『議論に絶対に負けない法』ー ゲーリー・スペンス著
【 * 人生は「自己中心」の法則が握っている
 私が部屋に入っていくと、そこにいる人は私が来たのが感じでわかると言うのを聞くと、私は今でも驚く。それは彼らの認識だ。
だが私にとっても、その部屋、その領域は自分のものであって、自分はその中心にいる。私にとって、宇宙のすべてのものは自分から
はじまる。これを「自己中心」の法則と呼ぼう。この法則はあなたにも当てはまる。 これは子供じみた見方ではないだろうか。
幼稚な性格を暴露しているのではないだろうか。 こういう自己中心的な見方で世界を見るのは、子供だけだからだ。だが、
私は自分の幼稚な世界観を大切にしている。私はセラピストが要求する大人らしさと戦う。成熟と死は、似た者同士だ。
私は精神科学者の冷淡で断定的な見方に抵抗する。彼らは私たちにレッテルを張るが理解はせず、私たちを分析するが愛さず、
私たちに関して黒か白かと割り切った冷淡なレポートを書くことはできるが、私たちの喜びや愛情、悲しみなどの感情について、
そして自分自身の感情についてはたった数行すらも書くことはできないのだ。
 私は絶対に大人にならないことを誓う。子供らしい見方を絶対に失わないこと、喜びを感じる子供の部分を絶対に捨てないと、
子供のすばらしい自発性、魔法のような創造性、純真な心を絶対に投げ捨てないことを誓う。 私は自分のなかの子供らしさの
最後のかけらにしがみつきながら(死ぬことがあるなら)死んでいくだろう。子供の持つ畏怖の念と純真さがあってはじめて、
死を体験することができると思うからだ。 空の星を見てごらんなさい。三百六十度、ぐるりと回って眺めてごらんなさい。
 あなたは宇宙の中心にいるのではないだろうか。部屋のなかにあるものを見てごらんなさい。あなたが回転すれば、あなたから見て、
部屋のなかのものもあなたを軸としてぐるりと回転しているではないか。それを認めなさい。あなたはあなたという宇宙の中心に
いるのではないか。もしわれこそ自分の宇宙の中心を占める王様だと思わなければ、他の誰かか他の力がその場所を占めることになる。
他人が自分の中心を占めているということは、自分が他人にそうすることを許可しているからに他ならない。だが、すでに学んだとおり、
他の人や力をそこに置いているのは「自分の力」だ。王位に就かせたり、宇宙の中心に置いたりする力を自分が持っているならば、
私たちは自分自身にもっと敬意を払うべきではないだろうか。 
 これについて、さらによく考えてみよう。私の許可なくしては、どんな人もどんなカも私の宇宙の中心部を奪い取ることはできない。
だとすると、許可という言葉は、力を意味する言葉だということになる。私はどんな人でも私の中心を占める許可を与える。
私は自分の宇宙の中心を占める許可を自分自身に与える。あなたに、私の師に、神に与える。だが、許可を与えるのは私自身だ。】
 ▼ 仏教的教えが建前上、根づいている日本で、ー人生は「自己中心」の法則が握っているー などという本音はなかなか書けない。
 最近になって、遺伝子学者ドーソンが、「すべての動植物の遺伝子には、遺伝子自身の繁栄を優先するような メッセージが
 組み込まれている」という‘「個の利己主義」「種の利己主義」=「遺伝子自身の利己主義」’の研究が発表をした。
 だから自己御都合主義が良いと言っているわけでない。それが、生物、人間の原点であり、社会は、それで成り立っている前提を
 認めるべし、ということ。そのエゴのぶつかり合いが裁判で議論になる。 その渦中の弁護士が言うから、言葉が重い。
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3369, Youtubeでみる津波の映像
2010年06月16日(水)
 何度もYoutubeスマトラ沖地震津波映像を見ているが、百年か五百年に一度の経済恐慌のイメージとして見ると、
