「老後に後悔しない10の備え」三浦朱門著  
     「老後に後悔しない10の備え」三浦朱門著  
 最近、「空腹の勧め」をTVなどで紹介しているのを見かける。以前も、ここで飽食の猿と空腹の猿の生存年齢の違いを
取り上げたことがあった。 生物は長年、飢餓の境目に生きてきたため飽食に対しての身体が出来ていないようだ。 著者は、
空腹感状態の方が身体に良いという。 私は終戦直後に生まれ、それも大人数の兄姉の末っ子だったたこともあり、今でも腹八分目は
食べないと気が済まない。    ー以下は、そのくだりー
  * 空腹のすすめ
≪ 人間にかぎらず、動物というのは空腹であるのが健全な状態である、と言う。空腹である、ということは、摂取した食料が体に
 採り入れられ、それが身体各部の必要なエネルギーになり、新しい細胞を作っている、ということであって、動物の体を作ってゆく、
という面では生産的であり、体内に蓄積されたエネルギーを消費するという面では消費的な活動をしているのである。空腹というのは、
今、体内に採り入れた養分をしかるべき所に配分しております、という合図なのだ。それで、もう体の中の余分なエネルギーは残って
いません、というのが疲労であり、休息と食事の時間、ということになる。それなのに、生物の中でも最も恵まれた動物である人間は、
空腹を感ずると、すぐに食べはじめる。体を生産的なことに動かしながらも、食べ物、飲み物を口に入れる。 考えてみてほしい、
空腹感というのは、あれで結構、好ましい状態なのではないか。少なくとも食いすぎの状態よりも、気持ちがいい。
「腹が減ってきた。何を食おうかな」と私たち祖先は考えて、獲物になるものを探したのであろう。空腹はそういう根本的な動物の
行動を促す動機になる。それなのに現代の日本のような先進国では空腹を感ずると、食料が手に入る。戦前の家庭婦人の場合は違った。
朝から掃除、洗濯、昼食は残り物でいい加減にすまして、午後は洗濯物をとり入れて、アイロンをかけて収納する。さて一休みという
段階で、ちょっと空腹感を覚える。空腹になって、それでは夕食のメニューを何にしようか、その材料を買いに着物を着替えて、
駅前のマーケットに買物に行こう、夕食は何ということはまだはっきりしないが、マーケットに行けば、その日の安いもので、亭主の
好さなものが見つかるだろう。つまり空腹が夕食の準備、そのための買い出しといった新しい行動をうながしたのである。こうやって、
夕食の準備をして、子供には先に食べさせて、寝かしつける。 自分は空腹をガマンして、午後八時ごろに帰宅する亭主を待つ。≫
▼ そういえば独身時代、三食を自分で準備をして食べていた頃は、時間が来たから食事をするというより、腹が減ったため
 食事をしていた。そのためか、何を食べても美味しかったことを憶えている。この年齢だと、腹5分位が丁度よいというが、
 まだ腹8〜9分目まで満たさないと物足りない。人間は精神的空腹感も同じように必要か! 青年期の精神的渇望感が懐かしい。
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3755, 夢はリアル
2011年07月07日(木)
 昨日の朝の夢は、生々しい内容である。 ーその内容とはー
【 経営破綻しそうな会社を引き受けないかと言われるが断る。そこに社長の奥さんがいたので、
「助言はするので、あなたが引き受けるべきです」というと、「二つの経済震災と、自然震災で失敗したというが、
そんなのは言い訳、この事態でも乗り切れてこそ、真っ当な経営者。貴方の言うことは当てにならない」と、言われた夢。】
 生々しい、辛らつの指摘であり、その指摘は至極当たり前の道理である。 意識、無意識を含めて、今回の破綻の8割は、
3つの震災が原因と思っているが、反面、それは黙っていればこそ。それを堂々と、ここで書き、また周辺に公言している
脇の甘さが、現在の私。 心底(沼)でドロドロしていたのが変容して、具体的に夢になって自分を責める。
 2割の見方こそ8割の道理がある。 それを前提と考えてみると、「9・11からの長期低迷で売上が三分の二になり、
更に7年後の9・15=リーマン・ショックから二年半で三分の一になったことは果たして想定出来なかったのか?
それも、三年目に入っても売上が2割以上も続けて落ち続けていたが、二年目で収まると楽観視していた、
リーマン・ショックの経済大震災に対する認識の甘さ。 いや、ギリギリのリストラは実施してきたが・・・
 夢は、誰も思っていても直接いわない事実を、潜在意識が生々しい幻影で教えている。 あの眼差しを見れば感じるか?
