閑話小題 ~右上がり角度が一番に高かった頃は何時ころ?

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    * この年齢で想うこととは、
 あと数ヶ月で後期高齢者へ仲間入り。行蔵を省みると、まあ、こんなもの。
・成長角度といえば… 右上がり角度が一番高かった年代は20歳代。
 低かったのが、10歳代後半頃は縮み、40歳頃は伸びきっていたようだ。
・面白かったのが、30歳代。ここも前半と後半に分けられる。…ただ只管
 立向かっていた。(これは私だけでないか?)
・キツカッタのが40歳後半と、60歳後半。因果応報… バブルのツケが
 利子付きの返り矢で…。 それでも、生活習慣が助けてくれた。

つれづれに振返ると、自分の頭の悪さと、滑稽さに自嘲するが… 
他者の‘それ’に負けるとみると、そんなもの。孤独、孤立好きが+に働いた。
10歳代の10年間が-(マイナス)だったのが残念だが、それが、それ以降の
土壌になっていたような。

恵まれてない人に対して、それを許容できない性格が、私の弱点。
最近なって気づくことは、他者への冷たい視線と、仕打ち。性格が攻撃的で
あるのも、あったが… 私の能力の限界が、上記の中に垣間見ることが出来る。
飽きもせず、毎日、このブログを書き続けていると、何だったのだろう?と、
思う日々。でも、ここまで生きれるとは思いもしなかった。

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6721,閑話小題 ~今日のひと言… ―引き籠りもキャリアになる
2019年08月10日(土)
   * 何とも… 驚かされた言葉
        ~引き籠りもキャリヤ成りうる~
 御隠居生活は、どうしても引籠り傾向になるが、それでもスポーツジムや、
シネマ館通い、自転車散歩、このブログなどで、鬱憤晴らし?が出来るので、
むしろ御隠居生活が有難くもある。ここで何度も書いている『世間』の批判。 
 NHKクローズアップ現代の夏季特集の再放送で、「キャリアの引き籠り」
の問題。10年、20年の長期引き籠りの人たちを集めて、その深刻な胸の内を
披露していた。 問題は、世間に対する親の妄信。私が知る限り8割が重症。 
特に都会から放れるほど理解の低さ?が強くなる。彼らは、まず親の無理解を
指摘する。
 「引き籠りは世間体が悪い」「常識じゃ考えられない」「普通であれ」と。
何も考えようとせず、押し付ける。これじゃあ、堪ったものではない。その
序の口が、小中高校時代の虐め。特に両親の不仲なるが故の苛めっ子の虐め。 
彼らの狙い目の対象が、まず変わった普通でない子供。子供は加減を知らない
ため、それは残酷極まりない。実社会にはパワハラの残酷さが待っているが、
幼児・少年時の虐め体験で必要でもある。しかし弱い子供が、ここでやられる。 
500m圏社会の常識、噂に怯える人びとへの気配りで神経を擦り減らす。
その子供版が、クラスの仲間内での虐め。「世間並みに」「社会常識」
「普通であること」。 これらは、一見、正しいようだが… いや正しいが、
それを鳥瞰できる視線があればの前提がつく。引き籠りの本人にも問題がある。
引き籠りを、当の本人が自己否定する。 そして親からして無知とくれば!
 それでも親・兄弟がいればよいが… 存在しないと、ホームレス、そして
孤独死が待っている。当人にとって、それに抵抗感がないとしても…
欧米の一神教に対して、日本は『御世間教』が厳然と存在している。
この酷く感化された低俗の?両親の子供が、親と、幼友達から遣られてしまう。

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2018/03/07
閑話小題 ~大変な人のでき方

   * 旅は根こそぎ人生観を変えた
 何度も書いてきたが、51年前の21歳の「30日間・欧州旅行」が人生を変えた。
国内さえ殆ど旅行したことがない私が、年間20万人しか渡航してなかった当時に、
ツアーに大金持ちの子女・子息たちと豪遊旅行に参加したのだから…、当時の
日常との段差が如何ばかりか。それまでの人生と、その後の人生というほどの
段差によるカルチャーショックが、そこにあった。 
 良かったのが、事前情報が皆無に近かったこと。名所名跡に出あいがしらの
感銘がより大きくなっていた。その衝撃は、その後の秘異郷旅行のライフワーク
に繫がっていた。 
 