現在の置かれている立ち位置が見えてくる。マスコミで放映するものは、生きている人が逃げまどって姿や、人々が
流されていく映像を全国放送では流せないが、Youtubeでは次から次へと生々しいのが出てくる。
津波が押し寄せてくる直前まで人々は何が起きているか理解できないのである。そして、気づいた時には大波に流されていく。 
映像は、あどけない子供が大波に浚われるリアルのものもある。20万とか30万人が亡くなったというが・・・
 この映像から現在の経済恐慌を類推すると、アメリカの金融恐慌という大地震震源とした大津波が日本に押し寄せている。
「輸出産業の拠点として名古屋が、金融の拠点として東京に原爆が二発落ちた」と形容する評論家もいる。
その結果として派遣切りが生じてホームレスが関東・東海ベルトラインに溢れることになったが、もっと酷いのが地方経済。 
現在、政府が中小企業への緊急金融救済法で何とか急場を凌いでいるが、それも目先の対処療法でしかない。
 何度か、津波の映像を見ているが、20〜30波の津波のうち、まだ2〜3波でしかない。それでも、この惨状。
そうこう考えると悲観的になりざるをえない。 悪いことに日本は少子化による人口減少に転じている。
 二年後にはハイパーインフレに転じ世界的に通貨の切り替えの可能性がある。その時に日本では消費税の値上げも・・・。
もし5パーセントのアップとすると、脆弱の企業はコスト増で立ち行かなくなる。どうなるのだろ? とはいえ国家も大幅な税収減で、
それ以外に手立てがない。 何もかも濁流は奪い去っていく。Youtubeに一日20億回のアクセスがあるというが、成程である。
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2994、筆談ホステス
 2009年06月16日(火)
「スナック」という写真集を借りてきて、ママの姿と顔をジックリとみていて気づいたことは、ママには「美人系」と、
「癒し系」があることに気づいた。 それに「笑い系」もあるが。先週の日曜日に朝の番組で、銀座のナンバーワン?
と言われている「筆談ホステス」を取り上げていた。本人が本を出版したところ良く売れた為にマスコミの目に
とまったのだろう。聴覚障害で喋れないので筆談で御客とヤリトリするのが、心に響いて売れっ子になったという。 
私も毎日、この随想日記を書いているので書くことの魔力の一端を知っている。クラブなどで言葉の替わりに筆談で
御客を惹きつけるのだから大変なことである。その大変な中から本人は言葉の持つ魔力と、不思議さを体験の中で知ったのである。
お客にしても、筆談などの経験は殆どないだろうし、私もない。もし近くにあるなら 「行ってみようか」
と誘われれば行くだろう。  アマゾンのHPに、この本の紹介文がある。
 ―「筆談ホステス」 斉藤里恵著 ー
 「内容紹介 ー聴覚障害を持つ青森一の不良娘が独自に編み出した“筆談術”だけで銀座NO.1ホステスに成り上がる
苦闘のすべてを描いた感涙必至の青春ストーリーです。青森の厳格な家庭に生まれ育った里恵さんは現在25歳。
   ≪字数制限のためカット 2010年6月16日≫
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2630, 閑話小題 
 2008年06月16日(月)
  * 台風と地震が何で土.日曜日に多い?
統計的にみれば、違うのだろうが災害の起こるのが土日に多いのは何故だろう。特に台風は決まったように週末である。  
最近では地震まで御付き合いのようだ。中越地震が土曜日、去年の能登地震中越沖地震が日曜日、そして今回の地震が土曜日。
(中国の四川地震ミャンマーのサイクロンは月曜日だったが、外国である)偶然なのだろうが、不思議といえば不思議である。
  * ワーキング・プアのテロ?