30年で一応、事業のフルコースを味わったことになる。10年登り、10年緩やかな降り、そして10年で、絵に描いたような
急激な降り。 それに対し、手をこまねいているしかなかった長期装置産業の宿命。そんなことは、分かっていたことでしかないのでは?
と、言わんばかりの、夢の中での指摘。 それを赤裸々に書いている現在の私がいる。「喜劇と悲劇は紙一重でしかない、というのは、
このことか」という心の声。 それでも、仕方がないと、独り嘯くしかない。自嘲か、これは。 
と同時に、それをも事業のコースと楽しんでいる変な自分こそ、私そのものか。 意味など、あと講釈。
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3390, 閑話小題
2010年07月07日(水)
  * Yotube の世界
 ビデオ・カメラを購入しアップロードをした機会からYoutubeを見るようになった。
それから面白い画像の紹介を私のブログ「バード・ウォッチング」で、毎日のように紹介している。
世界中でYoutubeの面白映像の話が会話の中で取上げられているのを真似たのである。 
そうすると意識して探すようになる。ブログには一日一枚の写真を載せているが、適当の写真を探し出すのが大変だが、
それよりもズット楽である。 「面白い、衝撃的、軽いもの」を中心にアンテナを立てているが、次から次へと
底知れず出てくる。一日20憶のアクセスも分かるような気がする。
  * 角界賭博の処分は妥当?
 この業界?の感覚に今さら驚いている。 解雇の二人は除名に、所属していた部屋の取り潰し、理事長以下三人は
責任をとって辞任、名古屋場所は開催中止、これが最低の断罪である。 それを外部の理事代行案を潰し、
内部からの理事にしようとし、あわや大問題になる直前までいった。 何が起きてしまったか理解できない社会音痴である。
考えてみれば相撲も暴力をルール化した見世物興行。 あの着物や、相撲部屋制度、ヤクザ社会に酷似している。 
その世界に一般社会に適応させるのは今さらと言える。 その世界の理事だから、この処分が厳しく感じられるのである。
この問題は、これが入り口で、まだまだ何かがでて来るはず。 ところで突然に貴乃花親方が協会に辞任届けを出した。
  (字数制限のためカット 2011年7月7日)
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3015,エジプト・ピラミッドの謎
2009年07月07日(火)
 一昨日の日曜夜のーNHKスペシャル・エジプト発掘 第1集 「ピラミッド 隠された回廊の謎」が面白い。
一昨年、二度目のクス王のピラミッドを見学してきたが、あの巨大なピラミッドを5000年前にどのようにして造ったのか、
これまでも多くの番組で取り上げていた。 その中で一番尤もらしいのが、「砂漠の砂をピラミッドの周囲に建設の高さに
積み上げて、巨石を運び上げる方法」であった。しかし、今回の説は違っていた。 岩を上に搬送するトンネルを螺旋状に
造りながら上に運ぶという説だった。 近くの崩壊した小さなピラミッドにも、そのような痕跡が見て取れた。
  ーNHKのHPの番組紹介からコピーからー
【 今から約5000年前、エジプトの砂漠地帯に忽然と現れたピラミッド。その後500年あまりに渡ってピラミッドは建造され、
その数は現在確認されているだけでも100個を越える。その中でも最大規模を誇るのが、世界遺産にも登録されている
クフ王の大ピラミッド」。高さ147メートル、底辺の長さ230メートル。世界最大の石造建造物である。平均2.5トンの石を
300万個積み上げて造られている大ピラミッド。地上60メートルの場所には、重さ60トンもの巨石も使われてる。クレーンも
ない時代に、この巨大ピラミッドをいったいどうやって造ったのか? 古来、様々な研究者が謎解きに挑んだが、そこ答えは出ず、
古代エジプト史上、最大の謎とされてきた。ところが今回、ついにこの謎を解き明かしたという人物が現れた。
フランス人建築家ジャン・ピエール・ウーダン氏である。彼は、最新技術を駆使し、建築家の視点から、「内部トンネルを
使って建設した」という独特の説を世界に発表した。番組では、ピラミッドの登頂調査をはじめ、ウーダン氏の
ピラミッド調査に同行取材、神秘に満ちた、大ピラミッド建造の謎を興味深く解き明かしていく。】
