* 
 先週の同期会のテーブルで、手術から5年経過した肝臓癌の男が、毎日五合の
酒を飲んでいるという自虐的告白から、これは緩慢なる自殺ではないか?の話に
なった。そして死期の確定時の自殺の良し悪しから、自殺方法へと、話は移って
いった。自殺方法など、普通は話題にしないためか誰もが聞き耳を聳てていた。
 こういう話なら、駅前ホテルをしていたこともあり、事例ネタは充分にある。
問題は、深刻なネタを笑ネタにすること。 30年で、平均3年に一度位だろうか。
 当事者として、自殺事情と方法の報告義務があるようで、マネジャーからだが、
詳細を聞いてきた内容といえば〜
<・印象に残ったのは、開業5年目の最初の自殺。家庭内トラブルで家出をした
 30歳位の女性。ユニットの湯槽で、大量のウィスキーと睡眠薬を飲んで、酩酊し。
そのまま水死した自殺。知らせを聞いて駆け付けた迷惑そうな義父と旦那の態度に、
警察の担当が、驚き、飽きれ、怒っていた!という。女性は、湯槽の下にシーツを
置いてお湯を入れて、自分の遺体を持ち出しやすくしていた気づかいがあったと…。
この部屋の取扱いを自ら判断しなくてはと考え、一週間、誰も泊めず、その間に、
近くの神主からお祓いをしてもらい、私が泊まることにした… 別に変な現象は
無かった。 しかし、20年程したある日のこと、その部屋に泊まったところ、
夜半にユニットから『ウェーン』という人の泣声のような音が聞こえてきた。 
恐る恐るドアを開けると、電気を付けっぱなしだった換気音が、泣声に…。 
としても、普段とは違う泣き声な…。 翌日、事務所に行って暫くすると、
マネジャーが、青い顔をして、『社長の泊まった部屋の真ん前の部屋で、自殺が
ありました』との報告。その泣き声?が、あまりに生々しかったことも含め、
震えあがっていた。間違いなく、人知に及ばない世界が、この世にはある。>

<・次は、哀しい話。服を掛けるフックで首吊りを自殺をした男性。警察が、
 身元を調べると、アパートに同居していた連れの女性が最近、亡くなっていた。
しかし、二人の身元とも虚偽で、身元不明者。何があったか知らないが、得体の
知らない闇が有りそうだが、手がかりは全くないと。それも、出会ったばかり?>
一つ間違うと誰の足元に転がっている、在り来りの事情故に、生々しい哀しさを誘う。 
多くの人に囲まれて死んでも、死ぬときは独りである。 やはり生きているうち!

――――
2001/12/21
[157] 自殺
ホテルオープン5年で初めて自殺が出た。
やはりくるべき時がきたかというのが実感であった。
まだありありと憶えている、警察が呆れていたいたことを。
「確認に来たあまりに冷たい旦那と舅の態度を。」
‘表象’を見ただけだからその2人のことを責める事ができないが。
まずは神主を呼んで御祓い、その後1週間客を泊めず閉鎖。
その後私が泊まる。さすがかなり酒を飲んで、酩酊状態で泊まった。
そのバスで(亡くなっていたバスに入ったが、怒りでそのドアを殴りつけた。
その跡は今でも残っている。今でも新潟で泊まる時は7割がたその部屋である。
ヤクザとか危ない客(私もそうか)が来るとその部屋に泊めるという。
その4年後再び他の部屋で自殺、その後、2〜3年に1人の自殺者が出ている。
 朝7時前に自宅に電話があると、ああまた!ヤクザの脅しか、自殺かと!
最近ヤクザのそれはほとんどなくなったが。「ヤクザは自動的にに3秒で
暴力団担当’と‘機捜’と‘駅前交番’に電話する事がマニュアル化して
あり、これは彼らは情報で解っているから絶対にこない。」
 間抜けな流しが時に来るが、すぐ赤い顔をして出て行く。
最近では、「最期の部屋に泊まって戴いて有難う」と思うようにしている。
自殺方法と、その事情を詳しく知るにつけ、人生の深遠さに身も竦むことに…。
見事な死にかたにバスタブにシーツを敷きその後、お湯を一杯溜め睡眠薬
ウイスキーを飲んで溺死。もし死にたくなったら一番よい方法ではないか。