アキバの大量殺人事件、ワーキングプアの若者のテロ?と思った。テロは政治的、宗教的な原理的信念のもとで行われるから、
これはテロではない。挫折と孤独と、厳しすぎる父親や、希望のない職場への暴発である。 ネット劇場型犯罪である。 
職場を転々としているうちに、滑り台を降りるように歯止めのない絶望感が育っていったのだ。彼の優秀な弟も、挫折をして
高校中退しているというから、ゆとり教育の敗者の姿といえる。それが僅かではなく、若者の多くの傾向というから大きな問題。
一度滑り台に乗ってしまった人は、元に戻ることは難しい時代になっている。
  * 「ヤミ金に元本返済不要」と最高裁が判断
先日、最高裁が、ヤミ金元本も返済不要とは、思い切った判断をしたものだ。「ヤミ金は反倫理行為の手段として、
違法行為として貸したのだから返す必要がない」とは、最近の裁判所としては、英断である。これで、ヤミ金は危ない犯罪として
大幅に減るのか、それとも、更に巧妙に成るのか。ただ借りる方からすればヤミ金も無くなり犯罪に走るケースが増える?
これも過去に遡って適応すれば、ヤミの連中は震え上がるだろう。 ただ、得体の知れない死体が東京湾に多く
浮かぶことになる可能性もあるが。
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2007年06月16日(土)
 2265, 動物が家畜化されると、どうなる?          *´・ω・)ノはよー!
  動物学者・小原秀雄によると ー人間は、代を重ねて自分で自分を飼育し、家畜化して、
 文化(檻ーおり)を発展させてきた不思議な生き物という。
  ー家畜化した動物の特徴は
・体毛が部分的に長くなる傾向があり、毛深かった体毛が部分的に残って、しかも長くなる。
 人間をチンパンジーと比べると、頭髪、眉毛、髭、陰毛・・など、明かに人間は部分的に長毛化している。
・もう一つの家畜化した特徴は、発情期間が長くなる。  >(^┰^;)ゞ
 例えば、野生の羊は年に一回しか発情しないが、ウール用に飼育されたメリノ種は、ほぼ一年中発情する。
 人間も、コンクリート・ジャングルの‘うさぎ小屋’に住んで、会社という‘イヌ小屋'に通いながら、
 胃潰瘍、糖尿、自律神経障害などの数々のストレスと闘いながら、一年中発情している。
・また、うまく飼育されると、一部の動物は寿命が延びる。
 野生のネズミなど、広い場所に飼われると、寿命が4倍も延びた例がある。
・家畜には、幼児的な形質が長く残る傾向がある。その分、寿命も延びていく。
・人が失った最大の能力は、体温の温もり、なめる感触、匂い、声の響き・・・
 言葉以外のコミュニケーションである。 人間は、言葉に頼りすぎている。 ーという。
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 成る程、肯けることだが、人間は自分を家畜化する動物とは言いえて妙である。動物は自然環境の変化に対して、
 自分を変えて生き延びてきた。それに対して人間は、自然を人工の物に置き換えて、文化(檻)を発展してきた。
 自然を切り開き、人工の家を建て、村をつくり、町をつくり、都市化し、その中に自分を押し込んで家畜化してきた。
 その結果、頭髪や陰毛がのび、年中発情をし、幼児化して、長生きをするようになったが、言葉のお陰で、五感が退化して
 頭がおかしくなってしまったのである。そして、文化という檻をますます、堅固につくって、最後はそれで滅びていく憐れな
 生き物ということになる。 全くその通りだから、恐ろしい。 論語を読んで、つくづく不自然な何かを感じていた。
 あれって、王侯貴族のための大衆の家畜化のマニュアルじゃないのかい?と!
「互いの立場に立って互いを思いやりましょう」ということは、いいが。 一つの大きな基準は必要だろうが・・
  ところで、私は家内の家畜化された哀れな亭主!!じゃないかい?
(*^_^*)!!o(”>_<)っ( ̄(●●) ̄)  と気づいた次第であります!     *´・ω・)ばあい?!
