* 今日、GMが倒産というが

・日ごと不景気が深まっている。今日、世界最大の売り上げを77年続けてきたGMが倒産する。
 GMといえばスローンである。 GMの社長として、20世紀において最も大きな影響力を発揮した経営者の一人。
 経営者としての在任期間で、最大の競争相手であるフォードを打ち負かし、GMを世界最大の自動車会社に育て上げた。
 この辺のことはスローンの「GMとともに」という著書に書いてある。学生時代に読んだが、
 ドラッガーの著書の中でも彼は何度も取り上げられている。そのGMが瞬く間に倒産というから感慨無量。
 アメリカの大手金融機関の大部分が実質、国家管理というし、クライスラーも倒産している。
・昨日の朝のニュースでは、新潟市の万代橋の近くのマンションが完成直前の5月29日に会社更生法を申請した。
 一部上場のジョイント・コーポレーションだが、140室の24Fの目だつマンションである。建設業者は奥村組。 
 現在、政府が緊急融資など目先の金融緩和で一時的に凌いでいるが、それも何時まで維持できるかわからない。 
 金曜日の19時過ぎに長岡駅裏にある全国チェーンの居酒屋・庄屋の前を通ったが、50人位入るフロアーに
 お客が一組しか入ったなかった。 給料後の月末の金曜日である。
・NHKで土曜日の朝10時に、これまで「アーカイブス」で放送された、この20年間分の幾つか放送していた。 
 更に、夜は8時からは「追いつめられた中小企業と地方銀行の姿を追う 「追跡 AtoZ倒産危機、
 銀行の決断ー融資を巡る攻防に密着、貸すか貸さないか」という、土曜日のゴールデンタイムに放送するに
 そぐわないシビアなドキュメントを放送していた。 それだけ景気が深刻なのである。
 日本経済の全体の30パーセントがダウン、失業者が【雇用調整助成金対象者数】253万人は
 本来なら失業者にカウントされるべき人数。これを加えると何と失業率は8%になる。
 これに秋口に再び始るパンデミックを考えると、気持ちは暗くなる。
 100年に一度の経済恐慌と一口に言うが、その実態が具体的に、これから10年にかけて姿を現してくる。
 それが、誰も直前になるまでわからないから、社会不安が大きくなる。 サバイバルの時代である。

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2615, 東京湾 漂流死体は語る 2
2008年06月01日(日)
  
東京湾 漂流死体は語る」?読書日記
                   海上保安庁 岸善朗著
 漂流死体の身元や、死因を調べていくうちに、あまりに悲しい気の毒な理由を知る。
世の中は、一度道を踏み外すと過酷な人生が待っている。その中で最も悲惨なケースを抜粋してみた。
アルコールとギャンブルで狂った男の犠牲者の母娘のケースである。正視できないとは、こういうことか。
ーー
巡視艇が死体で揚収した女性は生前、荒川の上流にある土木工事現場の飯場で働いていた。
粗末なプレハブの寮で、十九歳になる娘と共に住み込みの賄い婦をしていた。
亭主がどうしようもなギャンブル狂で、競輪にうつつを抜かし、当時山谷と呼ばれたというところに寝泊まりをして、
ほとんど妻や娘のもとに寄りつかない。 しかも、競輪で金をすっては、すってんてんになりにっちもさっちも
いかなくなると決まって妻のところに舞い戻って来た。 そして、駄々っ子のように金を無心。
酒に酔っては妻と娘は、そんな男から逃げ回るように関東近辺の飯場を転々と渡り歩いていた。
そして、幾多の流浪の果てに、辿り着いたのがこの飯場だった。二人にとってここは束の間の安住の地であった。
しかし、二人はすぐに男に居場所を突き止められ、探し当てられてしまう。そのたびに男は妻と娘に金を無心し、
それが叶えられないと容赦なく暴力をふるった。 娘は十九歳で精神障害者
母親が飯場の賄いの仕事だけで稼ぐ金はたかが知れている。娘はやがて寮の近くの精神障害者の人ばかりを雇う
縫製工場で働き始めた。その娘が稼いで入るなにがしかのお金と、飯場の賄いで得る僅かな賃金とが、
二人の母子の唯一の生活の糧だった。妻と娘は最低限、雨露をしのぐ場所を与えられ、飯場では男たちに混じって
自分たちの食事も一緒に食べさせてもらうような、そういう困窮の生活を続けていた。

