つれづれに

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 今日のYoutube

http://www.chappie-movie.jp/
https://www.youtube.com/watch?v=l6bmTNadhJE#t=19
 昨日は、シネマで 『チャッッピー』を見てきた。 評価)85点
私には、漫画本を読んでいるようだったが、ストレス解消に良い。
物語が、なかなか奇抜で面白い。何せ、迫力がある。
こういう映画を抵抗無く、みれるのも、毎週、観ているために、
心が柔軟になっているためだろう。 映画館に入ったら、年齢を
忘れ、子供心になることだ。

 映画の帰りに、家内と早夕飯ということで、
回転寿司に入ったが、隣席の中年のペアが、クレーマーで、
三回も商品にケチをつけていた。相手は、回転寿司。
まあ、世の中は、面白いもの。 


・・・・・・
2607, 脳内会話 -2
2008年05月24日(土)

 脳内会話といえば、
哲学者の池田晶子の「帰ってきたソクラテス
ソクラテスよ、哲学は悪妻に訊け」「さよならソクラテス
の三部作が、池田晶子の脳内会話のようなものだった。
宇宙の彼方から帰ってきたソークラテスが、現代のニッポンに甦り、現
職議員や老人福祉係、ニュースキャスター、ジャーナリスト、エコロジスト、
フェミニスト、マルチプランナー、トレンドクリエイター、コピーライター、
サラリーマンから釈迦まで、様様な職業の人たちと、政治や老人福祉、
その他諸諸のことについて、対話する。筆者が抱いている「ソクラテス像」
というフィルターを通して、しゃべりたいことを、ソクラテス池田晶子
話をさせている。 ソクラテスなら、こういうだろうと池田が成りきって
いるところが面白い。これこそ脳内会話そのものだろう。
 ~~
「そーさ、そりゃあたしだって、決してこんな世の中いいと思ってる
わけじゃない。確かにこの頃は・目に余るところはあるわよね。 
でも、世の中って、そういうもんて言や、そういうもんなんじゃないの。 
(中略) あたしは、自分の身の丈の暮らししかしたいと思わないから、
官僚が金儲けしようが女子高生が売春しようが、あきれはするけど、
かまわないね。言ってわかる連中じゃないんだから。(中略) ああいうのに
腹立てて、やいやい言ってるヒマがあんなら、自分をまじめに生きてる方が、
あたしはいいね、ほんとはそっちが先でないのか。
みんながそれをほっぼらかして、人のことや世間のことばっか気にするから、
結局世の中全体が、そういうふうになるんでないのか。.……」ーソクラテス

『悪妻に訊け』で読んだ「フェミニスト」とのやりとり。
フェミニスト  女の能力は生殖や家事に尽きるものではないと
私は言ってるのです。女の隠れた能力を存分に発揮できる場所を、
社会は用意するべきだと言ってるのです。
クサンチッペ  馬鹿だねえ。女の能力って言うんなら、
そりゃ男を動かすことに尽きるでないの。社会動かしてるのが男なら、
その男を動かすことこそ女の技量ってもんよ。せっかく女やってるんなら、
  断然その方が面白いね。
フェミニスト  全然甘いわね。男たちは女の言うことなんか、
そんなに簡単に聞きやしませんよ。
クサンチッべ  そりゃ、あんたがそれほどのタマじゃないからさ。
それだけのことだよ。
フェミニスト  失礼ね!自分の食い扶持も稼げないくせに!
クサンチッペ  やれやれ、食うことばっかりこの人は言うんだ。
ない、私が稼がないのは、ソクラテスが私に惚れているからだよ。
男ひとりに惚れられなくって、何で女の能力なのさ。」
 ~~以上だが、
もちろん、クサンチッペは池田晶子そのもの。一人にやにやして、
自己会話をしている姿が彷彿する。

