つれづれに

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今日は終日、高校野球とTVドラマをみて、過ごす。
夏バテのためか、夜半は良く眠れる日々。

高校野球は、前評判が良い、東海相模と、早稲田実業と勝ち進んでいる。
最後は、東海相模になるのだろうが・・ 早稲田実業の打者に良いのが多い。
とはいえ、投手にずば抜けたのが居ないので、東海相模には負けるだろう。

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2689, 他山の石のことながら
2008年08月15日(金)
 ー大手ファミレス・チェーンが大きく揺れ動きだした
他山の石のことながら、「ファミレス」が石油高と不景気の直撃を受けている
だろうと思っていたが、 案の定「外食産業の不振」の記事が毎日新聞に載っていた。
(8月13日経済蘭)
ファミレスのトップの「すかいらーく」の創業社長が97?の株式を握る投資会社
二社による解任である。 07年12月期に二年連続赤字で、130億の赤字というから
大変なことだ。投資会社は「すかいらーく」をMBOする際に融資を受けた銀行団に
一定以上に赤字になった場合に、株式を銀行団に渡す約束をしていることから、
大損失を被るという焦りが社長解任にあったという。

すかいらーく、といえば総店舗数が4500店舗もある日本最大のファミレスで、
すかいらーく、ガスト、夢庵、バーミアン、を中心に、多くのグループを傘下に持つ。
これを改革するには本体の「すかいらーく」の半数の閉鎖が必要といわれ、
数百億の目先の資金が必要となり、そう簡単にいかない。横川四兄弟の成功物語は
有名である。スーパーを始めたが、既に大手が先行しているので、レストランの
チェーン化を目指し、成功をした話しはダイエーの中内に匹敵するほど知られていた。

業績の悪化は、ロイヤルホストも08年12月期が前期に対して8割の減益の見込み。
ケンタッキーフライドチキンは、08年05月期中間期の連結決算が半減。
デニーズも今後二年間で店舗の2割に当たる130店舗を閉鎖の予定という。
さらに、ここにきてのガソリンの値上げと、物価の値上がりからくる家計の
圧迫で、大幅な悪化が見込まれる。 想像を絶するほどの環境の変化にある。

これは、ファミレスだけでなく、居酒屋チェーンや、ガソリンスタンドなど
他業種全てにいえることである。首都圏のマンションがサブプライムの問題で
外資の投資先が一斉に資金を引き上げたために売れ残りが多く出て瀕死の状態で
既に数社の倒産が出ている。その煽りで建設に関わった地元業者の数社が
不渡り手形で瀕死の状態に陥っている。ガソリン高は、バブルなので一年以内には
100円を割るだろうが、元の値段には戻らない。アメリカ大統領選挙と日本の衆院
選挙の行われる11月から来年初頭辺りから、経済危機が表面化する可能性がある。
問題が世界規模で、かつ過って経験したことの無いほど大規模のため、
だた見守るしかない。
 
感覚が麻痺しているが、大丸が松坂屋を、伊勢丹三越を、ヨーカ堂
西武百貨店を吸収合併する時代である。この3~5年が、日本にとっても
世界にとっても土壇場になる。第一弾がサブプライム原油高・穀物高だった。
来年の今頃は、どうなっているのだろうか? 他人事ではない、この津波は!

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2007年08月15日(水)
2325, ベナレス -1                
                  ー読書日記ー
図書館から何げなく借りてきた本だが、一時間もしないうちに読んでしまった。
写真が半分以上だったこともあるが、死の世界が剥き出しになっている。
この本はTVの放送内容を本にしたもので、TVの映像を切り取った写真と
文章を中心に構成されている。実は数年前に、この番組をみていたのである。
本を読み終わってから思い出したのだから自分でも呆れてしまった。
早く読めたのも、その下地があったからである。
 ーー
著書もTVも、「NHKスペシャル アジア古都物語」
          ―ベナレス 生と死の聖地 ーである。
  <その内容の一部を抜粋してみる>
   ---
インド各地から遺体が運ばれてくるガンジス河中流域、ヒンドゥーの聖都
ベナレスのレポートである。その中で、ガンジス川で沐浴をする誰もが言う。
「ベナレスで荼毘に付されれば必ず天界に行ける…」と。
全国から車やトラクターで運ばれてきた遺体は、路地を抜けるために屋根から
降ろされ、人びとの手によって担がれ火葬場へと向かう。
「ラーム・ナーム・サティヤ・へー、ラーム・ナーム・サティヤ・ヘー」
(神様だけが真実である、神様だけが真実である…)担ぎ手たちはこの言葉を
繰り返し口にする。こうして冥福を祈られながら、やがて遺体は
マニカルニカー・ガートと呼ばれる火葬場に到着する。