その夜も男はやって来た。世間からは今や相手にされず、酒を呑んでは金を無心し、どうしようもなくなると
妻の髪の毛を引っ張り回すなど暴力を振るった。ギャア、ギャア、と悲鳴をあげながら逃げ回る母を、
追いかけては殴る蹴るの乱暴をはたらく父を、娘はどんな思いで見ていたのだろう。
飯場の同じ屋根の下に暮らす住み込みの管理人の老婆だけがその光景を目撃している。
その夜、母と娘はどんな思いで飯場の寮を出て、どんな思いで川辺までの道を歩いていったのだろう。
生きる望みもなく、夢もなく希望もなく、どんな言葉を二人は交わしながら川辺の道を進んでいったのだろう。
妻は、もうこれ以上、男から逃げきれないと観念したのだろうか。
娘には心を動かす好いた男の一人もいなかったのか。母と娘はどんな気持ちで冷たい川の中へと入っていったのだろう
(二人の死体からは、一切の薬物反応も検出されていない)。 それを思うと、この母と娘が不憫でならない。
川辺には二人の靴と、娘のクリーム色の色槌せたビニール製の鞄とが残されていた。
数日後、地元の警察が、二人の靴と娘の鞄とを発見した。
鞄の中には、娘の勤務する町工場の給料の明細書が印刷された茶封筒が入っていた。
娘の遺体は、荒川の上流の岸辺に引っ掛かっているところを発見され、警察に揚収されたが、
母の遺体は娘のもとを離れ、荒川から東京湾へと流れ出て、はるか川崎の沖まで漂流していたのだった。
ーー
心中したことを、この亭主に言っても、ただ頷くだけで無反応だったという。
 ただただ、人間の性の奥底の暗闇が恐ろしく心に響いてくる。 ただ、二人の母娘に合掌である。

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2007年06月01日(金)
2250, 耐震偽装 ?6
            (@⌒ー⌒@)ノおはよ?♪
            
検察の権力への傾斜は仕方がないが、「見せ金」で逮捕は異常である。
それも権力者擁護の露骨な尻尾振りの姿は、自らの存在意義を忘れた憐れな哀愁さえも感じとれる。
税務署員が自らの成績を上げるための、あの醜悪な行為に酷似している。
この一連の常軌を逸した行為は、歴史に残るスキャンダルである。 安部は間違いなく短期で消滅する! 
憲法など、おこがましい!  最近は死語になっているが「チャンチャラおかしい!」が、ピッタリの言葉である。 
小泉の政策は大筋で果して正しかったのか?  それとも間違っていたのか?
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Pー420
僕を担当した上島検事にお聞きしたい。「アパの物件の構造計算書が改竄され、地震力が低減している。
大規模な地震が来たら倒壊の可能性がある。ヒューザーの場合と同じだ。
それを、国土交通省は、意図をしてやったと証明できないなら偽装とはいえない。
よって発表しない、といっている。でも、意図しようが、しまいが。
改竄も偽装も同じ。低減は低減、犯した罪はゆるされないんじゃないですか?
それに、そもそも意図したとか、しなかったとか、誰が判断できるのですか?国土省のコメントは正しいのですか」

