「暴走する「世間」―世間のオキテを解析する」佐藤 直樹 (著)
    * ケイタイ、スマホが子供、若者を駄目にするわけ
 以前、繁華街でTVレポーターが若者に何か質問をしたところ、やおらケイタイを取り出し、
友人に連絡をして、その友人の言葉を鸚鵡返しに答えていたのには驚いた。考えようとせず、
反射的に誰かに聞いて、その場を繕っている現代の若者の姿が、そのまま現れ出ていた。
 それが今ではスマホで検索すれば答えが瞬時に出てくる時代、便利さが、考える能力と自立心を
そぎ落としている。 ー以下の指摘が、まさに、言当てている!
≪ アメリカでは、子どもにケータイをもたせることは、子どもの自立を妨げるのではないかという
 議論がある。アメリカの社会学者S.タークルが、つぎのような興味深いことをいっている。
<かつては、たとえばニューヨークの繁華街に初めて自分だけで行くとか、地下鉄に一人で乗るとか、
ボストンの街をどこまでも歩いていいという許しをもらうとか、都会の子どもがそういう経験をするとき、
その子にとっては「自分だけが頼り」だったわけ。自分がただ一人ですべての責任を負うわけですから、
何か危険なことや恐ろしいことが起こっても、自分で身の振り方を決めなければなりません。
 人は、どこかでそういう経験をし、そこで湧き起こる感情と闘う術を学んでいかなければならない。
どんなことが起こったとしても、状況を打開できるかどうかは自分次第だったのです。
しかし携帯電話の登場以来、子どもがこういう経験をして理屈上は一人であっても、親がずっとそばに
いるという不思議な状況が生まれています。また子ども自身も、自分が一人ではないと感じているのです。
また、携帯電話というのは、このような状況を作り出しているわけです。子ども一人では心もとないだろうと
思われる場面で親が見守っているという経験をさせることは可能になりましたが、自立の時を遅らせている
だけだともいえます。(タークル「技術を本来の役割に」より)>
 ケイタイによって、親が子どもとずっと一緒にいるという状況が生じ、子どもひとりやらなければならない
ことが阻害されるというのだ。「ひとりでいてもひとりじゃない」状況は、自立を妨げるということ。 ≫
▼ 重大な岐路に立たされると、直ぐに電話がかけてくる縁者がいる。重大な岐路であるほど、担当と
議論を重ねて自分独りで熟考すべき時に、身近な人に判断をあおごうとする。 関西で、子どもが誘拐され
殺害されたとして、何で北陸の学校が送り迎えを集団でしなくてはならないのか?変なのは分かっていても、
それを声高々に言えない。戦勝国アメリカから与えられた自由民主主義の弊害である。そして、次が
ネットである。これにプチ世間が結びついた弊害が、青少年だけでなく、成年まで変にしている。
 情報化社会になるほど、個人の教養のベースが必要になる。その基盤がないため「IT世間」が、
個人の内面を縛り付ける。恐ろしいかなである。 私も、その犠牲者? でも、面白い時代である。 
・・・・・・
4626、閑話小題 ー今度は絶食系男子!
2013年11月15日(金)
   * 今度は絶食系男子だと!
 草食系男子、肉食系女子が話題になっているが、今度は「絶食系男子」を、NHKの番組で紹介していた。
彼らは女子に興味がなく、将来も結婚するイメージが出てこないという。別にホモ系でもない。女性と付き合った
ことがない若者が45%いて、男の2割と女1割が生涯独身。2030年には男の3人に1人、女4人に1人が生涯独身
になるという。アラフォーや、アラフィーの独身男性が「現在の収入や、独り身の気楽さを考えると、結婚に躊躇」
とインタビューに答えていた。それにしても絶食系男子のネーミングにはビックリ。本来、男は「絶倫系男子」だが!
 ある小話に「月は雲間に隠れたし、貧乏人の俺等には何の楽しみも無いし、(女房)おや、お前さん今夜もかい!」
がある。情報化の時代、面白いことが山のようにある。お金もないし、敢えて束縛されることもないし、面倒! 
