〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦
   * 遠近法でみれば、自分もないし、あの世もない!
 黄色の声で娑婆現象の因果律を、己の世界観で物語化して、一人、
悦に入っている我われ凡人を根こそぎ否定するのがニーチェの醍醐味。
ことあるごとに「世間人」を取り上げてきたのも、ニーチェの影響があった。
 ニーチェの遠近法的認識から、我々は近くの現象に左右されていることを
知ることができる。 山奥の集落では、その集落の世界が全世界になりがち
ということが解る。 遠近法を『多宇宙論』まで拡大すれば、「自分も、
あの世もない」ことが自明になる・・ 
 ー以下の部分は、ニーチェの核心部分ー これを理解できるかどうかだ?
≪ 人間の遠近法的な認識のゆえに、いっさいが現象でしかない。けれども、
 それはわたしたちにとってウソではない。まさにそれこそ現実であり、
リアルなのだ。現象というこのリアルから誰も脱出することはできない。
だからといってこの現象界の裏側に真実の世界があるのではないかと思うこと
こそ妄想なのだ、とニーチェはいう。それは混沌としていて、客観的世界などで
はないという。二ーチェはそのように語ることによって、真実界が天上にあると
考えたプラトンの哲学を否定しているのだ。キリスト教神学がプラトンの哲学を
取り入れたと一般的にいわれているのはこの部分。真理も真実も神も天上界に
あるのだとする神学のことだ。つまり、ニーチェは遠近法の考えを発展させる
ことによって、神はいないはずだという見解に達したのである。
 神など人間が想像してつくりあげた単純な無神論ではない。目に見えるもの
ばかりではなく「物体、線、面、原因と結果、運動と静止、形態と内容」と
いった基本概念すらも実は人間のつくった仮構だと二ーチェはいう。
 たとえば、わたしたちの生活でしょっちゅう考えられている原因と結果だ。
物事は起きているのだが、その一点をチョイスしてわたしたちは結果だと決め、
その結果を生んだ原因を探す。しかし本当は、原因も結果もない。因果という
つごうのよい言葉に人はとらわれているだけなのだ。だから、起きている事柄
とは事実そのものではなく、それに関わる人間の概念とか心理的印象などが
混じりあって総合的に結合されたもののこと。それを二ーチェは生きいき描写
する。要するに、因果を決めたがる心理は、まだ慣れていないものに対する恐怖
のことなのだ。そして、なんとか既知のものを見つけて安心する。だから
本当は、原因を探求しているのではない。既知のものを探しているだけなのだ。
(「力への意志」551)   ー以上をもっと簡単にまとめてしまえば、
人間は起きている事柄をストーリー化して考えてしまい、それを事実ととらえる
ということだ。それはもちろんわたしたちのそれぞれの人生行路という話も含む
ことになるし、世界の歴史も含む。二ーチェのこの鋭い指摘は、当然ながら
他の事柄にも通じていく。たとえば、家柄や血筋、それに強く関連している差別
や階層の問題、あるいはまた人間の喜びや苦しみについても、わたしたちに
新しい眼と態度を与えてくれる考えとなる。 意識というものについても、
ニーチェはそこに遠近法を見る。それをまとめると、次のようになる。 
< 個々人の意識であろうとも、個々人の生き方に沿っているものではない。
わたしたちの行動はそれぞれに唯一であり、個性的なものであるのに、意識
といったものに翻訳されるやいなや、もう個性的なものではなくなるのだ。
意識に変換されたとたん、一般的になってしまう。共同体的になってしまう。
薄っぺらになり、平凡化される。精妙さを失ってしまう。みなと同じような
妄想に変化してしまう。したがって、人間の認識の力は真理のようなものを
捌む程度には達していない。(『悦ばしき知識』354)>  ≫
▼ 4年前の会社整理に対し、『計画倒産』とか、『帰り矢が当たった』とか、
 色いろ揶揄されていたようだが、要するに、否定による否定の共同幻想の類。
とはいえ、当ってなくもないから面白い?・・ 上記の、『要するに、因果を
決めたがる心理は、まだ慣れていないものに対する恐怖のことなのだ。そして、
なんとか既知のものを見つけて安心する。だから本当は、原因を探求している
のではない。既知のものを探しているだけなのだ。』その一番、手っ取り早い
のが、無知蒙昧による計画倒産の共同幻想。その物語が透て見えるから、逆に
醍醐味になっていた。共同幻想の事例研究としてのは非常に面白い内容だが。
・・・・・・
4887,閑話小題 〜ベトナムのシシャモ
2014年08月01日(金)
   * 先日、あわや買おうとしたシシャモが・・
 近くのSC内のドラッグストア「アオキ」で、美味そうなシシャモの
パッケージ、一度はカゴに入れたが、色が青白く光っているのが気になり、
元に戻した。ところが、その翌日のニュースで、「山口県内の業者がベトナム
から輸入した冷凍シシャモで、 殺そ剤と人のふん便とみられる異物が混入」。 
あわやである。 以前も、冷凍の中国産唐揚を買ったが、まだ食べてない段階
でニュースで知り、事なきをえた。家内は絶対に中国産を買わないが、私は、
あまり気にしない。中国・上海市の会社による期限切れ食肉使用問題が国内
にも衝撃を与える中、今度はベトナムの食品をめぐる新たな問題が発覚。
それにしても恐ろしい!