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2006年06月16日(金)
 1900, グーグルアースが凄い!        おはよ?!(*^ワ^*)i
数日前にグーグルアースがバージョンアップした。
・画面鮮度が3~4倍のアップ、
・さらに飛行機ゲームの操縦装置が付き、水平の角度も簡単に変えることができる。
 そのため、地球上を簡単に移動できる上に、街の上空150mを自由に操縦して飛びまわれるようになった。
 実際に入り込んでしまうと、異次元にタイムスリップしたような気分になってしまう。
 二ヶ月間、何度か使っているうちに、「画面がより鮮明になり、移動もスムースになれば面白いだろう」
 と思っていたら、バージョンアップ版がタイミングよく目の前に差し出されたようだ。
 5~6年前、ある本に、インターネットは奈良時代に下りてきたジェット・ヘリコプターのようなもの。
使うか、遠から眺めるか、どちらかである。」とあった。グーグルアースは、それをそのまま実感させてくれる。
最近、自分と同年代の人を見分ける規準が、インターネットを使いこなしているか、いないかである。
「麻呂や、今日の気分はいかがじゃ」と言っている奈良時代も楽しいが! ジェット・ヘリコプターに乗ってみるのもよい。
別に知らなくてもよいが・・ インドのカースト制度の下層階級の子供達に中古のパソコンを与え教えようという運動がある。
知らしめることが幸せか不幸せなのかは別問題だろうが。 「麻呂よ、どうじゃ!」      (。・ω・)ノバイ         
  以前、グーグルアース書いたものをコピーしました。
(字数の関係でカット二〇〇八年六月一六日)
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2006/04/07
 1830, あちら側の世界 ー8       (’0’)d おっ w(゜Д゜)w ハァ?
ウェブ進化論」の中で、「グーグルアース」を紹介していた。地球地図・映像検索である。
早速、グーグルのHPよりソフトをダウンロードをして使ってみた。ただただ驚きである。
月の視線の位置から地球に近づいて、見たい場所に降りていって、家や車や木まで見えるところまで接近できる。
もちろん首相官邸や皇居の中もみえる。これで世界中の都市を見ていると、雲の絨毯で下界を飛回っているような錯覚になる。
殆んどの大都市の衛星写真が貼り付けてあり、家の屋上や木や池まで識別ができる。使ってみると、リアルな感覚になる。
「グーグルアース」と、グーグルの検索に入れたところ、皇居や首相官邸、インド沖の大津波の写真、アメリカの本土の
ステルス(飛行機)まで紹介されていた。数日前の新聞に、「インド政府がグーグルアースの写真公開に抗議!」
という記事が載っていたが、これでは問題になるだろう。世界中の政府が衝撃を受け戸惑っているというが、当然である。
北朝鮮など、嫌味か?、かなり詳細の平城の写真があった。 原子炉?らしき写真もあった。
大都市圏以外は地形認識までしかできないが、有名観光地にはクリックをすると、その情報の入った小さな箱が貼り付けてある。
検索で「グーグルアース」のキーワードを入れソフトをダウンロードをすれば、誰でも無料で見ることができる。
この大本の「グーグルマップス」のAPIを公開しているが、リクルートの不動産関連のHPに、
マップで日本中の都市圏の場所に矢印を当てると、地図がアップででてきて、周辺不動産物件の詳細を紹介をするサービスがある。
 現在は地図だが、近い将来は写真になるのだろう。アフガンやイラクでは、アメリカ軍がこれを多用して勝利に導いたが、
実際は顔の認識まで可能という。最近の映画のスパイモノに出てくる衛星利用のSFもどき内容が実際に個々人で使えるようになった。  
ウェブ進化論」を毎日、繰り返し読んでいるが読むほどに情報化社会の実態がおぼろげながら見えてくる。
ー以下は、あるHPにあった内容だが解りやすく紹介してあったので、貼り付けておきますー
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このソフトを開発した米キーホール社のジョン・ハンケ最高経営責任者(CEO)は「グーグル・アースは、いわば地球を眺める
