ギザのピラミッド ー2

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 ロシアがクリミア半島に進行。どうも世界が変になってきた。
G8より脱退の可能性が出てきたが、この不安定要素の拡大が心配になる。
北朝鮮も、軍部トップのナンバー2が、粛清? という噂もある。
 前のナンバー2の粛清は、自分の左手が右手を切り落としたことになる。
その左手を切り落ちしたとしたら、自分の首が危なくなるのも知らないレベル?
更に何かが起こるだろう。中国の併合もありうるし、その方が良いのかも!



・・・・・
4370, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー9
2013年03月04日(月)                 
    * 文章はこう直す     「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
この程度の文章でも下書きを含め合計2時間はかけている。数日前に書き上げた文章を、冬場だと朝の4時半に起き、
一時間かけ推敲するか、書き足しをする。その時、純粋に、そして第三者の目になり、読み返し、書き直す。
その時、大方が、以下の抜粋した内容でチェックしている。特に、「私」と「思う」は、長年の経験もあり注意していた。 「、」「。」「!」の打ち方にも
定石があるのを、ここで知った。納得できる文章に書き上げるには、エネルギーを集中するしかない。
そうすると、知らずとも、以下の部分が修正される。成るほど、納得できる内容である。  
  ◎ まずは、ー「思う」や「考える」「感じる」を減らすー
 何気なく「思う」「考える」や「感じる」を使っているが、これなしでも文章が書けるという。幾つかの事例をあげ、
 実際に直してみせてくれている。 まずは感じ、思い、考える順になるが、「思うと考えるの違い」を説明している。
・「思う」は、胸の中で単純に、一つの希望・意志・判断をもつ。 たとえば、「数学は難しいと思う」。
・「考える」は、あれこれと比較した上で結論を出す。たとえば、「数学の問題を考える」。
考えるは、「思う」という直感的
 思考を脳が分析し、より冷静に判断する思考段階である。これら3つを極力使わないと、文章が客観的で、
かつスッキリする。 更に言えば、この3つを使わない文章を心掛けるべきということ。
 ◎ ー 「  」内の最後の「。」は、二重の区切りになるので、うたない方がよい。
    ?や!も、言葉に変えられる。例えば、「あら!」は「あらっ」に、「~していただけない?」は、
    「~していただけなくって」に。
 ◎ ー 文中の「私」のチェック。これを取ると文章が引き締まる。(無くても意味が通る主語は取った方がよい)
  「あれ、それ、これ」などの指示代名詞で不要なものも取る。「という」「こと」も意外と多用しているが、極力とる。
    重複語も意外と多い。例えば、「あとで後悔する」「各国ごとに」「連日暑い日が続く」「製造メーカー」
    「思いがけないハプニング」「最後の追い込み」「成功裏のうちに」等など。
  ◎ ー 説明文を間引く  =「説明文の効果はその長さに比例する」。説くな、説明するな、は文章作法。
  ◎ ー もう一人の自分の目で = いい文章とは「独自の内容+ 伝わる表現」。独自の内容とは主観的であれ。
    伝わる表現は客観的であれということ。客観的表現にするためには時間を置いてから推敲する。あまり、やると
    逆に、主観が薄れるという矛盾が出てくる。
 ▼ 「は」「が」「も」の使い分けのチェックも、知らないうちにしていた。これは書き続けて、推敲をしていると、
  使い分けることが出来る。それと、毎日、同月、同日の過去文を読み返すと、これらの誤りが嫌でも目に付いてくる。
  そうこう文章を「考える」と、一寸した文章でも多くの定石の上に成り立っていることが分かる。 毎日が、「こんな文章を
  人目に晒していいのだろうか」と思いつつ、アップロードしている。 ある意味、「私の分身」になるから、恐ろしい。
 (参考に、今朝の、この推敲時間は一時間かかっている)。この( )内の「一時間かかった!」を、「・・かかている」にした。
 
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3996, ビジネスマン退職後の誇りある生き方 ー2