   * 佐世保の女子高生殺人事件
 これは異常性格者の犯罪で、一般的常識では語れない事件。
「子猫を解剖し、今度は人間を解剖したくなり、準備をした上で、親友を誘い、
首を絞め殺し、首と手首を切断。下腹部を切り開いた」と・・ そのニュースで
《 医師が6月10日、県の「佐世保こども・女性・障害者支援センター」
の窓口に電話。少女が小学生の頃に給食に異物を混入させたことや、父親を殴打
してけがをさせたことを挙げ「人を殺しかねない」など相談。窓口側は医師に
対応を助言した。医師は少女が高校1年女子は伝えたが、名前は伏せた。相談
内容について窓口側は当時、県警に連絡をしていなかった(2014/07/31)》とある。
 家庭環境の激変の中で、元もとあった異常性が表立ったのだろうが、猟奇・
ホラー映画、顔負けである。ネットや映画で、無制限に猟奇殺人などが
無制限に流されている結果だろうが。
  * 新発田の女性遺体 ー31歳男、複数の殺人に関与の疑い
 以前、全国版ニュースで流れた地裁から必死に逃げる若い男の姿が脳裏に
残っているが、その男が新発田若い女性の殺害犯人で、他の殺人事件にも
関与している可能性がある、という。 ーまず、そのニュースから
≪ 6月、新潟地裁から一時逃走した男。新潟県内で女性を殺害した疑いなどで、
 7月31日、逮捕された。さらに、この男には、ほかの複数の殺人事件にも
関与した疑いが浮上している。6月27日、新潟地方裁判所から逃走を図った
喜納尚吾容疑者(31)の姿をとらえた映像には、全力で逃げる喜納容疑者と、
後を追いかける警察官の姿があった。強姦など3つの事件で、逮捕・起訴。
31日、殺人事件にも関与していたとして逮捕された。喜納容疑者は、自分が
所有する乗用車で、徳永 希さん(当時22)を自宅と友人宅の間で連れ去り、
当日かその翌日、殺害した疑いが持たれている。2014年4月、新潟・新発田市
のやぶの中から、その遺体で発見された事件。徳永さんは2013年11月、
「友達の家に行く」と言って家を出たあと、行方不明となり、2014年4月、
自宅から5km離れたやぶの中から、白骨化した遺体となって発見された。
喜納容疑者は「身に覚えがない」と、容疑を否認。警察は、喜納容疑者が
複数の殺人事件に関与したとみている。市内では、若い女性が次々と不審死を
遂げている。2013年9月には、住宅街で乗用車4台が燃え、車内から20代の女性
の遺体が発見され、さらに、徳永さんの遺体が発見された同じ4月に、
20代の女性が遺体で発見されている。≫
▼ ところで、2009年11月に新潟駅南で乗せた若い男の客にタクシー
 運転手が金を奪われた上に殺害された事件。駅の監視カメラに映っていた
姿が似ているような? 若くて、キャシャだけで、いうのは何だが・・ 
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4520, がんで死なない生き方 ー1
2013年08月01日(木)
         「専門医が教える がんで死なない生き方」中川恵一著
 ーどうせ死ぬなら「がん」がいいー の内容に対し、正当派の医師の見方も
必要と図書館で見つけたのが、この本。誰もがんで早死にはしたくはない。
少し注意した生活を数十年も続ければ大きく変わる。特にタバコと飲酒の習慣。
二人に一人がなる病なら、特に若いうちは定期検査と早期発見で治すしかない。
   ーアマゾンの内容よりー
《「日本人が目をそむけてきた"究極の病"。本書を読めば心構えと希望が持てる」 
2人に1人がかかる時代、予習と対策ができる人生のテキスト。がんはもはや
他人事ではない国民病。東大病院の中川先生が、"がんは遺伝""がん家系"と
いった誤解を解き、予防法から治療、お金の問題まで徹底解説。一方、専門医
自身はどんな生活を送っているのか、予防のために何か特別なことをしているのか、
一般の私たちが気になる疑問に中川先生が答え。同僚の医師にもインタビュー。
コラムでは、原発事故以降の放射線に対処するための知識をQ&A式で掲載 》
 ー概要の部分を抜粋するとー
≪ 肺がんや大腸がんにおいては、野菜や果物の摂取によって発症リスクが
 低くなるという証拠はない。2人に1人がんになり,3人に1人ががんで亡くなって