というのも分かる。しかし、妻子のない老後の独り暮らしは非常に厳しいという。べき時に、べくことを、
べくすべし、でないと・・ 絶倫系も、絶食系も、割り切ってしまえば、これほど面白いことはない。 
 ある漫画に、夫婦が互いの首輪の紐を持って、ソッポを向いているのがあった。何人かの紐を持って、
困っているのもいる。人生、ままならぬ、ということか。
   * ソリスト
 自転車入門書によると、ソロでツーリングをしている人をソリストという。
ソリストの本来の意味は、「(1)独唱者。独奏者。(2)バレエのソロを踊る踊り手。第一舞踏手」 
 冬期を除いて4年以上、毎朝、1日時間、自宅から15分かけて信濃川の土手周辺をポタリングをしている。
私の一日のスケジュールをみると、殆どがソロ。スポーツセンターでも誰と話すわけでなし、一人で行って、
幾つかのエアロに参加して、帰ってくる。ヨガとか青竹エアロで、誰かと仲間になり楽しそうにしている人と、
私のように誰にも挨拶するでなし、数人に軽く会釈するだけのソロ組に分かれる。ヨガでは、50人中、
男は10人前後。スタジオの右前方に5〜6人が陣取り、左最後方に4〜5名のソロと、夫婦連れが
横一列に並ぶ。あとは中高年の女性たち。SJには同級生やスナックのママなど顔見知りがいるが、挨拶程度で、
会話はない。早朝のポタリングや、ウォーキングも、ソロと二人連れに分かれる。それと犬連れ。で、独身主義が、
人生のソリスト? それが自分から求めたかどうかもある。ポタリングは当然、ソロである。
単独か、群れるかは、人であることを優先するか、人間であることを優先するか、である。
・・・・・・
4261, この非常事態に、万一の備えがあるの ?
2012年11月15日(木)
   * 本当は危ない、夜逃げ予備軍の事業主に!
 第一線から退いたため、より冷静に事態をみることが出来ているが、余裕資金のない大方の中小企業のトップは、
どこかで株式の暴落か、イスラエルによるイランへの攻撃でも始まれば、一発でダウン。 私の事業継続断念時には、
運転資金とは別の僅かだが予備資金の積立てがあり、それが命綱になった。あれから1年8ヶ月、大方の企業は
更に体力を落としている。 リーマンショックの次なる津波は、ただならぬ大きさ。 
私が前倒しの整理が可能だったのは、30〜40年前の事業設計にシェルター機能を組み入れていたため。
それで思い切った事業整理が可能だった。「あと講釈」だが、
  ー中長期のリスク対策ー をまとめてみた。 【来年にでも実情を書こうと思っていたが、前倒しする】
・全ての建物は万一を考え、用途変更可能の設計(壁以外の柱を入れない等、好立地もあり、不動産の6物件は完売。)
・借入金は県の保障協会を含め3分2が政府系金融機関。他は都銀と第四銀行で、ほぼ大部分。ー元金融関係の先生の
 コンサルティングを5年前から3ヶ月に一度の割で受けていた。その御蔭で常に先手の対策を打ち続けることが出来た。
・職場を新潟、住居は長岡と分け、住居地域では学校以外の人間関係は最小にする(名誉職的団体に一切に入らないなど・・)
・20年前に短期借入全てを長期借入金に組みかえ終了・・(悪化の場合、短期の借換え時点で追加担保の要求が出るため)
・10年前からは、万一の場合に備えた予備資金の積立てを続け、運転資金に一部でも転用した段階で事業閉鎖
(隠れ目標値)を予め決めておく。そして到達と同時に廃業を決断。ー見切り時期の設定ー(償却前赤字の転落時点も、
 目安にする)この時期に、個人名義の事業物件を会社に転売して、個人の金融負債をゼロにする。
・ 二人の幹部社員には役員就任時に一度退職金を支払済み(平均・三分の一)。
 そのため結果として、会社の退職金規定の8割近くの支給が可能になる。(国の退職補助金一千万近くを含めて)
・ 事業停止時には、「取引先への20日締めの月末支払いを全て決済」を予め決めていた。一般債権は、ホボゼロ。
・* 個人的には、当初より事業に親戚縁者は一切組み込まず、家族経営を排除。 
 * 創業時に、高値の事業転売を前提(売り時を逃がし、結果的に出来なかったが)。
 * 事業の創業を目指すと決意した時から、連れ添いは、「商売とは何かを体感している事業経営者の子女」を前提。
 *「家訓の、借入金の保証人を妻子など家族を入れない、保証人には絶対にならない」を厳守。 
 * 家内には結婚来、毎月給与を支払い、健康保険と厚生年金をかけ、残りは家内名義の別立て預金。
   一般的には事業停止時に、自宅も銀行に収容され、個人破産?は必定だが・・自宅は家内が買い取ることで確保。
   【 長期の装置事業に長期のリスクヘッジをしていた】だけだが。 しかし結果は、ご覧のとおり。
▼ ーあとバイアス(偏見。あと講釈)の要素はあるが、大筋は以上の通りー   
 長期の装置産業には時代断絶の大きなリスクが伴うが、それに中長期のリスクヘッジをかけておくのは、経営の正道。
経済震災は既に起こってしまったのである。 現在、中小・零細企業の三割は‘今日明日の資金繰り’に追われ極限状態。
あとの三割以上も、その一歩手前といわれる。そこで、まずは、「弁護士費用は別口に用意して、家族の保証は避けるべき。」 