――――
2001/12/19
[138] 夢についてー8

 (今まで見た夢で印象に残っている夢をかいてみます)
海岸線に飛行している夢ーこれは自己実現に対し欲求不満が原因らしい
谷の間を飛行している夢ー最高の気分
お城の天井裏に姫と家臣が隠れ住んでいるイメージ
白熊に追われ港のヘリに立っているイメージ
長岡の大手ドウリの店ー子供のころの3階の部屋の夢
どこかの町でトイレを探している夢
大学の時代いた寮の部屋の夢ー葬式の式段に自分の写真が飾ってある夢
5歳のころ一番上の兄が死んだとき白馬に乗って天に昇っていく夢
母が白い巡礼の服を着てーそれも7〜8歳の姿で、
もう亡くなった不運の一生だった叔母が見ている夢
ー母の生前の10年前の頃
あまりに鮮明に見えるので確認のためもう一回みるとピンボケになっていた夢
お寺みたいな屋敷を入っていくと廊下があり、その向こうに池がある、
その池が幻想的である夢

――――
2003/04/25
不思議-シンクロニシテー

 以前にもシンクロニシティーについて書いたが、また書く。
親戚の葬式で不思議なことがおこることが多い。
不思議な現象で特に多いのが虹だ。5~6回はある。先日も葬式から
帰ってきて散歩にでると、過去15年以上を散歩をしているコースで
初めて大きな虹を見た。ああまた出たという感覚である。

 その中で一番凄かったのは、7~8年前に義父が亡くなった時である。
葬式が終わり柏崎から車で帰ってくる曾地峠で虹が7回も次々に出て、
その下を通ってきたのだ。曾地峠は過去に数百回は車で通っているが虹が
出たのは勿論はじめてである。
 
 以前にも書いたが、ゾクッとしたのは8年前に近くの分家にあたる
従兄が自死した時のある現象である。
納棺の時に、突風が自宅に吹き込み桜の花吹雪が舞い込んだのだ。
写真を撮っていたが、汗びっしょりになった。
そして納棺が終わると同時に、その突風が止んでしまった。
天気予報で午後の三時過ぎに突風が吹くといっていたが、
納棺の時間が偶然に一致したのだが。
死ぬ前日に桜の花をいっぱい撮っていた。
こういうのをユングが「意味ある偶然の一致」といっている。

 涙雨というのは昔からある。
晴天でも葬式の時だけ雨が降る現象だ。
それなら大都会では毎日降っていなくてはならない。
地方におきやすいのだろう。
人知のはかれない何かがあることは間違いない!

以前書いたものをコピーしておきます。
――――
H0407霊的体験
 二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な
 体験をしてみた。
死後一週間後位か妙な夢をみた。私自身父の気持になり“死にたくない。
もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。
そして夢よりさめた時の妙な気持。私自身父になってしまった。いや私自身
(父自身)生きている!という妙な不思議な感覚である。
夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が
自身実感できたのだと思う。それが夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒に
なったという不思議な実感。恐らく経験した人間ではないとわからないはずだ。

また死後二〜三日後の夢も強烈な夢(?)であった。
何か強烈な恐怖感がおそってきた。その時、父のベットで寝ていたが
“おやじ助けて!”と言ってしまった。と同時に廊下の向こうにある仏間より
本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。
そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたがその時隣に寝ていた母が
スクッと立ちあがりトイレに行った。全身汗びっしょりであった。
まだまだ不思議な事がいっぱいある…。あれ以来最近は少なくなったが
幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。