 当時よく聞いた話が「カルチャーショックで気が変になる人が多々ある」。
今では情報化で現地の事前情報があるため少ないようだ。私も帰国後の数ヶ月は
自失茫然状態であった。それまでは、私なりの世界観、価値観を保って秩序を
守ってきたが、そのベースが根本から揺れ、それが新たな再生になっていた。
 老いる度に、私たちは小さな世界に閉じこめられ、その世界しか知らなかった
ことに気づき、慌てる。その後、数知れない衝撃を受ける度に、生き方、人生観
が根こそぎ変化していった。成るほど、「大変な人」と言われるのは至極当然。
私の限界の中の衝撃で、破壊と再生の「変化」を経験すれば、「変」が大きく
なる筈である。 とはいえ、その道のプロ、例えば、秘境の地への赴任とか、
添乗員から見たら、何をバカなことと笑われる半端なド素人でしかない
。 
 一歩、旅行に向け踏出すと、非日常の世界になる。 新幹線から成田線
乗継いで、機内に入ると、非日常が、日常になり、これまでの普段生活の日常が
非日常に逆転する。黄色のミニ集団の一員として、こちらの正しいことは、旅先
では正しいとは限らない世界になる。世界は多様であり、それぞれが特殊であり、
また自分の世界も特殊であることに、気づかされる。それぞれの地域で、それ
ぞれの言葉を話し、様々な考え方をし、地産地消をしており、それぞれの文化
の中で生活をしている。その実体験が旅行の醍醐味になる。一回の旅行で、
ホテルや、観光先や、乗り物内で、様々な文化文明に触れ、感動や感激をする。
変わっていく旅先に順応しながら、自分も変わっていく。感動、感激の経験は自分
の感情を豊かにする。旅に出て、感動し、感激し、感涙する度に、違った自分に
変化していることに気づく。

一年前に入れた4KTVが内なる世界を変えた。『アクティブ・カウチポテト族』
と言うが、世界の秘異郷先を、実際の人間の視力より、遥かに鮮明に映し出す。
今では、YouTubeで4kの映像を見ることが可能になっている。数十年経っても、
これで追体験が可能になる。更にブログで、旅先からライブの生々しい写真と
映像と実感の言葉を見ることが出来る。 21世紀は、楽しみ方を知ってるものに
とって面白い時代だ。 これは何事でも言えることが…

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6358,閑話小題 ~年寄りの不幸感覚
2018年08月10日(金)
   * 老いの自覚を…
 年齢と共に、年々、肉体的、精神的の老いの新感覚に唖然とする。
ボクシング協会の老醜丸出しの78歳の会長。ここまで唯我独尊となると、
漫画の世界。 引き際を間違えた典型。勝手に立場を悪用して「終身会長」
とは、何をか言わん。 …ハーフの朝鮮人で、元暴力団・準構成員上がり。
前科が無かったのが幸いし、過去の身体検査から漏れたようだ…
論理は、ヤクザの脅しと同じ手法。脅し口調に、ナダメと涙を駆使して、
自分のペースにまきこんでいく。演劇的で面白いといえば面白いが… 
よくみればハッタリかましのオジイチャン。肉体系駆使の格闘技の世界は、
こういうのが多く生き残っているようだ。

  * 再び、長岡花火の話題に
 一昨夜、TVで長岡花火のハイライトを放映していた。今日も同じ内容かどうか
定かでないが… 放映される。それを見ていたところ、家内がYouTubeの4k録画
を『綺麗だから見たら!』という。昨年、熱の冷めやらぬ8月末に「大曲の花火」
を見ながら、YouTubeの長岡花火を見ていたが、今年は、その前に、見ることに。
この数年、寝室で独りで見ていたことを家内は知らなかったようだ。
 今年も家内は二日間とも、駅まで自転車で行き、あとは駅か信濃川に向かう
群れに加わり二キロ程先の大手大橋近くまで行くという。数年前まで同行して
いたが、家内も自由気ままの単独行動に慣れてしまった。
 二日目のこと、家内の後ろの男の人がフェニックスに感極まって、
<『凄い、凄い!』の感動そのままの言葉が伝わってきた… けれど、もう私
には、それほど感動は無い…。>と宣わく。 花火文化の中で、毎年、繰返し
見れば、初回の格差は大きくて当然。これは悠久山、福島江の桜にも言えるが。 
 