そうそう、面白いことを思い出した。 ある家の部屋の更に奥にある
部屋に入って亡くなった親戚、家族、友人、恩師などのテーブルを
想定して、そのテーブルに座り,一人一人と会話をするイメージの
  創作をしたことがあった。何かの本からヒントを得たのだが。
これをイメージだけでなくノートに書けば、面白い文章になったのに、
書いておけばよかった。当時は気持ちが重くなって、あまり長続きは
しなかった。今からでも遅くはないが。 
脳内会話の本、アマゾンでまだ注文してないが、するか。

・・・・・・・・・・・
2007年05月24日(木)
2242, 閑話小題  ゜・。*ヾ(´∀`o)+。才ノヽ

*滋烈亭のママ
十数年前の話になるが、長岡や県外の人が新潟・古町界隈の
「個性的な店に行きたい」というと「滋烈亭」という創作中華料理店に
連れて行った。ママも美人でキップが良かったこともあったが・・・ 
ところが当時、改装をしたという案内をもらったので行ったところ、
カウンターを主体にした、より高級志向の店になっていた。
当時、「ちょっと高級志向的過ぎるのでは?」と注意した記憶がある。
露骨に嫌な顔をされて、それ以来行ってなかった。その直後に金融の
再編成や、官公庁への接待なども厳しくなって、高級イメージが
マイナスになったことも加え、前ほどお客が行かなくなった、
という噂を聞いていた。 本人は骨身に沁みていただろうに!
だが、「本当のことをいってはならないのが人のため」というのが
最近分りかけてきた?・・・私には出来ないが!

そのママが先日、事務所に訪ねてきた。 曰く「この十数年、ギリギリ
乗りこえてきたが、東京で勤めていた息子が店に入るというので、
それを機会に駅前に移転したいので駅前界隈の情報を知りたい。
色いろな病気もその頃から出て、この十年は闘病の日々であった。
十数年前までは接待費の店として充分採算があっていたが、
今は時代が変わった」とか。以前の面影はあまり見られなかったが、
それでも人生に対して前向きのところは変わってなかった。
この話を聞くまでは「格差社会の中、で高級志向の人たちに支持されて
いるのかな」とも思っていたが、それほど甘くはなかった!
ということだった。
ーー

*やはり変わった駅前周辺の空気*

この十数年来、4月にはいると一段落ちの売り上げダウン。
そして5月の連休後さらにダウン!もう諦め顔というのが毎年の
パターンであった。ところが今年は逆に4月1日からプラスに転じ、
ゴールデンウィークの連休明けも同じ流れが続いており、予約を
みると6月の初旬まで同じ流れである。今年に入ってから、三ヶ月
ほど微強であったが・・・ 夏場をイベント予定をみると例年
どおりで、流れからすると、今年度はまあまあとなりそうである。
しかし、この商売だけは景気に直接左右されるので、気は許せないが・・
4月1日より政令都市になり雰囲気が全く変わったのには驚く。
それとこれから本格的に駅立体工事が進むので、底は抜けたと
みてよい??それほど甘くはないか?   
              ヾ(・ω・`)ノバイヾ(・ω・`)ノバイ
・・・・・・・・
2006年05月24日(水)
1877, 「ノート術」本当の極意 -2
                おっ w(゚Д゚)w ハァョ~               
 「手帳とノート魔法の活用術」の著者の和田茂夫氏の
  ービジネスノート活用七原則ー の基本的ノートの使い方が参考になる!
原則一、ノートとメモは使い分ける(メモは気づいた時に、適当に書き
   とどめるので改めて書き直す方が良い。
     メモ情報のなかにお宝が多いのを掘り出すことになる。     
原則二、カタチは何でもよい(A4かB4のノートで十分)    
原則三、ノートは片面だけをつかう
    (ノートを切り離して使うためにも、片面がよい。
    見直すときも常に書いてある方をみれるし、みやすい) 
原則四、タイトルは×マークで(その上の部分にテーマ、右の出典、
    左に月、下に日付けを入れる 
原則五、主語+述語のワンフレーズで書く
    (たとえば「新会社法」とか「見積書」の場合、
     「新会社法の施行」「見積書をファックスする」)     
原則六、図解してみよう(マインドマップ、○△□→などを多くつかう)  
原則七、封筒で整理する
    (テーマごとに大きな封筒の、関連のノートなどを入れておく。
     ノートは片面しか使ってないので切り離してもよい。
     タイトルを端に書いておけば、少し引き出しただけで、
     封筒の内容がわかる。)
                  (*^ー^)/C□~~ コーヒー?
この内容のポイントは、
・ 楽しく書けば長続きする。
・ 方眼紙の紙やノートを使うと図表やグラフを描きやすく便利である。
・ 空間を充分に取り、絵とか図を多く取りいえるとよい。
  ノートは片面だけを使う。
・ メモの場合、必ずワンフレーズにしておく。というところだが・・・
現在、モーニング・ページで毎朝思いついたまま3P書き連ねているが、
ほぼ上記をカバーしているが、実際のところどうだか?
                 (。・ω・)ノ☆゚+.バイ!
・・・・・・・・
2005年05月24日(火)
1512, こころを凛とする196の言葉ー1 
             読書日記

