都市学を研究家で、スリーマイル島や、チェルノブイユ原発事故などを取り上げている
仏国のジャーナリストが今回の金融危機を一連の原発事故と、同じ視線で捉えているところが新鮮である。
「歴史」の加速現象が、これらの重大事故の主要な原動力として捉える。 これらは偶然ではない。
「歴史の加速」より、現実的なものが加速への移行ではないかと。 このことを「進歩」という。
我われは、「現実主義」の時代を生きているが、一歩ふみこんで「瞬間の時代」に入ってしまった。
このような「できごと」を、切断という特異《唯一無二》の出来事の分析をすることを勧めたい。
《事故》は一つの発明であり、創出された作品である。

「金融活動」は、一つの仮想世界を創出した。しかし、これも現実の一部。
この仮想世界は、植民地に喩えることが出来る異邦性の一形態である。 移住可能な遊星の神話である。
今回の金融クラッシュの被害者は、サブプライム・ローンをかけた人々である。彼らは住拠を失いつつある人々である。
金融クラッシュは、国家そのものを不安定にしつつあり、株価や土地などの価値を落としていく。
我われは未来の生きられなくなってきている。 そこで、現在しか生きられないが、現在にさえも生きられなくなっている。
それが我われが現在経験していることである。 これは、原発事故が現に起こったときと同じこと。
人は「起きていること」を見抜かなければならない。無理解は恐れを大きくする。
私たちには恐れている暇など与えられていない。最も恐れるべきは、生活の全領域まで及ぶ、
個人的で内密的やる気無さです。あれやこれや、個人として行うことに及び腰になることである。
ーーー
解)解ったような解らないような内容だが、要は地球全体に大きな影響を及ぼす大規模な事故と捉え、
 割り切って手を打つべきということ! とにかく次の爆発を最小限にし、多くの教訓を吸収すべきである。
 従って、チュルノブイユ原発事故と同じく二度と起きないように原因を展覧すべきである。
 昨日の昼飯で寄った喫茶店にあった「週刊ポスト」の中で‘たけし’が
 「今回の大不況は事故だから、派遣切りにあったホームレスに仮設住宅を与えろ、っちゅうの!」と、
 のたまっていた。もしかしたら、誰かが知恵を与えたのでは?と思ってしまった。
 日本中に一人当たり1万2千円をばら撒くより、ずっと大事なことである。
 そこで、麻生のズレタ感覚を面白おかしく茶化していた。
 職安で、仕事を探しに来た若者を相手に「自分の目的を持って仕事を探しなさい」と言った世間知らずは、
 あまりに御坊ちゃまと!
 
・・・・・・・・・・