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* 複数体のロボットが人間に与える変化
〜3つの小型ロボットに役割分担〜
1つが男性、2つ目が女性、3つ目が色々知っている先生の役割にした
ロボットと客を対話をさせて、指輪の購買を喚起させる実例を紹介。
現場では既に活躍しているようだ。 〜石黒のHPより〜
≪ 人工知能やロボティクスの発展によってロボットが当り前のように
働いている未来。そこでは、どんな情景が広がるのでしょうか。
複数台のロボットが人とコミュニケーションを図った最新の実証実験を、
第一人者の石黒浩教授が評価します。
〜意思決定を促す3体のロボット〜
1 、結婚を決めたカップルを対象に
石黒 この映像は、どこで撮影されたものですか?
稲川 結婚前のカップルが、プロのアドバイザーに結婚式に関する相談が
できる店舗「ゼクシィ相談カウンター」です。ここでは、結婚準備や式場に
ついて様々なことを相談できますが、その中の1つとしてブライダルジュエリー
もご案内しています。
ブライダルアドバイザーの方が、カップルの2人から結婚式に対する希望を
聞いた後、その希望に合う結婚式場をピックアップする時間があるんですね、
その7〜8分をいただき、人間の代わりにロボットが指輪の選び方、買い方を
説明するシーンです。
―
(動画内の音声)
Sota(ブルー)「あっ、お客さんだ。ここに来たってことは、
ついに結婚するんですね」
Sota(ピンク)「今日は結婚が決まったラブラブなお二人と指輪の
お話がしたいな」
Sota(オレンジ)「そこの綺麗なあなた、いま幸せですよね」
Sota(ブルー)「やっぱりね」
Sota(3体)「結婚、おめでとう!」
――
石黒 それぞれのロボットの役割分担があるのですね。
稲川 ブルーが男性、ピンクが女性、オレンジが色々知っている先生という設定。
ブルーと対面する形で左側に男性、ピンクと対面する形で右側に女性が
て、挙式のアドバイスを受けに来店した際にブライダルジュエリー
(本検証では婚約・結婚指輪)に対する購買意欲を喚起しようと。
ゼクシィ相談カウンターはジュエリーショップと提携しています。
顧客の送客につなげられるかを検証するため、ジュエリーパンフレットの
持ち帰り率の向上を検証しました。ロボットは目線を男性と女性、両方に
目配せしながら語りかけています。ロボット同士の対話にカップルが参加
していく感じを出していますね。 ≫
――
▼ この着想には驚いた。漫才ロボットに使えそうだ。ボケと突っ込みの漫才の
ソフトを入替えれば、数限りなく聞くことが可能。 先週、見た『トランス
フォーマー』が、人間代わりに、宇宙の彼方の星からきたロボット同士を闘わす
物語。これでは残酷さからくる気分の悪さが少なくて済む。実社会で、アルバイト、
パートタイマーが、ロボットに近い状態。 思考作業を極力取除いた単純作業を
従事する人間のロボット化である。ロボットには判断作業も可能となれば、これ
如何に? その上の単純労働を管理するのが、「一般社員」になるが、その上の
管理職は、システム化で、極力少なくてよい。とすると、トップと、スタッフと、
サービス部門に、ラインのスペシャリストしか、人間の能力を要しなくなる。
金融機能など、その最たるものと、先日の週刊誌の見出しに載っていた。
自動車のロボット化が、そう遠くない未来に(5〜10年後)に売りだされる
見通しのようだが、この応用が、全ての分野で起こるとすれば、人間の存在とは
何ぞやという根本問題が生じてくる。
・・・・・・
5625,人生を幸福で満たす20の方法 〜?