今、この日本で、アパの偽装物件を糾弾するのは、イーホームズが消えた中、もう僕個人しかいないのかもしれない。
僕はイーホームズの創業者として、その代表として、スタッフが発見したアパの不正を伝える。
同時にアパの不正を隠蔽しようと、力を出す者たちを炙り出したい。ヒューザーとまったく同じ偽装の状況であるにかかわらず、
この事実を社会に公表しないで、入居済みのアパマンションやホテルに、多くの人間が家族と暮らしたり、利用していることを。
より厳密に語りたい、「耐震偽装事件」は、偽装されてしまう構造計算プログラムの運用プロセスを認定した国の責任であり、
悪用した設計者の責任である。この「耐震偽装隠蔽事件」は、ロッキードリクルート事件とは次元が違う。
お金だけの問題ではない。*国民の命の危険を隠蔽しようとする者がリーダーになる国を、誰が「美しい国」と呼ぶだろうか。
このリーダーたるものが、何を恐れて隠蔽を図るのだろうか。
   解)阿部への憎しみが出ている文章である。 あの男の自壊は始まっている!間違いなく。
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Pー434
ヒ発表をしたューザーの時は1~2ヶ月でほぼすべての物件の調査が終えた。アパに関しては、僕らが2月から8ヶ月が経つ。
この不公平の処置はが、元谷代表が安晋会の副会長を務めている功績だとしたら、
この国は取り返しのつかないのではないか。 僕は憔悴しきっていた。そこで賢人に相談をした。
賢人は一言、「アパとプリンス(安部)は繋がっている。プリンスを守る力は今は止めることは難しい」といった。
それは誰ですときいても、賢人は、「それより身辺に気をつけろ。今やられたらすべてがお終いだ」
と語るだけだった。そして、「東吾が踏み込んだ藪には、想像を超えた`蜂の巣’があったんだ」と、付け加えた。
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 解)ここまできたら、もうアフリカレベルの独裁国家である。あれはプリンスではない。 隷属国家の・・・・
               SeeYou**( ̄∀ ̄*)ノ
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2006年06月01日(木)
1885, 友、遠方より来る
            おっ w(゚Д゚)w ハァョ?  
一昨日、静岡の島田市から学生時代の友人が遊びに来て一泊していった。
37年ぶりにジックリとそれまでの人生を話あったが学生時代の友人はよいものだ。
午後は新津のフラワーガーデンと、北方博物館、福島潟を案内、夜は新潟駅前と古町で一時過ぎまで飲む。
昨日は車で弥彦まわりで長岡までドライブをしたが、親会社の重役が亡くなったと電話が入り、早々帰っていった。
来年のゴールデンウィークに、今度は私が島田に遊びに行く約束をした。
あの辺りは、東海道53次の幾つかがあり見所があるようだ。39年前に欧州に同じグループで行って知り合った友人。
一ヶ月の共同生活は、数年間の下宿生活と同じ位の親しみをおぼえる。
トヨタ系の部品の関連会社の子会社の社長をしている。やはり欧州友達の深井氏が10年前に亡くなったことを知らなかった。
彼が言うには、東京から名古屋までの東海ベルトラインは好景気という。
その地域を除いた地方は酷い状態ということが一つピンとこないようだった。
実際に飲み歩いた店に殆んど客が入ってないのをみて少しは理解したようだ。
現在考えてみても、多彩な友人に恵まれていた学生時代だった。丁度、昭和40年代前半で高度経済成長期の真っ只中であった。
「学生時代の自由な時間の中で何をどれだけ学んだか、そして多くの人と議論できたかどうかで、人生は決まる」。
人生を振り返って高度成長期に青春真っ只中に重なったことは幸運であった。
島田の友人と会ってみて、つくづくそのことを実感する。この再会も一期一会である。50歳を過ぎてから何ごとも、
そのの気持ちできたが・・ 彼を見ていて、「人生にはつきがあり、ついている人はどこまでもついてまわるもの」と思った。
何代も続いた環境から身についた人間性と、情報と、生活環境が、運をつくる。
できうることなら、つきのある人間とだけ付きあうべきだ。ツキのある人間になれるか?般若心教を暗記するとよい!というが・・
それか「自分はついている!」を口癖にするとよいというが・・・
親は子供の鋳型というが、鋳型の悪いのはどうしようもない?   (*^ワ^*)iバイ

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2005年06月01日(水)
1520, わたしの酒中日記ー1

「酒中日記」という、色いろな文筆家の飲酒に関わる切口の随想を読んで、わたしの酒中日記を書いてみたくなった。
過去のある日を飲酒を切り口として振り返って、その時々の背景を見るのも面白そうだ。
そのカジュアルな酒場の思い出の中に、その時々の心情が思い出される。
前後の脈絡なしで、ただ思いつたまま書くので、過去の時空を気楽に飛び回ることができそうで、
書いていても面白くなりそうだ。 振り返ってみて、酒席で多くの失敗を重ねてきた。
私の人生はその繰り返しといってもよい。それでも、致命傷を負わなかったのは?不幸中の幸いである。
といって、アル中だったわけではない?
 ところで、何処から書くか迷ってしまう。あまりに、美味い酒とホロ苦い酒を多く飲んできた。
いや面白い、楽しい酒を飲んできた。一期一会と思って飲んできたから、美味い酒だったのだろう。
年代を入れ、月日は某月某日で書くつもりである 。 まずは、直近から。
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ー長岡殿町
2005年4月某日

