* 前期高齢者の会は、世知辛くなる!
 昨日の午後から、日本橋で毎年恒例の大学の同期会に参加。昨夜は最終列車で、
帰って、就寝したが午前様。 だが習慣の力で、5時半に起床これを書いている。
 〜あらましといえば
・毎年17〜8人が出席。
・この9年間、一度も欠かさず出席していて、
・同期の3割は「亡くなったか、介護状態」になり、小中高校同様「同級会から、
 同期会」に変化している。4〜5年前から 病気で倒れる人が続いている。
・幹事、副幹事が4年前にステージ3の?に… しかし顔色は艶々して元気。
 電話連絡で幹事が曰く、「今年は何故か出席率がよく、既に20名以上」
 だったが、3名がドタキャンで、20名。 
・来年は、10年単位の大学主催の同級会の時節。男たちにとって最期?の…

 ここ『魚久』の会長が同級生。通うたびに、甘粕料理の美味しさに嵌り、粕漬
を土産に帰るのが慣わしになっている…  土産文化を持たない私が土産を買う
のは、ここだけ。帰ってから一週間にわたって、2人で2つの粕漬けを半分に
分けて味わいながら食している。 20〜30店舗を首都圏中心に出店し、本店が
甘粕横丁。 近くに吉原があった関係で、今でも酒屋と、酒蔵、小料理屋が並ぶ。
江戸時代から数百年にわたる魚類の甘漬漬専門店なら美味しいわけである。
通い回数を重ねるほど、その味わいの深みに嵌るのは、長年の歴史のため。
 全国区の学生時代の顔ぶれと接するだけで心が、洗われる思い。年に一回、
リッチな世界に舞い戻れるのが学生時代の同級会。オーナー系が多いことで、
まだまだ現場にドップリ浸かっている人が多い。
 西武系の川奈ホテル社長をしていた人物が初めて、この会に出席。
山岳部のOBで、ヒマラヤ登山でマスコミで知られている人らしい。
自己紹介で、『社長在任中、天皇夫妻が二回、お忍び?で、来られた時に、
会社代表として御出向いと、見送りをしたという。蔭で支え仕切っているのが
美智子妃で… 様ざまな内部事情が…  …これ以上はタブー?  
 ところで、それぞれの5分ほど近況報告の「年寄りの愚痴」が、前期高齢者
なるが故に生々しいが、軽妙に笑い飛ばす話題のセンスはさすが都会人!
この会も、海外ツアー同様に、参加の度に、体力、知力、精神力の衰えを実感の
バロメータになる。間違いなく、一歩一歩落ちている。そのなかで、参加者の
一人が、『私は120歳まで生きる!』と明言していたのが印象的。
追文:7年前のいま時分に、書いてあった! 何か不思議な感覚になった! 
(2018年12月05日に見つけた内容)
・・・・・・
3906, 閑話小題
2011年12月05日(月)
   * 一昨日は大学の同級会。
 大学1・2年時の同級会が服部栄養料理学校の服部幸應さんを中心で
開かれている。首都圏に住むグループの会で、遠距離の地方出身には声が
かからない。その会の幹事が武澤ゼミ仲間だった縁で去年初めて参加してみた。
しかし春先に色いろあったので今年は不参加と決め込んでいた。ところが、
そのクラスで親しかった男が42年ぶりに参加と聞いて、急遽、出席すること
にした。彼は全国を転勤した後に、終の住まいを仙台空港近くにし、釣りと
ゴルフ三昧を決め込んでいた。ところが東北大震災の津波九死に一生を得て、
現在は実家のある前橋に戻り、新たに住居を購入した。私の大学で初めての友人
で、私が入っていたクラブに引き入れた経過がある。卒業後は全国の転勤もあり、
大学関係の会には一切、顔を出したことはなかった。 会った瞬間、私は