聖地ベナレスでもっとも聖なる場所の一つであるマニカルニカー・ガートは
ガンジス河をのぞみ、街の中心部に位置する。その歴史は数千年におよぶと
伝えられている。河に面して横長に伸び、その広さは五十mx二十mほどか。
焼き場は何もないスペースがあるだけで、多い時にはここで十数体の遺体が
いちどきに焼かれる。

ベナレスには二つの有名な火葬場があり、
・一つは街の南にあるハリシュチャンドラ・ガートという火葬場で、
・もう一つが、ガートが連なる河岸のちょうど真中あたりに位置する、
このマニカルニカー・ガートである。運び込まれてきた遺体は、まず、
火葬場の中ほどにあるガンジス河へとつながる階段を下り、ガンジスの水に
浸される。そして組み上げられた薪の上に安置され、そのたび油が注がれる。
茶毘は伝統的な方法で行われる。亡くなった人にもっとも近い親族の男性が
喪主を務め、基本的に女性は火葬場に立ち入ることはできない。
喪主は、マニカルニカー・ガートにある床屋で髪の毛やひげをそり、白い装束を
身に付け身を清めた後、自分の父親や母親の亡骸に最初の火を自らの手で灯す。

遺体が燃え尽きるまでの時間は、おおよそ二時間。
その間遺族は、焼かれて行く遺体から五、六メートルほど離れた場所で肉体が
消滅して行く姿をじっと見守り続ける。目の前にはガンジス河が流れ、煙は何物
にも遮られることなく空へと昇って行く。聞こえてくるのは薪がはぜる音、
人びとのささやかな声、そして、遺体がまた運び込まれたことを告げる
「ラーム・ナーム・サティヤ・へーレ」という声である。

しかし、なぜこの街には、インド各地から遺体が運び込まれてくるのだろうか。
この疑問に対して誰もが"何故、そんなわかりきったことを聞くのだというような
顔をして「この街で茶毘に付されれば必ず天界にゆける。そう信じているからだ」
とこたえてくれた。ヒンドゥー教では、人生は「生老病死」といった苦しみに
満ちていると考えられ、そして生まれ変わるたびに、その苦しみを味わわなければ
ならないとされている。この考え方は、仏教にも影響を与えた「輪廻」という思想。
この「輪廻」の輪から抜け出ない限り魂の平安は未来永劫に訪れない。こうした
考えを信じる人びとにとって、ベナレスは生きることの苦しみから抜け出させて
くれる救いの場所なのである。遺体が焼かれた後、遺灰は目の前のガンジス河に
流される。最後に喪主の手で残された遺灰にガンジス河の水がかけられる。
こうして死者との別れの儀式は終わる。
ーー
以上のような文章と、写真が半々位で本が成り立っている。しかし、読んでいても
暗さがない。いや、あるが、その先に明るさを感じるのである。本の写真に死ぬ直前
の人や、死んだ人の顔が次から次と出てきても、何故か静かに見ることができる。
死を、ことさら大げさに見ることの方が寧ろおかしいのである。
                                   つづく
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2006年08月15日(火)
1960, 人生を物語るとは? -2
            (。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ~ ヨウ
 「自分の人生の意味づけ」が、自分の物語の作成ということになる。
 意味づけで、必死に内面を支えようとする心の自浄作業である。
意味とは価値のことである。自分の価値を明確にして、それに従って生きる
ことが意味ある人生であり、価値実現のプロセスが物語になる。

大人が子供に「大きくなったら何になる?」と、質問する光景はいまも昔も
変わらないが、これは既に大人が子供に人生の物語を聞いていることになる。
子供の方は、何を言えば目前の大人が喜ぶかを、瞬時判断して答える。
従って、その質問自体が洗脳作業になっている。ブログで趣味などを自分の価値観
で起承転結で、まとめ上げているのは、一人物語っていることになる。
ところで、成功が何だというのだろうか? 挫折物語は成功物語に対する反対語か? 
堕落物語は?? 幸運は果たして棚ぼた餅のことをいうのか?
      
