読書日記 ~ 内田樹の『生存戦略』

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              『内田樹生存戦略
   * 「移民受け入れの是非」
 人口減が問題になりつつある現在、移民受け入れの問題が現実化しつつある。
鎖国を300年続けてきたこともあり、日本独特の清潔感と道徳観が、移民には
快適のようだが、日本人には、不潔感が、どうしても残ってしまう。
このコロナ禍で、日本国内は、室内のスリッパ履き、毎日の入浴、手洗いの
文化が、諸外国と比べて、けた違いに少ない! それらを犠牲にしても、経済面
からみても、彼らを受入れなければならないジレンマがある。
 あらゆる点で、日本の先行きに大きな境目になる問題を、このコロナ禍が、
時間短縮をして判断を迫っている。その側面からして、素晴らしい切口になる。

 ~解説から~
< 月刊誌『GQ』に連載の人生相談、2012~16年の5年分を一冊にまとめたもの。
「人のほめ方」「腹がたったときの対処法」「貸した金が返ってこない」といった
身の回りのことから、北朝鮮、安倍政権、日中・日韓関係、沖縄独立の是非などの
シビアな政治・国際問題まで、どんな相談にもうてば響くような回答がとびだす。>
 ―
  ~共感したのが「移民受け入れの是非」~ なかなか、洞察力ある秀逸な内容!
【「僕は移民拡大には反対です。移民対策で成功した国は一つもないからです。」
 第2次大戦後に労働力不足を補うために、アルジェリアから移民を大量に受け
入れたフランス、トルコから受け入れたドイツ、全部失敗している。
なぜうまくいかないか。それは「安い労働力」としてしか移民をみていないから。
◉「移民の側の宗教や生活習慣に配慮する」気持ちがなく、「同胞として迎え入れる」
気がない。安く働いて、消費してくれて、用がすんだら自分の国に帰ってほしいと
思っている。「フランスの場合、人口6000万人のうち10%がイスラーム系の移民。
 移民が始まって2世代、半世紀が経ったけれど、彼らはいまだフランス社会に
溶け込んでいない。種族的・宗教的な分離はむしろ深まりつつある。」
◉「(政府は)移民問題の処理にエンドレスに桁違いの予算を投じなければなら
なくなっている。」これが2014年11月の回答です。 この2か月後の2015年1月7日、
パリの風刺週刊誌「シャルリー・エブド」が、アルジェリア系フランス人の
イスラム過激派に襲われた。「ISの扇動」だけでは片づけられない、社会の
最底辺にくぎ付けにされたイスラムの若者のテロだった。
ものごとを深く見ている人の洞察力には、驚嘆するしかありません。
「異邦人との共生は『成熟した市民』でなければ担うことのできない困難な仕事。」
「できないことはしない。これもまた市民的良識だと僕は思います。」 】

【 日本社会には現在、約60万人の永住韓国人・朝鮮人が生活している。
日本国籍を取得している朝鮮系日本人もあわせると、その数は100万人を超えると
みられている。それほど多くの朝鮮系の人々が日本で生活しながら、その大半は
通名で生活 ...。】
『「在日」という生き方 :  差異と平等のジレンマ』(朴一著は、日本人でもない、
韓国・朝鮮人でもない「異質」な存在として日本社会に生きる「在日コリアン
の姿と生き方考え方を、個別の具体的な人生を通して描いた好著だ。】

 ――
▼ 移民受け入れ… 云々よりも、ネット社会が現実社会を覆ってしまった上に、
 ネット化が人種の壁を壊しつつある。そして、このコロナ禍である。
移民受け入れは、<在特会>のような、移民排斥の特殊な組織が根を張る可能性を
含むこと! それは自民党の生還保持に利用される可能性があり、これも問題!
 先日、YouTubeを見ていたら、白人女性がイスラム教女性二人に何やら喚いて、
被っていた衣服を外そうとして、近くにいた白人男性に、止められていた映像が
流れていた。元を糺せば、白人女性も移民でしかないのが、無知なるが故に自覚
出来ないのである。城下町長岡人の、それに同定できること! 