「おい変わったな!」で、相手は、「全然、変わってないな!」である。
今回の会の出席者は17人で、去年とほぼ同数。私も一応東北大震災の経済
被災者だが、彼と私の話に他の出席者は、目をパチクリ。 
その友人は明るく振舞っていたが、やはり痛手は隠せない。そういう私も、そう見えていた
のだろうか。 ところで、ゼミで一緒の人と、久しぶりの再会の友人が異口同音に、
「堀井のこと、絶対にリスク管理をしていたはず。学生時代から用心深かったので、会社と
個人は分けていたと思っていた」と言う。 地元の友人が、全く同じことを言っていたので、
逆に驚いてしまった。性格は昔も今も変わっていないということ。 
それをもって計画倒産と揶揄されるが、20年、30年の長期投資、リスク管理をして
おくのは当然である。家族を一切、会社に入れないとか、連帯保証をさせないとか。
破綻の恐ろしさの両親の教えもあるが。
  * 有楽町・東京駅の再開発
 最近、有楽町周辺に行って驚いたのがJR駅銀座口出口の変わりよう。
この10年で次々と大型ビルなどの再開発がオープン。ニュースで知っていたが、
実際に現場に立った実感は違うもの。 特に秋葉原や有楽町駅銀座口の雑然と
していた飲食街が一掃されて、近代ビル街が出来ると、その変わりように驚いてしまう。 
家内がJRの2〜3ヶ月に一度出す格安料金で、東京のスポットを回るのを楽しみに
しているが、何か分かるような気がする。 都会は、脳が外部化したものというが、
成るほど、そのとおりである。また東京駅の丸の内の再開発ビル群にも驚いてしまう。
丸ビル、新丸ビル、そしてオアゾも地下で通路が行き来できる。たまに行くには良いが、
都会暮らしは、私にはそぐわない。とはいえ、田舎の閉鎖性も、どんよりして好きでない。

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6110,閑話小題 〜腰痛の中、何とか上京してきたが
2017年12月05日(火)

   * 先週の土曜日は同級会で上京し… 
 先日、学生時代の同級会のため上京。一時間半ほど、上野の『西洋博物館』で、
北斎ジャポニズム’の美術展をみる。9月にはNHKで放送された「眩(くらら)
北斎の娘〜」のドラマを見ていたため、北斎の実物の版画と、それをマネた
有名画家の西欧絵画や、北斎漫画の挿絵・陶器を対比させ、並べてあった。
 そして、日本橋の『魚久』に30分前に到着。 10年近く前から、この会に
出席しているが、料理がさすがで、鰆の味噌漬けと、マグロの刺身が絶品… 
いつも、お土産に、ニシンと、鰆と、イカの西京漬けを買って帰る。成るほど、
ここは日本橋の甘粕横丁。吉原に近く、その流れの御客用に、酒蔵とか、魚屋、
それを使った西京漬けの店などが列をなしていた界隈。
 帰りは、20時52分の新幹線に乗って、帰ってみれば23時近く。それでも、
朝の6時前に起床し、8時前に「随想日記」を書上げ、アップ。これも習慣が
成せる業? 年一の上京が、岩場の魚には刺激的で面白い! ‘明治’から、
今度は‘昭和は遠くなりにけり’ですか。再来年に元号が変わると、更に実感
するのだろう。 私の両親は明治生まれ、家内の両親は大正生まれ… 
 〜参考のために〜
 平成元年は西暦1989年。現時点で、
 昭和にすると92年、
 大正は106年、
 明治は150年になる。
 明治元年は西暦1868年。
時代が激変するが、自分の意識は、さほど変わってないのは、これ如何に?
