昨日の午後のタカジンのバラエティで、ホリエモンが特別出演した、「タカジンのガン入院とホリエモンの刑務所暮らしの、
どちらがきついか」の質問に対して笑い飛ばす内容。1年2ケ月の闘病と、1年9ヶ月の獄房生活の厳しさ、さてどちらか?
前者は多くの人が通る道だが、生命危機の瀬戸際。後者は、期限付きだが、普通の人にとって特殊な経験で、興味という面で、
ホリエモンの体験談の方が圧倒的に面白い。まあ、関西系のTV番組としても、各質問が下ネタなどエゲツナイ。
 −要点をまとめると
・体重がホリエモンが30キロ減に対し、タカジンは10キロあまり。 それは入院と獄内の規則正しい食事と運動量の差。
・現在、ブログの会員がいて、会費840円で、会員6千人。 これだけで既に月五百万が入ってくる。
・2年半の実刑に対して1年9ヶ月で出所したが、入獄後半年の頃、この生活が、あと二年も続くと思った時と、夜半に
 死を考えた時が辛かったという。
・地獄の沙汰も金次第。獄内の楽しみは読書、それが買えるかどうかが、大きい。
・楽しみは大相撲のTV観戦と、慰問のショー、それと知人などの面会。何がしたいかというと、気心のしれた人との雑談。
 何か分かるような気がする。
・「お金は道具」と過って言っていたが、その考えは変わりませんか?の質門には、「基本は変わらない」。
・「これから先のことを考えず、過去の良かったことを思い出し日々を過ごす方が良いと聞いていたので、そのようにしていた」とも。
・「極限の中で、何か自分に気づいたことは?」の質問に、「忍耐強い自分に驚いた」と。
・獄内で、幾つかの事業プランをたててある。やはり、その衝動は大きい。
 ▼ 私も倒産という特異体験をして、2年3ヵ月経った。二人ほどではないが、やはり白眼の中、甘くない日々。
  失意平然としているつもりだが、頼れるのは、自分の気持ちだけ。まずは「ウツ」対策。早朝のミニサイクリングと
  スポーツジムで三時間の運動と、この随想日記と、幾つかの習慣を淡々とコナスことで、むしろ健康的であるが、
  やはり特異体験である。それにしても、堂々と、自分を曝け出せるホリエモンには驚かされる。
  ホリエモンのブログ、一ヶ月無料というから、会員に入ってみようか・・・
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4093、私は完全な本 "日本の自殺"ー1を作った
2012年6月9日(土)
 先日、何気なく文芸春秋3月号を借りてきた。この号は二月に図書館内で田中慎弥芥川賞受賞作品を読んだ。しかし、、
トップに取り上げていた論文を見逃してしまった。 最初は最近書かれた内容と思っていた。 その内容が的を得ているので
冒頭に戻って見直すと、何と37年前に文芸春秋で掲載された論文と知り衝撃を受けてしまった。 今年一月の朝日新聞の一面で、
これを取り上げた主筆が瞠目したという内容。 著者は「共同執筆・グループ1984年」とある。 
そこに添えられていた要約=「1975年、小誌にある論文が掲載された、それは高度経済成長を遂げ、繁栄を謳歌する日本に迫る
内部崩壊の危機に警鐘をならすものだった。それから37年、朝日新聞若宮啓文主筆が1月10日付朝刊の一面で、この論文に注目し、
「『日本の自殺』がかってなく現実味を帯びて感じられる」と、今なお「予言」の響きを失わない論文を再考していた。
 ーまずは、小見出しを拾ってみる
1 日本没落の予感      
2 ローマ帝国滅亡との類似点  
3 日本が直面する困難    
4 危機は日本人の内部にある 
5 豊かさの代償       
6 現代文明がもたらす幼稚化  
7 デマによる集団ヒステリー 
8 情報の洪水が人間を劣化させる
9 自殺のイデオロギー    
10 戦後民主主義の弊害
11 没落を阻止するために、
 この見出しだけでも、現在の日本の現状分析の項目そのもの。 敗戦後、日本は物質的に歴史的な復興をしてきたが、
 精神的には、ほとんど敗者のまま。現在の日本はギリシャ並み?か、それ以下に荒廃した魂で、茫然自失の状態である。
 次回から、見出しごとに、要点を書き出してみる。 「日本の自殺」を、「我々(私)の自滅」と置き換えて読むと、
 身に覚えのあることばかり。我々は、私は緑の原野で何をしてきたのだろうか。欧米が主導してきた文明とは何だったのか。
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3727, 全米N0・1弁護士の勝ち抜きセオリー  〜?