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6795,読書日記 ー退屈なのは、世界か、自分か ~3
2019年10月22日(火)
           <僕が旅に出る理由  NIPPON DREM PROJECT>
   * 何かを求めて、探し続ければ退屈など滅相もなし
 新潟駅前の土地取引先の、老境というより死期に迫った老夫婦の御婆さんが、
最期に語ったことは! 『2人でいっぱい旅行をしてきた。もう人生に何を
求めるでなし。いつ死んでも悔いはない。』と… 辞世のような言葉を残して
亡くなっていった。そう、両親2人とも同じようなことを言っていた。
 結局、人生に残るのは、生活圏から逸脱した解放感!ということになる。 
その予行練習を、学生時代に一度、経験すべしということか… 

 私のライフワークの一つが『秘・異郷旅行』というより、『秘・異郷ツアー』
このテーマは、今まで数限りなく書いてきた。 老境真只中になる程に、この
ブログと、ツアーの蓄積は、大きな心の拠り所になっている。人生、退屈という
のは少なかった。20歳の頃、キリスト教倫理の教授に、夏休みの課題を与えられ、
考えあぐねた結果、出した結論が「両親の生き方の肯定」。
「私も父親の生き方を目指す」と…。 
 ぼんやりと人生を生きてきた、それまでの自分から、40~50年スパンの人生設計
の土台つくりが、その時に決まった? 周囲の状況が全く変わって見えてきた。 
内向きだった性格が、外向きに変わっていった。25部屋のシェアハウスの共同の
私生活が、まずは赤裸々な人間の内面を曝け出す舞台そのもの。クラブも然り。
何より鮮明に見えてきたのが、授業内容の多彩さと、途轍もない金持の別荘群の
ある軽井沢の山荘のアルバイト。

 何よりも感じたのが、凡庸の己の器。そして、それぞれが背負った荷物の質量。
そして、脱クラブ、寮仲間との超越。そこに、山荘仲間からの自由な発想の感化。 

 安保闘争の真只中で、『何だ、世界は自由に満ちている。まずは、

小さく固まった行動範囲を広げること!』と。そして、欧州一周の旅に
繋がり、それをキッカケに武澤ゼミの一員になっていく。
 「退屈で凡庸だったのは、それまでの自分」という逆上せが、そこに生まれ52年
経過する。「退屈で卑小なのは、間違いなく自分!」 早々、自分の小さな器が
粉々に破壊されて、良かったと! あの悪魔の代弁者に固まるところ… 
 …正しく人生は旅である。 退屈なのは、自分の凝り固まった狭い視野のせい。
 
  達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ

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6431,閑話小題 ~アメリカ上院、下院総選挙 ~2
2018年10月22日(月)
   * 露骨な中間選挙用映画
 先週末のシネマは、『デス・ウィッシュ』。年金後の土曜日で、同年代の
人たちで40人はいただろうか。 ~内容といえば…
《 警察すら手に負えない無法地帯となったシカゴで救急患者を診る外科医
 カージー。ある日、彼の家族が何者かに襲われ、妻は死に、娘はこん睡状態
になってしまう。警察の捜査は一向に進まず、怒りが頂点に達し、復讐の鬼と
なった医師は自ら銃を取り、犯人抹殺のために街へと繰り出す。》
デス・ウィッシュ」とは<死を祈る、死の願い> 御前ら悪党よ、俺様
の手で死んでくれという意味。チャールズ・ブロンソン主演「狼よさらば」の
リメイク。白人の外科医が、ラテン系や、黒人のギャングを容赦なく殺して
いく姿は痛快だが、有色人種を虫けら扱い。助ける医師の立場から、ギャング
狩りの殺人に… 最後は、殺したギャングに罪を擦り付け目出度しめでたし。
現在のアメリカ(白人)第一主義を地でいった筋立て。世論は、痛快にギャング
を殺戮する処刑人に好意的。 … これって、中間選挙目当て?
 
 朝鮮半島情勢、今のところ安定しているが、ここだけは何が起きるか? 
これもアメリカの中間選挙次第。中間という意味は大統領選挙を挟んだ中間
という意味。4年に一度の本格的な議会総選挙。トランプといえば、その正体が
露呈しスキャンダルが連発。側近は、次から次へと辞任。国家自体の自己否定
とさえ思える大統領。 専門家の見立ても、世論も共和党に悲観的。 
< 予測専門サイトの一つが3つのモデルで選挙結果を予想、下院における
 多数党交代の確率は、9月下旬時点で70%台後半から80%。また、バージニア
大学政治センターが紹介する4人の専門家の予測モデルは、下院における民主党
議席増を27~44議席とはじき出す。多数党交代に必要なのは23議席の変動であり、
モデルどおりなら、共和党は「青い波」に屈する。共和党とすれば、想定以上の
苦戦だろう。「強い経済」と「トランプ大統領の熱狂的な支持者」という2つの
強靭な防波堤が、多数党の座を守ってくれるはずだった。だが今回の選挙では
これらの防波堤は十分に機能してないどころか、共和党の弱さとなっている
気配すら感じられる。> 
 しかし、そこはトランプ。起死回生の奇策を狙う可能性も。
ロシアのプーチン。トランプを大統領にした策略だけでも、その任を果たした。

