* 床の間は、本来、仏の座る場所だった
 日本家屋の様式を取り入れている家には大抵、床の間が存在する。そこには掛け軸、生け花、木彫りの熊などが飾ってあるものだ。
床の間は室町時代の書院造りに由来する。書院造りとは禅の思想にもとついて設計された建築様式であり、書院とは幽玄を悟るための
部屋とされる。床の間は書院の中にあって仏を祀る場所、つまり仏が座る場所であった。そのため床の間は部屋の中でもっとも上等な
場所とされる。人間が座る場所よりも一段高く設置されたり、板張りの床が普通であった時代でも床の間だけは畳を敷いたりした。
宴会の席などでいう上座は床の間の前に設けられるが、これは仏に近い場所が上座にあたるという昔の慣習の名残である。
もともとは仏を祀る場所であった床の間だが、時代とともに形式が省略されていく。仏像は仏画となり、またすぐれた僧侶の筆跡や
経の一部となった。そしてしだいに美術品が飾られる場所となったのである。このように床の間は聖なる場所であるから、けっして
テレビを置いたり、物置にしてはならないのである。仏壇の横には床の間があるのは、そこに仏様が座る場所のためと、今になって
気づいた次第。
   * どこまでが宇宙か
 どこからが宇宙か、その前に何時から宇宙が始まったか?という問題が、これまで世界中の昔より科学者を悩ませてきた。
天体観測の進歩で、星が遠くに離れていくのが解り、それでは、逆に時間を遡って、その始まりを計算した結果、137億年前に
ラグビーボウル大の素粒子が爆発したビッグバン説が、現在知られているところ。しかし、観測結果から、宇宙全体のエネルギーの
内訳は星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは、宇宙全体の4・4%しかないことがわかった。それでは何か?
実は23%の暗黒物質と、約73%の暗黒物質を占めていたことである。膨張している先の宇宙の物質が希薄化している筈だが、
それが同じということは、他の宇宙から、そのエネルギーが、流れ込んでいるのではという仮説が出てきた。この宇宙の他に、
10の50乗分の宇宙があるかもしれないという。 ところで、一般でいう宇宙は、どこから設定するというのか。
1967年の『宇宙条約』でも明確にされてない。地球の空気が無くなる辺りとか、宇宙船が燃え尽きない、90〜110キロ辺りとか、
議論がされている。アメリカは、その辺に対して消極的になる。上空の領有権の問題が絡んで宇宙船を自由に飛ばせないからだ。

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3974, 超円高というが
2012年02月11日(土)
 現在の円高を考える相対的基準に、「ビッグマック価格」がある。アメリカで4ドル、日本が320円で、
一ドル80円で日米が同じ値段になる。現在のドルは77円だから、ほぼ同じ値段になる。ちなみに中国は半額、スイスは二倍。
2000年には円が107〜108円だった。11年間でデフレの日本は物価値上がりはゼロだったのに対し、アメリカの
消費者物価指数が30パーセント上がっているので、円高で相殺され調整されたことになる。日本はバブル崩壊から現在に至るまで、
物価の上昇率がほぼゼロなので、日本の円高は当然のこと。 20年前の円は125円で4割ほど上がっている。
 円高は、さらにデフレ要因になる。海外から3〜4割も安い商品が輸入されれば、その分、国内の企業は値下げ圧力が加わり
弱体化していく。特に体力のない地方の中小企業は、この20年間で消耗、弱体してしまった。 その結果として国の信任を失い、
株式や、近い将来の国債の暴落要因になってくる。 日本の国債発行が何と一千兆円になろうとしており、国内の1400兆に
のぼる預金のうち、300兆円の個人債務を除く1100兆の額に近づいており、あと数年で、毎年40兆円の国債の発行も限界。
その時が国債の暴落である。 国債の暴落は、即金利の上昇になり、4%も上がれば40兆円という実質国家予算と同額になる。
 そうこう考えると、ドルの信用の失墜で円高は、この数年は続いた後に、円安という地獄が待っている。 
それはハイパーインフレという形で、国民の預金の価値を下げ、中産階級の大部分が貧困層になることを意味する。
更に当分の間、大地震リスクが伴うので、国内企業も外資も、海外への逃避が本格化する。 恐ろしい限りだが、ここに至っても、
アメリカに充てがわれた憲法を大事に温存し、自死に向かう道を修正できない。いずれにしても、10年は茨の道になる。
 超円高と思い込んでいるが、実は円高でない。円高は50円あたりで、一度、いってから、150円か200円まで円安になる。
そのプロセスで、日本は貧乏国になる。アメリカは、紙切れの価値が下がっただけで、傷つくのは威信である。
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3609,  閑話小題  
2011年02月11日(金)
  * 多数人数の末っ子は・・
 新幹線の帰路の車内で、少し離れた席からビールを飲んで話しているグループの一人の言葉にハッとした。
「自分は大人数の兄弟の末っ子のため何時も許されてきた。だから、この歳になっても、失敗しても、
争いごとが起きても、許されるのが前提と何処かで思っている。自分には末っ子の甘さが付きまとっている」という。
これは何か自分が常日頃思い続けてきたことを、誰かが代弁しているようだった。三つ子の魂は現在でも付きまとっている。
だから女性は親分肌の長女で、包み込んでくれるような人に惹かれる。ちなみに家内は長女で生意気だが、最後は赦してくれる?