います。誰だって、がんになりたくないし、がんで死にたくはありません。
がんで死なないため一番‘確実な方法’はがんにらないことです。しかし、
どんな聖人君子でもがんになり得るのです。おおざっぱに言えば、がんの3分ー
がタバコ、3分のーがお酒や食事や運動といった「タバコ以の生活習慣」です。
そして、残りの3分の1は「運」と言ってよいでしょう。どんなに理想的な生活を
送りても、がんを完全に防ぐことはできません。ですから、がんを防ぐ生活習慣
を心がけるとともに、‘運悪く’がんになっても、早期に発見して完治させる
必要があります。この生活習慣《一次予防》十早期発見《二次予防》の2段構えが、
がんで命を落とさないための特効薬なのです。実際、がん全体の「5年生存率」
(医学的には、治療によって、がんが消失して5年経過後に再発がない場合を
「治癒」とみなす)は5割を超えていますので、がん「不死の病」ではないし、
早期がんで発見されれば、ほとんどの臓器のがんで治癒は9割以上になる。
早期に見つけられれば、がんは怖くありません。 早期がんを発見するには、
定期的な検診が不可欠です。早期がんでは目立った症状が出ないからです。
そして、症状が表れると、進行・末期がんの場合が多く手遅れです。 
だったら、どうか?と考えると、どうだろう?あまりかわらなかったのでは? 
悪性なら早期でも助からなかったのでは? しかし生活習慣病なら、注意すると
 しないとでは大きく変わる。しかし50歳を過ぎれば、検査をして見つけても、
逝くのは少し早いか遅いかだろう。今だ男の喫煙率が4割。これほど危険なもの
はない。法的に麻薬並みに禁止すべき数値。これに酒とストレスを加えると、
男の場合、半分以上は複合効果でやられている。
「酒飲んで、タバコを吸って バカ騒ぎ」
・・・・・・
2012-08-01
閑話小題 ーベッドから転げ落ちる 編集
   * これも老いの現象か?
 二日前の夜半に初めてベッドからモンドリ落ちた。床がピータイルで硬い
こともあり、右手と右頭が同時に床に直撃をした。瞬間、腕が折れてしまったと
勘違いするほどで、怖々と触ってみたが折れてなかったが、痛いことこの上ない。
腕が一瞬早かったので頭には瘤は出来てなかった。直ぐに氷で冷やしたが、
何とか最小の事態で済んだ。翌日には何とかスポーツジムの定番コースを
こなしてきたが、腕の痛さは残っていた。ひと月前にも居間で滑って、
やはり右手と右頭を打撲して、その腫れが落ち着いてきた矢先である。
最近、シネマやTV映画の刑事モノの映画を連続してみているが、リアルな
恐ろしい夢をみて、逃げようとしてベッドから滑り落ちたのである。
   * オリンピックが始まったが
 ロンドン・オリンピックが始まった。以前は、それほど関心が無かったが、
今では時間があるため楽しむ余裕がある。見る方も、選手も、以前ほど結果に
対し大げさなリアクションが無くなった。オリンピックもアナザーワンに、
ということか。この大不況下に関心が半減していることは間違いない。
 もう一つは、金メダル獲得という物語に、人々はさほど価値を見出さなく
なっている。 情報社会の効用ということか。「ヒーロー? それがどうした、
それより私の夢の実現の方が、よほど良いに決まっている」と、各々が
ミニ物語の完成を求める「個人主義」が行き渡ってきている。それが良いか
悪いのか? 競技の審判に対する抗議に、ビデオを取り入れる制度が出来た。
これに対して物議があるが、私は素晴らしい決断だと思っている。
世界中の目がテレビを通して審判のミスを繰り返し見せつけられ、後味が悪い
思いがしている現在、思い切った英断である。
 大相撲も、際どい勝負の結果にはビデオ室の結果を確認する。オリンピック
という世界一を決める勝負に、ビデオ確認は当然である。審判の依怙贔屓や、
経験不足による好い加減の判定があまりに多く、それを映像がリアルに世界中に
発信してしまう情報化が根底にある。プロ野球もビデオ判定を取入れ始めてきた。
・・・・・・・
2011-08-01 
閑話小題
  * 3Dシネマの凄み
アバター」でシネマの3D映像の体験をして、その迫力に想像を絶する思い
だったが、ここで、「ハリー・ポッター」と「トランスフォーマー」をみて、