2011年06月09日(木)
             『議論に絶対に負けない法』ー ゲーリー・スペンス著
 ただ好きなことをすればよいのではなく、シナリオにそった周到な準備があることは、言うまでもない。
以下の部分は、この本の中の一番の要の部分である。 よく調べ、勉強し、実践し、準備をした上で何事にものぞめ、
準備を遊びになるまで熱中しろ、ということ。そこまで集中した相手に勝つには、並大抵でない。
【  * 私が百戦百勝している最大の秘訣
  準備! そこから魔法がはじまる!だが、私がそう言うと、若い弁護士は当てが外れたような顔をする。彼らは労働と呼ばれる
 退屈なものを迂回できるような、楽な方法を知りたがるが、本当の準備は労働ではないと彼らに説明できればいいのだが・・・。 
 準備とは、創造する喜びだ。準備とは人生を苦労して前進すること、悩みながら生きていくこと、波に揉まれながら生きていくこと、
 人生を喜んで引き受けること、人生を自分自身に塗りつけること、人生を生きることである。
  モーツアルトに労働したことがあるかと尋ねてみたとしたら、おそらくノーと答えたのではないだろうか。だが彼の人生、
 彼の呼吸が、彼の音楽だった。 不朽の音譜という形でなされた彼の議論は、人生のすべてを費やした周到な準備の成果だった。
 並はずれたIQを持っているが準備をするほど賢明ではない人よりも、力強い議論の準備を整えているふつうの人になりたい。
 準備とは、あくまでも「心の底」の栄養だ。 結局、天才とは脳細胞の幸運な並び方を言うのではない。天才とは、エネルギー、
 単に何かに向けられたエネルギーにすぎない。 天才とは準備なのだ。 議論の準備をしている時、私は労働をしていない。
 この本を書く時も労働をしていない。遊んでいるのだ。準備をしている時の私は子供。子供だから遊びに飽きることはない。
 子供だから自分本位で、熱中していて、ひたすら遊びを楽しもうとしている。子供だから、遊ぶという仕事に忙しい蜂や蝶や鳥と
 同じように、夢中になり、大いに喜び、好奇心にあふれ、胸を躍らせる。 ネズパース族のスモーホール酋長が言ったように、
 「子供は決して労働をしてはならない。労働するものは夢を見ることできない。そして知恵は夢のなかで得られるものなのだ」 
 あなたは共同経営者に会社の方針を変えることを納得させ、そして勝ちたいのだろうか。 配偶者に話をして転職に同意させ、
 そして勝ちたいのだろうか。暗審員に自分の主張は正いことを納得させたいのだろうか。 それなら、よく調ぺ、勉強し、実践し、
 準備しなさい。遊びなさい。議論の準備をしなさい。自分の考えをくわしく書きなさい。 新しいアイディアが魔法の穴から
 飛び出してくるのを注意して見ていなさい。議論に関して知っておかなけばならないことが何かだけではなく、人類の歴史上、
 最も興味深い人物 ーつまり、あなについて知らなければならないことは何かを発見した時の気分を味わいなさい。 
 私はいまだに他の弁護士から「スペンスさん、あなたは法廷でどんな魔法を使うんですかと聞かれる。以前、私は暗審員に催眠術をかけた
 ということで被告側のリーダー的な人から訴えられた。私は裁判所からこの計略に加わるよう命令されたに違いない、と彼は陪審員に論じた。】
  ▼ まず第一歩は、何ごとも準備から始る。サエゼリアには、あれだけの客席があるのに、ホールには一人、厨房にも一人か二人。
   あれは、セントラルキッチンで、ほぼ店の厨房で加工しなくてもよいまで、準備がされているためだ。スーパーより、ある意味で
   合理的なのかもしれない。飲食店は、開店前に大方の仕込をして、更に開店した後の暇の時間に、ピーク時の為の準備をしている。
   居酒屋チェーン店の強いところは、チェーン全体の力で、その仕掛け作りがしてあるから強いのである。 人間も同じ。
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3362, すでに世界は恐慌に突入した ー3
2010年06月09日(水)
  * アメリカの公共事業は、戦争!