常日頃、赦していただいて有難うございます。エッ、赦してない!我慢しているだけですか。よく見ると、長女と多人数の下の方の
次男、三男の組み合わせが多いのは自然のなせる業。逆に長男は次女、三女がよい?その辺を間違うと離婚が待っている。
  * 日本の政府は巨大か、それとも普通か?
 以前より日本の政府は巨大か、それとも普通か?の議論がある。ここで民主党が政権をとったはいいが、
何の間違いで極左が政権の真ん中にきてしまった。学生のころの都知事だった美濃部の国政版が現在進行中。
3月か6月に自滅するしかないが、これを立て直すに時間がかかるだろう。そこで、果たして日本は世界の中で、
政府として普通サイズか、巨大なのだろうか? 二重構造で、実は世界で一番の水脹れの国家になっている。
そのため国家財政破綻直前のところに社会主義者が政権の中枢になってしまったから、何をかいわんである。
一般会計では決して大きくないが、特別会計という母屋の隣の離れが、母屋の5倍以上はゆうにある。
官僚と保守政権が数十年かけて国民の目に母屋しか見えないようにして、離れで使い放題。 早くいうと構造詐欺。
この財政破綻状態に陥っても何も変られない事態。 ここを捻って浮かした分を福祉にまわすと極左政権が公約をしたが、
離れの住人と官僚は、それを軽く明け渡すほど柔ではない。 その結果、財政赤字が更に悪化、最後のダメ押しをしてくれた。
その結果、それが大きな圧力として我われに襲い掛かってくる。IMFの元で再生を図らないと駄目になるのだろうか?
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3244, 真の価値に添う生き方
 2010年02月11日(木)
 私たちは、中年以降のある時期を過ぎると「真の価値に添った生き方に転換する時期」がくる。
死に直面したり、身近の人の死で深い悲しみを経験したりして、永遠の中の自分の一生の短さを目の当たりにし、世間的な成功、
名声、欲望、快楽、豊かさなどの有限性など取るに足らないと思い、内向的になり、芸術、大自然の無限性、人間の心温まる邂逅、
真理への傾倒、思いやりなど、全く違う価値観に転換する機会を得る。 それまで、宗教や、倫理系の団体などが述べてきたことに
気づくといってもよい。仏教の経典にしろ、バイブルも、世間から離れた永遠の道理を説いている。 世間の認める属性に
ガンジガラメの人にとって、その転換は仙人の様に見えるのだろうが、属性は永遠の中では虚飾であり、何の価値も無いことなど、
義理で参列した葬式でさえも気づくことである。人間の命そのものより大事なものがあるとすると、相手に無条件で与える愛であり、
犠牲になる勇気であり、誠実性そのもの。 それに気づくかどうかが、中年期に、大きな危機を経験し、永遠の存在、
宇宙から一歩踏み出し、その外から自分の意識を冷徹にみるイメージを瞬間でも経験できたかどうかである。
私も人生の危機を何度か経験してきたが、その時に、以上のような、何が大事で何が重要でないかを、見極めて、
敢えて世間的な価値を求める視点を持ったこともあると、いえば嘘になるが、そこまで考えつくして魂を入れないと事業など
立ち上げることなど出来ないことも事実。 だから、ある時期から秘境・異郷ツアーに嵌ってしまったのは、そこでの見聞は、
普通の時間の中から一歩外に出て、世界の大自然と、遺跡、芸術、風俗に接することで、日常の価値観が砂粒でしかないことに
気づくことである。 些細な世間は必滅であり、大自然や、芸術、愛、誠実性は、不滅であるということが、短時間としても、
錯覚?としても見て取れるからである。 だから、中年以降は、読書といえば、自然と哲学書に惹かれていくのである。 
また、好きな音楽に没頭する時間とか、映画鑑賞も、永遠を直感する契機になるのである。
日常という世間の中で我われは生活をするために、必死に同じ行為をアクセク繰り返す。 それは、何故だろうか。