 ▼ ー以上だが、近年になって、ピラミッドの近くに、その建設に従事した労働者の村が発掘された。
その調査から分かったことは、4000人の労働者が20年の歳月をかけて造られたという。その人数で二十年で300万個の石を
積み上げるに、一個辺り2分しか掛かってないことになる。とうことは、かなり合理的なシステムになってなければならない。
石を運ぶ上げるにソリに乗せ、下に円滑油を振り撒いていた絵が映し出されていた。 
 ところで、エジプトには世界中の「古代遺跡の7割が存在している」という。初めは耳を疑ったが、事実である。
ナイル川クルーズで、各地の遺跡を見てまわるのが欧州では一番のレジャーとも言われているようだ。
 ルクソール、カルナック、アブジンベルなど、驚きの遺跡が次々と見ることができる。
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2650, 資源世界大戦が始まった
2008年07月07日(月)
 図書館で「アメリカ狂乱」とともに借りた元NHKの日高芳樹の本である。サブプライム問題から始った問題は、
アメリカの覇権の終了なのであろうか。その中にあって、資源のない日本はどの方向にいくべきか?などを問うている。
やはり、この本を読む限りに日本の行く末は悲観的になる。アメリカの属国でしかなかった日本が自立する道はあるのだろうか。
              「資源世界大戦が始まった   2015年日本の国家戦略 ー 」日高 義樹 (著)
 ー内容紹介
独裁国家北朝鮮が大国アメリカを揺さぶる現況は、ヒトラーが台頭した1920年代に酷似している!? 米国の要人と直接
対話して得た独自情報から、日本と米国の数年後の未来を高確度で読み解いた、衝撃の最新作。政局の混迷が深まる危うい
日本の行く末を、大統領選を控え、変わりゆくアメリカの世論と政策、政界の要人たちの発言をもとに近未来を予測。
 ーカバーの折り返しー
アメリカの力の後退と中国の台頭は世界に、1930年代の再現ともいえる混乱をもたらそうとしている。
この本では、国際社会で現在起きている情勢を世界的な視点から整理すると同時に、
日本は自らを守るための国家戦略をいかに立てるべきかを考えてみたいと思う。 <序章より>
  ー大ざっぱに、概要をまとめるとー
●「石油資源」を軸とした、近未来の世界は、土地を取り合う戦争から、資源(石油)の奪い合いになるという。
 マクロ的には、地球温暖化のため、厚い氷が溶け出している北極圏では、現在、国家間での激しい資源争奪戦が始った。  
 世界各地にある、平和利用目的の原子力施設を、高精度になったミサイルで攻撃することで、核兵器を持たなくとも、
 通常兵器が核の抑止力となったこと。
●石油価格の高騰で、ドルの価値が低落しており、ドルが世界の基軸通貨としての存在を脅かされている。
  (字数制限のためカット 2010年7月7日)
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2007年07月07日(土)
2286, LSDを一服した状態とは、どんな状態? ー1    おはよー (((。・-・)从(・-・。)・゜
 植草甚一の「カトマンズLSDを一服」という本が面白い。 ただし、30年前の本で、著者もこの本を出した直後に亡くなった。  
しかし内容は、朽ちてはいない!「植草甚一スクラップブック」の一冊でNO/11になるが古今東西植草甚一の読んだ
麻薬に関する記事・文献などが話題になっている。図書館で借りてきた本だが面白そうなので、ひととおり目を通して、
中古本だが、直にアマゾンで注文をいれた。 麻薬のトリップに対して興味がある。しかし麻薬をまさか使うことは出来ないし、
中毒になったら取り返しがつかない。といってバッド・トリップやグッド・トリップの状態を経験してみたい誘惑もある。
まあ、死ぬ直前の楽しみにしておいた方がよい。ならせめて、どういう状態なのか、知識として知りたくもなる。 
手元に何冊か、その状況を紹介した本がある。私の枕元にはトリップの状態に近づける音楽のCDのセットがある。
買って10年近く、寝る前などに聴いてきたが、そのためか寝つきが非常によい。酒を飲んだホロヨイの気分と同じである。
私の場合、秘境旅行や、酒席などの盛り上がりなど、至高体験を数多く経験してきたので、少しアルコールを飲んだり、
寝る前の音楽で、直にトリップしやすい蓄積がある。 体質的に脳内には回路が出来ている、ということ!