2012年03月04日(日)
           ービジネスマン退職後の誇りある生き方章ー キングスレイ・ウォード著
   * まず「ベンジャミン・フランクリン・チャート」をつくること
 ー これを実行するか、しないかで、大きく今後が変わってくる。 ーその部分を要約してみるー
 ≪ メモ用紙の中心に縦の線を引き入れる。そして、その片方にマイナスの記号(ー)を、もう一方に(十)の記号を入れる。
 これを著者は、これを「ベンジャミン・フランクリン・チャート」と、より良い人生を生きるための助言として発案した
元大統領に因んで呼んでいる。 次に、マイナスの側に、皆さんの気持ちを暗くする人生のマイナス面を列挙する。
それを一目見れば、確かに人生を暗くする悲惨なものであることがわかる。 老衰の苦しみ、病気、八割以上はいる
不満だらけの醜い老人、体力や創造性の欠如、容姿の衰え、過去からの帰り矢など、これを見ていたら明日にでも
死にたくなるはず。
しかし、プラス面のリストをつくってみるとよい。 まず、健康。これは大きなプラス。 奥さんが元気で、
友人がいて、収入面でも、贅沢を程々にしていれば、十分であれば喜ぶべき。 そして何より、仕事から開放された
御陰で、家族や友人と過ごす時間や、やりたいことが出来る時間が多く持てる幸せ。 そこで、なるべくプラス面を
読むことです。
そして健康を願う考え方こそ、自然な姿勢です。それと、自然が強調するのは、一日を生き切ること。
 世の中に、成功する人と、成功しない人がいます。退職後、元気いっぱいの人と、虚しい老後を送っている人がいます。
何故か虚しかった人は、自分のなかに答えを見出そうとしなかった人です。潜在意識の隠れた力を見いだせなかった人です。
先程のプラス面を見て、繰り返せば、潜在意識が、その方向に導くのです。≫
 ▼ プラスの人生を歩んできた人は、そのまま幸せに老いていくことになる。「生きてきたとおり人は死ぬ」というが、
 「生きてきたとおり老いる」ことになる。私の両親の老後を見てきたので、この道理は熟知していた。最後まで何かに
  チャレンジをする姿勢が必要のようだ。 それと醜い老人を見極めること。 それには少々の金が必要だが・・・
 他人は醜く見え、自分はそう思わないから困ったのが人間。それもマイナス面に書いておかないと!
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3630, 岐路に立つお寺
2011年03月04日(金)
 3月1日のNHKのクローズアップ現代の「岐路に立つお寺」の内容に驚かされた。
恐らく全国の寺の多くが追い詰められていると思ってはいたが、ここまで葬式仏教への反感が強いとは!
法話も今さら何をという内容ばかり、その程度の話はTVで聞く仏教学者の二番煎じでしかない。
聞く方が、人生と死をより深く知っている逆転現象もある。 NHKのHPより、概要を見てみよう。
≪  ~問われる宗教の役割~
「葬式仏教」と批判されて久しい日本の寺が追い詰められている。都市への人口流出と檀家の減少、
直葬」に代表される宗教離れよって、衰退してきた寺が経営難に陥り、数億円の負債を抱えるケースも出てきている。
 原因は“墓ビジネス”の失敗だ。葬儀会社に「葬式」さえも奪わつつある寺が、存続をかけてビル型納骨堂や巨大霊園を
建設したものの、 売れ残ってしまったのだ。一方、危機的状況のなかで、信者の心の苦しみに寄り添う宗教の本分に
立ち返ろうと、自殺や高齢者の孤立の 問題に向き合う僧侶も現れている。 岐路に立たされるお寺の現状を見つめ、
宗教の役割と可能性について改めて考える。≫
▼ 以上だが、番組中、仏教に対して良いイメージを持っている人90%、お寺には25%、僧侶に対してはなんと10%、
 とあった。 いかに、坊様に対する不信感が強いかが出ている数字である。 現在の私の気持ちが、そのまま、数字に
 出ていたのに驚かされた。 私が厳しいのかと思っていたが、この数字を知ってホッとした。 
 まとも?な坊様なら愕然としただろう。 葬式時の御経代の高さに、心の底では怒り心頭ということが見えないのである。 霊園に墓を移す流れは、もう止められない。
 江戸時代から特権階級の立場を利用して庶民から貪りとってきたシステムに若い人たちは気づいてきたのが、
 この隠れテーマ。コンビニの二倍も寺院があるというから、いかに庶民から搾取してきたかが、窺い知れる。