――――
H0511妙な夢―(?)  
 ある夜半、自宅のどこかで音が聞こえた。
泥棒ではないかと起きようとするが半睡眠状態で身体が動かない!
起きよう起きようとしているうちにスーッと身体が起きて廊下に出て、
居間に行き、台所を通り、寝ていた部屋へ一周してもどってきて布団に入る。
ところが、ところがである。自分の肉体は反対側の向きでねている。
まずいと思い反対側にねがいって自身の肉体と一緒になるという夢(?)である。
これが単なる夢か幽体離脱七日まだわからない。
 また、こんな夢(?)もみた、明け方、自分の身体が1.8m位浮いて
(そのまま水平にいて)下をみると自分の肉体が下にみえる!直観的にまずい
と思い下にもどろうとするがもどれない。かなりうなされていたと思うが?
何年か後に誰かにきいたが、霊現象の一つで、よくある事だそうだ。
こんな事もあった、これは夢ではないが屁の天井や床の下四ケ所で次々と音がする。
はじめは気のせいか夢かと思い、じっくりと観察を数夜してみたが、しかし夢では
なかった。ところで当社の税務事務所の応接間でも同じ現象があるそうです。
H0511妙な夢―(?)  秋葉原ワシントンホテルに泊まった時の事、夜半、
何かのケハイに横を見ると女の人の顔が浮いている。夢だろうと腕をつねったが痛い、
これは面白いと、メガネをかけじっくりとみた。全体が白光色の黒髪の27〜28才
位の、のっぺらした美人であった。別に恐ろしいという事もなかったが顔ははっきり
と憶えている。ところが何年か後に会社のある人にその話をしたところ
“それってみんな同じ顔をしているんだよね!”といわれた時、はじめてゾーッと。
 またこんな夢もある。夜半目がさめて寝むれないので、般若心経をとなえて、
ウトウトした頃、急に別空間にひきずりこまれそうな感覚になり、まずいと中断した。
あの別空間は“別宇宙”“ブラックホール”的イメージであった。
その前後の夜半に夢で宇宙船みたいなものが近くおり、乗れという、これも
乗ったら危険と直観し去けた夢である。あれに乗ったらどんな景色がみえた
のだろうか?単なる夢とかたずけられない妙な内容であった。