その繰り返すことが、目的になってしまっているからである。 そして、その日常に質が小さな世界の中で少し良いことに満足し、
少し下の人を卑下し、上の人に嫉妬をしているに過ぎないのである。 その中でも、永遠に接することの出来る時間は幾らでもある。
一歩外に出て、近くの森に早朝行ってみるとか、自転車で川のほとりで日の出を見るとか、週末に畑いじりをしたり、
数えればきりがない。 してないのは、日常にドップリと浸かりすぎということに気づいてないからである。
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2869, 閑話小題
2009年02月11日(水)
 * 内閣不支持が14パーセント
朝日新聞の全国世論調査で、内閣の不支持が14パーセントという。居座れば居座るほど支持が下がる理由を本人は分からないのだろう。
比例投票先は自民が42パーセント、自民が22パーセントの結果は当然のこと。解散をすれば惨敗だが解散を引き伸ばすと不支持が
拡大していくから、小泉でも担ぎ出して、半分近くが党を割って出て、その後連携する位しか手が無いが、それさえ出来ないのが現状。
地に落ちた自民党が利権を守るためには、その位のことをするだろうか? そんな玉など、居るわけな?
 * インフレエンザ予防で「家族の帰国指示」
見捨てて置けない記事があった。
昨日の朝刊に「パナソニックが鳥インフレエンザの世界的流行の危険が増したため、欧米とオーストラリアなどを除く駐在員家族の
9月末までの帰国命令を出した」と報じていた。私らの知らない情報があるのだろうが、何か危なくなってきたことは間違いない。
爆発的流行の一歩手前ということは、間違いなさそうだ。どうなるのだろうか?
 * 野村證券の株価が5百円割れ
野村證券の株価が5百円割れと新聞にあったので、ネットでチャートをみてみた。10年前の7分の1、2年前の6分の1、
リーマンショックから3分の1になっていた。日本がバブル時代には、アメリカの投資銀行と類似したことをしていた報いである。
アメリカの債権も売りさばいていない訳がない。 最近は日本国債を売っているというから・・・ 彼等の手は、担当が替わったという
誠実そうな手書きの文を送ってきて営業にやってくる。ネット証券と、過去の悪行?のため、信用はゼロに等しい。
存在そのものが、必要悪。 なら、近寄らないことである。 アメリカの消滅した投資銀行と何処が違うというのだろう!
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2008年02月11日(月)
 2504, まっ、いいか!      (。・∀・)ノ゛おっは〜
 最近、独りで「まっ、いいか!」と呟くことが多くなっている。年齢の為だろうと思っていた。
 そこで検索で「まっ、いいか」と入れたら、 「まっ、いいか」と言える子を育てよう
   協調性のある、柔軟な心の育て方    諏訪耕一/著 という本が出てきた。
[要旨]
本書では、子どもに柔軟な心を育てるための心の成長段階に応じた接し方のポイントを、幼稚園・保育園や家庭での27の事例を
通して具体的に紹介します。子どもの理解に必要な、子どもの心の成長の段階や環境との関わりについてもくわしく説明します。
[目次]
第1章 子どもの「心」の成長と環境(心は育てられる?
;子育ての移り変わり―子どもの育ちをうながす環境;心の成長表
;心の成長に応じた「柔軟な心」を育てる接し方)
;第2章 子どもに「柔軟な心」を育てる具体的な接し方
(乳児期―誕生から十二〜十八カ月ごろまで
;幼児期(前)―十二〜十八カ月ごろから三〜四歳(第一反抗期)ごろまで
;幼児期(後)―三〜四歳ごろから六歳ごろまで
;児童期(前・後)―六歳ごろから十四〜十五歳ごろまで)
これを読むと決して、マイナスの言葉ではなく、むしろプラスの言葉のようだ。決して良い状況ではないが、何とかなるさ!
