だ。各家庭や会社はホームベース
としての据え置きの電話があるが、使用回数が激減しているのは間違いはない。
そうするとあの電信柱から引き込まれている数兆とか十数兆の設備投資の価値が
激減していることになる。NTTの知人が「電電公社に入り、こういう目-肩たたき-
にあうとは思ってもみなかった」と言っていた。この現象が今の日本の大不況と
酷似している。 新しい流れに転換できないでいるのが日本だ。
すでに電信柱からデジタルの携帯電話や光りファアイバーの変わろうとしているが、
転換できないでのた打ち回っている。不良会社の整理も当然しなくてはならない。 
電信柱に例えられる旧体制がまだ抵抗している。有線放送とかいろいろな関連
会社も、その脱皮についていけないで。駄目の者は駄目なのに。その代表が
自民党橋本派である。実際に利権を握っている為現実が見えてないのだ。
NTTもNTTドコモがあるから救われるが、今の日本には殆ど見当たらない
のが恐ろしい。

・・・・・・・・
2001/11/16
[222] ベトナム旅行記-1
1、 -オートバイ社会ー 
 驚いたのは街にオートバイがあふれている事である。一家に一台の普及率で、
 50CCまでは免許がいらない。それに2~4人が乗っており、フルスピードで
 街を駆け巡る。 よく事故がおきないと思えるほど危ない。おまけに殆ど信号が
 ないのに、平気で十字路をお互い横切る,曲芸だ。やはり、いや当然事故が異常
 に多いという。
 ー今から10年前の中国が自転車社会であったが。  今もそうか!?
2、活気に満ちてるのも、自由経済の導入の為か。ドイモイ政策で7パーの経済成長。
 これでかなり物質的に豊かになった。国民がアメリカ、日本に目がいっているという。
3、80パーセントが農業人口で占められとおり、貧しい中でも何か最低限の生活
 が保障されているのが解かる。
4、昭和30年頃の日本に都会は似ている。
5、貧富の差があまり感じないのは、好感が持てる。
6、人口は7800万、文盲率は20パーセント、給料は2万円とか。
 仏教が60パーセント、イスラムは6万人とか。学校制度は5、4、3,4年制だ。
7、ベトナム料理は美味しいことで知れているが、中国風ベトナム料理、フランス風
 べトナム料理があり美味しい。
8、地方の風景は、日本のそれに似ている、水牛とアヒルが多くみられるのが
 特徴といってよい。
 ー印象をそのまま書くと
・まじめな、仏教徒国、
・農業が80パーセントの縦に長い国
・失業率が17パーセントー社会主義から自由経済の過渡期にあっての混乱期
・大体の国民は5時に起床、7時半より17時まで仕事
・過去は数百年は中国、19世紀半ばより1954年までフランスに支配される。
・そしてその後アメリカとベトナム戦争。100万人が死亡、200万人が不傷。
・今は石油が発掘。輸出の1位を占めている。小さくまとまった国。
 ー今回の旅行での出来事
・中間あたりでーダナン。ハイホンで台風にあう
ハロン湾で連れの人が目の前で、100ドル札の偽札の両替
  ーもちろん意図的につかまされる。