* かなり春めいてきた。
 プロ野球のオープン戦が始まり、大相撲の3月場所、春の甲子園、そして、
オリンピックの地区予選も始まる。ふと、社会をみると、入試と合否の発表、
就職、進学等で希望に溢れた若者たちの姿が現れ、桜の開花と花見などの
エネルギーに満たされる。そして、春のゴールデンウィークをむかえる。
ところで、今年は何をして楽しむか?
   * ギョッとする
 ギョッとするとは、ネット辞書によると、
【突然予期しないことに出会って、驚き動揺 するさま】とある。
 年をとるとは、「あれは、あれ。これは、こういうこと」と、経験の壁で
囲われて、「ギョッとしなくなること」ではないか。小さな経験範囲で決め
付けて、その周辺とか、真相をみようとしなくなる。それを防ぐのが読書、
旅行、散歩だろう。そこには小さな発見や、ギョッとする驚き。犬も歩けば
棒に当たる、である。 海外ツアーで臨時の小集団で旅行をしている内に、
それぞれの人生を垣間見ることになるが、様々な人生にギョッとすること、
しばしば。と同時に、合せ鏡でみえてくる自分自身に驚き動揺する。
それより大自然や、人類の文明、文化の異質にも驚かされるが、これを
ギョッとはいわない。それは、身近な驚きが中心である。
 ところで、最近、ギョッとしたことは何だろう? しばしばギョッとする
のは、自分のあまりの無知、「何にも知らなかったんだ!」である。
知れば知るほど、知らない世界や物ごとの深さと広さを知る。
これこそ、「ギョッ」である。 ったく!

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5111,僕の死に方 −2
2015年03月13日(金)
   * 死への絶叫
 最期の著者の叫びが、生々しい。知人が次々と亡くなっているが、
このような内なる叫びをしていたのだろう。著者が死期を悟った一月前からの
具体的記述のため、心を打たれる。死に際は、これが実態。誰も通る道である。
20年以上も前に、『死ぬための生きかた』と、続刊『生きるための死にかた』
という、様々な死に際の手記をマトメタ本を読んだことがあるが、それは
生々しい!  この、一節から   〜p161
≪ あと一年半の命のところ、苦しい治療を受ければ3ヶ月伸びることに
 なるらしいが、一年半のままで終わっていい。最後まで、こうしてやりたい
ことをやり、妻とふたり、長いことおしゃべりして死んでいけるのがいい。
寿命が三ヶ月延びる治療で苦しませるのは、本人のためになるのだろか。
家族が精一杯のことをやったと思えるだけのために、0・01%もない
奇跡のため、国の治療費を無駄使いするのは本意ではない。
 正直、自殺したい。
 でも、もう、それもできない。
 体がまったく動かない。
 率直に言うと、今すぐ死にたい。この苦しみから解放されたい。
 誰かが死なせてくれるなら、頼んで死ぬという気持ちにもなる。
 でも、もう動けない。 歩けないから、ベランダにもたどり着けない。
 飛び降りようにも飛び降りられない。
 痛くて苦しくて、胸の周りがなんとなくもやもやして、生きた心地がしない。
 このまま逝ってしまうかもしれないと思っているけれど、まだ生きている。
 天命に従うしかないのだろう。
 自分の人生を選択してきたつもりだったが、
 最後の最後になって、終わりの瞬間を選べないとは。
 でもいい。
 自分は最後まで、自分に正直に生きてきた。
 濃い人生だった。そのことを誇りに思う  ≫
▼ 近所に住んでいた家内の友人が、似たような肺の病気で亡くなった。
 通夜で聞いてきた「息が出来なくなった断末魔の苦しみ」は、壮絶!
大方の人が、このような思いで死んでいくのだろう! 明日は我が身。
ここに、生への希求(砂漠の中で一滴の水を求める渇き)が書かれてない。
その渇きと、苦痛と、苦悩は、直ぐにでも死にたくなるほど辛いのである。
死ぬ時は、のた打ち回って死ねばよい。そうして生まれてきたのだから!