現在は想像を絶する国家的非常事態。正常時とは全く違った舵取りが必要・・  金融機関に小手先の手法など土台、無理。
まして計画倒産など、この時節に出来ようはずがない。それほど金融機関も一般債権者も甘くはない。そのためには、
「事業は舟板一枚下は地獄」を前提に《戦略的防御の構築》を中長期的に作っておくしかない。私の見立てでは7〜8割が、
「本当は危ない、夜逃げ予備軍」。しかし、それに気付いてないため、ことは深刻。私の場合、決断をする3ヶ月前まで、
まだまだ大丈夫と思っていたが、気付いたときには雪崩が間近。 直感的に即断したため、命拾いはしたが・・
  ・・・・・
2011年11月15日(火)
閑話小題
   * 江戸時代の幸福とは
 江戸時代の幸せを並べた俗うたがある。
< 世の中は、年中三月、常(じょう)月夜、嬶(かかあ)十七、俺三十、負わず借らずに子三人 >
 17歳の嬶に、子が三人もいるわけでない、月日も止まるわけでもない。借金も、何時の世にもついてまわる。
 最後は、子供の顔でも見て幸せを感じるしかない、ということになる。 これを現在に置き換えると?
< 世の中は、年中連休、常外食、嬶働き、俺は主夫、負わず借らずに子一人 >というところ?
 ざれ歌を、まっとうに考えることもないが、いかに幸福感が妄想で不平の上に成り立っているかである。
  * 人生に意味(価値)があるのだろうか
 40年近い事業人生を終え、毎日が日曜日の日々で、「自分の人生は何だったのか?意味=価値があったのか?」
等を、考えざるをえない?日々。 人生の価値とは何か?は、人生の根本問題。その時点時点で、価値を見出し、
それに従って生きているのが人間だが、実際には考えているフリをしているだけで、漫然と生きているだけ。
ニーチェが、そのいい加減な万人の生き方を取り上げ、人生に意味などない、世の中に価値など無いと知るべきと、
指摘している。 キリスト教の教えを、弱者の救済の思想とし、その教えの価値も全く無いと切り捨てている。 
価値無きものを求めるから、人間は間違えるものと。そうこう考えると、せっかく哲学書を読み続けていながら、
今さら、自分の人生に価値=意味があったのだろうか?などという思いは妄想そのもの? あるのは充実して
いたかどうかの一点である。 その辺のオバサンかオバアサンが、したり顔で人の悪口、陰口を言っている醜さは、
結局は自分のことを言っているに過ぎないことを自覚してないためでる。 まして大の男が腐った女?のような
価値論を述べているなど・・・ エッ 私のこと? いえ、貴方のこと! 全ての人である。
 ・・・・・・・
3521, 我が家に新しいTVが  −4
2010年11月15日(月)
 「新しいTVが入って2〜3ヶ月経ったら、居間の世界が変わるぞ」と、家内に言ってから三ヶ月近くが経つ。
 そして、予測とおりテレビの見方が全く変わってしまった。 これまでのテレビとは別物のマシーン。ニュースか
 スポーツの生番組以外は録画に軸が変わってしまった。そのためか居間での時間が二倍以上面白く、充実をした。
* 画面と音響が格段に良くなった他に、地デジを全てを自動的に25時間録画するか、19時~23時の
 四時間×6日間(変更可)を自動録画する機能がよい。これが一番の売りだったが、実際に利用する前は何で
 地デジの全番組を録画するのか?不思議だったが、実際に使ってみると、これがよい。ゴールデンタイムには
 必ずといってよいほど面白い番組がある。 しかし当日の地デジは殆ど見ることはない。 見るのはBSか録画。 
 録画のものは面白くなければ、その場で消す。平日の18時半〜21時には、せいぜい二番組しか見る時間がない。
 当日のベストは後にして、これまで録画をしたものでベストのものか、ゴールデンタイムの過去6日分の中から、
 面白そうなものを選び、面白くなければ、他を見る。 改めて過去のゴールデンタイムの番組を見て面白いものが
 冷静に選ぶことができる。そのため面白い番組の選択枠が5倍以上になった。トピックスなどはそれを早送りで見る。
*マシーンが変われば品変わるで、歌謡ショー、映画、次にボクシングなどの格闘技、プロ野球が格段に臨場感が出た
 ため、内容が数段良くなって見える。 家内は三日に一度は「凄い!」という。 要は一画面の情報量が格段に
 増えた分、臨場感がアップしたのである。 それが感受性を更に高めている。
*先日、松田聖子のスタジオの(観客無しの)ワンマンショーの録画を観たが、二時間テレビに釘付けになった。
 ハイビジョンを意識して構成されていて、音響とステージの色彩が幻想的。 それほど好きでもない歌手のショー
 に引きこまれてってしまった。 次々と光と色彩が音楽に合わせて変化をし、全く飽きさせないショー。
 これほど幻想的画面を見るのは実のところ初めてといえるほど。映画館で最近観たマイケル・ジャクソン
 (ケニー・オルテガ監督) 最後のコンサート「THIS IS IT」のリハーサル映像があるが・・・。 
 また「生」で世界のショーを幾つか観てきたが、いずれもステージは臨場感。それが音響を含め数倍になった
 ということ。所詮は、人生を振り返れば夢のまた夢。虚構は虚構で!