それもこれも、この世に生きているという輝かしい事実の前では、如何でもよいこと。
地球に今・現にあるという輝かしい日々の前においては、それらのことは些細なこと!
お盆で里帰りをしている祖先の霊が一番いいたいことは、そのことである。 
『そうでしょう? ご先祖様!』
     
ーご先祖様ー
『全くそのとおりじゃ! 死ぬ直前になってやっと気づくのじゃ、娑婆の連中は!
日々を輝いて生きるとは、平穏な日々の輝きに気づくことじゃ。
しかし困難に直面をし、乗り越えようと必死になっている日々も大事である。
その中に深い物語の意味ー価値がでてくるのじゃ!まあ、味がでてくると言ったほうが
解りやすいか。生きているうち、 元気なうち、そして愛し愛されているうちじゃ、
娑婆は! 此方から見ていると、 そのことがよく解るのだよ!』
                                
・・・・・・・・
2005年08月15日(月)
1595, 自民郵政解散の攻防-5

今度の衆院選、旧守派と民主党の負け戦?の様相になってきた。
この流れは余程のことがないと変わらないだろう。

自民党の郵政改革の是非を問う二者択一が国民の立場からみたら解りやすい。
これだけハッキリした選択を問うという選挙も珍しい。民主と旧守派の利権擁護は
誰の目にもハッキリしている。ゴマカソウと詭弁を弄していて姿がそのままTVの映像
にそのまま映し出されている。壊滅して当然という雰囲気ができてしまった。

一昨日、民主党党首がモーニングショーに出てきて持論を述べた直後に、携帯電話に
よるアンケートをしたところ、逆に郵政改革の支持が80?に跳ね上がった。
岡田の訴えに対し完全否定したことになる。
 (以下、字数の関係でカット08年8月15日)

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 2004年08月15日(日)
1230, 広松渉(4)-哲学についてー28

価値観について、学生時代から興味を持っていたが、真正面から取り上げている
本は少ない。これだけ理路整然と書いてある文章は初めてお目にかかる。
文章自体難解なのだが、数回読むうちに少しずつ解りかけてきた。
  ー大雑把にまとめてみると
・価値は、主観的感情でしかない! それに対して、いや客観的存在を認める立場
・価値絶対説と価値相対説を対立させて、価値の立場を明確にしていく
 価値観は時代、地域などのTPOSによって変わるという相対説と、どんな時代でも、
変わらない絶対説がある。
・価値観は期待される行動と、サンクション(賞・罰)によってカタチつくられる。
  
 ー第二節の実践と価値評価の要点を抜粋するー

第三章 実践するとはどういうことか
 第二節 実践と価値評価
 ー概略ー
哲学的価値論は、戦後の哲学界においては余り流行らなかったが、ひと昔前までは
「哲学とは即ち価値哲学である」というほどであって、価値は哲学上の一大テーマ
なのです。哲学のいう「価値」は広汎もわたるので、ここでは行為についての
正当・不当評価を論軸とする。
・価値」なるものにおいて、二大陣営の対立がある。
 一方は価値という客観的存在を認める立場であり、いま一方は価値とは主観感情
にすぎないと見做す立場である
 客観的存立性を認める立場においても、「価値そのもの」と、
「価値を付帯・内具しているもの・ごと」とを区別をし、後者を「財」と呼びます。
「美そのもの」「善そのもの」等が「価値」とされ、「美人」「善い行い」「良い酒」
等が「財」になる。価値そのものの特質を見てみると、哲学者は「価値」と「存在」
とを区別をし、「価値判断」と「事実判断」を区別します。
 価値は、真・偽、善・悪、美・醜、聖・俗・・・というように、必ず正価値と
反価値とが対になっているのが特徴である。

・価値について価値絶対説と価値相対説とがある。 
絶対説は超歴史的に文化圏にかかわりなく価値は存立すると主張、相対説は
歴史的・文化的に価値は相対的にすぎないと主張する

解りやすくいえば「美」という価値は超歴史的であり、いつの時代にも
「美人」と評価される女性が存在をした。しかし、ある時代に存在した
美人は違う時代、違う地区では美人と認められるかというと、そうではない。
マリリン・モンローインドネシアでは全く認められなかったというし、楊貴妃は。
現在のパリでは、全くの不美人に評価されるという。実質的価値認定は相対的である。

ー期待される行動とサンクション(賞・罰)ー

人類は動物学的に見るとき早産である謂れ、かなり長期間にわたって手厚い養育を
受けてはじめて生育できる未熟児とも言われる。 動物である以上、人も呼吸・摂食
・排泄をおこないますが、その仕方さえ、本能のままでなく、文化的様式化されます。
総じて、親が子に対して、上位者が下位者に対して、等々、立場上・役柄上、
自覚的に賞罰行動をおこなうケースは、現実に賞罰効果をもつ行動の極々
一部にすぎないといえましょう。

それにもかかわらず、人々の「共演」的行動は、大抵が、意図せざる賞罰的な効果
を対他的対自的にもつのであり、そのため、日常不断の行動を通じて、行動様態の
「賞罰的」誘導規制、そのことによる行動の間主体的同調化、ひいては、行動様態
についての当為的価値評価の共同主観的斉同化が現に成立する次第になります。
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偶然の一致か、去年の今日に「タイムクエスト」の本で価値観について取り上げていた。
今年の価値観は哲学として取り上げた内容であるが、それにしても偶然と言うのも
面白いものである。