・・・・・・
4503, 実録・ゴールデンブリッジからの身投げ
2013年07月15日(月)
 先日、蔦屋で本を一冊買ったところ、レジの人がいうに、「今なら、シニア様
なら無料でDVDが借りられます」という。そこで借りてきたのが、『ブリッジ』。
軽い気持ちで、身投げ自殺のドキュメントのタイトルにひかれ借りてきたが、
初めから終わりまでシリアスで見入ってしまった。次次とサンフランシスコの
ゴールデン・ブリッジから身投げをしていくのが映し出され、遺族や友人が、
インタビューに答えている。このところ『大往生したけりゃ医療とかかわるな』や
『どうせ死ぬなら「がん」がいい』の読書録と、その下書きを書いているので、
死にゆく者の心模様がシリアスに伝わる。橋の手前で、死のうか迷って考え込み、
決断する悲痛な姿が痛ましく映し出されている。 バンジージャンプのように、
飛び込んでいく。身近の人の証言では、ほぼウツ病で、それが高じ自殺に到る。
生きているのが辛く、死にたいのである。 反面、誰かに助けて欲しい気持ちが
迷いを生み出す。その中で、一人、助かった人がいた。足から落ち、上手く靴が
水面に突き刺さって衝撃を和らげた上に、水中でサメかアザラシ?が踏み台に
なり、押し上げられたという。普段なら40Mの落差の衝撃で亡くなるが、
このブリッジは66M。内容は暗く恐しいが、心の闇が、身投げを通して
浮かび上がってくる。  ーウィキペディアによるとー
≪『ブリッジ』(原題:The Bridge)は、2006年に公開されたアメリカの
ドキュメンタリー映画。社会の禁忌としている『自殺』をテーマにしている。
観光の名所のゴールデンブリッジに1年間カメラを設置し、自殺者の様子をカメラ
に収めた。後に遺族にインタビューをし、そこから自殺を図る人々の様子を映し
だそうとしている。映画では24人が、橋から66Mの高さから海面に向かって飛び
降りている。監督のエリック・スティールはこの映画を取る際、映画の宣伝効果で
自殺者が増加しないように極秘に行っていた。また、橋の柵に足をかけたら管理局
に通報することをルールとして定めていた。映画は主に橋とその周囲の日常を撮影
した風景、自殺者の飛び降りるシーン、遺族や友人、目撃者へのインタビュー、
遺書などから構成されている。中でもインタビューの映像が多く、自殺者の情報は
インタビューの情報でしか語られない。自殺者の多くが精神的な病やトラブルを
抱えていることがその中で分かる。≫
▼ 2006年の時点で、この橋からの自殺者は年に24人もいるというから、
 全員撮ったことになる。次から次へとブリッジから飛び降りるが、躊躇して
いるうちに警官や近くの人に、取り押さえられた人が数人いた。生死の問題も
あり、それぞれの人生が浮かび上がる。ゴールデンブリッジという名所が、
ロマンチックな気持ちを駆り立て、志願者が国内から集まってくる。県内なら
新潟の万代橋が河口に近いため海に流され、死体が上がりにくいとか。
人知れず消えている人がいるのだろう?テーマがテーマだが、決して後味が悪く
ないのは、シリアスすぎて、実感がわかない為? 死ぬには死ぬ理由があるはず!
   
・・・・・・
4868,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー36
2014年07月13日(日)