そう思っているだけで、実は様変わりをしている。知らずと、挑戦し、戦い、
変化し続けているのだろう。日本の歴史上、我々世代は、最善の時代環境の中、
最適な大波の上をサーフィンをしてきた。ここにきて、怪しげな大波が近づい
てきたような… 
追)去年も同じような文章が書いてあった。篭の中の回転車でハツカネズミが
 走り続けている世界だ! ネズミ:「じゃあ、どうする?」 「 … 」
https://matome.naver.jp/odai/2134658143035339801
https://www.youtube.com/watch?v=KRXaE7SwJp8

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5743,閑話小題 〜同級会 ①
2016年12月05日(月)
 一昨日、毎年行われる学生時代の同級会のため上京した。
今回の出席は12名。いつも、17〜8人で、3分の2で少な目。
会場は、同級生の『魚久』という甘粕の魚漬物店で、本店の
隣に料理店。百貨店地下に必ずある有名店で、同級生が、
社長、いや今では会長。 毎年、食べる度に、その美味さに、
惹かれていく。日本橋は昔、料亭とか、遊郭があり、酒造工場
とか、魚が集まったところ。今でも昔風の料理屋が多く並ぶ。
 この会は、教養課程で編成されたクラスの人を中心に集まった
忘年会である。学校の人間関係は、クラスのコンパや、クラスの
指定席の周囲が、まず顔見知りになり、友人になっていく。
そして3年、4年の専門課程の二年間は、クラブ、ゼミなどを
中心にした人間関係へと変わっていく。その変遷が学生時代の
醍味で、自分づくりである人間関係構築の機会になって、卒業と
同時に全国の「緑の原野(社会)」に散っていく。
 まず当初のグループは、大雑把にいうと、
・小中高の付属校からエスカレターで上がってきたグループ、
・東京在住の人たちが主のグループ、
・地方でのアパート暮らしのグループ、へと自然と分かれる。
そこから更に、クラブ、ゼミなどの選択で人間関係が深まっていく。
 私の住居は、早大の理事が私的に経営していた寮で、日常生活は、
そこの気の合った各大学の学生たち。5〜600坪ほどの角地に平屋の
L字型の建物に部屋が並んでいて、角の部分に共同炊事場、それぞれ
の端にトイレがあり、通路は土間。今風にいうと、シェアハウスの
要素が強く個々の絆は強かった。悪くいえば、牛小屋そのもの。
敷地の中央に大家の家族が住んでいて、その間には芝生の庭があった。
南早稲田の住宅地に、オアシスという風でもあった。 朝晩は自炊で、
昼は学食が中心であった。当初は小学校の家庭科の実習を思いだし、
カレーや水炊き風の鍋、野菜炒めをつくっていた。実家の送金は誰も
ギリギリ。実家の貧富など関係なく、資金的余裕など有ろうはずない。
学生とは、そういうものと上京組は思いこんでいた。その中で、彼女を
持ち、アルバイトをし、学業をこなす人もいれば、真面目に勉学を励む
生活をし、時々、安酒を買込み議論をしたり、人生を語る人たちもいる。
 7年前に、この首都圏在住のグループで、勤勉のグループの忘年会に
誘われ、参加するようになった。 各駅停車の鈍行列車のように、学び
あおうと、『鈍行』というグループをつくっていたのは、学生当時、
知っていた。その彼らが、卒業後もゴルフや、宴会を開いていた。
殆どが二代目でオットリ?した顔ぶれ。武澤ゼミ仲間の一員が幹事を
していた関係から、地方在住の私に声を掛けられ出席をするように
なって、はや8年になる。   〜つづく

・・・・・・
4643, 老後の生活破綻、そして死 ー2
2013年12月02日(月)
      「老後の生活破綻 - 身近に潜むリスクと解決策」西垣千春(著)
  * 経済面から見る、高齢社会の現実
バブル崩壊後、弱肉強食の傾向が強まり、高齢者の生活にシワ寄せが来ている。
四人に一人が「苦しい生活」を余儀なくされ、四割が平均年50万の持ち出し。
国民年金のみの収入だけなら、厳しいのは肯ける。二ヶ月に一度の年金支払い日
の午前中の銀行の殺気立った高齢者の姿から、ギリギリの生活が見てとれる。
ある2千円均一のスナックは午後からオープンしているが、年金支払い当日は、
二ヶ月に一度の楽しみのため、ほぼ満席? 世知辛さの一端である。 
  ーその辺りから抜粋ー
《  ☆ 貧困につながる格差
 最後に指標の三つ目である「経済」、すなわち家計や暮らし向きは
・高齢者単独世帯の平均年間総所得(家計調査2008年)は175万円。
・夫婦のみの世帯では409万円である。
・内訳を見ると、夫婦二人世帯で、所得に占める公的年金の割合が65%、
 単独世帯では74%であり、高齢者世帯の多くにとって公的年金は主な収入源。
 なお、単独世帯には女性が多く、遺族年金に頼っている人が多い。