 夜空の比較の話なら、北極圏のオーロラと段違いのスケールの差がある。
比較すること自体、オカシイ自慢話の領域になる。
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2003/10/13
922, アイスランド旅行記-2
              ー 2003年10月13日(月)
   ーアイスランドを印象順に書いてみる
・何といっても、『オーロラ』である。
 オーロラは二度目だが、前回のノルウエーのトロムソは外れであった。
 今回は一回だけだが大当たり!しっかり目に焼き付けてきた。
 ー明日オーロラについて書く。
・海に突き出た雄大な断崖のディルホゥラエイのパノラマが素晴らしい。
 高さ100mの断崖がどこまでも続く絶景と、断崖から見えた果てしない
 海岸線が何とも美しい。
 北の果てという感じが一番でている場所であった。
・クレーバルバトン湖の背景に広がる景観は、 正しく月の景色に一番似て
 るといわれている。スターウォーズの映画の場面を思わせる茶色のパノラマ
 が別の惑星にいるようだ。アームストロングがここで訓練をしたという。
・氷河から流れ出た滝が、それぞれ素晴らしい。
 何といっても迫力のあったグトルフォスの滝が印象的であった。
 イグアスの滝に似ており、北極のイグアスとう感じだ。
 またスコォガフォスの滝の美しさも忘れることができない。
・霙の中で見た3~4分ごとに吹き上げるストロックルの間欠泉も
 アイスランドならではのものだ。
・溶岩でできている大地がほとんど国を覆っている。
 土がまだ殆どできていないのだ。大地の上を数百年かけてできた20cm
 ほどの苔が土の役割をはたして、その上を草が生えているのだ。
 我々は何げない土の上に住んでいるが、数億年かけて有機物の新陳代謝
 繰りかえして土になっていったのが、このアイスランドに来てよく解った。
 岩山も緑の苔が覆っていて、景色としはアイスランドならではの異様な景色だ。
・少し場所を移動しただけで、景色がドンドン変わっていくのが印象的である。
 テーブルマウンテンや溶岩で出来た岩山、氷河に荒涼とした荒野などなどだ。
 そこに羊と馬が放牧されている。
 その中で目立ったのが、アイスランドポニーという小型の馬である。
 冬でも極北の寒さに耐え、そのまま放牧をしておいても大丈夫だという。
 性格が穏やかで欧米で人気があり輸出用だという。
 
 見た感じとして似ている国としては、ニュージーランドパタゴニアである。
 氷河とどこまでも続く荒涼とした大地と、吹き付ける冷たい風は北も南も一緒だ。

「一生に一度に行きたいアイスランド」という言葉が一番にあっている国である。
    本当に世界は広い!

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2003/10/14
923, アイスランド旅行記ー3
          ー 2003年10月14日(火)
ーオーロラハントー
 数年前に、ノルウエーのトロムソにオーロラハントに行ったことがあった。
その時は「何だこんなものか」という程度で、期待とは全く違うものであった。
薄い雲がスジ状に光っているだけであった。だだ行きの飛行機から見たオーロラが
カーテン状に広く光っていたが。今回も5日間で一日しか見えるチャンスが無かった。
夜になると寒くなる為か曇ってしまうのだ。
感動するような大きなオーロラのはそうそう見ることができないのだ。
 そしてたった一回だけの私にとって一生もののオーロラが出たのだ。
天空に展開した時の感激は、想像をしていたより遙かに神秘的かつ荘厳であった。
写真など撮っている余裕など無く、ただ呆然と見とれるだけであった。
これをどう言葉で表現したらよいのだろうかと考えていた。

 天空の黒をキャンパスに、滝が降るように頭上の両側に壁になり揺らぐ青白光の
波がこの世のものと思えない、神秘的なものであった。。
あとは「 ・・・・・  」である。
 取材できていた共同通信社のカメラマンが、
「このオーロラをどう東京の友人に説明したらよいか解らない」と話しかけてきた。
「実際、この目で見るしか理解はできないでしょうね」と答えるしかなかった。
その時、涙が出そうになっていた。
 以前ツアー仲間から、この体験談を聞いたことが何回もあったが。
「もういつ死んでもよいと思った!」
「聞くと見ると大違い、実際見なくては!言葉で表現できない」
それを聞いて、「ちょっとオーバーではないか?」としか思ってなかった。
しかし、この言葉の意味が実際見て初めて解った気がした。
 あと一度見たら、アフリカの大地のように完全にハマってしまうのだろう!