  (この下の方に、8年前にパイオニアPDPのTVを入れた時の感想が書いてある。隔世の感がある)
  ・・・・・・・・
3146, 変である、日経の論調
 2009年11月15日(日)
一昨日の日経新聞のー経済教室ーで 「中小企業金融円滑化法案」を全面的に批判をしていた。
 慶応大の桜川昌哉教授と、カルフォルニア大の星岳雄教授である。
日経に請われて書いた提灯論理としか思えない内容で、日経新聞の上から目線を自己証明している。
ポイントとして :貸し渋り対策で、過度の政府介入するな  :問題は貸し渋りではなく収益の低迷 
        :政府支援の照準は・新規参入・産業再生に すべきという。
5〜6年前に、金融監督庁が執拗に銀行に入り込んで、弱体化している会社を潰すように指導し、強引に整理を
させた時に日経新聞は当然のことと冷笑していた。 何を、この新聞社を載せるのだろうか。そのころ日経新聞
自体のスキャンダルで、内部が滅茶苦茶だったが・・ これで新規融資が一段と萎縮するというが、上から目線の
論法でしかない。 地方の現場から逆照射をしてみると、「上からお金を流すのは構わないが、下の目線で
資金コントロールするのは相成らぬ」と解釈できる。「銀行サイドの床柱の姿勢を改めるか、改善しろ」という、
どこが悪いと言うのだろう?二番目のポイントしてあげた「問題は、貸し渋りではなく収益性の低迷」というが、
リーマンショックで、大打撃を直撃して低収益になっている弱者を、この法案で救済する、どこが悪いというのか。
日本中の中小企業の経営者の99パーセントは、私の意見と思うが。この学者「本筋は企業収益向上」と言うから
驚き。 地方の企業は、そうじて売り上げが大よそ半減している現状が分かって、こういう空理屈を言っている・・・ 
去年のリーマンショックからの金融危機は大災害、いや震災であって、企業収益の向上などと言っているケースで
はない。大手銀行にあれだけの資金を投入したのは赦されているのに、この法案が日本の金融システム全体に対する
不信感を生み出しかねないと、一方的に言うのはオカシイ思わないのだろうか。 日経新聞の質の低下も甚だしい。
床柱、上から目線が、自分ではわからないのだろう。 もう一度いう、「これは、大震災、それも100年に
一度の大震災」。都会の真ん中で理屈を捏ねている茹で蛙には実感できないのである。それと日経新聞もである。
 ・・・・・・・・・
2781, 世界同時不況  ー日本は甦えるか −2
2008年11月15日(土)
 文藝春秋の12月号の特集「世界同時不況 日本は甦えるか」−2
  ーまずは前回の対談の、続きの要所を抜粋する。
・なぜパーナンキFRB議長やポールソン財務長官がリーマンを破綻させたのか。思いつく最も説得力のある答は、
 金融機関の不良債権を買い取らせるとうポールソン・プランを認めさせようとするショック療法だった。(竹森)
・三菱UFJ銀行から1兆円の融資を受けたモルガンスタンレーが、冬のボーナスに六千億を用意しているという。
・そう簡単に次の機軸通貨は現われない。現に円を除けば、他のどの通貨に対してもドルの価格は上がっている。
 但し、円だけはありあえない。
アメリカの国債を買うしかないのは日本だけしかない。オイルマネーは非常にケチ。中国には、その力はない。
・現在、アメリカは基本的に弱くなっている。しかし、日本はきわめて世界から見たら特殊な国である。
 端的にいえば、日本は千五百年間、一度も外国に侵略されてない。こんな国は他にはない。
 その意味で、これからは第二の維新・開国の時代を迎えている。
グローバル化によって、新興国は1960年代の日本の3,4倍の速度で近代化している。これからは、新興国の人から
 預金を集めて、中小企業にきちんと貸すリテール中心の銀行であり、彼らに買ってもらう安価なカラーテレビや
 自動車である。
新興国が消費の中心となると、従来の多機能、高品質、高付加価値の商品戦略は成立しない。
