『老年を愉しむ10の発見: ドイツ流「穏やかに生き抜く」哲学 』
                     ヴィルヘルム シュミット (著),
   * 「いい人生だった」を言える人生を
 人生を振返り、「いい人生だった」、一日を振返り、「いい一日だった」
と言えるために、最後の4分の1の老齢期を泰然と生きるべしと、著者は言いたい
のである。それも、長年の準備が必要とする。 『いい人生だった!』の言葉を
聞いたのは、私が27歳の時だった。父が余命1年の末期ガンを察知し、その恐怖心
と格闘していた最終に近づいたとき、『ああ、良い人生だった。今度、生まれても
全く同じ人生を生きたい』と突然、話したことを思いだす。その時に、
 私の僅かな死に対する知識、
『哲学でさ、自分って死なないっていうの知ってる? 死んだ瞬間、自分が消滅
するでしょ。死体は、もう自分でない。死体を見るのは他者だから、自分は永遠に
生きると考えられるでしょう。』と、聞いた父がハッとし、『こんな話を聞いた
のは初めてだ。死が何か、ここで初めて知った』と正直に吐露していた。
 太平洋戦争を跨ぎ、2つの人生を生き抜いてきた人も、死の前の恐怖心には… 
で、私も「いい人生だった」― の、この一言を口に出来るだろか?
≪ ―内容紹介― Amazon
 ドイツ『シュピーゲル』誌で18週にわたりベストセラー1位の話題の書!
年を重ねる中で得ていく「落ち着き(Gelassenheit)」とは何か。
 私は「アンチ・エイジング」より「アート・オブ・エイジング(年をとる術)」を
身につけることが大切だと思う。これは、老化というプロセスを拒否するもの
ではなく、それとともに生きるための術である。―ヴィルヘルム・シュミット
・これから得られる「豊かな実り」とは
・自分に起こる「変化」と折り合いをつける
・「それまでの積み重ね」が花開くとき
・「心穏やかに生きる」のに欠かせないもの
 〜カスタマー・レビュウより
古代ギリシャの哲学者デモクリトスが「朗らかさ」を、
外的な財産や感覚的な満足感に依存しない最高の「内面的な財産」とみなした、
というエピソードが心に残った。
快活さ=平安に満ちた心地よさを持つための土台が「生」についてなどの
スケールの大きい思慮から得られた朗らかさだと。
彼自身、「笑う哲学者」と呼ばれていたほど明るく快活だったという。
快活こそ悟り。≫

▼ 紀元前6世紀のピタゴラスの時代より、死に方に対して様々な可能性に
 ついて語られていた。生きているうちから繰返し何度も「死の瞬間」という
極限の地点に立っているつもりで、これまでの人生を振返り、それを自ら
評価し、時に人生の新たな指標をもとめる哲学的修練。
 この数年、何度何度も、死に関する読書の中で自問自答し、夜半に独り、
考えてきた。それを考えることは、自らの人生を振返ることになる。
人生において何が大事だったのか。何を間違っているかの問題に行き当たる。
如何だろう? いい人生とは何か?からすれば、自問自答で満点のはずだが。

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4844,「事業人生を決心して45年」の語り直しー18
2014年06月19日(木)
   * 衣料量販店のコツ
 肩書きは取締役本店店長。通称、「店長」。母が社長で、兄が専務。
家業そのもののパパママストア。出社日から多くの判断が次々と求められたが、
衣料量販店経営など全く知らない白紙からの出発。ところが、その白紙状態が、
結果としてベストに働くことになる。心だけでなく、何事も、空即是色である。
四日市、神戸、桑名、金沢、千葉と渡り歩いてきたが、いずれも、駅前は競争
激化と、新興のチェーン店の進出で、劇的な変化の過程であった。ところが、
当時の豪雪は、現在と比べようもないほど多く、冬期間は、雪の壁が、町を
遮断する特殊の商圏でもあった。そのため、地元百貨店が二店。
金沢の百貨店と、寄合専門店ビルと、実家である衣料量販店と、その支店の
ファッション衣料店が、そして駅に隣接した一等地に大型チェーン店が、
駅前のメイン通りに並んでいた。しかし、豪雪地区のため、他県からみれば、
その波の強さは、穏やか。この本店、規模の割には、「超繁盛店」で全国で