    * 暴力団事務所がホテル至近に二つ!
 開業前の一時期に、開設の事務所をゼネコンの現場事務所の背中合わせに、
ベニヤ板一枚で仕切りを置いていた。(その後、東跨線橋近くに移動したが・・) 
そのゼネコンの現場事務所に暴力団の二人が、恐喝に来て、一人は、ドアの外で
誰も入ってこないように見張りが立ってから、大声で、「何で挨拶の来ない!」
「ここは、どこの縄張りか分かっているのか!」とかの恐喝劇が始まった。
修羅場を経験した私でも、ライブでベニヤ板一枚で聞くのは初体験。
その迫力は、自分でなくとも氷つくほどの恐怖である。現場事務所の主任が一人
になるのを見届けて来たのだろう。しかし現場主任は冷静沈着で、対応していた。
その直後に聞くと『こんなのに金を出したら、市内の暴力団が次々と来ますよ!」
と平然としている。その直後、近くの交番に電話をしても、「その程度では
受付できません!」と軽く受け流されてしまった。しかし、帰宅してから、その
応対に腹が立ち、交番に激しく抗議の電話を強くした。その結果、その暴力団
事務所前にパトカーが数日間、見張ることになった。それ以来、その後のホテル
建設のゼネコン現場事務所には、一切に暴力団は顔を見せなくなった。開業して
から分かったことが、ホテルは、ヤクザ、チンピラの絶好の凌ぎの標的。
しかし一度、出したら、その筋に直ぐ知れ渡ってしまう。 当然、30年間、
一度しか脅し取られることはなかった。当時の副支配人は包丁を突きつけられ
脅されたが、そのチンピラ二人は、その後、県外の検問逮捕された。開業後、
1〜2年に一度は巧妙な脅しが定期的?に続いていた。現場責任者が対応するが、
酔客と、ヤクザ、チンピラの恐喝のストレスは、想像の域を超えるという。 
 ホテルマンの教育で一番初めに受けるのが、客からの罵声に備えた訓練。 
お客に扮したトレーナーが、大声で無理難題を言うのを、ひたすら受け流す
訓練。暴力団は、弱みを見せないで迷わず警察に電話をするのが基本だが、
民事と刑事の境目を彼らは熟知し巧妙に仕掛けてくる。何があっても直ぐに連絡
するが、刑事とて公務員、あてにならない! 前門の虎が脅し客なら、後門の狼は
私? 考えただけで、私でも怖ろしい! その後に、暴力団の不当行為をなくす
法律として、平成4年に「暴力団対策法」が施行されたのを境に、脅しが年々、
減っていった。それでも、手口は巧妙になって続いていた。今では、暴力団
知って宿泊をさせると、宿の方も罰せられる? 事務所も、それを隠して契約
をした暴力団が逮捕されたニュースが流れていた。暴力団にしたら、年々、凌ぎ
が厳しい絶滅動物になっている。 30年間、ニアミスは一度も無かったが、
相手も、自動的に交番と、暴力団対策課に連絡する相手は、一番の難敵。
犯罪捜査に積極的に協力するフロントは、私設交番でもある。そこに恐喝など、
無知なチンピラ以外に仕掛けてこないが、それでも仕掛けてくるから・・ 
警察は全ては解決をしてくれないが、直ぐに相談する習慣こそ、大事。
一番悪いのは泣き寝入り!そういえば、一晩に43人が宿泊したことがあった。
・・・・・・
5963,人生楽しいかい? −2
2017年07月13日(木)
       <「人生楽しいかい?」ゲオルギー・システマスキー著>
 * 【指令1】「よかったこと」に目を向ける
  【指令2】ゆっくりやる
 【指令3】知る
    