 高齢者のみの世帯では、稼働所得(仕事で得る収入)が約二割、
 公的年金が約七割を占めている。 
・高齢者世帯には、一般世帯の平均所得を上回る、600万円以上の世帯が約8%
 存在する一方で、100万円以下という、非常に所得の少ない世帯が15%も存在。
 また、収入が100万円〜200万円の世帯が最も多く、全体のほぼ四分の一を
 占めている。高齢者の新たな就業機会は殆どないに等しく、所得の増加は
 見込めない。つまり経済的に厳しい状況は最後まで続く。
・「相対的貧困率」という言葉は、2009年に初めて広く報道された。
 OECDの定義では、等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯員数の平方根
 割った値)が全国民の等価可処分所得の中央値の半分に満たない国民の割合。
 2006年の時点で、日本人の相対的貧困率が15.7%という数値は衝撃であった。
 最大の理由は、ひとり親家庭、とくに母子家庭の収入の低さが挙げられるが、
 高齢者の貧困層の影響も大きい。高齢期に入ったばかりの「若い高齢者」は、
 人生で貧困を経験してこなかった人が多い。いざ仕事を辞めたとき、もし
 十分な貯蓄がない場合が悲惨である。
   ☆ 四人に一人が「苦しい生活」
・日本は国民皆年金・皆保険制度が整っている。生まれてから死ぬまで、
 心配なく過ごせるシステムのはずである。しかし先ほど見たように、
 高齢者によって、老後に費やせる生活費には大きな開きがある。40.4%の
 高齢者が、毎月または時々赤字になる状況で生活している。現在の暮らし
 向きが「大変苦しい」と答えている人が7.2%、「やや苦しい」が19.2%、
 ほぼ四人に一人が厳しい生活状況に置かれている。
・高齢者世帯のなかでも勤労者がいない世帯では赤字の割合がさらに高く、
 平均で毎月四万円余りの赤字となっている(総務省「家計調査」2008年)。
 一年間ではおおよそ50万円の赤字である。30年の余生とすると
 1千5百万が必要になる。
・65歳から69歳で就業していない人の割合は、男性で5割、女性で7割。
 年齢が高くなるほど割合は高く、収入も減る。つまり、歳をとるにあたり、
 経済的な不安をなくそうと思えば、勤労者である間に貯蓄が必要になる。》
▼「65歳から69歳で無就業は、男性で5割、女性で7割」とあるが、逆に、
 男半分、女3分の1近くが就業している。自営業や農林漁業がプラス
されても、やはり多い。市営住宅に入り、光熱費と食費を切り詰めても、
医療費などで15万円がギリギリ。4人に一人が「苦しい生活」のが現実。
核家族化で子供からの収入もあてにならず・・この厳しさは、日ごと増す。

・・・・・・
6107,閑話小題 〜再び「幸福アドバンテージ」について −2
2017年12月02日(土)
   * 青山学院・優勝の秘密
 ビジネスやスポーツのチームでも、「ポジティビティー比が高ければ高いほど
業績が良い」ことが知られている。その比が高いチームのいい例が、箱根駅伝
2015から3年連続優勝を決めた青山学院。以前、TVに青山学院の監督が出演し、
優勝に至った秘密を披露していた。チームに「走る笑顔」として、原監督が、
「わくわく大作戦」と称している。
【 •暗い学生を入部させない
  •叱らない指導
  •楽しい練習
  •笑顔で走ると、
選手たちのポジティビティー比を徹底的に上げていった結果、
予選通過すらなかった青学を3年連続優勝に導いた。
ポジティビティー比を高めるには、次の3つが効果的と。
 1.ポジティブ思考
 2.感謝
 3.運動
特に感謝である。増やすコツは「ありがたい」を増やすこと。
「今日も健康でありがたい」「3度の食事ができてありがたい」
このように、「当たり前」のことを「ありがたい」に変えていく 】

▼ 考えてみれば、「幸福優位性」の応用である。「旅行」と「旅」の違い
 と同じある。「旅行」は、行先に辿り着くことに重心を置くが、「旅」は
到達するまでの過程を含む。同じ人生なら笑って過ごした方が良い。7年近く
前のリタイア時に、心の危機対策に、内に押し寄せくる毒素の解毒に、まずは
精神にはストレスを溜めないこと。物理的解毒剤として運動量を増やすことに。
それを前提に、一日単位、週、月、年単位にスケジュールをたて、習慣化する
ことにした。 膿持ち人が、その毒気を傷口に塗りつけてくるところが娑婆。
己を衛るのは己のみ。マイナーの時節ほど、ポジティブ比を高める必要がある。
自分が自分であるためには、まず、自分の日々が楽しく、幸福感に満ちている
ことが、第一。この文章を書いている、この早朝の時間も、好きなことを、
自主的に過ごしているためか、アッという間に過ぎてしまう。そして、一日も。
 まあ、幸せなことで! 