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・4746,閑話小題 ーソロモンの指輪の物語 〜2
2014年03月13日(木)
  * 情報端末と、ソロモンの指輪  <つまずき>の事典>中村邦生編著
40年近い事業生活の中で、人に縛られることを嫌い、心の自由を大事にしてきた。
ところが、振り返ってみると、自分でつくりあげた思い込みに、勝手に雁字搦め
になっていたようだ。このところ、パソコンやデジカメ、テレビの機能が飛躍的
にアップ。知識、情報面では、非常に自由になって、面白く、楽しい反面、自由
の持つ危険が発生してきた。この「ソロモンの指輪」、まさに情報機器とネット。 
  ー以下の内容が、それを暗示しているー
【ソロモンの指輪とは、その指輪を持つ者は、あらゆる動物・植物と会話する
 ことができると言われる魔法の指輪。ソロモンとは、古代イスラエルの富と
知恵にすぐれた王であり、誰よりも賢く、どんな難問でも解決したといわれる。
ソロモン王は、名誉や財を求めず、知恵のみを求めたため、神が褒美として
神の名前を彫った指輪をさずけたとされる。その指輪は知恵のみでなく、他の
すべての力の源になった。ソロモン王は、その指輪の力、動物や植物たちと話
をし、悪霊たちを秘法をもちいて操り、平和に導いたとされます。
神の守護によって守られた指輪の力が絶大だった。】
▼ スマートフォンタブレットPCこそ「現代のソロモンの指輪」。格差の源に
なる情報が大衆に行き渡り、誰も平等に入手できるようになったが、問題は一つ
(指輪)だけでなく、大方の人たちに入手可能になったこと。検索で、あらゆる
知識と知恵が、簡単に現出するのだから、人間が道具を持って以来の20万年来
の大革命!も、過言でない。そのパソコンの進化もとどまることがない。最近、
ローンだが、新しいパソコンを入れたが、その段差に戸惑っている。
6年来なら当然だが。よりコンビニエンスになっている。これにiPadがあれば、
隙間時間を手軽に楽しめる。その点、世界中の多くの人たちが、ソロモン王に
なった。とにかく、日々が面白い! 豊かさの定義は「心配しないで済む金と、
自由の時間と、健康と、少々の教養があること」だが、それが持てないから
苦労する! ソロモンの指輪というより、首輪にならなければよいが・・ 
シネマも、自転車、TV、タブレット、時計、台所、車、何もかもがユビキタス
で成り立っており、その恩恵を受けているが、マイナスも蓄積している。
ただし、ご隠居生活の身には、素晴らしい指輪である。
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4379, 「世間」の捨て方  ー2
2013年03月13日(水)                
 * 世間の奴隷が発する、二つの質問 ー「世間」の捨て方ーひろさちや(著)
≪ 聖徳太子は「この世の中は何なんだ?」の疑問に、「世間虚仮、唯仏是真」
 と答えている。この虚仮は、「自分をコケにしやがって」の虚仮である。
早い話、私たちの生きている世間は「嘘偽り」ということ・・ その嘘偽りの中、
人間は、つい「生きがいとは何か」「どうすれば幸せになれるか」と自問自答。
そういうことを考えて生きること自体、世間の奴隷になっている証拠。
それらを考えることは、自分で手枷、足枷をはめて奴隷になっている。
そういった物差しなど捨てて、もっと自分らしさを求めようではないか。
世間の中で生きているには、それらから逃れることは出来ませんが、幸か不幸か、
今の日本も滅亡までのカウントダウンが始まった。出世間には最適のタイミング。
少しずつでも、世間のしがらみから、抜け出すときである。お釈迦様は、
「自灯明、法灯明」と説いている。これは自分自身を灯明にしなさい、
ということ。それより、「世間のどれいになってはいけない」ということ。≫
▼ 世間の奴隷の優等生になるなら「孔子」を、奴隷から逃れるには「老子
 を、その中庸なら「孟子」に従えばよい。それから超越するに仏の教えを灯明
にすればよい。世間という言葉には、「現象にドップリ浸かった考えない人たち」
という意味がある。その感覚世界だけの幸せと生きがいを求めるの人たちを、
著者は世間の奴隷という。趣味など自分の世界を持って、そこに生きていれば、
そこに身近な7〜8人の人を立ち入れないことだ。その趣味の世界にも世間がある。
したがって、孤独の世界をつくっておかなければならない。
孤独の世界は、求道の中にある。「学び、遊び、働き」のそれぞれの場面で、
個として守らなければならない。それが出来ない人たちが世間の奴隷になる。
生きがい、幸福を自問自答するのは、それはそれでよい。問題はとらわれない
こと。「進歩したい、向上したい」という気持ちも、考えてみれば、世間向け
の気持ち。とにもかくにも面白く、楽しくなければならない。
最期に、「ああ、面白かった!」と言えればよい。
新潟駅前の事業を総括して一つ言える、「ああ、面白かった!」。
本心である。それだけでない、事業の創業を決心してから、現在に至るまで、
本当に面白かった。 咽喉ぼと過ぎればだが・・ そうこう考えると、
感謝、感激、感動こそ人生である。