更に進化した映像の異世界に入りこんでしまった。ストーリーより、その異世界
の世界を楽しもうと期待していたが、次から次への息をつかせない立体空間の
ド迫力の世界に、我ながら驚いてしまった。供騙しのようなロボットのような姿
の宇宙からの飛来者が繰り広げる勧善懲悪的闘いが圧巻。 巨大なロボット風の
無機質の風体が、人間の想像を遥かにこえた映像に抵抗感を少なくするように計算。 
要は、デジタルを使い、私たちが経験したことがない世界を3Dで引き込んで
くれるのである。薬や音楽で脳を麻痺をさせ、普段味わえないサイケの世界に
トリップさせるのと似ている。それはそれで、その世界を垣間見るのも悪くはない。 
天才という人種は、トリップしたあちら側の視線で、芸術作品を通して表現した人
をいうのである。それと3Dのシネマと結びつけるのに、少し無理は無くはないが、
実際のところ、当たらずとも遠からじである。せっかく、平均滞在80年の娑婆
への宇宙旅行を与えられた人として、やはり、既成概念内の現象だけを見て、
宇宙の彼方に帰還するには勿体ない。これもデジタル化のなせる技。
実際にTVもデジタル化と大型化で変わってきた。数年前までは、面白そうな
TV番組は週に数本しかなかったが、現在では一日に数本はある。その上に
録画が数百本はブルーレイデスクに入っている。なるほどTVは人をバカにする。
  * ここの円高は厳しい
 あれよあれよと円高が進んでいる。リーマンショック津波の一波だろうが、
東北大震災に、この円高は日本経済にとって大打撃。アメリカが国債の発行限度
の引き上げで議会が対立が起因だが、万一、アメリカが国債のデフォルトを宣言
でもしたら、世界経済は大混乱に陥ること必定。その中で、特に日本は
アメリカの国債を大量に持たされているため国家破綻になる可能性がある。
・・・・・・・
3415, 売国者たちの末路
2010年08月01日(日)
 「売国者たちの末路 」副島 隆彦 , 植草 一秀 (著)
   ーまずは、アマゾン・内容紹介ー
 リーマン・ショックを的中させた副島隆彦植草一秀の対面が実現。
国民を不幸にする国家権力に対し「共闘宣言」を叩きつける。植草は1990年代、
日本を代表するエコノミストとして華々しく活躍していた。
 しかし2001年4月の小泉純一郎政権誕生後、その経済政策(すなわち竹中平蔵
主導の『構造改革』路線)に異を唱えつづけたところ2度にわたって「痴漢事件」
の犯人となり、公的な職を失った。2004年の事件は罰金刑が確定したが、2006年
の事件は最高裁で係争中。現在はブログで政治・経済分析を中心とする言論を発信。 
副島は早くから「植草氏は冤罪。売国者・小泉=竹中政治の謀略に嵌められた」
と指摘。 同時に植草氏の言論活動を高く評価してきた。両氏が相見える本書
では、小泉=竹中政策の糾弾はもとより、民主党・小沢代表への国策捜査
かんぽの宿」問題に象徴される郵政民営化の闇、世界金融危機の行方まで、
新聞やテレビでは触れることのできない
「真実の言論」を展開する。
▼ このところ読み続けている林秀彦氏の著書の叫びと相通じるところが多い。
 官僚、政治家、マスコミがアメリカの隠れたコントロールに入っておりそれに
歯向かう者たちを謀略に嵌めてしまう。アメリカの新自由主義の誤りを今さら
ではないが、それに踊った小泉、竹中は万死に値することは事実。私も数年前に、
やっと気づいたのだから遅い。しかし大手銀行の財務内容が改善されたことも事実。 
冷戦では西側として、アメリカの傘の中で共産主義から国を守らなければならな
かったが、それが終わった現在では、その構造が変わるのが当然のはず。
それを自民と官僚が売国的行為を続けてきた結果と二人は主張。 
植草は【一般国民の大多数は、観念的に「警察、検察、裁判所は中立公正であって、
正義の味方」という考え方しか持ってなかった。しかし一部の人たちから
「いや、そうではない」という考え方が広がってきた。】という。 
高橋洋一の万引き事件は、明らかに検察官僚の捏造事件と疑ってきたが、
植草の痴漢事件も冷静に考えると、やはり冤罪と見ると、辻褄があう。
一度、解体的混乱を通ってしか日本は改革できないのか。
頭と尻尾をみると、つくづく絶望的になる!