今日は月の恒例になっている酒友との飲み会である。長岡の飲み屋街では、ほぼ行く店は決まっている。
まず一軒目は『山葵』という店。粋な女将が一人、男のようなスタイルで頭にはバンダナを巻いている。
マンガ本に出てくる女板前の姿である。60歳は過ぎているが?見た目には50歳位にしかみえない。
カウンターが7~8席で、奥に5?6人の隠れ小座敷が二つあるが黙っていても料理が4?5品出てきて、
客単価が3500円から4000円位。忙しい時は、下手に注文をすると怒鳴られてしまう。団体が入っている時は、
一人で20人近くを処理しなくてはならないからだ。
(そういう時は知人か娘が手伝いに来ている)魚を中心にした料理を出すが、気が置けないところがよい。
地元のスーパーの背広姿の二人と、私の連れが挨拶をした。懐かしいペガサスクラブの話を嬉しそうにしている。
「私など100回近くも通ったんだよ~」ともいえず、連れと話をしながら聞き耳を立てる。 ??の話していた。
2時間近く飲んで、そこから20mほど離れた「ヒロ」というスナックへ移動する。
20時には、いつも誰もいない。 60過ぎのママさんと、55歳位のホステス?がいる。
ここは21時半になるとお客で満席になる。お客を愉快にさせることに関しては手練手管。
とにかく、知らないうちに興に乗せてしまう。そのため、いつも5~6人の団体客が入ってくる。
若いホステスより、ここで団体や他の客と一緒に朗らかに歌っていた方が面白い。そして満席になるのを待って席を立つ。
さらに、そこから200mほど離れた飲食ビルの『楓楓楓』という店に行く。
以前、よく行っていた店のアルバイトをしていた女性が独立してママをしている。
かれこれ十五~六年の付き合いだ。結婚をして、近くに旦那がスパゲッティーの専門店を開いているが、
とにかく背が高い、177cmとか。ここも気を使わないで済むのがよい。 23時前だが、早々帰ることにした。                                      ー つづく
ー後記ー
このテーマは当分続くが、何が出てくるか自分でも解らない。 酒場は人生の縮図である。

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2004年06月01日(火)
1155, 「しつけ」の話

一昨日は父の命日であった。 今から思うと、父は厳しい人であった。
特に、共同生活と金銭の卑しさに対しては異常なほど神経質であった。昔は何処の家でも、多くの厳しいしつけがあった。
毎日の生活は「しつけ」という言葉の刷り込みで、ほとんど決められていた。
それが良いのか悪いのかは別として、多神教の宗教の日本にとって、宗教的戒律が曖昧であるから、
生活規範があったのだろう。欧米では躾をこどもの時に徹底的に叩き込むという。日本でも以前はそうであった。
中学・高校野球部の優秀な監督が、新任して先ずやることは「躾の徹底」である。
新入社員教育をしていて、タダタダ驚くばかりである。しつけが殆ど入っていない。
それでも、それを隠して入り込んでくるから敵もさるものである。両親が躾ができないのだ。
学校も、親の家庭教育が全くなってないことを知り尽くしているため、初めから躾を入れようとしない。
社会常識や躾をする役割が今では会社の場になっている。しつけの言葉が色いろあった。
まっとうの家庭なら、当たり前に親が子に教え込んでいるはずなのだが。それが全くされてないから困ったものだ。
・弱いもの虐めをするな!       ・ご飯粒を残しては農家の人に失礼だ。
・嘘はつくな
・自分の事は自分でしなさい      ・大人の話しには口を出すな
・玄関の履物は揃えなさい       ・早起きは三文の得
・敷居を踏んではならない       ・他人の陰口はいうな
・贅沢はするな            ・見栄を張るな    
  等々書けばいくらでもある。

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2003年06月01日(日)
788, 産能大学ー講義レジメ
  
  ー来週の産業能率大学ー講義のレジメと一部内容である。
1、ペガサスの軽い説明と、チェーンストアの現状
2、現事業の立ち上げの戦略とプロセス
3、創業とは、創造とは
4、もし私が、今あなた方であったら、最優先で何をするだろうか
5、現在の景気について
  ー「ペガサスクラブ」について
チェーンストアを束ねているコンサルタント会社である。
40年前に、日本にも新しい流通経路をつくる為にアメリカのチェーンストアに学ぼうとしていた。
ジャスコヨーカ堂ダイエーの創業者達が、読売新聞の記者をしていた渥美俊一のもとに勉強会を作った。
それが発展して、コンサルタント会社の「ペガサスクラブ」が出来上がった。
私自身、設立の年にジャスコに入ったが、一年で辞めて産能大学の二部に籍を置いていたことがある。
その後金沢の衣料チェーンの「いとはん」という会社に一年半在社した。その会社もジャスコの偶然だが傘下に入った。
そういう経験を含めて、チェーンの内部からそのシステムを見てきた。また会社設立から「ペガサスクラブ」に入会した。
 ー現事業の立ち上げについてー戦略とプロセス
スペシャリティーホテルを当時、日本で初めて創った。
 オールシングル  統一料金  ロープライス
ー創業ー創造について
 カタチつくり (カ・カタ・カタチ)
 カー神・発想  ター田・型  チー血・エネルギー・道
ーもし私が、今あなた方であったら、何をするだろうか
 人生のトータルデザインを創る  ホームページを作成する
 資格を取る           哲学を学ぶ
 世界を旅をする
ー現在の景気について
 もうよくなることはない  軟着陸をどういうカタチでするかのレベル