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4005, 宇宙は本当にひとつなのか ー7
2012年03月13日(火)
  * 人間原理とは   「宇宙は本当にひとつなのか」 村山斉著
【 この宇宙の物理法則を見なおして見ると、人間が出現するための条件が
 そろうようにできているのです。例えば、暗黒物質があるおかげで、星や
銀河が生まれましたし、量子力学の法則の存在するおかげで、原子が潰れずに
存在でき、私たちの体も壊れずにすんでいます。また、私たちの世界は三次元
空間が大きく広がっていて、それ以上の次元はとても小さなっていると
考えられる。空間が三次元に広がっているお陰で太陽系が存在できています。
太陽系は、八つの惑星をはじめ、たくさんの天体が太陽の周りを回っています。
もし、大きく広がっている空間が四次元以上だったとしたら、太陽の周りを回る
たびに少しずつずれてしまい、同じところをグルグルと回ることができなくなる。
一方大きい空間が二次元しかないと、DNAの二重らせん構造をつくることができない。
生物が存在できるかどうか怪しいものです。・・ そのようなことを一つ一つ
考えていくと、この宇宙はうまくできすぎているのです。たくさんの条件をもった
宇宙がランダムにつくられていったと考えるにはできすぎているというところから
考えられたのが、人間原理です。人間原理によると、人間が存在できるように
宇宙の条件がそろえられているのは、ある意味で当たり前のことなのです。
宇宙のことを観測するのは人間。人間が存在できる条件を満たしていないと、
人間が生まれません。人間が生まれないということは、観測されないわけなので
存在しない、もしくは存在しないのと同じです。たくさん生まれた宇宙の中で、
ごく稀に条件がそろった宇宙に人間が生まれ、そのような特殊な宇宙だけが科学
の対象になり、私たちが見ることができるという理論になっています。・・
 自然法則やその中に含まれる物理定数は、人間のような高度な生命を生み出す
のに丁度適した構造になっている。これはファイン・チューニングと呼ばれる。
人間原理は、このファインチューニングという現象に対する説明を与える。
宇宙の自然法則と物理定数が生命の存在を許す絶妙なバランスを取っている事の
理由を説明する議論には、他に、知的な存在を仮定する宗教的な立場として
創造論あるいはインテリジェント・デザインがある。それに対して、
人間原理は超越的な存在を仮定しない自然主義的なアプローチである。 】
▼ 人間原理の「人間が現に存在をして認識するから宇宙が存在をする」は、
 カントの対象に対する認知の貼り付けの認識論に似ている。宇宙の広ろがりを
知るほど、人間の存在と知能の不思議さを改めて思うことになる。「丁度良い」
が、我々人間にも、住んでいる環境にも言えること。それを再確認するに、
「ありがとう」を口癖にするのがベストになる。宇宙論も、最後は精神論か。
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3,639、大地震 ーつれづれに ー2
2011年03月13日(日)
 今回の地震の被害地・三陸地区はリアス式の入り組んだ海岸のため津波
増幅させ、被害を大きくした。1896年の「明治三陸地震」は津波高さ 38M、
死者不明者が2万2千人が出た。その37年後の1933年の「昭和三陸地震
では、高さ28メートル−死者不明3千人、M8・1であった。 今度の津波
7メートルだが、津波の広がりは格段に大きいもの。 名称は本来は
「平成三陸地震」が妥当だろうが、広範囲から最も頻繁に使われているのが
東日本大震災」。しかし「東北地方太平洋沖地震」と名称されたようだ。 
インド洋の大津波をビデオで何度かみたが、それに似た大津波を日本でみよう
とは思ってもいなかった。色々な映像をYoutubeなどで見るにつけ、巨大津波
驚きざるを得ない。 今回の地震は、北海道から九州までにわたっており、
広範囲が特徴的である。 その中で首都東京に津波が発生しなかったことが、
不幸中の幸い。もし海水が流入したら国家機能が大きく麻痺をするになる。
東京都内は地下鉄が網羅しており移動が非常に便利である。
それが浸水したら都民の足は大きく損なわれる。 関東・東海大地震も遠くない
将来、必ず起こるといわれている。それにしても、大津波の映像の迫力には
驚かされた。釜石に押しよせた大津波の海水の流入や、広範囲の津波が海岸線を
飲み込んでいく場面には息をのんでしまうほど。 地震から発生した大津波
市街地や住宅地の火災、石油基地のタンク火災、原発放射能漏れなど、
全ての問題が噴出してしまった。 特に、原発の爆発と放射能漏れという
大問題が生じたが、この数日は目を離せないことになった。世界のマスコミ
にとって、これほど映像として引き付けらるネタはない。それがリアルタイム
に世界に流されるのだから、日本の株、国債、円にとって大打撃になる。
明日開かれる市場によっては、本格的恐慌に入る可能性がある。
弱り目に祟り目の循環が始るのだろうか? 土木・建設業界に
とっては神風になるが、日本経済には大打撃になる。
 ・・・・・・・
3274, ビックカメラの店頭は今!