という陽気さ、目の前の事態を、そして運命を受け入るよう諦めと明るさを感じる。上記をみると柔軟な心と
いうことになるが、好い加減な言葉にも思える。好い加減な心」が良いのかどうかわからないが・・・・
 ^^^^^^^
この文章には、大きなドンデンカエシがある。実は、同じテーマで八ヶ月前に書いていたのである。全く忘れていたが、
何か書いたことがあるような?気がしてHP内の検索を入れたら、次の文章が出てきた。その文の類似に我ながら驚いている。
(あたり前だろう!)それにしても、なんじゃい!これで同じテーマを忘れて書いてしまったのは、3回目? 
 2500も書けばな〜  まあ、いいか!
ーーー
2007/06/06
 2255, まあ、いいか!       ヽ(★>з<)。o○ オ〜ハヨ 
(字数制限のためカット 2012年2月11日)
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2007年02月11日(日)
2140, 幸福はキラキラと輝く瞬間
 「藤沢周平に学ぶ」月刊『望星』・編         −読書日記ー
    ー人間の成熟にかかわる『人生の充足感』ー
 山田洋次監督の映画は「男はつらいよ」の48本と、その他の映画の最近のものは殆ど観ている。彼が「男はつらいよ」についての
TV特集などで渥美清を語る座談で、多く聞いてきた。 しかし、どういうわけか彼が書いた文章は殆んど読んだことはなかった。
ところが藤沢周平についての評論を24人集めた「藤沢周平に学ぶ」の冒頭の「藤沢作品を映画化して想うー人間の成熟にかかわる
『人生の充足感』」の評論があった。彼は幾つか藤沢の映画を撮っているだけあって、心打つ内容である。人生で誰もがキラキラ
輝いていたのである。そのとき!は。まずは、彼の文章の一節から・・
   *幸福とはキラキラと輝く瞬間を持つこと!*
 いまの30歳代くらいまでの若い人の特徴は、子ども時代の体験があまりに貧しいということではないでしょうか。
団塊の世代までは、野原や川原で大勢の友達と遊ぶ楽しさを知っています。汗だらけになって遊び呆けて、日暮れどき、
仲間とアバヨと別れ、家路につきながら「ああ、楽しかった」という、身体の中が熱くなるほどの満足感。
そこには兄貴分がいて、喧嘩もあって、仲直りもあって、子どもとはいえ、小さな世界の秩序があった。
字数の関係でカット(2009年02月11日)  (⌒▽⌒)/"”さいなら!
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2006年02月11日(土)
 1775, おひとりさまー2  ゜・。*ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ!!。_
米国はペア社会で、週末などの一人の食事は異様にみられ「誰にも相手にされない女性」と受け取けとられる。 
「おひとりさま」は、最近出来た日本特有の言葉である。いい歳をした女性がホテルのバイキングランチなどで群れているのも異様。
一人での観劇や食事や旅行など慣れてしまえば行動範囲が増える。また思考(自己対話)の範囲が広まる。
  (字数制限のためカット 2012年2月11日)
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2005年02月11日(金)
 1410, 新潟駅前飲食店事情
事務所近くに面白そうな全国チェーンの居酒屋が17日に開店をする。
「かっぽうぎ」という名前の店だ。中高年狙いの2000円の価格ラインの店である。
字数の関係でカット(2009年02月11日) 
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2004年02月11日(水)
 1043, 随筆はプロが書くもの! −3
6−文章のヘソ
 一番大事なのは、書き出しである。そこで「つかみ」が重要になる。テーマで興味を持たせて書き出し部分でひきこむようにする。
 テーマがピッチャーなら、ヘソの部分がキャッチャーになる。そして最後に捻りを入れる。書き出しと締めくくりの間に3っの
 キーワードを置くとよい。書き手は同時に自分の文章に対する「冷酷な読者」である。一年・二年前の同月同日の文章を毎日
 貼り付けながら読み返し、文脈のいい加減さを自分で見て再び添削をすることがある。文脈の甘さを見るのは気持ちのよいものではない。