追: 再び偶然だが、3年前の文章そのままが、丁度よい脈絡として続く。
 幸福になり、その幸福維持には、厳然たる法則が。そう軽く、甘くはない。

・・・・・・
5010,幸福優位7つの法則 −2
2014年12月02日(火)
      【幸福優位7つの法則ー幸福と成功の意外な関係】
                       ショーン・エイカー著
  * 幸福の概念と、幸せな人
 それぞれの内容一つ一つに含蓄があり、納得させられる。その法則とは・・ 
法則1 ハピネス・アドバンテージ〜幸福感は人間の脳と組織に競争優位をもたらす
法則2 心のレバレッジ化〜マインドセットを変えて仕事の成果を上げる
法則3 テトリス効果〜可能性を最大化するために脳を鍛える
法則4 再起力〜下降への勢いを利用して上昇に転じる
法則5 ゾロ・サークル〜小さなゴールに的を絞って少しずつ達成範囲を広げる
法則6 20秒ルール〜変化へのバリアを最小化して悪い習慣をよい習慣に変える
法則7 ソーシャルへの投資〜周囲からの支えを唯一最高の資産とする
  ー以上だが、再起力、20秒ルールには特に新鮮な驚きを感じる。
  ★ 法則1、「幸福感は人間の脳と組織に競争優位をもたらす」
 ごく身近に、幸せを絵に描いたような人がいる。その母親が、この数段も幸せ
そうな人だった。しかし唯我独尊、自分の周りに太陽がまわっていると信じて
疑ってない。観察すると、ポジティブ感情が異常に高く、≪私は特別の存在≫
とのたまう。誰の心の底には、近い感覚があるが、年齢とともに片隅に追い
やられるが、この感覚が衰えてない。『絶対幸福の人』というのだろう。 
  ー幸せの概念についての箇所を抜粋してみるー
≪・私にとって幸せとは、「自分の可能性を追求して努力するときに感じる
 喜び」である。幸せは主にポジティブ感情によってもたらされる。幸せ
というのは、条件でも状況でもなく「心で感じるもの」だからだ。研究者に
よっては、「幸せ」という言葉を避けて、基本的に同義の「ポジティブ感情」
とか「ポジティビティ」という言葉を使う人もいる。
ノースカロライナ大学のバーバラ・フレドリクソンはこの分野で、世界で
トップクラスの研究者。彼女は、「喜び」「感謝」「安らぎ」「興味」「希望」
「誇り」「愉快」「鼓舞」「畏敬」「愛」という最も一般的な10のポジティブ
感情について説明している。このリストを読んだだけで、幸せの豊かな
イメージがわいてくるだろう。・・(略)
ノートルダム教育修道女会に属する18O人の修道女(全員1917年以前生まれ)
の古い日記である。彼女たちは毎日、思ったことを自伝風に日記に書くように
言われていた。50年後、ある優れた研究者のグループが、この日記に含まれる
ポジティブ感情をコード化を思いついた。 20歳のときの幸福度が、修道女
たちのその後の人生にかかわりがあるかどうかを調べたのである。そして、
かかわりは大いにあった。楽しそうな内容を書きつけていた修道女たちは、
ネガティブな、普通の内容を書いていた修道女よりも10年近く長生きした。
修道女たちが85歳のとき、幸福度が高い方の25%に入っいた人たちの90%が
まだ存命だったのに対し、幸福度が低い方の25%に入っいた人たちは34%
しか残っていなかった。20歳のとき幸福度の高かった修道女は、自分が長生き
すると知っていたわけでない。彼女たちの長生きは幸福感がもたらしたもので、
その逆ではない。≫
・4歳の子供を2つのグループに分けて、同じような知的な作業をさせる。
 「積み木を組み合わせて別の形を作る」というようなことだ。その時、
片方のグループには作業開始前に「何か嬉しかったことを思い出そう」と
指示を出してから作業をスタートさせる。もう一方のグループには何も
指示しない。すると、明らかに「嬉しかったこと」を思い起してから作業を
スタートしたグループの子供達がスピード速く積み木を組み合わせることが
できるのだ。まだ4歳で、大きな幸福経験を積んでいないような小さな
子供達でも、このように差異が出る。