 日本が過って1950年〜60年代に手がけた安価な商品をつくって競争するしかない。
 生産技術の水準を落とすのではなく、多機能を止めて、価格帯を下げればよい。
・国内では、これまで手がけてこなかったセクターに支援を行うべき、例えば地方であり、中小企業であり、
 農業を初めとする第一次産業である。 農業といっても、農業土木ではなく、農業自給率を60%にするような
 本当の農業再生である。
 −−−
  以上から考えられることは、一度徹底的に、近代資本主義を破壊して、ゼロからやり直すチャンスと説いている。
  (字数の関係でカット 11年11月16日)
 ・・・・・・・・・
2007年11月15日(木)
 2416, よく生きる −1       ゜+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゜・:*☆
池田晶子陸田真志との対話集の中で、ソクラテスの{ただ「生きる」のではなく、「善く生きる」べきである。}
という問いが語られていた。 何か解りやすい本がないかと図書館で調べたら、やはりあった。 
哲学者の 岩田靖夫著「よく生きる」−ちくま新書 である。 目を通すと、「はじめに」の要約が解りやすい。
これで充分といえるほど簡潔で、知りたい全てがそこにあった。
 それを要約をすると、
1、幸福とは、自己実現することである。
2、その自己実現は目的ではなく、条件であるが、その意味ではない。
  目的は自己実現したレベルでの他者との邂逅である。
3、その中でも、挫折、病気、死などが待ち受けている。それを解決できるのは宗教しかない。
  それぞれの神という根源の元に帰るという確信こそ、人の求める究極である。
4、我われは、そういう人々の社会の中で生きている。そこでは自由と平等が求められる。
  その仮想がユートピアだが、理想として追求するのが求めるべき人間の姿勢である。
 さらに表紙裏の説明文が更に簡潔であった。
   ーまずは表紙裏ー
   (以下、字数制限のためカット2010年11月15日)
・・・・・・・・・
2006年11月15日(水)
 2052, 新潟は今・・
       (+>∀<+)ノ おぁはは〜ようさん!
このHPを見ていれば解るように地方経済は重苦しい状態がつづいている。
首都圏のような明るさの気配は全くない。駅前ホテルと飲食店、そしてタクシーは特に地方の景気に敏感である。
目立たないが、飲食店の廃業の話が連日のように入ってくる。一ヶ月ほど前には新潟駅から直通のワシントンホテル
(300室)の撤退のニュースである。シーズンが変わる度に、夜の繁華街の人通りが少なくなっている。
もう誰も不景気とボヤク人もいなくなった。その中で一部だけ良い店があるからだ。今風にして、ほんま物を
廉価にし、互いの姿を見えないようにした隠れ居酒屋は、それなりに入っているからだ。 それが出来ないところは
自然消滅しかない。ところで、新潟市内のタクシー業界では来春から一斉に完全歩合給に入るという。
もし事実なら、タクシーの運転手も暇で仕方がないとぼやいてはいられない。長岡でも新潟でも給料の話すると
「固定給12〜3万+歩合給=15~6万円で、手取り13〜4万。それに、家内のパートで8万円、合計20万で
親子3人で暮らしてますよ。今さら働くところも無いし、辞めても直ぐに誰かが入ってくるし・・」
という返事が返ってくる。それが来春から完全歩合給になるというから、運転手も目の色が変わりざるをえない。
「個人タクシーが成り立っているのだから、完全歩合給も成り立つはず」という理屈も成り立つが・・・
15年ほど前に、札幌でタクシーに0時ごろに乗ったとき、運転手に「深夜の勤務は幾らほど出るのか?」
と聞いたところ、その返事に一瞬にして酔いが醒めてしまったことがあった。「札幌はね~、最悪の景気なの。
私も問屋を倒産させてしまってね〜    (以下、字数制限のためカット2013年11月15日)