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2002年06月01日(土)
424, 父・堀井誠作のこと -1

一昨日は父が亡くなってまる29年経つ。早いといえば早いし、永いといえば永い年月だ。
父の供養も含めて少し父のことを書いてみよう。
・典型的な明治人で長岡商人であった。
・私が父の44歳の時の子供であり、父に間接的だが溺愛されていた。
・数代続いた骨董品屋の2代目で、父が跡を継いだ時7万ぐらいの資産があったと母から聞いた。
 当時の長岡では3?5万が一応資産家の目安だったというから、 もともと裕福な家だった?
 私のお祖父さんが貧乏で、お金に苦労した。 その為必至に資産をつくり上げたようだ。
・父の代で戦前、それをかなりの資産に増やした。 しかし戦災で大部分失ってしまった。
・戦前は山本五十六とか津上退助とか野本互尊翁等の人に贔屓にされ、かなりの骨董品の商売をしていたという。
・戦時中は仏壇で食いつないだという。
・戦後は長岡の大手通の4つかどの土地を手にいれ喫茶店を少しやり、
 古着屋に転業、そして衣料量販店で全国的にも知れるほどだった。

以前父のことを書いた文をコピーしておく。
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ーH0505小説のような本当の話!ー
 十数年前、父の七回忌の早朝、母と花を持ち墓にお参りに行きました。
ところがすでに墓がきれいに磨かれており、花が飾られていました。
生前仲のよかった“父のいとこ”が、すでに来てくれたと母と語らい、お参りをしていると、
見知らぬ老人が話しかけてきました。たまたまその寺の近所に住んでいるというその本人がしみじみ語るには
“自分の子供の高校の入学時に、金がなくコートを買ってやれずに、店にいた父に、正直に事情を話したところ、
全く見知らずの自分に、分割払いをしてくれた。それが本当にうれしくてうれしくて!それで父が亡くなった時以来、
必ず命日にこうして掃除をして花を供えている”との事。聞いていて本当に父のすばらしさの一面を知らされた思いでした。
その時、果たして私の七回忌にこんな事がありうるだろうか。
そういう“生き方”を自分はしてきただろうかとつくづく考えさせられる出来事でした。
父の名前は誠作という事もあり、それが本人のコンセプトになっていたのだろうか?当時、
丁度今の会社の理念を考えていた矢先、それが大きなきっかけとなり“誠心誠意”に決まった。

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2001年06月01日(金)
言葉の トリック

宗教家とか占い師そして政治家がつかう言葉のトリックに次のような方法がある。
宜保愛子がこの方法を多用していた。
1.あなたは悩んでいますね。
2.あなたは転換期にありますね。
3.???ははしゃいだ後落ち込んでいますね。
4.小さな動物を殺した事がありますね。
5.近くに水がありますね。ーーーー花が近くにありますね。
6.恋愛に悩んでますね。?若い女性にすべて当てはまるからだ。
これを三十?四十位使いこなせば占い師か宗教家になれる。こういう笑い話がある。
占い師がある男に子供が2人いますね?と聞くと、‘いや3人だ’と答えると‘そうあなたが思っているだけです!’
人間は自分自身の言葉のトリックに身動きできなくなっていることが多い。 宜保愛子があるTV番組で。
・玄関に花か花の絵がありますね?
・右に回ると居間で左が仏間か物置になっていて、居間の左が台所でーーと延々と続く。間違えると首をひねりごまかす。
ほぼ私の自宅と一緒であったのに笑ってしまった。
これに私立の探偵かスタッフに外観か玄関を覗き見れば当たって当然。さすがに最近は出なくなった。
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