その体験の倉庫に入るようにすればよい。以下は、この本の冒頭に出てくる心理学者ジュラール・ボルの「麻薬への旅」の中の
一節である。麻薬のトリップの状態を書いた本を何冊か持っているが、どれも似ている。ともかく、面白く解りやすいので紹介しておこう。
 ーー1967年10月から著者ボルの2年間の経験談であるーー
ーーー        p・12~13「カトマンズLSDを一服」
 ネパールではハシーシを政府が許可しているし、1?の値段が150フラン前後(ヨーロッパでは五十倍の値段)なので、
ヒッピーの顔ぶれは変るが、いつも400人ぐらいいるそうだ。力トマソズには彼らの連絡場所になっている
「リトル・チペタソ」というチベヅト人経営の小さなキャバレーがあるが、ある日のことリーというアメリカのヒッピーが
LSDを持ってやってきた。そうしてカトマソズの谷間の平地に仲間たちと「ヒヅピーラソド」と名付けた小コミュニティの
テソト生活をはじめるのだが、夜の十時ごろ、みんなしてカプセル入りのLSDを少量の水で飲んだときの経験を、
著者ポルは書きはじめる。 暗い夜で、キャンプの焚火が赤い。遠くにヒマラヤ山脈の輪郭が見える。
   (字数の関係上カット2008年7月7日)
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2006年07月07日(金)
1921, ドラッカーの遺言        才八∋ウ_〆(∀`●)
 去年の暮れ、20世紀の経営思想をリードしたドラッガーは世を去った。
 *「自らの強みに重点を置け」
 *「知識こそ、最大の経営資源である。‘学習こそ、一生涯にわたる冒険’として心から受けとめること」
 *「自らをイノベートせよ!」、
 *「『問題重視型』の思考に囚われるな。『機会重視型』の発想を持て。」が、彼の思想の中核を占めている。
  全く「新しい時代」を生きる私たちへの最後の遺言としてみるとよい。
 ドラッガーは我われに大きな経営思想をのこし、昨年の暮れに亡くなった。                   
 ー以下、(少し時間がかかったが)この本から要点を抜粋した。
  ーー                    (*^ー^)/C□~~ コーヒーいかが?
●国境が消えた
 インターネットの普及によって国境が取り払われ、国と国の距離はゼロになった。スペイン語を使えこなせる私の孫娘は、
 いつでも好きな時にラテンアメリカから発信される情報にアクセスできます。
 言葉の壁を乗り越えさえすれば、世界中のあるゆる情報を瞬時に手に入れることができる。
●グローバリゼーションについて語っている時、人は情報について語っている。グローバルの時代の武器は英語力である。
●絶えざるイノベーションによって、常に新しい価値を創造せよ。
●西洋の価値観に支配されない「まったく新しい世界」が登場する。
●「時代の変わり目」にいま自分がいるという自覚を持て。 この転換期は30年続くであろう。 誰も知らない世界が来る。 
 異なる価値観が共存する新しい世界では、ソ連崩壊後の15年間、唯一超大国として君臨してきたアメリカも、その支配力を失う。
 超大国が持つ「権力」でなく、グローバル化した「情報」によって世界が強固に結びつく時代が来る。
  ー それは誰も理解しない世界であり、まだ見ぬ世界に不安を覚えるのは当然のことといえる。
●新しい秩序へと向かう混迷した世界の中で、新しい重責を担う二つの国がある。
 一つはイギリス(西欧への窓口)、いま一つは日本(アジアへの窓口)である。
●日本が直面しているのは危機でない、時代の変わり目である。 時代が変わったことを認め、
 その変化に対応していくための意識改革に取り組むべきである。 ーその変化を拒絶してはならない。
●国際競争において意味を持つのは、唯一「知識労働における生産性」のみである。
●情報化が進展する新時代の世界経済のもとで、最も苦労する国は日本である。
 つねにイノベートを追求し、新しい価値を生み出すことでしか、日本は生き残れる道はないー。
●情報経済というまったく新しい世界経済の中で、日本は最大の難関に直面することになった。立ちはだかる相手は
 インドと中国です。この両国が急速に経済大国の仲間入りすることで最も脅威にさらされるのは、日本なのです。
●人はリーダーに生まれない。リーダーとして振る舞える習慣を持つ人が、リーダーになるのだ。
●現実における変化h、決して以前のものとは同じにならない。そして、机上で考えるより変化は先に現れるー。
●過去50年間で最も大きな変化は、教育において現れた。
 変化し続けるスキルを身につけるため、絶えず教育に立ち返ることが個人のイノベーションを促進する。
●最も重要なことは、個人個人が自らの未来を切り拓くことである。
●成果を得るために、どんな強みを活かして、何をしなければならないか? ー経営の本質は、すべてこの一言に言い表されているー
●『自分の仕事は何か』『何が自分に適しているか』『自分に何が適していないか』を突き詰めるべきである。
●どんな職業であれ、有能な人間は自分の得意・不得意を熟知している。
 そしてそれを知り抜いているから、生じた変化に柔軟に対応することができるのだ。
●決定の本質とは、将来に対する現時点のコミットメント」でもあります。
 決断通りにことがうまく行きません。だからこそ、リーダーは注意深く人の話を聞き、
 リスクとチャンスのバランスを考え抜き、人選にできる限りの時間を割く必要があります。
    (字数制限のためカット 2011年7月7日)
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2005年07月07日(木)
1556, 将来の不安?