 ・【指令1】「よかったこと」に目を向ける
   〜極端のポジティブシンキングは、物事を一面的に捉えている点では、
   ネガティブシンキングと同じ
☆ 人生を振返ると、最悪と落込んでいた日々の中にこそ、光輝くことが
 隠されていた。その時の状況が最悪ほど、そこに、ボロを身にまとった機会
があった。ある意味、人生の極限状況が、磁力になってチャンスを引寄せる。
「よかった背景は、漆黒の闇であった。」 光の「よかったこと」は、
漆黒の中にこそ、隠されていて、輝きを増す。
 
 ・【指令2】ゆっくりやる
    〜ゆっくりとやるだけでも、人は多くの気づきを得る。
   無暗に急いでいる人間は、見落としてはいけない大切なことを
  見落としてしまう。
☆ ここで取上げたジーンズの創業者リーヴァイ・ストラウスの話が良い。
 <彼は、元もと貧乏青年だったが、一旗あげようとカルフォルニアで金を掘り
  当てようと手持ちの物を売りながら、港町に辿り着く。普通なら金山に直行
  するところ、散歩をすることにした。 そこで知ったのが、金を掘るのに、
  丈夫なズボンが絶対的不足をしていること。そこで、手元に残っていた
  テント用帆布でオーバーホールを作って売り、大成功を収めた。>
 
 ・【指令3】知る
 ここで指摘している「世の中の人間のほとんどは、一日の大半をパニック
寸前の異常な心理状態で過ごしている> というのも、一線から振り返りみると、
よく分かる。「ゆっくりやる」と、そのことに気づくことになる。で、次の段階
の「知る」必要性を実感する。ダメな自分を知ると、第一の指令の、
『良かったこと』に目をつけろ、になっていく。
 50年の早朝の読書と、40年近くの散歩とポタリング(自転車散策)を欠かさず
行ってきたが、これが無かったら、間違いなく視野狭窄で神経衰弱に陥っていた。
視野狭窄」−>「無知」−>「恐怖心増大」の循環が、人生を卑小化させて
いまう。その成れの果てが…? …そういうこと。 全ての人にとっての『私』。