知られていた。その中での、御家騒動は、世間話の絶好のネタ。
 本店の過去のデーターは、全てを前任者が持ち出し、その上に、前任者達の
意をくんだ残留者は無言の抵抗。一週間、二週間経つうちに店内の商品が底を
ついてくる。その中、地元の問屋の一社が、当面、全面協力をしていた。
そうこうするうち、私の知らぬ間に、秋物衣料相場が、値崩れを起こしてきた。
普通なら、導入期に一通り秋物を並べ、次の最盛期に値崩れの仕入れをして、
稼ぐ。しかし、導入期の商品が無い中の、絶妙なタイミングに、東京、大阪へと、
現金を持って初めての仕入れ。何も知らないのに知ったふりの緊張感の中での
仕入れは、今でも忘れられない。そして、何とか値崩れ品の仕入れが終わった。
そして次回は、名古屋、大阪、岐阜へ現金問屋や、メーカーへの飛込み仕入れ。
その時、思い浮かんだのが、父と中、高校時代に一緒にまわった記憶。
まずは、一回り目は情報を取り、そのシーズンの流行と、相場を把握。その後、
商品を選び出し仕入れていく。それも現金で。右上り時代の中で、誰も忘れて
いた商売の原点を、動物的直感で綱渡りの瀬戸際で、始めていた。何とか一月が
過ぎた頃、店に高崎の有力衣料問屋の部長が訪ねてきた。店頭の立話しだったが、
現在の経緯と、自分の経歴と、現状を手短に話したところ、『当社として、
全面的に協力します!』という。暫くしてから、その意味を知った。それは
『その窮状を、産地問屋として、当分の間、原価ギリギリで商品を提供します!』
であった。これが、大きかった。それに現金を持って産地を歩く、基本的原理を、
父から教わっていたことも大きい。これで、地元の問屋、メーカー、百貨店の
相場を根こそぎ叩き壊す、本来の姿に戻ったことになる。その中、その年末は、
思いもよらない暖冬で、冬物衣料の相場が大崩れをした。他の大型店は、事前
予約の冬物の在庫の山だが、当方の店の中は、予約など無しのカラ。
その中での、大阪、岐阜、岡山、に現金を持っての仕入れ。多くの筋ものが、
半値以下の大量仕入れ。それを、そのまま、小利で売りに出せば、大当たりに
なって当然。 時代の流れもあって、全てが、プラスに働いていた。
激変の中、むしろ既存の常識無視の方が、プラスに働く。

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5574, 突然、余命宣告を受けました ー?
2016年06月19日(日)
    『あの世へ逝く力』 小林玖仁男著
   * 自殺願望の八割が、いざとなると
 苦しめるために生かしておくような延命治療なら、そうそうの安楽死を選択
したいが、現実は痛み止めの薬を強くすることで早めに死に導く。安楽死
ついて、まだまだ議論が足りないようだ。 考えてみれば、人間は穏やかな
自殺か、安楽死の道を歩いている。 自分の死の決断こそ、最期に残された
人間の最大の自由の行使になる。  〜その辺りから〜
≪ 現在スイスでは安楽死が認められていますが、興味深いデータ報吉がある。
 自殺蓄助による安楽死を希望する場合、希望者の医療記録を徹底的に分析し、
生き続けていくのが困難だと判断された場合にのみ致死量の薬が処方される
そうです。しかしここからが驚くべきことなのですが、安楽死のための薬の
処方が可能と判断された患者でも、いざ安楽死可能と分かった時点で"自殺願望"
が弱まるというのです。その割合が何と八割もの人々の自殺願望が急速に冷める。
つまり、「苦しみながら死を待つ。この生き地獄から抜け出すことが可能と
分かれば、この理不尽に社会が理解さえ示してくれれば、我慢もできる」と
言っているのです。やはり、倫理観からも、宗教観から見ても、家族の手前も、
「苦痛だから死ぬ」というのは、どこかでなじめないのかもしれません。
だから、「この苦しみに、大いなる同情と、法的な権利さえくれればそれで
いい。我慢もできる」と。気持ちを分かってさえくれればー。そういうこと
なのではないのでしょうか。≫
▼「苦痛を最小に消え去りたいため、余命を告げられたら、早々、リンゲルの
 大量投与を」と思っていたが、「いざ安楽死が可能になると、八割が自殺
 願望から冷める」という事実。何だろう、これは? 