2016年08月09日(火)
<人生を幸福で満たす20の方法>三宮 麻由子(著)
* 空虚な日々を楽しむ方法
5.海を渡って心をリセット
≪ あなたは、あなたという船の船長です。乗組員がいてもいなくても、海に
乗り出した以上、あなたは航海しなければなりません。漕ぎ手や修理係りは
来てくれるでしょう、でも舵取りはあなたの役目です。・・(略)
川では小さすぎる。隔てるものもあるが、文化を結びつける働きもする。
しかし、海は「文化を隔てる」ものである。だから、海を渡ると、実に
多くのことが見えてきて、心も経験も豊かになる気がする。海を渡ることは、
リセットの極意である。 ・・海を渡るということは、自然の境界を越える
ということである。自然や文化を大きな変化を体験できるということ。
これは、一つの冒険であり、リセットの極意でもある。 ≫
▼ 21歳の「欧州30日間の旅行」は、人生にとっての大きな分岐点(リセット)
になった。アラスカ経由でデンマークのコペンハーゲンに下り立った時の、
あの空気と、宿舎への道すがらのバスからみた光り輝く緑の中にある街並み。
その時から行く先々の光景のどれもが、異界を見ているようであった。
この経験は、それからの人生の浮沈みの中で大きな支えになっていた。
その時の経験が私にとって、いかに衝撃だったかである。それから10数年は、
仕事、家庭に専念、十数年間は出ることが出来なかった。 40歳前半辺りから、
年に二回は出るようになっていた。年に二度のリセットで、何とか人生の峠を
のり超えてきた。これも絶対量が蓄積すると、強力な磁力なる。
・・・・・・
5260,永劫回帰 〜ニーチェ「超」入門〜
2015年08月09日(日)
〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦著
* 永劫回帰 〜人生の肯定
ニーチェといえば、「超人思想」の他に「永劫回帰」があるが、この本
では、大きく取り扱われてない。しかし、これを避けてニーチェは語れない。
『哲学で自分をつくる』瀧本往人著の中に、以下のような文章があった。ーp141
≪ 二ーチェは「奴」のいない「主」を超人とした。超人は誰にも何にも依存
しない。確かにこれは人間を超えている、人間はもとより社会的な生き物で
あるがゆえに、誰にも何にも依存しないということはほぼ考えられない。
考えられないことを創出したからニーチェの思考は飛びぬけているが、
同時に危険でもある。それはまた自分の生き方にも適用される。
「いやもう一度、いや何度でも、まったく同じ自分の人生を」といった、
自分の生を絶対的に肯定する。これがニーチェの言う「永劫回帰」である。
人は誰もが死に至る。しかしこの「私」とは、生まれてきた以上、永遠である。
生まれ変ったら別の人生を歩もうとか、前世は立派な人間だったはずだ、とか、
そういう考えはたわごとにすぎない。永遠にくりかえし、足し引きがなく、
まったく変わらず、そのままの人生に戻ってくる、と二ーチェは述べる。
永劫回帰は、どうみても当時ヨーロッパにおいて流行した仏教の輪廻思想との
近似性を感じるが、ただし輪廻においては全く同じ人生に戻ることはない。
世界のあらゆる事象が有機的に結びつき、死もまた新たな生と結びついている
ということを輪廻は教える。また、輪廻思想では、自分が死んだあとには
別の何者かに生まれ変わるが、ニーチェは生まれ変わってもまた、全く同じ
自分が「生きる」だけなのだ。これは、一般的には好まれない考え方だろう。
人はみな、生まれ変わったら、別の自分でありたい、と思う場合が多いからだ。
つまり何かしら後悔をしており、やり直したい、別の人生を歩みたい、
あのときもし、ああしていれば、そういった後悔の修復・訂正を求めている。
しかしニーチェはそういった考えをやめよ、と強く主張しているのである。
つまり死んだらおしまい、である。永劫回帰とは、絶対的な虚無主義を基盤と
しつつも、だから人生は虚しい、と考えるのではなく、人間は本来、この一度
きりの生を十分に楽しみ自己を肯定して生きるべきである、という人生観を
現している。そこにニーチェの強烈な、魂の咆哮を感じずにはおれない。
二ーチェの嫌ったソクラテスが自らの運命として毒杯をあおったように、
ニーチェは自らの「表現」に稲妻を落とすのであった。しかし、ニーチェは、
このように並なみならぬ強さ、超人的な生き方を強調するが、実際の彼は
きわめて病弱だった。そんな彼が異常なまでに健康や生の強度(内的な充実性
に溢れた自己経験)にこだわった文章を遺していることこそ、実は、彼の生の
弱さを物語っているとも言える。そして同時に(だからこそ)彼がここで「超人」
に至っているのは、それでもなお、自分の生を肯定的に受けとめ、しかも
それを永遠にくりかえしてもかまわない、と言い切ってしまったところである。
ここに他の哲学者にはない迫力と緊張を私たちは見ることになる。・・ ≫
▼ 『再び、生まれ変わったても同じ人生を!』と言えるかどうかが、晩年の
私たちに 突きつけられる大問題。自分の人生が肯定できるか、否かは、
本人にとっての一大問題。しかし、肯定できたとしても、死んで三日もすれば!