▼ 転職などの人生の転機で、大きなチャンスがあった。 それは、
『色即是空・空即是色』の『空即是色』にあたる「真空」の『空』の働きをする。
それは「ゆっくり」してないと、気づくことが出来ない。極限状況がもたらす
のは、目指したプロセスで得た隠れたチャンスの気づき。『正・中心・一点・無』
の純粋な精神が、極限の中から磁力として現れ出てくる。ここまで来ても、何も
知らずに世間のドロで脳をやられていることさえ気づかない群れ、それも… ?
「顔色を窺って生きるのも一つの生き方」 まあ、面白くないのだろうが。
注)ところで、こんなつまらない内容を、よく毎日書いているか? って答え。
視野狭窄」−>「無知」−>「恐怖心増大」が、原動力で、17年分の文章が、
原動力になっている。こんなものでしかない自嘲が、気を楽にする。
  〜で、以下に続いていく〜
・・・・・・
5233,窃盗専門の「泥棒刑事」 −?
2015年07月13日(月)
           『泥棒刑事』 元三課部長刑事 小川泰平著
   * 犯罪の4分3が窃盗
「窃盗」や「盗難」は、日々の生活で起こりえる危険である。それに関して、
事前に知識を身につけておいた方がよい。 〜面白そうな要所を抜粋すると
≪・泥棒は初犯はほとんど逮捕できない。一回で終わりという泥棒はおらず、
 常習犯は繰り返す。そのうちに徐々に犯行手口が見え、検挙の端緒をつかむ。
泥棒が犯行を重ねるうち、「あいつは必ずこうやる」という癖が見えてくる。
30年間の警察人生で出会った特徴的な泥棒のエピソードを紹介されている。
・金庫専門ドロはその場で破るか、持ち帰ってゆっくり開けるかの両パターン。
泥棒は軽業師みたいな小柄な人間が多いが、金庫ドロはその理由で大柄の人間
が多い。しかしクマヒラ金庫は持ち帰れない重量のため、開けるのに時間が
かかるので諦めるケースが多い。著者はクマヒラの防盗金庫が破られた話は
聞いたことがない。
・犯人尾行や、取調室でのやり取り、黒帯犯人の大捕り物や質屋との信頼関係
作りなど、隠語も豊富に盛り込んだ捜査裏話も面白い。 外塀がないなど
「プライバシーがない家」の方が狙われにくい。泥棒に狙われやすい場所は
おおむね1階ないし2階と最上階。そして2階でも、ベランダの背の高いところ
が狙われやすい。
・タンスと仏壇から物色するのが泥棒の常套手段。泥棒を捕まえるため質屋
との連携、外国人窃盗団の違いなどが面白い。空き巣の実に7割が窓の侵入。
そして、侵入手口の8割以上が「ガラス破りによるもの」と、
「無施錠の家を狙ったもの」。 ≫
▼ それでも欧米に比べ、日本の治安は段違いによい。目星をつけた
 観光バスに集団スリが車で付いて回るケースが多い。身近で、あまり
空巣に入られた話は聞いたことがない。地方ということもあるが・・
よそ者が目立つこともある。「下着泥棒」の聞きこみにきた刑事が、
「この辺で空巣の話を聞いたことがない」という私の話に、「目立たないが、
アパート内で、結構、多くある」という。アパートの住人は、地元民との
接触が少ないので、伝わってこないのだろう。地元では、長岡花火の日が
狙いどこだろうが、注意勧告が無いということは、泥棒も花火を見ている?
・・・・・・
5598,閑話小題 〜悪名は無名に勝る/竹中平蔵
2016年07月13日(水)
    * 悪名は無名に勝る
 一昨日のTVのトークショーで、竹中平蔵が自らを語った言葉、
「悪名は無名に勝る」が、当を得ていた。この番組内で、メンバーと
繰返し竹中の金融政策を言葉を尽くし扱き下ろしていた司会者が、竹中に、
『よくぞ、出演をオッケーしましたね!』に対し返した言葉である。 
「好き」の反対は「嫌い」ではなく、「無関心」。その無関心よりも、
嫌われる方が良い。嫌われるのは、忘れ去られることでない。
 〜この言葉そのままを「ネット検索」をしたところ〜
渡辺恒雄が、「悪名は無名に勝る」と江川卓を評したそうですが、
「もともとは渡辺美智雄(元副総理)の言葉だ」(朝日新聞2012.11.28)と
発言しています。渡辺美智雄さんが誰からこの言葉を聞いたのか、あるいは
自分で作り出したのか、すでに故人となった方なので確認は不可能>とあった。
 5年前、追詰められ前に事業清算を決断したが、これに尾ひれがついた悪名が
広く流布されたようだ。銀行主導の会社整理は、考えただけでムシズが走る。
 数十年に亘って作り上げていた万一の備えを、もっともらしい後講釈で、
理屈付けをしていたが、無明の蓄群が想像を絶した陰湿な物語構成をされていた
のだろう。それに対し、「悪名は無名に勝る」が、丁度よいブラックジョーク。
「悪行は、無行に勝る」「悪業は、無業に勝る」という言葉も成り立つ。
「行」は、仏教語では、「決断」にあたる。他者の決断の成否を論じるしか
脳(能)が無い人ほど、蓄群の本質が現れ出る。無名は、淀んだ世間の生きる
知恵であり、常に裏話の悪名の材料を必要とする。 元もと、悪名を気にする
程度なら、日常戦場の事業など起こせないし、それが、逆に勲章に思えないと!
 で、恐れたまま無名の城下町縫いぐるみを着たままの一生を無業で終わる! 
   それも一生だが・・ 
――
   * スポーツジムのロッカールームで
 一昨日、スポーツジムのロッカーの通路の床に人が横たわっていた。
その横の長いすに人が座って様子を見ているが、風呂でも入りすぎて
逆上せ上がっているのを冷やしているのだろうと、軽く考えて、通り過ぎた。
そして帰り支度をしている内に、救急隊員が三人ほど来て、「右腕を上げて
みてとか、足を上げてみて」とか、脳梗塞か、脳溢血かどうかを調べていた。
少し様子を見て、帰ってきたが、その横には担架が置いてあった。こういう
現場といえば、二ヶ月前、信濃川土手でランニングのグループの年寄りが
倒れており、救急隊員に介護を受けている横を自転車で通りすごした。
 昨日も今日も湿気が強く、こういう急患も出るのだろう。
SJでは、年に一回の割合で救急車が玄関前に来ている。