 〜ところで、私が生死に関する言葉で、気に入ってるのが、
<死ぬことは、生前の自分が存在しなかった状態に戻るだけ>
<遺伝子が私の身体を借りていただけ、それが無くなっても、数限りない
 遺伝子が、何処かの身体を通して生き延びる。「私」など他愛のない存在>
<充実した過去と現在を生きている(きた)なら、死など、恐れることはない>
<死んでしまえば、それまでよ。生きている内、できる内。>
<当人にとって、『死』は存在しない。死んだ瞬間、本人は存在しないのだから>
<宇宙の彼方から地球へ旅に来て、見るだけ見て、するだけして、帰っていく
 のが死である。> 
それにしても、辛いだろうに。

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5939,閑話小題 〜無知は、教養より金がかかる
2017年06月19日(月)
   * 無知は、教養より金がかかる
<教育にはカネがかかる。とはいっても無知にもカネはかかる。
                    〜クラウス・モーザー卿 >
☆ 何とまあ、人生をシリアスに切って捨てた言葉である。
 そう、人は無知で失った方が、知っていたが故に得たことより遥かに多い。 
なればこそ、無知を少なくし、知識など教養を長年かけ蓄積しておかないと。
私の場合、5歳までの、家系としてのベースが貧弱だったということ?
いや、それは99%の人たちに当てはまること。ならば学び続けるしかない。

   *  BE(なる)―DO(する)―HAVE(持つ)
<目標は、この3つのうち『持つ』の部分。スタイルが良くなりたい、恋人や
配偶者といい関係を持ちたい、あるいは百万ドルほしい、こういった目標は
どれも何かを『持ちたい』です。目標が決まると、次に、そのため何をなす
べきか、リストを決めまtす。問題は、スタイルが良くなる、金持ち、BEの状態
になること>
☆ 以前、<上手くいったから幸福になるのではなく、幸福であればこそ
 恐れることなく上手くやれる>という幸福論の一つの道理について触れた。
< BE(なる)の状態なればこそ、―DO(する)のプラス循環の結果、―HAVE
(持つ)になる>  6年前の大きな節目からこの方、見えたのが、マイナーの
人たちの視線。彼らは自らの傷口の膿を、他人の傷口に塗りつける自傷行為
業の磁力が強い。マイナーのばい菌は、人に塗りつけると、他者のばい菌が、
当人の膿を更に濃厚にする。その毒のため、何人かが倒れていったような。 
自業自得、いや事業自毒。 これは私自身にも当てはまることだが。
 で、当時、直ぐに実行した手順が、2ランク上の習慣づけ。慣れてしまえば、
習慣自体は「第二の天性」となるはずだが… ただ淡々とコナシテいる。
ベストのことは、張りのある充実感と、毎日が兎に角、面白いこと。
 〈・BE=充実感のある日々 −> ・DO=生活習慣 −> ・HAVE=楽しみ〉
『こんな日々の何が楽しい?』かって。 『いいじゃないですか!これで…』
 「知らないバカ」と、「知ってるバカ」と、どちらがマシ?
「知ったかバカ」もいるが、「知ってるバカ」は、まだ、すくいがあるか?