2010年03月13日(土)
 大型家電チェーンの店頭は時代の世相をそのまま現す。新潟駅新幹線
出口の近くに位置して今まで10年以上あった「ヨドバシ・カメラ」がある。
同じ駅中に競合の「ビック・カメラ」がオープンして一年になる。
「ヨドバシ」は、これまで数年ごとに思い切ったレイアウトの変更をしてきた。
それを見ていると、その時どきの時代の流れが見て取れた。携帯電話、デジカメ、
パソコン、薄型TVの位置関係と種類と量だが。 ビックカメラの店頭は、
ある意味で駅周辺では現時点では一番ホットなところ。で、店頭をみると、
向かって一番左側に携帯があり、中央に入って直ぐにモバイルパソコンが
10種類以上展示してある。店のメインになる位置である。
そして、その後ろに最新の薄型TVが並んでいる。両方とも、売り場の至近
距離にあり、「これが現在のパソコンや薄型TVのホット商品ですよ」という
紹介である。モバイルパソコンは、小さくて何処へでも移動しやすい。 
これだったら、常に持ち歩きが可能である。 各メーカーはiPadを意識
しているようだ。 で、ドチラ?といえば、やはりiPadを選択する。
モバイルパソコンに、ツイッターが組み合わさって、この数年で社会が一変する。
他のメーカーも似たような商品を出すだろうが、iPhone、iPodに
なれた客はiPadを選択する。私も会社も、自宅もMacのパソコン。
さらに、携帯もiPone、音楽もiPod。 立派なMacFanである。
 情報化の更なるウネリはマスマス大きくなるばかり。その元は、すべて
アメリカ発である。ところでMacがデジカメに興味を示したら、どんな
カメラを創ってくるのだろう。今のところカメラやビデオを一つの機能として
しか見てないが、思わない切り口があるはず。で、新聞をみていたら、
デジカメの裏面が全てiPhoneのような画面でタッチパネルの新商品の
紹介記事があった。見るからに面白そうである。家電の店内は夢があってよい。
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2899, イオンの誤算
2009年03月13日(金)
 イオンには大学を卒業直後、ジャスコの創業期に一年在社したことがある。
まだジャスコ・オカダヤという名前で、三社合併の一期生。僅か一年でも
全エネルギーをようした記憶がある。その後のジャスコの躍進は目を見張る
ものがあったが、地方の郊外型SCに全エネルギーを傾けたことと合併が最大戦略
ポイントであった。辞めた直後に三菱商事と組んでダイヤモンド・シティを
設立したのを憶えている。その7〜8年後に長岡に立ち寄った元同僚の話によると、
「SCが大当たりで、テナント料だけで元が充分とれ本体の出店はイニシャル
コストも、ランニングコストも零になる」という。
  (字数制限のためカット 2011年3月13日)
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2535, 今年のフランチャイズ・ショーの感想
2008年03月13日(木)            ヾ(@⌒ー⌒@)ノおはよ?♪
二年ぶりにホテル・レストランショーと、フランチャイズショーを見てきた。
晴海に出来たビッグサイトで毎年開かれているが、30年来毎年行っていたが、
この数年は隔年にしている。おおよそ大会場を二回周る。一度目は大雑把に
見て周り、二周り目は気になったところに行く。もともと店舗ショーと、
一緒に行われていたが数年前から分離、開催されるようになった。ただ不景気
のためか、年々勢いがなくなっている。 
 〜今回、面白いと思ったのを挙げてみると、
*木製のカプセルホテルのベッドである。
 家具屋が忠実に防音をテーマにして作ったもの。ホテルのテナントが撤退した
あとに狙いを付け提案型にしたのがポイント。当方にぴったりだが、少し値段が
高いのが玉に瑕だが、木製のカプセル内は寝ていても 抵抗感が無いのがよい。 
 何か押入れの中で寝ているような感覚になる。 しかし木工団地の家具屋に
行って特別仕様でつくれるレベルである。 だから提案型にしなければ、
誰もが自分で家具屋と組んで作るだろう。
*次に面白いのが電子レンジ・炊飯器。
 (字数制限のためカット 2012年3月13日)