 ー島田裕己「不安を生きる」より、さらに抜粋してみる。
「不安というものからは、そう簡単に逃れられない。逃げられるような気がしても、実は隠していただけに終わっているのかもしれない。 
不安なのは覚悟が決まっていないからで、どこかで一度しっかり覚悟を決めないと、不安から逃れる道を見つけ出すことは出来ない。」
「信仰を持ったって、必ず不安になるのです。そんな呑気な人は世の中にはいない。何も疑問を持たずに一生そのままいける人って
あまりいるものではない。不安そのものを根本的になくすと発想しないほうがよい。山岸会の場合も、ユートピアをめざす運動として
幸福一色の世界実現を考えた。それがユートピアの恐ろしいところであって、人はユートピアのなかで幸福でなければならないという
考え方に陥ってしまいがちなのです。 そうすると、幸福でない人、不安を抱えている人が出ると、その人が間違っているとして批判を
受けたりする。そうすると、その反対の逆ユートピアに転じていく」「だから社会は、若い女性達に結婚しろというメッセージよりも、
結婚なんてしても幸せにはなれない、子育ては大変だというメッセージを流すことに熱心です。なんとか不安に安住させて、
癒しを求めて消費させようとする。それはもしかして、巨大な詐欺ではないか。社会のメッセージでは、結婚は自由が奪われるという
面ばかりが強調されすぎている。」「欧米社会は、カップル社会で独りでレストランに出かけていってもよい顔をされない。
カップル社会はデート社会だから、金曜日や土曜日にデートする相手がいないとかなり苦労するという。魅力のない女という
レッテルを貼られる。日本では、それがないから、色いろな産業が彼女らを狙う。不安産業でいうと「エステ関連ー癒し産業」などである。
それに女性は踊らされている。「あなたは不安でしょう」とは言わない。「癒される、ホッします」という表現で客を巧妙に誘う。
(字数制限のためカット 2010年7月7日)
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2004年07月07日(水)
 1191, 異境・秘境ツアーレッスンー8
 ートラベルはトラブルー
アフリカや、南米、シルクロード、北極圏などの最終目的地に着くまでは何回かの飛行機を乗りつぐ。
飛行機は気圧の関係も含め、快適の乗り物ではない。一番価格の安いツアーを選ぶ関係上、エコノミークラス。
特に成田からの最初のフライトの12?13時間が厳しい。酒を買い込んで、ドンドン飲んでトイレに通うのがコツである。
といって飲みすぎると、腹の具合が着陸時点でおかしくなる。 これも楽しみのうちと暗示をかけて、音楽を聴いたり映画を見る。
その合間に行き先のパンフレットや資料に目を通す。少しでも嫌だとか、早く着かないかとは考えないことだ。
人生と同じでプロセスに気持の隙を見せないことである。音楽が気持を和らげてくれるのも人生と同じである。
南アフリカに行ったとき、名も知れない国の、名も知れない飛行場で猛暑の中、10数時間も足止めを食らったことがあった。
さすがにツアー慣れをした人たち、誰も不平をいう人はいなかった。言ったところで、どうしようもないことを皆知っているからだ。
その場面をむしろ余裕で楽しんでいるようにも思えた。人生の圧縮されたレッスンそのものである。苦難こそ余裕を持って楽しむ姿勢が、
その苦難を苦難でなくしてしまう。トラベルとは、トラブルの語源という。旅行では苦難、問題が次々と立ちはだかってくる。
中国のタクマラン砂漠から、新羅ウイグル地区を抜けて、パキスタンカラコルムハイウエーを通っての2週間の旅行は、
まさしくトラブルの連続であった。 それを割り切っていたためか、そのトラブルがむしろ面白いのだ。人生も同じであるトラブルは
つきものと割り切ってしまえばよい。振り返ってみると丁度よいトラブルが、そのつど与えられていた。
中心点から目をそむけず、ひたすら立ち向かっていれば、いつの間にか問題は解決されるものだ。
感動を経験するために、トラブルを通り抜けていくから良いのである。 人生も旅行も、ゲームである。
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2003年07月07日  アラスカ旅行中
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2002年07月07日  スイス旅行中