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5334,島地勝彦の~柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談~ ー①
2015年10月22日(木)
  元・プレーボーイ編集長の島地に、亡くなった三人がのり移った設定の
人生相談だから、面白くないわけがない。ランダムだが、面白そうな相談から
紹介していく。
   ー大企業で出世する男の見分け方を教えてくださいー
〈 私がつき合っている男性は慶応大学卒の28歳、某大手電機メーカー勤務です。
有名企業ですが、このご時世、サラリーマンの一寸先は闇。彼が出世競争を勝ち
抜ける人かどうかを知りたいのです。私も大手といわれる保険会社勤務ですが、
ずっと仕事を続けるつもりはありません。というか、専業主嫁になりたいです。
ただし、貧乏臭い節約生活は送りたくありません。銀座で気軽にショッピングを
したり、一流のレストランでランチができるくらいの余裕のある生活が希望です。
そのためには、旦那さまにかなりの稼ぎがないことには。かといって、ベンチャー
経営者なんていうのは、蟹産の危険と考中合わせで不安定だからイヤ。大企業で
出世する人がいいのです。そういう人の共通点って何でしょうか。どんなところ
で見分けられるでしょうか。こんな質問をしたら、コメントは欄では非難轟々
かもしれませんが、本音でお蜀きします。(27才女性) 〉
  ーお答えー
〈・シマジ:その慶応卒の彼氏とやらに会って、食事をしながら二時間も話せば、
出世するかどうかをぴったりいい当ててあげるよ。だが、一般論として出世
する男はこうだとはいい難いな。それこそ千差万別だ。だから、会わずに語る
のは無責任だな。無責任だが、これだけはいえる。この男が大企業の中での
競争を勝ち抜き出世するだけの知力と感性の持ち主なら、相談者を一生の伴侶
として選びはしない。すなわち、相談者を妻にするような男なら出世の見込みは
薄く、出世する男なら、いずれ相談者と別れるだろう。
・アソシエ:辛口ですね。
・シマジ:相談者の本音の質問を本音で答えたまでだよ。出世をする人間の
大事な条件の一つが人を見る眼力だ。大きな組織の中でこれぞという先輩や
上司を探り当て、その人に教えを請い、その人を尊敬して命がけでついていく。
あるいは営業マンなら、取引先のキーパーソソを見極め、そこにしっかりと
食い込み、人脈を広げていく。いずれにせよ、そうした人を見る眼力があれば、
女のたくらみも見通してしまうだろう。それにしても、相談者の考えは浅いな。
だってそうだろう。日本の大企業の中で課長に出世をする男には眼力が必要だ。
課長になり、部長になり、ついには役員になったとして、どれほどの生活が
できるというんだ。第一、子供はどうする。子供が二人もできたら、優雅に
お買物にラソチになんていっていられなくなる。しかも、教育に金がかかる。
こういう相談者だから、子供に有名幼稚園や小学校をお受験させるだろう。
そのうえで、有閑マダムよろしくブランド品のショッピングに精を出し、
高級レス.トランでランチ三昧なんてことをしようとしたら、数千万の可処分
所得が必要になる。ということは旦那は税込みで一億円近く稼がなくては
ならず、サラリーマンには到底無理な話だ。〉
▼ 以前、田圃や小川に生息する〈タガメ〉について書いた。蛙や、小魚に
 抱きつき、栄養分を死ぬまだで吸い取る昆虫で、日本の専業主婦に酷似
しているという分析の書籍を、ここで紹介した。 何か、誰かさんみたい?
  ~二年前に取り上げた内容を下にコピー~