ブラウザーを作ることを目指している。(われわれの使命は)グーグル・アースを地球の仮想モデルにすべく最大限の努力をすること」
と語る。こうした目的を達成する最善の方法は、ソフトウェアのプログラマーが考えもしなかったような場所や建物に、
ユーザーが無数の標識を付けてデータベースに収めてくれることだとグーグル社が考えているのは明らかだ。
 ユーザーはここ数ヵ月、米国のほぼすべての場所の地図を素早く簡単に検索できる
『グーグル・マップス』に夢中だった。このサービスでとくに人気があるのは、衛星写真を眺められる機能で、
家並みや市街の詳細な画像が閲覧できる。また、オープン・アーキテクチャーを採用しているので、ユーザーは、
グーグル・マップスと『クレイグズリスト』のようなサードパーティーのサービスを組み合わせた想像力豊かな
工夫(日本語版記事)を加えられる。 グーグル・アースは、グーグル・マップスの強化版だ。 
グーグル社はまた誰でも詳細な情報を追加できるようにすることで、工夫の要素をグーグル・アースに組み込んでいる。
 グーグル社が昨年、衛星写真を提供するキーホール社を買収した際に獲得した多数の技術的工夫やタグが、
グーグル・アースにはすでに組み込まれている。キーホール社はユーザーのコミュニティーに世界中の場所や
建物について知っているデータを投稿するよう勧めていた。ある工夫では、地図情報とコロラド州ボールダーの
路線バス・システムのデータを組み合わせ、ボールダーを走るバスの位置を3次元地図上にリアルタイムで表示する。 
他にもたくさんの楽しみ方がある。米国の灯台を巡る旅、カリフォルニア州マリン郡のおすすめハイキングスポット、
ヨセミテ国立公園の特選キャンプ地、ポーランドグダニスクにある中世の建造物。   ー°)バイバイ!
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2005年06月16日(木)
1535, 秘境探検家の「幸福論」ー1
(字数の関係でカット2009年6月16日)
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2004年06月16日(水)
 1170, 哲学についてー4
ー近代科学の芽吹き近代科学が16~17世紀にかけて登場してきた。新しい科学がそれまでの世界観を根本的に変えようとした。
まずはポルトガルコペルニクスである。宇宙はこの大地にあるのではなく太陽であるとすると仮定したら、数学的に解明
できなかった問題が多く解決できると指摘をした。地動説である。それまで教会が主張してきたことを、聖書に書いて
あったことを根本的に否定することになった。そしてガリレオ・ガリレイが時の権力者と地動説で真っ向から対立をする。
キリスト教の教義と対立をするため宗教裁判にかけられてしまう。結局は自分の地動説を放棄させられてしまう。
しかし彼は有名な言葉をつぶやく「それでも地球は回っている」と。次に史上最高の科学者アイザック・ニュートンがあらわれる。
1666年に自分の庭でリンゴが木から落ちるのを見て、引力の意味に気がついた。彼はそこでリンゴを落下させるために働いて
いる力は、月を地球に引きつけている力、地球を回らせている力と同じであると気がつく。
近代科学の登場で思想に対する教会の影響力が薄まってくると、哲学の分野でも合理主義の芽吹きが出てきた。 ーつづく
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2003年06月16日(月)
 803、50歳の頃ー1
 ー60歳までの人生
曽野綾子の本で『人生の良いところは60歳まで』という文章があった。丁度私が50歳の時であった。
50歳で、母親を見送り(亡くなり)人生の損益分岐点を超えたという思いがあった。あとの人生を如何生きようかという
自分への問いかけをしていた。その翌年、下の子供と家内と3人で南米のギアナ高地に出かけた。テーブル・マウンテンの
キャンプ場で、夕陽を見ながら息子と日本酒を飲みながらふと思った、「ああ自分の人生の元は充分にとった」と。
その時に考えたのは、「曽野綾子の『人生60歳までがよいところ』なら、それ以降の人生を60歳までに詰め込んで生きよう!