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3265, 哲学者は神について、どのように語ったか -2
 2010年03月04日(木)
 中世では、「スコラ哲学」が、キリスト教の教義を語るとき、プラトンプロティノスの考えを取り入れた。
 その頃の宗教哲学者といえば、アウグスティヌストマス・アクィナスが知られている。神学は「信仰の真理」
 を目指しており、哲学は「理性の真理」を目指すものである。その融合が中世スコラ哲学の課題だった。
アウグスティヌスは「三位一体説」で知られている。・父なる神・子なるキリスト・精霊を、ひとつの神の異なる
 現われ方と解釈する説を確立した。それまでは流動的だったキリスト教の信仰内容を、ギリシャ哲学を借りて
 一つの教義にまとめた教父と言われている。すべてのものが、全能の神からつくられたものだとすると、
 何故この世に悪があるのだろうか、という問いに、「悪はそれ自体は存在しない、悪は善の欠如である」というのが、
 彼の教義である。 もうひとつの彼の時間論がある。
「時間は、過去・現在・未来が存在するのではなく、「過去についての現在(記憶)」「現在についての現在(知覚)」
「未来についての現在(予期)」、その根底に永遠の現在がある。 これらが同時に心の中にあるというもの。
 この3つが同時に存在するのは「生の分散」。 成るほどである。人間は、刻々と過ぎ去る現在を、3つの軸に
 分断されて生きる危うい存在。それを支えるのが神の存在としている。神は永遠に去らないからだ。 
 知識の乏しい当時、これだけの理論をたてるのだから驚いてしまう。
トマス・アクィナスが「人間の欲望は、世俗的なものに対してだけでなく、永遠なるものにも向けられる、という。
 自分は何ものなのか、何故生まれてきたか、神が私をつくったのなら、その神に会ってみたい。 
 人は知性を持って考えるほどに、自分や世界の原因である「神」に憧れを持つ。彼はアリストテレスの哲学を
 スコラ哲学と融合させた。 事物は形相からできている、というアリストテレスの考えを取り入れ、アリストテレス
 世界のすべてを動かすものと考えた「第一原因」「不動の動者」は、キリスト教の「神」を意味すると考えた。
 人間は理性ゆえに動物や植物の上に立つが、同時に理性の限界ゆえに、信仰がなければ神には近づけないとした。 
 彼はアンセルムスとは対照的に、経験と事実に基づき、物事の原因、そのまた原因とだどることで、最初の原因=神に
 到達しようとしました。スコラ哲学では、初期はプラトンが重んじられたが、中期にはアリストテレスが取ってかわった。
 ルネッサン運動が始る背景に、ギリシャ哲学を取り入れがスコラ哲学があったのである。
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2890、失われし人々の祈り ー膨張するロシア正教
 2009年03月04日(水)
「揺れる大国 プーチンのロシア
 失われし人々の祈り ー膨張するロシア正教」  NHKスペシャル3月1日放送
 ーまずは内容から ・NHKのHPよりー
強い国家を目指すプーチン時代に、新たな役割を担い、完全復活を遂げているのがロシア正教だ。
格差が広がるロシアでは庶民の荒廃が猛スピードで進み、各地の教会には連日悩みを抱えた人たちが殺到している。
極寒の12月、モスクワ市の繁華街の教会では、ホームレスや年金生活者が給食サービスに列をなしていた。
また教会の救済講座には、家族を捨て犯罪に走った中小企業の元経営者や、生きる望みを失ったソ連時代の
著名科学者らが神に助けを求めてもがいていた…。さらなる求心力の強化を狙う政権側は、このロシア正教に接近。
教会側も、小学校での愛国道徳教育や独自メディアを使った大量布教を目指してまい進している。番組は、ロシア正教
救いを求める庶民たちに完全密着し、人々がロシアの伝統に回帰し、強い国家を求め始めている現実をルポルタージュする。
▼ 「プーチンのリスト」の続編である。今回は共産主義というイデオロギーを失った庶民の心の支えを支援するため、
プーチンロシア正教に接近し大量布教を推し進めている。イスラエルユダヤ教アメリカにキリスト教、インドに
ヒンドゥ教、アラブ諸国イスラム教、タイに仏教という国教的な宗教が必要である。ロシアにはロシア正教があった
のである。ここで新しい時代に適応できなかった何人かの男と、その家族の苦悩を追っていた。 