ならばこそ、「一度限りの人生を楽しみ、自分を肯定して生きるべき」になる。
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4895,ホントに大事なお金の話 ー1
2014年08月09日(土)
『知っておきたい ホントに大事なお金の話』佐伯 良隆 (著)
お金に関する本を多く読んできたが、この本は、なかなか面白い。
実は昨日の「事業人生のを決心して45年」の語り直しーホテル事業と、
マイホームの購入ーは、この本からの引用である。「住宅ローンに潜む
危険な落し穴」については、「住宅ローン」を「ホテルローン」に置換え
可能と気づいた。それが、そのまま、三年前の結果になってしまった。
世の住宅ローンを組んだ殆どの人が、右上がりのインフレの時代なら帳尻は
あったが、デフレに転換した現在、バランスシートでみる限り、契約した瞬間、
不良在庫になり、年々、価値が下がり続け、定年になって、ふと気づくと、
不良在庫のマイホームと、手元には余命のための資金すら残ってない厳しい
現実を知ることになる。他人事でない。その事業版が、私の現在?σ( ̄、 ̄=)
ーまずはアマゾンの内容説明からー
≪ 預金、投資、ローン、家、保険、仕事、将来、経済、時間、幸せ、
お金の儲け方、守り方、殖やし方、 稼ぎ方、使い方、考え方……今まで
誰も教えてくれなかったお金のこと、ハーバードMBAがゼロから教えます。
○【お金の判断、そして人生の決断には、確かな知恵が必要だ】=「残念な
ことに日本では、まともな金融教育が長らく行われてきませんでした。
お金の話は品がないとして、学校や家庭では金融教育をさける傾向にあります。
それで日本人の多くは、お金についての大事な話を誰からも教わらないまま、
大人になるのです。しかしいったん社会に出ると、お金と正面から向き合わねば
なりません。就職、仕事、結婚、ローン、住宅、保険、投資、貯蓄、老後、
……さまざまな局面で、お金についての判断を迫られます。さながら、
装備のないまま社会という荒波の航海に出るようなもの…(はじめにより)
○【ハタチの自分に読ませたい】= お金の「殖やし方」「守り方」「稼ぎ方」
「使い方」「力」から、・・お金と「経済」「幸せ」「時間」…まで、教えます!
○【お金のことが、ぜんぶ自分で決断できるようになる! 】=「給料が上がらず、
この先心配……」「投資を始めたいけれど、何がいいですか」
「保険には入ったほうがいいの?」「貯金はいくらあれば足りる?」
「どうしたら、お金に苦労せずにすむのか……」 生きていくうえでの
お金の悩み、不安、すべて自分で答えを出せるようになる!
○【身近な話題にこそお金の本質が隠れている】=「今すぐ100万円もらうのと、
1年後に105万円もらうのではどちらがいい?」「100万円が半々の確率で、
150万円か50万円になるのと、同じく110万円か90万円になるのではどちらが得?」
「宝くじはハイリスクマイナスリター!?」・・ 答えられそうで、答えられない
質問から、お金の本質に迫ります ・・答えられそうで、答えられない
質問から、お金の本質に迫る。
▼<「事業人生を決心して45年」の語りなおし>の、第一歩の20才の、
いや34才の自分に、是非とも教えてやりたい内容である。当時、お金の本質
に関し多くを知らなかったし、現在も同じようなもの。シンプルに考えれば、
生命保険には入らない方が良いに決まっている。で、私は掛けなかった。
投資信託も同じこと。 次回から何回か、幾つかをピックアップをする。
今さら遅いが、これに関する無知が悲しい!