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6066,閑話小題 ~ 少し考えてみたら
2017年10月22日(日)
   * 少し考えてみたら
 日本人は第二次朝鮮戦争が起こるとは、よもや思っていないようだが、
少し考えてみれば、充分に起こりうること。アメリカのいうレッドラインを
遥かにこえた「水爆実験」と「ミサイル実験」を平然と行い、隣りの大国の
中国やロシア首脳と会談すらしようとしない。直接会談を避けるのは、底の
浅さが読み取られてしまうため。
 肉親や幹部の粛清が、あの方にとっての錯乱原因で、自らの破滅の道を
ひたすらまっしぐら。これでは数百、一千万規模の犠牲者が出る可能性がある。
「米国は核保有のイランの事例からして攻撃してこない」という甘さが見て
取れる。黄色人種の元首から、これだけ罵詈雑言と挑発を続ければ、欧米の
極右が見逃すわけがない。人生の夕暮れ時に、一つ海を越えた朝鮮半島で生々
しい戦争が突発するのか? 
   * つれづれなるままに!
 会社清算に至った現在、後悔が殆どないのが不思議なぐらい。創業に向けて
一歩、踏み出した時から、万一の場合、「われ後悔せず」と決心をしていた
こともある。その上に、思いの外、楽しみが、「差引きゼロ」というより、
80点以上の実感がある。何もしなかった10億、100億より、経験を楽しんだ現状
の方が良かった手ごたえがあるからこそいえること。
『納得出来る行蔵は、何ものにもかえ難い』とでも自己説得でもしないと… 
 どの道、全てが夢幻でしかない。
   * 政治ものコンニャク談義
・ 昨夜、グランド・ホテルで、先ほど行われた中学の同期会の「反省会」
 が、行われた。出席者が15名。余剰資金があったようで、会費は3千円。
二次会は欠席し、21時に帰宅。一次会の後半は、衆院選挙の話題で盛上った
が、意外にも、自民の候補より、野党の女性議員の支持が圧倒的だった。
自宅にも、大平事務所から『前知事に負けそうで、助けてください』と、
悲鳴に近い泣き落とし?の電話が4度もあった。
新潟市在住?の前知事が、今さら長岡で原発容認の自民党から出馬など、
もってのほか」と言われれば、成るほど肯ける。一般市民に「稼働してない原発
は空箱と同じ、ミサイルを撃ちこまれても、全く問題なし」の情報が意外と
知られてないこともある。で、私は、全国区で「希望の党」、地方区は「泉田」
に投票予定。それとも、国家危機の視点から、全国区が「自民党」、地方区は
「大平」。泉田は「長岡の女たち」を知らなすぎのため大敗の可能性がある。
「無所属で、新潟市地区で立候補すれば、当選の可能性もあったのに…」だが、
比例区で拾われる?今回の選挙結果が楽しみだが、『憲法改正』は必要とする
と、自民党は圧勝して然るべきである。とすると「希望の党」でも良いが…。
二転三転後に、「全国区」が「希望の党」で、地方区は「大平」が結論。