最近、あまりこだわりを持たないで、色いろなジャンルの本を読むようになった。
その中に、女性が女性向きに書いてある文章がある。読んでいると、
切口が鋭いことと、少し言葉を変えると「男」にも当てはまる内容が多い。
特に、服装に対する心構えなどは男性用のものは殆どない。
外見に対して気をつけることとして、「清潔7割、色気3割」は、男にとって
「清潔7割、着こなし3割」と考えればよい。それとも、色気3割も必要
なのかもしれない。とにかく、読んでいて男の自分が「ハッ!」とする
内容が次々と出てくるから不思議である。特に、汚いオバサン化した女性
には厳しい言葉である。若い女性には、是非読んでほしいものものばかりだ。
女性の気の使い方が読んでいて面白い。大事なことだが、でも?まあ、いいか!

女性の化粧は、欠点をカバーするもので、特にアンバランスを調整する為に
するのが基本であるという。ブランド物でどういうバランスを保てるのか
疑問符があるが。
 ー幾つかを書き出してみるー

・美の真骨頂は7対3
  私が街で振り返ってしまう女性は、いつも決まって同じタイプ。
  清潔感と色気がきっちり7対3の女たちである。
 --
・清潔感を毎日ひとつ
  メイクでも服でも香りでも何でもいい。毎日ひとつでも、
  清潔感を放つものを体にくっつけて出かける。それが「清潔感のある人」・・・
 ーー
・服のルール
  おしゃれとは、年齢とともに失っていく清潔感を取り戻すためにある。
  ーー
・地味の落とし穴
  他人の視線が気にならないのは、ある意味でとても「おさまり」のいい日。
  でもその「おさまり」こそ、言ってみれば「地味」の正体。
  人目を煩わせずに、ひっそりとしていれば心身ともに疲れない。
  だから気がつくと「地味」の中にぬくぬくとうずもれてしまいがち。
  危険なのは、そこである。「地味」はやがて体の中までしみ込んで
  細胞代謝を低下させ、女性がもっているべき艶まで失わせてしまう。
 ーー 
・自分をキレイに扱う
  仮に美人でなくても美しく見える人は、なぜそう見えるのか?
  逆に美人なのに美しく見えない人は、なぜそう見えないのか?
  美人か否かの分かれ道はいろいろだが、ひとつだけ決定的なことを
  言うなら、自分自身が自分を「美しいもの」として扱っているか
  どうか、それで女は決まると思う。
 ーー 
・ブス
  安心が女をブスにする。
 ーー
・流行力
  女にとって流行は、老けないためのストッパー。
 ーー
・ブランドはプライド
  女にとって「いかに生きるべきか?」と「
  次にどのブランドの何を買うか?」は、下手をすると同じ
  くらいの重さを持ったりする。たぶんブランドは、プライドだから。
  少し自信が足りない女のプライド・・・。
 ーー
・美容の掟
  化粧もカーラーもバレたら無意味。
  高校生の私は、そこで自分のなかに初めて掟が生まれたのを感じた。
  美容はバレちゃいけないのだという・・・
 ーーーーー
 「こころを凛とする196の言葉」
 発行所 ソニー・マガジンズ 著者 斉藤薫
                 - つづく
・・・・・・・・ 
2004年05月24日(月)
1147, 「唯脳論」 