・・・・・・
4528, 生きる悪知恵 ー7
2013年08月09日(金)
「 ー正しくないけど役に立つ60のヒント」西原 理恵子 (著)
* しっかり治して、しっかり舐めろ
Q: 知り合って三年、やっとものにした彼女のあそこが、くさいんです
A: こういうのを「すそワキガ」というらしい。傷つけないように知らせて、
治してから、しっかり舐めろ!
* さっさと当たって砕けましょう
Q: 職場の22歳も年下の彼女が好きになりました
A: 7〜8割は、「好意は持っていますけど、お父さんみたいな感じで、
そんな風に考えてませんでした」と思いますけど、最後の恋かも
しれませんので、「さっさと当たって砕けましょう」(ただしシラフで)
* 小6の娘が好きな男の子の家に入リびたりで心配です。
A: 小学校6年の娘が好きな男子の家に行くようになり夕方まで3時間は
二人きりで過ごしています。両親は共働きで留守。娘に注意すると
「何がいけないのよ」と逆ギレされ、向うの家では「うちは放任主義です」
と取り合ってくれません。12歳で肉体関係はないと思いますが、
もしものことがないか心配です。
Q: これはダメです。ヤリマン階段を上ってます。いや、別に男女間で
どうこうじゃなく、親のいない家に子供がいるのは、遊びで火事になったり
とか、事故があるんで危険。あと、大人がいない家に上り込むのは泥棒の
すること、って私は教わりました。セックスとか心配する前に泥棒。
めちゃ罪重。何かなくなって「アンタんちの娘が盗んだ」と言われても
対応のしようがないし。人の家に勝手に上がっちゃいけません。
それは基本的な問題です。とりあえず、大人がいない家に上げさせる
向こうの親とあなたが悪い。どうしても娘がの男の子と遊びたいなら、
私だったら男の子を自分の家に呼ぶなあ。向こうが「ウチは放任主義なので」
って言うんだったら、あなたの家で一緒に晩ご飯を食べればいいし。
しかも、娘にそんな好き放題させておいて、「まさか肉体関係は」って
被害妄想だけ膨くらませてどうするの。「娘に注意すると逆ギレされる」
って、それで引きさがるあなたが悪い。ウチの田舎の高知県なんて、
もっと親が強いですよ。東京とかで見てると、子供にすぐ折れるんで
ぴっくりしたもの。子供に逆ギレされて、そのまま何も言わないという
こと自体が、まったくわからない。子供がキレたら倍に返しでキレるという
のが私ら高知のやり方。これはもう、奥さんもキレまくってください。
張り倒してポコポコにしてでも連れて帰ってきてください。
こないだ息子が反抗期でウソついて塾サボってて、私がキレ、
「てめえみたいウソつきは親父みたいな気違いアル中になって道端でクソ
もらして死んじゃうんだよ。死ねクソ野郎。」って怒鳴ったら、息子と
娘に「いくら何でも、その言い方はよくない」と叱られましたが、
激しくキレないと、相手はバカなので伝わりません。
▼ 振りかえってみて、小学校6年生ぐらいが一番、男女とも魅力的な空気が
漂い、しっかりしたオスメスになっている。それも誰も居ない家で二人きり
など、黙認する方がおかしい。息子二人なので、娘を持った父親の気持ちは
分からないが、直接、相手の父親と話合う。「うちは自由放任は、女子の
親の言い分なら分かるが、男子の親の言い分にはならない」と。
・・・・・・
4153, 人間には限界がある
2012年08月09日(木)
人間、それぞれの能力があるが、当然ながら限界がある。
その一つに自分で勝手に決め込んでしまう心理的限界がある。
30歳・40歳までは、その限界を壊し続け、アップスケールする成長期。
自己能力の限界の設定と、その達成。そして破壊になり、限界の挑戦の
繰り返しになる。機会を見出し、挑戦、変身していく、これが成長である。
これは仕事だけでなく、趣味の分野でも同じ。40歳代に入ってからは、
秘境・異郷旅行を趣味にし、カナダのロッキーから、アフリカのケニア、
タンザニア、南アフリカ、北アフリカ・中東、そして南米、シルクロードへと、
行き先を広げていった。 未知の世界に初めて行くときは、まず心理的限界を
乗り越えなければ。直前に大きな心の揺れが出て、計画断念まで考える。