冷戦終了後のロシアや東欧諸国で、旧体制のエリートが適応できなくなり、精神疾患やアル中になるケースが
多いとは聞いていた。 ロシアではアル中で男の平均寿命が59歳。そのアル中の何人かが教会の支援で立ち直った姿と、
その後の葛藤を克明に映し出していた。適応できない老人が、「ソ連時代は良かった」と何度も呟いていたのが印象的。
自由は、自由の刑といわれるほど、「選択と、責任という重い結果」が待っている。自由主義に適応できない大衆にとって、社会主義を懐かしむのも理解できないこともない。国家は強くなくてはならない、というプーチンの信念は国家の
トップとして正しい。パスポート無しで国外に放り出されれば誰もが分かることであるが、突き詰めると、国家なのである。
次に家族、そして、自分である。 ジプシーなどの国家のない民族の悲哀をみれば理解できること。
新しい国家への生れ変ろうと模索しているロシアと、その混乱の中で翻弄される国民の姿を冷静な目で捉えていたが、
日本の将来の暗示も多くあった。 単一?民族に、多宗教の国の日本。道州制度も真剣に考えなければならない時期である。
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2526, 閑話小題
2008年03月04日(火)
 *サブプライムローンと毒入り餃子*
タイミング的に丁度良くサブプライムローンと毒入り餃子問題が重なった。悪質な不良債権をミックスした債権を餃子とみると、
あまりに似た問題である。それもサブプライムアメリカの格付け機関の保障入りで、世界の金融機関にばら撒かれており、
気づいていないところが多いから始末が悪い。サブプライムローンの問題をキッカケに、アメリカにとっての生命線の
ドル本位制への不信が拡大、ドルの暴落はさけてとおれない。これに変わって資源本位制度というキーワードが出てきて
いるが、その資源の乏しい日本は大きな岐路に立たされる。中国の冷凍餃子も中国当局が事の重大さを認識してないことが
問題を更に拡大することになる。まあ、どうなることか?
 *そういえば、去年の昨日は、次男の結婚式だった!*
取り立てて話題にするほどでもないが、去年の昨日、次男の結婚式であった。結婚式は、ある意味でレジャー。
晴れの出来事として全員で盛り上げるイベントである。家というカタチが崩壊している現在に、この儀式は本人たちの
人生の服装の一部としてしか意味がなくなってしまった。それは当人にとって大きな区切りであり意味になる。
過去を振り返ってると、結婚式と、二人称、とりわけ両親などの身内の葬式と、卒業式は人生の一大儀式になる。
親の立場からみると、最終学校を卒業させることと、結婚式を挙げることが節目になる。
 *人生の節の作り方*
人生には節がある。その人によって各々違うが、大よそ7年か、10年サイクルになる。
その時、節をしっかり意識をして作ることが重要になる。その一番解りやすいのが、竹の節である。
そこでは圧縮された横ラインがある。竹がしなやかなのは、節があるからである。人生でも同じと言える。
それが人生を支えてくれるのである。時節到来の「節」で、アップスケール(脱皮)=変化の時である。
だから、ジックリと見据えて延長上ではない時間を作るべき時である。
その辺が、一般的には解ってないのである。それまでが横の時間(延長上の時間)なら、縦の時間とも言える。
 *ある友人の死から学んだこと*
去年、高校の同級生がリンパ系の末期癌になり、あと半年から一年という内々の話が入った。過去のいきさつから、
親友ではなかったが、私の出来る見送りをしようと決心。少しでも彼の心が休まる本を何気なく読んでもらうことと、
クラシックのCDを毎月病室に持っていくことを決めた。彼は入院から8ヶ月後に亡くなったが、彼の姿を見ていて
多くのことを学んだ。 希望を持つこと、そして、それに対して疑念を持たないで日々を明るく過ごすことである。
それ以外に、何があろうか? ということである。家族や周囲は疑念を持たせなかった分、気を使ったのだろう。
それなら人生の普段の生活でも可能か、死など死んだ後に考えれば良いと、毎日楽しみの計画を立てて鼻歌を
歌っていれば良い。どっちみち誰もが死ぬのだから。ただ、自分だけは生きている限り死なないのだから。
死んでしまえば、それまでよ、でも少なくとも自分は死なないことは間違いないのだから、気楽にしていれば良い。
というわけで、毎日楽しく過ごしております!