7−文章の訓
 私の場合は、この毎日の日記が文章の訓練になっている。また一年二年前の文章も、最近になって添削を始めた。
 一度書いた文章を何度も添削するのが私にとっての訓練である。重ねれば重ねるほど、短く良くなるから不思議である。
 本当は良い文章をどんどん盗作するのが一番良い訓練になるというが。
 そこまでは自分に要求していない。
8−文章の品格
 文章は品格がなくてはならない。 そういわれると、どう書いたらよいか迷いが出る。
 ただ具体的な下ネタとか、不快になるような話題は避ける。「それは・・・、彼の趣味」「これは私のおもてなし」とか、
 こういうような体言止めはあまりしないほうが良い。まして一つの文章に二つ以上使うのは禁じ手である。 
 流行語とか紋切り型の言い方、いわゆる手垢のついた表現はやめておくこと。どうしても文章には、人格がでてしまう。
 人格の悪い人は、ついつい悪口が出る。評論家で片っ端から政治家や経営者の悪口をいう人がいる。
 当たっていればいるほど、その人の人格を疑ってしまう。批評は悪口になりがちである。
 ストレス解消になるが、あとで読んでやはり反省をする。
9−文章とユーモア
 品格に関係するが、ユーモアも大事な要素だ。ユーモアは、文章を楽しく読ませるための調味料のようなものである。
 しかし、これを下手に使うと品格を失う。ユーモアは自分が楽しんではならない。
 相手を楽しませるセンスが要求される。私の場合は、ブラックジョークになってしまう。
10−悪口は書くな
 過去の文章を読み返していて悪口を書いた内容は、いい気持ちがしない。それが国家や社会であったとしてもである。
 読み手の心の中は、誰も、決して嫌なことは読みたくない。良いこと楽しいことを読みたいのだ。書いていると、
 ついついそのことを忘れてしまう。 目先書いていると楽しいが、やはり他人に曝すことになる。
ー以上目次に要点を書き足した。 普段の何げないことを、面白おかしく、品格をもって、そして味付けをして毎日書くことは
 そう簡単のことではない。 しかし、それでも書いていると止められなくなるのも事実である。
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2003年02月11日(火)
678, 聞く耳持たぬ人
字数の関係でカット(2008年02月11日)
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2002年02月11日(月)
 328,マ〜コ  −堀井正子に捧げるー
マ〜コとは昨日亡くなった(4人いる姉の一番上の)姉・正子の幼少年期に呼んでいたニックネームである。
 彼女の話である。 ー供養も含めて書くー
声楽家になりたかった」が口癖であった。「家の犠牲になり、それを断念せざるを得なかった」とも。
プロのソプラノ歌手の「中沢桂」と高校の新潟県大会で負けたのが人生の分かれ目になった。兄がたてつづきに亡くなり家業の為
(婿養子の)芳朗さんと結婚。家族の間に立ち、気苦労をした一生だった。長岡社会から一歩も出たことがなく、その卑小性、
特異性を全く自覚できないのが特性。性格は自己顕示の強い、自分を常に「ヒロインにしたて演じている可愛い人」でもあった。
常に人に気を使い、その場を常にパフォーマンスで盛り上げる事に、全神経を使っていた。その面では母に似ていた。
「波乱万丈長岡版」の人生を充分に生きた。独り芝居のパフォーマンスを会話だけでなく、人生で演じきった。
人に好かれ、彼女の居るところは常にオーラが輝いていた。もって生まれた才能であろう。後半ー40歳過ぎは事業で失敗。
それからは音楽の先生として、200人を越える弟子がいたとか。好きなことを仕事にできたのが「彼女への神の贈り物」であった。
おそらく彼女のこと、あの世でも歌を歌い周囲を笑わせ、独り芝居を演じているのだろう。 安らかにお休みください!
                       さようなら。
・・・・・・・・・
2月11日  1969年
 14日の最終コンパの件で河村、石川、田口君のところへ電話をいれる。あと武澤先生に電話をする。現在の自分は混乱をしている。
今を支えるのに精一杯である。特に今年に入って色いろあったが、この数日その反動がきている。あまりに激しい一日一日の刺激的な
日が続いた。振り返ってみると、この二年間は自分の人生とって大きな分岐点の年になった。それまでの20年分を圧縮した二年間だった。