つれづれに

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http://www.youtube.com/watch?v=Ft4L5OcrggY


 昨日は、シネマの日。で、『ホワイトハウス・ダウン』をみてくるが、これが面白い。
リアルで、あれよあれよと、大統領が副大統領と下院議長へと次々と変わる。で、・・・  
ここまで、ド派手だと、逆に面白い。で、黒幕は?   面白さで 90~95点評か。
 あと二本、みたいのがあるが・・・
http://video.search.yahoo.co.jp/search?tt=c&ei=UTF-8&fr=sfp_as&aq=3&oq=h&p=%E3%83%9B%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%80%E3%82%A6%E3%83%B3&meta=vc%3D


 
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2004年08月17日(火)
1232, 「こころ」の出家 -読書日記
 この年齢になると周囲が、定年、病、倒産、子供の自立、連れ添いの死、老父母の死、等、何らかの
大きな転換期に直面してくる。情報化社会に翻弄されて深刻な危機に何らか陥っているケースが多い。
この本は現代中高年論であるが、なかなか味わいのある内容だ。人生の後半にとって、「真に豊かな時間とはなにか」
を問いかけている。特に、自分の内側に向けての豊かさが問われる時期になってくる。
ふと書いていて気がついたが、この随想日記は内に向かって問いかけていることになる。
自らの経験と思索を、そのまま書き綴っていることは、豊かな時間ということだが?
書けば書くほど、自分の深層の階段を一歩一歩降りている。
今のところ、まだ地下2~3Fだが、書き続けているうちに地下10Fまでいく可能性がある。
ユング横尾忠則の世界に近づくかもしれない。いや、それは無いか!
この本の最後のまとめになっている「第5章ー もう一つの座標軸―豊かな時間を求めて」がよい。
その中の気に入った部分を抜粋してみる。
自分の好きな映画の「男はつらいよ」の寅さんへの気持がそのまま書いてあった。
ー27年間に48作、多くの人が寅さんとともに充足をした至福の時間を共有してきた。
寄せられた手紙の一つ一つが、映画「寅さん」がわたしたちに残してくれたものの重さを物語っている。
「寅さん」という存在は、その自由な生き方への共感と憧れの対象でなるのみにとどまらず、わたしたちが
失ってしまった大事なものを発見させてくれるものであった。ここでわたしは、いま一人の俳優を
ふれなくてはならない。渥美清の死より3年前、1993年に亡くなった笠知衆のことである。.......
さらにある人は、笠さんに、私的な悲しみと同時に、もっと普遍的なものを見ている。
人々が感じた悲しみは、そこに、<時代の終わり>を見たからだ。笠さんが演じてきた「古き良い時代」
「不器用で、朴訥な」、でも「愛すべき」人々は、現代ではつい忘れられ、切り捨てられてきたのではない。
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2003年08月17日(日)
865, 同級会-2
 昨夜は中学の同級会いや同期会があった。小学校は一学年の同期が100人足らずのため、
5年に一度の同期会になっている。中学校の同期会は今回が初めてであった。
 クラスで親しい男が卒業して以来初めて出席していた。名刺を見たら「日本レコード協会
の専務理事の肩書きであった。ということは、日本の歌の世界の隠れたドンだ。
ビクターの取締役になり、その後関連会社の設立に参加。その後今の仕事をしているという。
かなり重い仕事と言っていた。早稲田を卒業後、ビクターに入社。初めの仕事が、桜田順子など
3人娘の教育係だったという。「自分ほど面白い経験をした人間は少ないのではないか」としみじみいっていた。
 中学だけをみてみると、その時の成績順で人生が決まってしまっている。
ちなみに一番だった男が慶応大学の教授(数年前に死亡)、二番がこの人、三番が自衛隊
えらいさんになっている。後は保険会社の支店長、学校の先生など。
成績の悪い人はあまり恵まれた人生ではないようだ。恐ろしいものだ。
「何を持って恵まれた人生か?」という疑問があるが、あくまでも表面的なことだ。
あと二年で60歳、皆その歳を目安に生きてきたようで心境は複雑のようだ。
しかし会えば、心は今だ中学生だ。クラスでは50人中既に7人亡くなっている。
そのうち男は5人で2割になる。最近亡くなった人の殆どが癌だ。
  地元に住んでいると、小学校、中学校、高校の同級会に出席する機会が多くなる。
30歳すぎから仕事や子育てに余裕が出るためか、それぞれ頻繁に開かれるようになってくる。
私も30歳前後に地元に帰ってきてからは出席をするようにしている。学生から社会人に脱皮の20代は、
学生時代の人間関係から一度離れることが人間形成で必要である。その為に30代辺りから自然に開かれるのだろう。
同級会は40歳が社会的に最前線に立っているときであり、担任の先生の定年時期も含めて一番良い時である。
クラスによって全く開かれないか、頻繁に開いているかどちらかだ。地元にまとめ役がいるかどうかで決まるようだ。
前も書いたが、私の従姉は地元で中学の同級生13名が3ヶ月に一度も欠かさず50年近く開いている例もある。
こうなると賞賛すべきかどうか迷ってしまう。 小学校は5年に一度、中学と高校は毎年のように開いている。
ほとんど出るようにしているが、年齢を重ねるとともに段々子供時代に帰っていく。最近感じてことは、
50歳を超えたら間隔を置くほうがよい。特に学歴が上がっていくにつれて間隔が開けたほうがよい。
家庭や会社の変動がおきてくる時期で不安定になるからだ。大学の10年に一度の大学主催の同期会がよい。
500人ほどが出席。教会でお祈りをした後、大食堂で立食パーテー。その後に記念写真を撮る。
集合時間の2時間前に行き友人と会い近況のなどの情報交換。2次会はあるグループ、3次会は違う
グループとハシゴをする。それが楽しいのだ。
 以前この随想日記で書いたものをコピーしておきます。まあ真面目に書いたいるものだが、読みなおしてみると、
殆ど同じことを書いている。歳をとったという事か。
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同級会 -1
この20年間は、同級会にはなるべく出るようにしてきた。但し同窓会はでないようにしていた。
同窓会は高校と大学だけだが、知らない人間が年上というだけで気を使わなくてはならないのが嫌だからだ。
・小学校が5年に一度、中学と高校は毎年開いていた。
・中学は3年前仕切っていたマドンナが事故で大怪我をして休会状態だ。今年から復活する?
・大学はゼミの同窓会が毎年おこなわれていたが、5年前に教授が亡くなられて今は出席していない。
 大学は10年単位で学年ごとに学校が主催で会を開いている。 これが素晴らしい。
我を忘れて数十年前のことを思い出すのもよいものである。
中学高校を毎年開いている話を知人が聞いて、「毎年同級会を開くなんて変態だ!」と驚いていた。
知人は最近同級会を始めたが、それまでは殆んど開いてなかったという。
先日の法事で7歳年上の長岡に住む従妹が、年4回欠かさず開いていると聞いて吃驚仰天した。
世の中上には上があるもので、それも13人だという。
面白いもので、小、中、高、大学と物理的にも知識情報にも、上に行くほど明確に世界が広くなっている。
「学校をでたら、10~20年は学校の友人とは付き合わない方がよい」と聞いたことがある。
人間としてアップスケール出来なくからだ。
大学を出て10年ぶりに友人の結婚式に出たとき、学生時代の知人のグループに出くわして驚いてしまった。
当時と何も変わってないのだ。すぐに家業を継ぎ友人関係もそのまま、同じ地域にいて・・・・。
それが良いかどうか解らないが、いやに奇妙な感じだった。
地方には長男長女が多い。それ以下はどうしても外に出るケースが多い。
不景気になってくると、全体に暗い会になりがちである。高校の同級会は年毎に少なく、暗くなる。
地元じゃ大手の会社に勤めているか社長だ。それまで胸を張っていたような人ほど元気がない。
また出席は10年前の半数以下になっている。
倒産、倒産直前、リストラ、早期退職など暗い話だけだ。日本で現在長岡が一番不景気だともいわれている。
毎月のように廃業、倒産がおきている。次は何処が噂のネタになっている。
同級会は40前後が一番良いといわれている。社会的にも絶頂で先生も定年近くで、女性も子供の手が離れる時期だ。
50歳過ぎると、お互いに我侭が出てくるし遠ざかる時期でもある。それと死亡が目立ってくる時期だ、
5年ぶりの小学校で100人の同期で5~6人も亡くなっていた。その年になったということだ!