この本も、なかなか面白い。情報化時代だからこそ脳が問題になる。
脳こそ、情報器官そのものであり、それがコンピューターと結びつき、
さらにインターネットでネットされた現代社会では、
最も注目されてしかるべきである。
自分の脳を公開して、さらに自分で時間をおいてみてみると、自分でも
面白いのだから、他人が見たらもっと面白いだろう? この随想日記は
「唯脳の世界」そのもの、それも重層に重なっている。
「現代人は脳の中に住むという意味で、いわばお伽噺の世界に住んで
いるといっていい。」と著者は書いているが、ある意味で、このホーム
ページもお伽噺なのかもしれない。

ー以下は、あるホームページの抜粋を、再構成したものである。
それにしても、神様か、高度の何かが人間や生物を創ったとしか思えないが。
ーーーー

養老孟司著 青土社
●はじめに
・現代とは、要するに脳の時代である。情報化社会とはすなわち、
 社会がほとんど脳そのものになったことを意味している。
 ヒトの歴史は、自然の世界に対する、脳の世界の浸潤の歴史だった。
 それを我々は進歩と呼んだのである。
自然保護運動が、しばしば理性に反するようにみえるのは、その実態が
 「自然に帰れ」運動ではなく、直感的な「反-脳」運動だからであろう。
 現代人は、脳の中に住むという意味で、いわばお伽噺の世界に住んで
 いるといっていい。
  ・・ お伽噺に異を立てる現実とは、我々を制約するものに他ならない。
 それは歴史的には常に自然だったが、いまでは脳になってしまった。
・我々はかつて自然という現実を無視し、脳というお伽噺の世界に住む
 ことにより、自然から自己を解放した。現在その我々を捕らえている
 のは現実と化した脳である。脳がもはや夢想ではなく現実である以上、
 我々はそれに直面せざるをえない。」

唯脳論とはなにか
・ ヒトが人である所以は、シンボル活動にある。言語、芸術、科学、宗教など。
我々の社会では言語が交換され、物財、つまりものやお金が交換される。
本来は全く無関係なものが交換されるのは、脳の中にお金の流通に類似した、
過程がもともと存在するからであろう。
・ ヒトの活動を、脳と呼ばれる機関の法則性という観点から、全般的に
眺めようとする立場を唯脳論と呼ぼう。
(以下、字数の関係でカット2,008年5月24日)

・・・・・・・・・
2003年05月24日(土)
780,またおきた「意味ある偶然の一致」
  ー40歳の頃-1986年

過去をこうして書いていると、いかにして今の自分になってきたかの
謎解きを一人しているような気分になる。この頃は第二の増築工事の完成を
した年であった。280室に向けて一番勢いがあった。
またギリギリの判断をして、後は野となれ山となれという気分であった。
時代はバブル直前の何ともいえないエネルギーが溢れていた。
コンピューターを導入した年でもあった。政治的には、アメリカとプラザ
合意をしてバフルに入った直後であった。気持ちの中ではギリギリの限界。

ーこれを書いているときー今、TVから1986年の歌がが流れてきた、それも
字幕で1986年と入っていた。加山雄三の歌がー「北国の~と歌っている」
また起きた感じだ。 NHKのBS・2で、時間は21時55分。
恐ろしい感じがする。よくおきるがあまりに露骨だ!シンクロニシティ
「意味ある偶然の一致」だ。嘘みたいだ! 実際のところ、現におきたのだ。
書いている最中に字幕で1986年と出て、歌まで出るのだから! 
あまりにも出来すぎている。これに合わせて引きつけられるように、
このテーマを書いていたということになる。深い自分のしらない何かが
あるのだろう。 これだから面白い!テーマが変わってしまった。