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2007年03月04日(日)
2161, 昨日は息子の結婚式!      (~Q~;) おはよう?? ファ?、おはよう!♪?      
明治記念館で結婚式というので、そのHPを調べてみて格式の高さに驚いた。嫁さんが学生時代アルバイトをしていた
因縁で、二人でそこに決めた。明治神宮のエリアの中にあり、由緒ある広大な屋敷を結婚式場にしている。
何と昨日一日だけで30組の結婚式が入っていた。何処を見ても花嫁姿であるが、それを決して違和感を感じさせない
雰囲気がある。持ちが全員に伝わった盛り上がった式であった。「格式ばらない楽しい会」が、
二人の希望というベテラン司会者の紹介もあり、笑い声が初めから終わりまで溢れていた。
出席者全員に家内と日本酒を注いで回ったが、全員が笑顔で挨拶をしてくれた。明治憲法の草案を議論した歴史的な
「金鶏の間」で、披露宴が行われた。会場には「明治天皇憲法の草案を議論している大きな絵」が掲げてあったが、
私の隣の席が明治天皇の座った場所で、そこで飲んだ酒は美味く気分がよい。
会場の壁に多くの「金鶏」の絵が描いたあったが、司会の説明によると、「多く金鶏が、一つとして同じ方向を
みていない、違う方向をみている。これは、それぞれが違う意見を持つという、『自由の精神』を意味している」という。
明治初期に、そのコンセプトの壁紙の絵にするセンスに驚かされた。最後の「花婿の父の挨拶」は、ハプニングのない内容のメモを読み上げるつもりだったが、着替えをしているうちに、何処かに入れ忘れ行方不明。そこで内容を思い出してメモを
しなおしたが、それも行方不明ということにして、ハプニングを演出。 上手く締めた!(つもり?)家内はハプニングの
演出がわからなかったようでで大汗をかいていた。お世辞もあるが「こんな素晴らしい結婚式は初めて!楽しかった!」と、
何人かの人に声をかけられたから、本当に良かったのだろう。私の数十回の結婚式の出席歴の中で、ベストである。
(手前味噌か)多くのプラスの要素が重なったからだろう。花婿系の親戚で、19時に会場から東京駅に移動。
最近出来たばかりの駅構内の居酒屋で二次会。 20時52分の新幹線に乗る。さらに長岡で23時から兄夫婦と行きつけの
スナックで二時間カラオケで盛り上がる。結局就寝が、午前二時過ぎ。 ハイの一日であった。明治神宮の結婚式で、
もの珍しいということもあり、楽しみにしていたのも、盛り上がりの一因だった。
ところで、カタチの上では主催者は私だから、自画自賛の内容になるのか?、目出度いことなのでご勘弁を!
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2006年03月04日(土)
1796, 超アメリカ整理日記 ?2    Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning    ー 読書日記
日本人のスタンフォードの留学者数はどんどん減っており、現在韓国の1/3、中国の1/5、韓国との人口比を考えると
十倍近くの差になる。これは日本にとって大問題である。著書の中で、教育は経済の先行指標であると述べているが、
日本の将来の大きな悲観材料になる。カリフォルニアは、アメリカの中でも特殊な地域である。本書でも統計が出ているが、
白人の占める割合が46.7%(全米では69.1%)、黒人の占める割合が6.7%(全米では12.3%)である一方、ヒスパニックの占める
割合は32.4%(全米では12.5%)で、ヒスパニックとアジア系(中国系やベトナムや韓国系)が圧倒的に目立つ国である。
 ̄▽)_旦~~オチャドーゾ♪
 ー日米の比較を生活者の視点で書いてある箇所を抜粋してみると
・まず第一は、日本は店員が親切なことだ。 特に、女性店員が。
 アメリカの店員はそもそもサービスするという意識がないので、「客が頼んでお願いする」ようになる場合が多い。
・そしてレストランの食事のうまさ! 高級レストランのことではない。 普段着でいける町中のレストランだ。
 値段はアメリカと比べて高い感じがするが、感激するような味が、それを充分に補う。 私の評価では、
 イタリア料理では、イタリア以外ではニューヨークと並んで東京は世界最高水準だろう。また、中国料理では、
 中国以外でロンドンと同じ水準である。 以下は字数の関係でカット(2012年3月4日)