▼ 最後の挫折付きだったが、創業人生は「自分の可能性を追求して努力する
 ときに感じる喜び」の日々でもあった。それに10のポジティブ感情(「喜び」
「感謝」「安らぎ」「興味」「希望」「誇り」「愉快」「鼓舞」「畏敬」「愛」)
もあった。だから、挫折感とか、後悔は思いのほか少ない。それらは、数十年
の毎朝の読書習慣が培ったもの。で、日々是好日、いや日々是口実か。

・・・・・・
5740,大格差 〜書評
2016年12月02日(金)
       ー「大格差:機械の知能は仕事と所得をどう変えるか」                       
                       タイラー・コーエン (著)
  ⁑ 想像を絶する超越的知性が誕生
 一月ほど前に、<技術的特異点『人工超知能が人類を超える』台場時生著>
の書評、【2045年問題、汎用人工知能、あるいは「強い人工知能」や人間の
知能増幅が可能となったときに起こるとされる出来事であり、ひとたび優れた
知性が創造された後、再帰的に更に優れた知性が創造され、人間の想像力が
及ばない超越的な知性が誕生するという仮説。すなわちこのままの人工知能
進化し続けれると、2045年が『技術的特異点』の年になる。】を書いていた。
 この書は、この論の延長上にある。これらの周辺産業などに従事した人は、
よりリッチになるが、単純作業のワーカー層や中間層の仕事はロボットなどに
置換えられて、一部の人たちに総取りをされる時代の到来を論じている。
   〜まずは、Amazonの内容紹介〜
《 * テクノロジー失業に陥らないために何をなすべきか?
 近年の世界的富裕層と貧困層の格差拡大の根底には「経済のグローバル化
「テクノロジーの進化による生産性の向上」「停滞した産業と活力のある産業
の二極化」という抗うことのできない変化がある。
本書は、飛躍的な進化を遂げるテクノロジー=機械の知能に注目し、技術革新
が未来の雇用・所得・ワークスタイルに与える恐るべき影響を徹底検証する。〉
  〜書評書込みには、
《 チェスでコンピュータと協業できる人が最強になるという例えがきわめて
説得的な論理を展開している。そして、人々は、大きな政府福祉国家よりも、
自分の可処分な金を保持する生き方を好むという点も説得的である。
大きな政府が、人々の幸せに奉仕するためには、官僚機構が民主主義の原則
に従って多数の市民に奉仕する公僕で構成されなければ不可能である。現状は
原子力ムラ、土建ムラ、安保ムラなどの特定利権組織に国民の富が浪費される。
日本に多額の税金を市民の幸せのために使う官僚機構が実現できるとは思えない。
高福祉社会は北欧の市民社会・官僚機構だからこそ成功しているのだ)
《 60年代・70年代という中流層が厚かった時代が特異な時代であって、
中世のように格差が大きい時代に落ち着く(P.303)という説明も納得できる。
日本でも、第二次大戦以前は過半数の農業従事者の間に地主−小作関係、都市
でも少数の経営層(ホワイトカラー)と多数のブルーカラーがいた。
その階層が、生まれや幸運によって位置づけられていたのが、機会は均等に
与えられていて、あとは本人の集中意欲の有無によって成否が分けられる社会
になる、ということも納得できた。
その他、政府の財政不均衡も解決しないだろうという予測も説得力がある。
総じて、平易に洞察を説いているからこそ、力がある。現実を見るにつけ、
パンとサーカスの時代は古今東西不変なのかと思ってしまう。 》
――
▼ 『自動運転車』が、そう遠くない未来に可能とは今でも信じられない。
 これを世界中の大企業、政府が全力をあげ取組みだしたという。運転には
あらゆる情報判断が必要だが、それに向けた知能を開発するプロセスで想像
を絶するノウハウが開発される。その応用が、職場レベルに降りてくる。
コスト面からすると、明らかにロボットの方が効率が良くなる。とすると、
30年先でなく、年々、時代が激変することになる。そして、現にしている。
気づかないのは99・9%の人たち。その一人が「私!」今さら遅いか、ったく!