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5699,老老介護の現実
2016年10月22日(土)
  * 姉夫婦と従兄弟が老老介護の年齢に
 先日の通夜に東京から日帰りでやってきた従兄は、老老介護の真只中。
総武線沿線の葛飾千葉市近郊に、姉夫婦が三組、父方の親戚が三組が住む。
そのうち姉夫婦の一組と、いとこの二組の連れ三人、4分の1が亡くなっている。
そして残る三組は老老介護の真最中。平均年齢が80歳代に入った老老介護
日々是戦場状態。長寿が果たして幸せかどうかの問題につき当たる。それでも、
近くに親戚と子供たちが住んでいるのが幸い。連れ合いは、生きているだけ
でも老いの身には支えになる。末っ子のため、従兄弟も含めた自分の数歩先の
モデルの人生、山あり谷ありが垣間見える。 さほど多くない市内の従兄弟や、
義兄が、去年から今年にかけて3人も亡くなった。後は誰が先か後かの問題。
<死ぬまでは生きている、死んだ瞬間から無になるから、自分の死はない。>
と思えば気が楽。現実は、「先に逝ったもの勝ち!」「先に呆けたが勝ち!」
 ブログ内検索で『老老介護』を入れたところ、以下の文章があった。
  実にシリアスの内容である。
――
2011/09/14
閑話小題 ~老老介護
  * 老老介護
 先日、近くのチャンコ鍋チェーン店に久々に食事に行ったところ、
案内され小座敷の隣に80歳は超えている老夫婦の先客がいた。
少し妙な直感がしたが、別に気にはとめてなかった。しかし私たちが入店
した時には食事が終わっていたのに、私たちが帰る直前まで、そのまま御茶を
飲みながら周りの客の話を聞いている雰囲気が伝わってきた。それは別に問題
ないが、家内がセルフ・サービスのコーヒーを取りに行ったところ、帰りかけで
入り口にいた御婆さんが、家内に「足が痛くて歩けないんだけど、どうしたら
よいですか?」と話しかけてきたので、家内は戸惑い「私には、どうにもなら
ないんで、店の人に御願いしたらどうですか」と、少し冷たく答えたという。
連れもいるのに見知らずの人に訴えること自体が変で、明らかに痴呆症が半分
入っている風とか。私も腰痛を持っているので、その酷いときの辛さを痛感する
ので(痴呆が入ってなくとも)誰彼なく言いたいのも分かる・・・
長生きは有難いが、そこに精神的、肉体的苦痛の代償を自然は与える。老いた
だけ、無念が増す、ということか。 本気で「来年は存在ない」という思いで、
一日一日を生きる時節になってきた。あの人は誰かに愚痴を聞いて欲しかった?
のか。長生きはしたいが、老いたくない。この矛盾が老いの問題になってくる。 
――
2015/05/17
人生相談という気晴らし! ~⑦
             『人生、しょせん気晴らし』中島義道
 さすがの個人主義の哲学者も、老老介護の相談には歯切れが悪い。
介護の世界は複雑で、根深い。極限の場面で、真実を知ったところで、
せめて、気晴らしになるぐらい。最期の最期は、宗教に頼るしかない?
≪ Q:  ~老老介護から人の〈生〉と〈制度〉を問う~
 私は七十四歳の女性。以前の「死ぬ作法」の記事を読み考えるところが多く、
質問させていただきます。私は現在、九十五歳の母親の介護をしております。
昔であれば一番上の子供が還暦を迎えるころには親は天に旅立ってゆくもの
でしたが、医療の進歩もあり、寝たきりであっても延命治療が続いております。
世間では後期高齢者医療制度が問題になっていますが、むしろ末期の医療現場を
考えていただきたいと思っています。人が生きるとはどういうことであるのか、
死に近い位置から医療をはじめ生きるということを見直すことが必要ではないか
と思っております。哲学のご見地から、寝たきりとなった高齢者の生、死について
何かご示唆いただきたくお願いします。ちなみに私の兄弟三人は皆、病に倒れ
入院生活を送っています。私が倒れたら、どうすればいいものか不安で一杯です。
  A:  ~われわれは「生きている」ことの意味が分からないのです~
これは大変難しいご質問です。私も大学でここ十年ほど「生命倫理」の講義を
受け持ちましたが、さまざまな学説を紹介することはできても、自分の意見を
言えといわれると、とたんに分からなくなる状態です。 逃げのようですが、
あなたのご質問に対して「哲学の見地から」何の示唆もできない、と言うほか
ありません。哲学は人を救えないものです。正確に言えば、世界とは、私とは、
時間とは、善悪とは、何か分からなくて悩んでいる人をある程度救えますが、
幸福になりたい人を救う能力は皆無だと確信しています。むしろ、哲学とは
不幸になってもいいから真実を知りたいという欲望をもっている人にのみ
開かれている。真実は必ずしも人々に慰めや、平安や幸福を与えるわけでは
なく、逆に不安や不幸を与えるとしても、あえてそれを追究するのですから、
相当ヘンな欲望ですね。そもそも、われわれは「生きている」ことの意味が
分からないのです。ですから、生きているほうが、死んでいることより「いい」
ことを論証できないのです。哲学は「いかに」生きるか「いかに」死ぬかを
教えることはできず(それを安直に言い出す哲学者はニセモノ)、人間が死ぬ
ことの意味そのものを問い続けることができるだけです。私も人間ですから、
直観的に「人を殺してはいけない」とか、「老人を虐待してはいけない」という
ことは理解できますが、さらに「なぜ?」と問うと途方に暮れてしまいます。
まさに、ここに問題を見出す人のみが哲学に突き進むのであり、そんなことは
何の問題でもない、目の前に苦しんでいる人がいれば助けるのがあたりまえ
ではないか、という考えの人は決して哲学の門にはいらないでしょう。・・ ≫
▼ 難しく、深刻な問題だが、決して他人事ではない。人生の最期は、決して
 不幸から逃れることが出来ない現実がある。それに対し、「南無阿弥陀仏」か、
「南無妙法蓮華経」と唱えるしかない。哲学は、「ことの道理」を追求すること
が出来ても、人を救うことは出来ない。ということは、人生相談に、哲学は
向いてないことになる。だから、逆に質問の内容そのものの甘さを指摘して
納得させるのが、ベストになる。『人の心の問題は、ほっとけ!』と。