しかし一歩、家から出れば、あとは成り行きに任せる。限界は誰にもある、
要は、その先に踏み出すかどうか。 口では軽く言えるが、いざ実行となると、
そう甘くはない。挫折は、その限界に跳ね返された時に生じるが、自分の
再構築する機会になる。 諦念とは、限界を知り、そのまま素直に受け入れる
ことをいうが、実に辛い。世界的カーレーサーの言葉に、「限界は誰もいける、
問題は、それから先に、どれだけいけるかである」という名言がある。
野球の野村元監督の講演で印象に残った言葉がある。
《 自分は二流の能力しかなかった。その事実を認め、戦い勝つためには
「考えること」しかない。一流選手の中で勝ち残るために、その間にプラス
の要素を加える工夫しかない。それが考えること、データー野球・・・云々》
凡人は、一に準備、二に準備、それを常に楽しみ工夫してやるしかない。
あまりに考えない人が多い。そう思ってきたが、一番考えないのは、この私。
これは全ての人に当てはまるが。実際に、10年間は考える時間が欲しいが・・
ところで、モバイル携帯端末が普及してネットで世界が繋がってしまった現在、
能力の限界も今までとは違ってきている。脳がネットで世界中に繋がった
のである。面白く、かつ恐ろしいことで、ここに時代の大きな断層が出来てきた。
20年、30年前だったら、数百億もするコンピューターが、ただ同然に世界
中の人々が持てるようになり、現実世界をネット世界が覆いだしたのである。
これが断層となって既存のシステムを根底から破壊はじめてきている。
ところで人間を不幸にしている要素に、その限界を認知できないことがある。
そこに不幸の種が出来てくる。として、限界を遥かに超えたところで、
砂利の大きさと形の差異でしかない。面白可笑しく楽しむしかないか、最後は!
・・・・・・・
3788, 閑話小題
2011年08月09日(火)
* 水戸黄門が放送終了という
水戸黄門が、今年の12月で放送を終えるという。放映開始が私が社会
に出た年1969年で、42年になる。1979年には視聴率は43.7%というから、
信じられない人気だった。それも現在10パーセント前後まで落ちていた。
勧善懲悪がハッキリしていて、印籠を出す時間が分単位で分かるという。
初代が東野英治郎で現在の黄門様は5代目。最後は黄門様のお上の力を披瀝
することで、各藩の下々や家老などの悪事を暴く筋書き、40年以上も経てば
飽きられて当然。当初の頃、年に数度みた記憶があるが、最近は全くみてない。
由美かおるの入浴シーンも売りだっが、数年前に彼女も還暦を向かえ、なくなった。
当初のころ、芥川龍之介の逆視線の「桃太郎」の物語と、水戸黄門の勧善懲悪
が重なりを感じてつまらなくなった。桃太郎が勝手に鬼が島に鬼を征伐に行って、
宝物を奪略してきたという筋書き。立場変われば善悪は逆転する捻れた物語。
鬼にとって桃太郎こそ、勝手な侵略者。そういえば姉の一人が大好きで、
脳の構造までが、印籠を出すタイミングを常に計っていたようだったが・・
地方都市の世界は家紋〜 城下町小唄は今も続いている。全ての世界も同じ?
そこしか知らないものにとっては
* 無言の圧力
「毎日のように、貴方の随想日記を読んでいると、無言の圧力を感じる」と、
ある人にいわれた。成る程、そうかもしれない。ここでは思いの一部分も書き
きれてないが・・ 毎日続けることで、書いた言葉の背後にある無言のエネルギー
を感じるのか。理路整然と筋道を書き上げることは、それなりにエネルギーを
要する。とはいえ、書き、修正を加え完成させると、それを第三者として、
それを見つめている自分がいる。それも毎日10年分の同月同日の文章もコピー
し読み返していると奇妙な感覚になる。同化しているような。一文章 2時間
×10年=20時間の集中したエネルギーもある。(テーマ探しは別)
書いた瞬間に全て忘れるためか、書いた本人が一番、エネルギーの痕跡を感じる。
書いてしまった文章は過去のエネルギーであり、時間がたってしまい再度
読んでいる時、現在の自分のエネルギーと混同する。それが読み続けることで
「無言の圧力」のように感じるのか。 それを感じさせるだけ稚拙ということ。