・・・・・・
5375、武器としての決断思考 ー?
2015年12月02日(水)
        ー武器としての決断思考〜 瀧本 哲史 (著)ー
 図書館で見つけた本で、京大の医学部で場違い?の『起業論』を教えている
内容に興味を引かれ借りてきた。医師の世界も、将来的に、そう甘くはない。
30年近く前に新潟で立ち上げた「木鶏クラブ」の会が、今も二ヶ月に一度、
開かれている。そのの例会に、年末か、年始に参加しているが、去年、
新大医学部の20歳の学生で、考えるところがあって、一年の休学をとって、
白紙で将来を考えたいという青年が、来ていた。『思い切った判断だね!』
と褒めると、『教養課程で、一年の休学は東大医学部の学生の一部で
受継がれてきたのを聞き、考えるところがあり真似ただけ!』という。
この「武器としての決断思考」が、そういう人たちのバイブル?かどうかは
不明だが、私が人生を通し、学んできた要点を、軽く一冊に凝縮してある。 
『青年は荒野を目指せ!』である。でないと、溝沼の腐った一員になっていく。
 人生からみたら、「事前の一策は、事後の百策に勝る」の、具体例。
「事前に学んでおくべき人生戦略本」で、さすが、東大、京大医学部。
20歳の白紙の状態の決断は人生を大きく左右する。〜アマゾンの内容紹介より
《 東大×京大×マッキンゼー式・決断の技術!
 本書は、著者がいま、京都大学で二十歳前後の学生に教えている
「意志決定の授業」を一冊に凝縮したもの。今後、カオスの時代を生きていく
若い世代にいちばん必要なのは、意思決定の方法を学ぶことであり、決断力を
身につけることです。もう過去のやり方は通用しないし、人生のレールみたい
なものもなくなってしまいました。「答え」は誰も教えてはくれません。
 となれば、自分の人生は、自分で考えて、自分で決めていくしかないのです。
仕事をどうするか、家庭をどうするか、人生をどうするか? この本で私と
一緒に「自分で答えを出すための思考法」を学んでいきましょう。
きっと、あなたの人生を変える授業になるはずです。》
  〜カスタマーレビューより〜
《 筆者は、東大→マッキンゼー→京大准教授というエリート。
人生において、自分で考え、行動ができる事の重要性を説き、その秘訣を
伝授するとの趣旨。出版社である星海社新書という会社は、「戦う事を選んだ
次世代の仲間たちに、武器としての教養を配る事」を目的として謳っています。
私は、本屋で初めて見つけた本を買って読む事は、めったにないのですが、
思わず買いました。 内容はと申しますと、ガイダンスまでは期待通りで、
これからの厳しい世界を生き抜いていくには、知識・判断力・行動力・修正力
をバランスよく身につけるべき! と実例を交えながら、うなずきの連続。
ただし、本章に入ってからは、ほとんどがディベートの基礎講座。
(大雑把に言うと)ロジカルに物事を考え、常に(正解ではなく)最善解を
導いて、行動を起そう。状況が変化すれば、適宜修正をしていこう。それが
決断思考であり、自分の頭で考えて、自分で決めて行くという事!という内容。
日ごろから、ある程度、まともに物事を考えている人からすると、
同意こそすれ、目から鱗とまではいかないでしょうか。》
▼ ーはじめにーの「武器としての教養」を身につけろーが、この書の要約。
 学生時代の教養課程から専門課程で、何を目指すかを課題を無い頭を絞って
考えて結論を出したが、正に、著者の、この要約を地でいっていたようだった。
50年前の当時は、「坂の上の雲」を目指す高度成長時代の真只中。で、結果は、
バブル崩壊への転換を甘くみて、この結果? しかし、面白く、充実していた。
 で、現在は低成長時代の真逆の環境。だからこそ、ゲリラとして、それぞれが
実学としての武器としての教養が必要になる。 既に時代は氷河期に入った。 
 その中で、久々に? 面白い戦略本に出会った。来週、この会の忘年会に
出席予定だが、この青年、来ているかどうか?   ーつづく