 ここで著者は、「アメリカの公共事業は戦争だ」という。 これまではイラクとアフガンで、これからはイランか北朝鮮か、
それとも中国あたり? 兵器の在庫処分が必要になるからである。軍事産業という公共事業は、常に戦争をしておかないと
世界各国の需要が喚起出来ない。 第二次世界大戦時の日本の真珠湾攻撃は、あきらかにアメリカによって追い込まれたもの。
彼等にとって、願ったり叶ったりである。そこで日本人の一般人までが数百万人も虐殺された。度重なる東京大空襲、広島・長崎の
原子爆弾による殺りく。その大部分が一般人を狙った非道の攻撃である。そして朝鮮戦争ベトナム戦争、冷戦による軍事力の強化等の需要。 
その間に、アフガン、イラク戦争とつづき、今度ねらうは、北朝鮮かイラン。民族紛争のタネなら世界中に満ちている。まずは北朝鮮
仕掛けてくる可能性が充分にある。これまでは世界はアメリカよりの情報にコントロールされていたが、情報化で色いろな情報が入手可能に
なってしまった。 アメリカはニクソンがドルの金への交換を止めたと宣言した辺りから、金融を戦争の武器にすることに気づいた。
 (字数制限のためカット 2012年6月9日)
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2987,縁は異なもの ー4
 2009年06月09日(火)
 河合隼雄が取り上げている次の青山二郎の言葉が熾烈である。「魂というものが本当にあるものなら、陶器に外形の形の上に
現われずにはおかない」とは、これは美術全般に言えることである。いや、商売にしても、演劇にしても何事にもいえること。
さらに、「精神は認めたが、精神的なものは認めない」とは、グサリと来る言葉である。
  ーその河合の語っている部分をコピーしてみるー
【憶憬や心酔、それは一面的な「主観」の世界なのである。そんなのは、没個性的客観と同様に「何物も生みはしないのである」。
主観と客観、現実と虚妄などと、一般に区別されるものの皮膜の間に、確かな「存在」がある。それを私は「たましい」
と呼んでいる。私は「美」とは無縁と言っていいほどの生き方をしてきたが、心理療法という仕事をしていると、たましいの
真実に触れる体験をする。あるいは、そうせざるを得ないことになる。そのようなところから、白洲さんの作品のなかの「美」への
理解が、少しずつひろがってきたと思っている。 たましいと言えば、白洲さんの『いまなぜ青山ニ郎なのか』には次のような
印象的な言葉がある。青山二郎は陶器の鑑定においては天才的と言っていい人であった。その青山ニ郎について白洲さんは
「青山さんが偉いのは、『写真で見れば解る』鑑賞陶器から、『写真で見ても解らない』陶器の真髄、いわば形の中にある
魂を求めたことにある」と言う。そして、「人間でも、陶器でも、たしかに魂は見えないところにかくれているが、
もし本当に存在するものならば、それは外側の形の上に現われずにはおかない。それが青山ニ郎の信仰であった。」 
これに続いて、青山二郎は「精神は尊重したが、『精神的』なものは認めなかった。 意味も、精神も、すべて形に現われる。
現われなければそんなものは空な言葉に過ぎないと信じていたからだ。」という烈しい言葉が語られる。
『精神的』なもの言いが「精神」そのものを覆い隠してしまうのである。 我われ心理学者はなどといわれる人間は、
心理的」や「心」そのものを見えなくしているのではないか、と反省させられる。】
 〜〜以上だが、
 世界の主だった美術館で有名な作品の前で思わず竦むことがある。作家の魂が直に伝わってくるからである。
直近では、ロンドンの美術館でゴッホの「ひまわり」の前で、独りで5分位、立ちすくんでしまった。
絵を通して、ゴッホの燃え上がるようなエネルギー(魂)が直接伝わってくるのである。
だから世界の名だたる美術館に人は押し寄せるのである。 「お宝鑑定団」で、陶器の鑑定で映像を通しても
本物と偽者は一目で大体わかる。(そっくり真似た‘写し’は無理だが)これは子供の頃より父と古物商で
数限りの陶器を見てきたからである。 色・形に品格が出ていて、見た瞬間に分かるのである。
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2623, 『12の口癖』 成功者たちの幸運を呼び込む言葉。 ?2
 2008年06月09日(月)      ー読書日記
 それでは ?「失敗者たちの不幸を呼び込む言葉ー『12の口癖』」?を書いてみよう
   ー私をマイナスにする『12の口癖』ー