『人生の純益』を60歳までにとってしまおう」であった。
・海外旅行をそれまでに50回行くこと-不景気で難しく?なってきたが
・人の目を気にしない生き方を更に徹しよう
・好きな事を可能な限りしよう  等、生き方を変えようであった。
 しかし曽野綾子は60歳少し前の文章である。母の行き方を見ていたので、この人はまだまだ解っていないと思った。
本当に「良いのは60歳から」というのを母の生き様から教わっていたからだ。
しかし「60歳以降の前倒しをしてしまおうという決心」は良いのではと解釈した。 
 その翌年にネパールに行ったとき、67歳の初老の人が人生の秘訣を教えてくれた。
「私は43歳までに必ず死ぬ家系であった。それを前提にして、そこまでに人生のすべてをし尽くした。
その一つに日本を全てを家内と娘と3人で回り尽くした。その後は世界にチャレンジしてほぼ全てをまわり尽して今もこうして
生きている。短命の家系という前提それがなかったら人生をここまで味わいつくせなかった」 かなり深い人生の示唆であった。
「60歳までに人生の全ての前倒し」を自分の生き方に取り入れた直後であったから、尚のこと心に響いた。 
あと2年半で、その60歳に近づきつつある。「それでは60歳以降如何いう生き方をするのか?」。
元を取ってしまったので、逆にあとは一日一日をじっくりと味わって生きることができるのではないだろうか。
そして、それまで経験をしたことのない分野を探し出しチャレンジすることである。その意味では、逆に広い世界に飛び出せる
のではないかと考えている。 最近になり、景気後退ー恐慌一歩手前になってきたり、SARSやテロなどでアフリカや
中近東には以前ほど気楽に行けなくなってきた。この時勢に優雅に海外旅行などともいっていられなくなってきた。
あの時点にやはりギアチェンジをしていて良かったと思っている。
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2002年06月16日(日)
 439,随想日記の不思議
毎日書いていて不思議な気がする事がある。 気の置けない友人か家内に話す内容を、そのまま正直に書いている。 
それが何か非常に気持ちが安定するのだ。心の中の自分との対話を常に書き込んでいるのである。悪趣味?といえば、
そうかも知れないが、見られていることを意識して書いている事で一応修正はしてある。書いた翌日一番で書き直すことは度々だ。
書き続けていて不思議な感覚がどんどん深くなる。色々の人の日記を見ていても、やはり「ソフィーの世界」のような不思議な
感覚を受ける事がある。ある意味で開き直っている自分とコントロールしている自分がいる。もっと面白いのは過去の自分の文章。
読み返した時に、空の上から自分を見ている自分の視点が何とも不思議である。 書き続けている事で、その日その時間の
心のメルクマールになる。過去に日記を書いておけばよかった。反面忘れる事も大事である、書かなかった良さもある。
学生時代の卒業間じか半年分は書いたのがあるが、その時の心情が赤裸々に書いてある。書くという事は排泄と感じることもあるし、
昇華ということもある?メルクマールでもあるし、呼吸でもあるし、発散でもある。一度書けばコピーをして、その書き足しもできる。
思考の再深耕が容易になる。 ビルの上からの視線でその方向も見えてくる。
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2001年06月16日(土)
 [54] つれづれに
朝20000歩歩く。前日の飲み会のアルコールを抜く為だ。更に風呂でほぼ完璧!二日酔いなし。HP を開いてから、毎日が楽しい。
パソコンの先生のように、故郷の友人がお互いにホームページを覗きあいコミニケをしているという。女性だからできるのだろうが、
ある意味で理想に近いコミニヶだろう。もし知人が私にようなホームページを開いたら毎日か、一日おきに見るだろう。
自分の居間の開放をしたうえで、かつサテライトスタジオを開いたようなものだ。