ー重大ニュースー

三原山大噴火
11月15日、伊豆大島三原山が209年ぶりに噴火。
21日、全島民に避難命令。約1万人が1ヵ月にわたって島外避難
したほか、農・海産物などに大被害をもたらした。

・撚糸工連事件

・・・・・・・・・
2002年05月24日(金)
416,鳩山家の「勉強法」

何回か立ち読みをして買うかどうか迷っていたが、
先日買って読んで面白かった。しかし本来ある技法を、とって
つけたような内容も多かった。最近ノウハウ書に凝っている。
以前はノウハウ書などの小手先の本を甘く見るところがあった。
ところがそれが思い込みでしかないことが、この年で解った。
ノウハウ書ばかり偏るのがよくないのであって、技術の宝庫で
あることは間違いない。
この本もそうだ。ノートのとり方一つでも目から鱗である。
私の場合あまり勉強が得意でなかったこともある。

最近凝っている即読法もそうだ。10倍とはまだなってないが、
3~5倍早く読めるようになった。うそみたいな話だが。

10歳ぐらいのときに、ある姉が教えてくれた。「一科目だけでいいから、
勉強して一番をとりな!」これが小学年の後半、算数だったと思うが
一番になった。それがきっかけであった。 そして中学二年の時と。

さてこれで印象に残っている順に書くと!
・ノートの左右の書き分け 左にキチット先生の教えたことを、ノート
 にとる。右に 右脳的に 絵とか自分の 形に遊びを入れて書き換える。
 また、そのときの部屋の様子や、他のことも書き加える。ダビンチの
 ノートもそうだ。絵と文を交互に空間を広く取りながら書き込む。
 広くとった空間にどんどん書き加える。
・あと問題集を徹底的に解く。 それもどんどん答えを見ながら、先に進む。
・本は全体をとりあえず読む。そして後ろのほうから、逆読みをする。
 推理小説の犯人を先に知った上で、 そのストーリーを読み解く方法を
 勉強法に取り入れる。
・黒板を周辺に置き、いま覚えるべきところを書き込む。
・勉強をすることが楽しい雰囲気を作る。音楽はアダージョなどの、
 アルファー波の出る音楽を流す。
・黒板で自分が先生になったつもりで、生徒に教えるように演技してみる。
・暗記は繰り返し暗記をすれば、誰でも憶えられる。
・頭の切り替えの為、ポイントごとに遊びを入れる。
・最も大事なところは、勉強と終わりに集中させる。
・あくまで本人の主体性を尊重する。

これは別に写したわけでなく、自分の印象に残った順に記憶から記している。
受験なら、どこそこの大学と具体的に目標を決め、その科目を集中して勉強する。
それも高校一年の時から割り切り、他の授業は割り切って進級すればよい
レベルにする。こういうのを戦略的勉強法というんだろうが。
でもそれを出来なかったが、「生き方で戦略的に生きてやれ」と、
学生時代に意識できた収穫もあった。

・・・・・・・
2001年05月24日(木)
ホームページを開いて3週の実感

 今週末に‘写真日記のコーナー’ができると一応ホームページの骨格
が完成だ。パソコンを何のため使っているのかな?使い切っているのかな?
と疑問を持っていた矢先ホームページの開設を思い立ち、そのプロセスの
中で他のホームページの構造とユニットをつかむ事が出来た。
  
 自分のデータベース造り、及びその蓄積になっていくと同時にそれが
そのまま外界にリンクしていくサテライトスタジオ機能を持つことと言える。
グローバルに対する自己の開放である。ホームページはその表紙を語源とする。
ということは大項目のデザインということになる。
この数ヶ月かなり追加と変更が予測できる。

 今年の新年の誓いはパソコンとインターネットとホームページを
ものにする事であった。特にホームページは思ったより収穫になりそうだ。
 開設の5月2日以前と以後と言うくらいのそこに大きい段差を感じる。