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5209,閑話小題 〜何気ない会話の中で
2015年06月19日(金)
   * 何気ない会話の中で
 先日、中学校の来週の同期会の幹事の打合せの会で、顔は何となく憶えて
いるが、話を1〜2度したかしないかの男が隣席に座って酒を酌み交わす
中で、私が、『以前も話をしたかもしれないが、たしか40年以上、消防隊員
になったと憶えているが・・ 』と語りかけると、次の言葉が返ってきた。
『自分は、当時の花の中卒で、地元の津上製作所に入社。同期の殆どが、
夜間高校に4年通い、高卒の資格をとって地方公務員に転職をしていった。
自分は消防署に勤め変え42年間、勤め上げた。』と、さらりと言った。
15歳で働きながら高校資格をとって地方公務員になり勤め上げるコース。
こういう人生もある。これまでの私の恵まれた?生活環境と、あまりに
掛離れた生活環境に、言葉が出なかった。地道だが、地に足のついた
恵まれた人生である。 問題は、自分の歩んできた人生を肯定できるか
どうか。消防士といえば、火事と救急救命の現場の仕事。そこでは、
様々な露出した人生模様が垣間見れる上、生き死にの瀬戸際に立ち合う。
小さな世界の安穏とした人生を根こそぎ否定してきたが、それも人生。
彼にとって、救急搬送と、消防は、生き死の境目の現場の仕事である。
何か世間とかに捉われていたのは、逆に自分ではないか? 日々、是、
目覚め。それぞれの人生を否定も、肯定もしてはならない!ということ。
数年後?には、私なりの結末(死)が待っている。 貴方もだが・・
 『ああ〜、面白かった!』と、心底から言えるかどうか。
そういえる背景には、いえるだけのエネルギー量が必要だが。
・・・・・・
4477, アベノミクスへの疑問
2013年06月19日(水)
 日本経済の危なさは、二年前の事業断念に至るプロセスで直接、肌で感じ
取っていた。ここでバブル経済とは、とんでもない誤りを犯そうとしている。 
「10年後に一人あたりのGDPを150万増加」など、方向は逆。
それも以前に放り出した元首相二人が恥ずかしげも無くである。
何人かの経済学者がアベノミクスに批判をしているが、円安、株高の現象の
前に表立っていない。 先日、図書館で借りてきた
文藝春秋4月号に神谷秀樹のレポートーアベノミクス「危険な熱狂」ー
があった。ネットで調べたところ、これを簡略したブログの内容があった。
★ ーブログにゃんと〜 ー神谷秀樹『アベノミクス「危険な熱狂」』
              文藝春秋4月号の一部を抜粋ー
≪◎ アベノミクスを冷静に分析し「A=アセット(資産)、B=バブル、
 E=エコノミクス」と揶揄している人々がいるが、彼らのほうが正しい
 ことは、いずれ歴史が証明する。いま喜んでいるのは、バブルに乗って
 一儲けしたい投機家ばかりだ。「持続可能な経済基盤」を構築するものには、
 人口、中産階級の収益力、イノベーション(技術革新)、エネルギー価格、
 政府の健全な財政等々があるが、中央銀行はここに述べた経済成長の大きな
 要因のうち、何一つコントロールできない。
◎ 安倍政権は「市場にお金が不足している」と考えているようだ。
 だが、これは完璧に間違った認識、市場にはお金があり余っている。
 企業はもてあますほど現金を持っており、日銀の当座にも銀行が使い
 切れない「ブタ積」が山ほどある。 
◎ 株価が上がって投機家は喜んでいるが、何も企業の競争力が回復した
 わけではない。企業の持つ外貨資産の評価額が上がっているだけの話だ。
 (中略) 外貨建ての資産が評価益を出すということは、裏返せば円建て
 資産が、国際通貨のバスケットで見れば価値が目減りしていることになる。
◎2000年代初めから民主党に政権を譲るまで、
  自民党政権時に彼らが行なった不況対策は、
 ?「円安麻薬」で輸出ドライブをかけること、