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2003年08月15日(金)
863, 「タイムクエスト」ー読書日記 (2)

ベンジャミン・フランクリンの13価値観を自分にどの程度
実施しているか,100点満点で主観で自己採点をしてみた。

1、節制  飽くほど食うなかれ。酔うまで飲むなかれ。      ー40点   
2、沈黙  自他に益なきことを語るなかれ。駄弁を弄するなかれ。 -50点
3、規律  物はすべて所を定めて置くべし。仕事はすべて時を定めてなすべし。ー75点
4、決断  なすべきことをなさんと決心すべし。決心したることは必ず実行すべし-80点
5、節約  自他に益なきことに金銭を費やすなかれ。すなわち、浪費するなかれ。-90点 
6、勤勉  時間を浪費するなかれ。つねに何か益あることにしたがうべし。
  無用の行いはすべて断つべし。               -85点
7、誠実  いつわりを用いて人を害するなかれ。心事は無邪気に公正に保つべし。
  口に出すこともまたしかるべし               -80点
8、正義  他人の利益を傷つけ、あるいは与えうべきを与えずして人に損害を
  及ぼすべからず。-75点
9、中庸  極端を避くべし。たとえ不法を受け、憤りに値すと思うとも、
  激怒を慎むべし。     -60点
10、清潔  身体、衣服、住居に不潔を許すべからず。    -70点
11、平静  小事、日常茶飯事、または避けがたき出来事に平静を失うなかれ。-90点
12、純潔  成功はもっぱら健康ないし子孫のためにのみ行い、これにふけりて頭脳を
  鈍らせ、身体を弱め、また自他の平安ないし信用を傷つけるが ごときことあるべからず
13、謙譲  イエス及びソクラテスに見習うべし。      ー50点

ー以上の平均は70点である。

「馬鹿め、傍目では全て50点以下!謙譲など零点かマイナスだ!」という声が聞こえて
きそうだが、これはあくまで自己評価だ。 平均点70点というのが自分でも 面白いが。
しかし3~11はこんなものと思っているが、実際どうだろうか? それにしても
アメリカ大統領になろうという人は、若いときから心構えを自分で創ってしまうのだから。
それも今でもそのまま使えるのがすごい。子供の時に伝記を読めというが理解できる。
いま「世界旅行記101」という古今東西の迫真の体験のダイジェスト集を読んでいるが、
これがまた面白い。一人一人の個性と奇伝・異聞が次次とでてくる。その中から色々な
著者のミッション・ステーツメントが聞こえてくる。
二十歳の頃から、生きるということに対して設計図を書いていた為、これに近い事を
考えていたが、今から考えてみると文章化をすべきだった。 まあいいか!

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2002年08月15日(木)
488, 毎日が刺激的-2

先日のアメリカ第六位のUS航空が倒産した。
ところが、アメリカン航空と並んで世界最大規模のユナイテッド航空が、
やはり倒産寸前という。自動車でいうGMかフォードクラスの会社だ。アメリカン航空
供に20?近くの前年対比の落ち込みだという。アメリカ全体では-11?で大手ほど
昨年の9.11の落ち込みは激しい。パン・アメリカン航空など吸収したりしていた
10数年前の姿は今や昔の話。

昨日のニュースで、この一年でアメリカン航空が20?の人員と、客席の9?の削減
とかの内容の合理化案が出ていた。特にアメリカン航空が狙われており、9・11以前に
テロリストがアメリカン航空の株の空売りをしていたと噂されている。
その前からサウスウエスト航空などの安売りに体力を奪われていた。ある日突然思いも
よらない事がおきる時代である。来年はイラク戦争があり、さらに客足は減るだろう。
US航空だけで3万5千というからユナイテッドの場合はどうなることか。
組合が強すぎて賃下げなどの合理化が遅れたという。
たった20人のテロリストにより、とんでもない事が起きえる。
これが21世紀ということか。

・・・・・・・・・
2001年08月15日(水)
108] 夢について-7 2001/08/14 07:45

毎朝地蔵様に‘あの世で安らかにお眠りください’とお参りしているためか、
今年に入って母の夢を見る事が少なくなったが、昨日の朝久々に母の夢を見た。
いつもそうなのだが自宅での生々しい夢である。痴呆状態のしかし姿は幼児の母である。
今回は玄関の辺りで何かしている、よく見ると仏像にお参りをしている夢である。
盆にピッタシの夢である。母が自分の中に生きているとか言うが、私の場合夢の中で
自由奔放生きている。
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今朝 見かけた鴨。一時200羽いた事があったが河川工事で少なくなった。
丁度真ん中あたり。