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2002年08月17日(土)
490, 随想テーマ日記の効用
 毎日一テーマで、その日思いついたことを書き続けて一年数ヶ月が過ぎた。
何か毎日が、そのために追い立てられている感がする。
多くのエネルギーが、その為に取られていることは事実だ。
しかし、エネルギー対効果比率から考えても充分その価値がある。
「何のために毎日こうも書き続けているのか?」という疑問があると思う。
・それは簡単だ、自分の為に書いている。
・公開することで、あらゆる人に見られていることを意識、その為に客観化が必要になるからだ。
・毎日、その都度思いついたことを書き続けることにより、
 過去に考えたことを、一づつ引っ張り出し、外部化をしていく作業が記憶と行蔵の整理になる。
・またその時その時の自分の気持ちや心境のメルクマール化が可能になる。
・その時点のホットな情報の中期記憶化・デジタル化をしていることになる。
 デジタル化をする事で、あとで組換えの時大テーマの要素の構成部分のパーツとしてつかえる。
・書きつづけることで、外部の情報に対する感覚が鋭くなってきている。
・心や内面の公開が、結果的に自分を積極的に主張出来る。
・これをチップに記憶させておけば、数十年先数百年先に見てもらえる。
 結局は波動の蓄積という事かもしれないが、死んだあとも残る。 
 とりあえず3年1000のユニットを書き続けることが目標だ。
 実際、世界が毎日激変?している。内部の入れ替えがおきていることだ。

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2001年08月17日(金)
[111] 数ヶ月ぶりの古町
数ヶ月ぶりに古町に出る。16日の為か店は半分ほど休んでいて、飲み客も少ない状態であった。
昨年の暮れ行った店で‘安寿’という店で、「人生楽しく!」が本人と店のコンセプトと
いうことをこの笑い顔を見て今思い出した。このように笑えるのは大きい財産であろう。
「楽しいから笑うのでなく、笑うから楽しい」ということを本人がよく知っているのだ。
笑いは訓練でできる能力だ。古町は少し高いがやはり面白い。
私のミニノートにジョークと駄洒落の索引がかいてある。
いつも鞄かポケットにいれてある。開いたと同時にアルファー波が出てくる。