 ?「契約社員化」で賃金を切り下げ、国際競争力を維持することだった。 
  しかし、この政策は完璧に破綻。
 「インフレを起こせば賃金が上がる、雇用が増える」というのは、
  全くのイリュージョン(妄想)で、「国際的に価格競争力を失ったのは
  円高のせいだ」というのもイリュージョンだ。 競争力を失った理由は、
 同じ質の労働に対する賃金が海外に比べ高い、製品の質の面でも優位に
 立っていないことだ。
◎「バブル崩壊の対策は新たなバブルの演出で」が正しい処方箋でないのは
 「失われた二十年」で学んだ筈だったが、実際には学んでいなかったようだ。
 ABEがバブルを大きく膨らませれば膨らますほど大きな破綻を日本に
 もたらし、その時はもう復活不可能なほどの致命傷となるだろう。≫
▼ グローバル化の中では、日本一国の金融緩和でコントロールが出来よう
 はずがない。アベノミクスは、一部の輸出産業と大手の金融機関がプラス
 になるだけ。逆にマイナスのエネルギーは、弱者を直撃する。
 二ヶ月前の地元の高校の同級会の当初からのメンバー20名をみると
 (5人が死亡)、この1〜2年で私を含めて6人が倒産、廃業、自殺、経営
 責任での辞任などで(半数近く)やられたことになる。そう遠くないある日、
 中国かアメリカの投機筋から、売りを浴びせられ株価が暴落するだろう。
 参院選前にもう一度、そして、参院選挙の後の秋あたり。
・・・・・・
4103, 閑話小題 ースローヨガ
2012年6月19日(火)
   * スローヨガ
 スポーツジムで週二回ヨガに参加して三ヶ月間、殆んど休まず26回参加。
ところが一月程前からオウム教の元信者の逮捕が相次いでいる。オウムはヨガ
教室を隠れ蓑に信者を引き込んでいた。それ以来、ヨガ教室のイメージが悪く
なり何処もピンチに見舞われていたが、時間と共に愛好者も増えてきている。
私の参加しているのは50人定員で、平均40人位が参加している。
これだけの数がエアロビの教室内で一同に会して暗闇の中で、ヨガのポーズを
とっていると不思議な感覚になる。 ヨガは回数を重ねるごとに、その空気に
馴染んでくる上、終了前の10分位の間、仰向けで大の字になって意識を
身体から出すイメージを持つ時間が良い。マントラの音楽を聞きながら、
全身から力を抜いて宙游した気持ちが何時までも続いて欲しいと思ってしまう。
それを利用してマインドコントロールをしたのがオウム教。俗世の汚濁に戻り
たくなくなるのも分かる。 毎朝、自転車で信濃川の二つの大橋を一周する
のを習慣化して三年目になるが、ヨガの世界に似ている。大手大橋で弥彦山
から米山までの100キロ近い展望の中、引きチャリをしながら半眼で、深呼吸
をして「地球の中心点を擬人化したX」と対話を10分近くしている。
それが、ヨガの最後の仰向けの瞑想?と似た感覚である。 精神的・肉体的
にもベストの経験を、毎朝のポタリングと、週二回のヨガで体験している。
早朝の農作業も、似たような気持ちになるのだろう。「ヨガは肉体も精神も
宇宙の一部とみなし、同化させる業」というところからみて、当然のこと
だろう。魂が現れ出るということか。
  * 日本の初めての流行歌は?
 近代的な流行歌第一号は「宮さん宮さん」だそうだ。明治元年・一八六八年
三月に薩長土肥の官軍が錦の御旗を押し立てて、東海・東山両道から江戸に
向かって進撃する道々うたったもの。したがって日本軍歌の第一号でのある。 
現代の流行歌第一号は、大正三年、島村抱月の芸術座が帝劇で上演した『復活』
の劇中歌「カチューシャの唄」。松井須磨子が舞台でうたって大ヒット、
翌年レコードに吹き込んだ。女優松井須磨子はまた流行歌手の第一号でもある。
流行歌のスタンダード・ナンパーとして、現在も広く演奏され、うたわれている
「船頭小唄」は大正一〇年ごろからはやったが、歌の大ヒットに目をつけた
松竹が、当時新人女優の栗島すみ子で映画化し、これも大ヒットし「小唄映画」
と呼ばれる流行歌の映画化第一号となった。他にの説が多くあるが。