・・・・・・
4501, 閑話小題 ーバランスボール
2013年07月13日(土)
   * バランスボール
 腰痛の本は雑誌などの記事で読んだことがあったが、図書館から借りて
読むのは初めてである。母親が腰痛持ちだが、私もその体質を引き継いだ。
腰痛は昭和38年の長岡豪雪で高校の屋根の雪下ろしでのギックリ腰から持病
になり、現在も完治はしていない。借りた本に、腰痛にはバランスボールが
良いとあった。書斎の椅子にバランスボールを交互に使うことを勧めている。 
さっそくHCに行ったがサイズは大・小のうち、その小しかなかった。
小でも大丈夫だろうと1500円で買ったが、やはり小さい。台を置いて辛うじて
使っているが不安定。スポーツセンターのエアロの一つに「バランスボール」
がある。当初、数回、参加したことがあったが今は参加していない。
これは直径80センチぐらいのゴムの厚いもので、この上に座ってストレッチ
やエビ反りや、上下のバウンドをする。机の横において腰が疲れると椅子から、
これに乗り換える。まだ3日なので効果は分らないが、直感的にみて良いようだ。
ところが、何時の間に家内が、居間のTV前で椅子がわりに使い出した。
 この半世紀の間に、3年に一度位の割合で強い腰痛になっていた。
軽いのは季節の変わり目で、年2〜3度の年中行事。最後に重いのきたのが
4年前の7月で、治るまで一月以上を要した。この時のキッカケが、
「パッション」という腰叩き専用のマッサージ機を購入した時のこと。
あまりに腰が気持ちが良くて、使いすぎて逆に重症の腰痛になってしまった。 
それ以来、本気になって腰痛対策を幾つか取り入れた。まずベッドに低反発枕
と低反発マッド。会社の椅子には低反発クッションを。居間のTVの前には
低反発クッションを導入。それ以来、大きな腰痛は4年間、一切ない。
2年前からのスポーツジム通い運動と、16ヶ月間、週二回のヨガ・エアロ
の効果もあって、今では腰の重さが五分の一以下の軽さになっている。 
特にヨガは腰痛の自己治療と思えるほどで、足腰の歪みを修正してくれる。 
借りてきた本によると、椅子に座った状態で、体重の三分の一の重量が腰に
かかるというから、私なら20キロである。毎日、4時間近くパソコンの
前の椅子に座るので、その負担が実感している。
 ・・・・・
4127, 閑話小題 ーシネマ
2012年07月13日(金)
   * 相変わらずのシネマ通い
 今年になってから平均して月3回はシネマ通いをしている。少し通い過ぎ?
だが値段の割に価値を感じるからだ。エネルギーを持て余している現在、手軽な
ストレス解消になる割りに毒は少ない。物語に意識しドップリ浸かるのがコツ。
最近のシネマはデジタル特撮効果で画面も映像も圧倒的迫力がある。
家でもWOWOWなどで映画やシリーズのドラマを見ている。頭には決して
良くはないのだろうが、面白いこと、この上ない。今年に入って特に面白かった
のは、韓国映画の「マイウェイ・12000キロの真実」、邦画で「外事警察」、
ハリウッド映画では「バトルシップ」というところ。千円のため、居酒屋一軒分
で月三回は価値がある。 最近では外れは殆んどないが、もし千五百円なら半分
も行かないだろう。映画の開始前に予告が流されるが、それに洗脳されてしまう。
時代背景の家具や服飾を見るのが楽しみ、というのも年齢のため。一つ酒を飲み
交わす場面で、徳利は江戸末期になって出まわるようになったもので、それまで
は鉄瓶のようなもので温め、杯についでいた。19Cのロンドンを背景にした
映画は、時代考証を見るだけで面白い。 話は変わるが、先日、家電店で
80インチのTVを見てきた。80万位だが、ここまで大きいと迫力がある。
月3回のシネマ通いは、たまたま面白いのが来ていたためで、1〜2回で充分。
   * オスプレーの反対運動
 飛行機とヘリ兼用のオスプレーの反対運動、何故、あそこまで反対するのか
不思議。沖縄に配備されると一番困るのは中国で、都合が良いのは日本。
飛行コースを決めておけば、別段、危険ということはない。ヘリコプターの
役割もあるので、飛行機と違って、滑走路を必要としないため何処からでも
離発着が可能である。 反対理由は中国からの裏指示と疑うのは当然である。
沖縄の飛行場周辺の街は、基地のために後から出来たものが殆んどで、わざ
わざ基地を街の近くにつくった訳でない何故か誰も、このことを言わない。
嫌な臭いがする反対運動である。  話は変わるが、原発に対するアンケートで、
「全エネルギーの25%を原発が担っているが、15%位が良い」、が一番
多い調査結果が出た。現在の日本は、「原発は危険だが、存続が必要」なこと
ぐらいは、分かっている。このままいけば、周辺各国から、寄って集って領土
など資産を毟りとられてしまう。原爆被爆国だからこそ、原爆を持つ権利が
十分ある理屈もある。もう敗戦国の負い目から脱皮すべきである。67年も
経って何が保証である。表立った再軍備をすべきで、原爆を持つべきである。