2004年05月19日(水)
1142, 自由について −2

「自由ほど不自由」ということを感じたことを誰もが経験していると思うが?
これは「自由な自己決定」を迫られる「不自由」ということにある。
自由とは主体的であるということだが、その主体ということが怪しいのだ。
主体的と思いこんでいるだけでしかないことに気がついてないのだ。
その主体も外的要素によって規制されているから矛盾が出てくる。

目の前の「自由」が、ちゃんと何かによって規制されていることを嫌というほど、
思い知らされていることを。人生経験の中で主体と思ってきたことも、
所詮は限定された世界の泳がされてきた小さな池の魚でしかなかったことを。

主体を「気短」という説がある。なるほど、面白いドキッとする内容である。
主体的ということは、気短で、その結果として目先の判断で動いているだけという。
なるほど、そうかもしれないところが、身に沁みる。自由から、何で気短に行きつくのが不思議であるが。

現在の社会の様々な問題の根底の部分に、「自立した自己」や「自由な主体」などの、
幻想が潜んでいるのではないだろうか。「ゆとり教育」とかいうものが、
幻想でしかないことを国は気がつき始めた。国民レベルは、それが幻想ということを初めから知っていたが。

自由は戦いとるもの、積極的な自己目的を追求する姿勢の中にこそある。
「不自由論」という本がある。曖昧な自由論を批判している内容である。
風刺漫画を思い出した。「夫婦が、お互いの首についた紐を握りしめ溜息をついている絵」である。
何とも不自由そうであった。

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【-自由について-】

・あまり安価で手に入れたものは軽く扱われる。
自由のように神々しいものが高価でなかったら、実におかしいではないか。
                    −ペイン
・人間の自由を奪ったものは、暴君でも悪法でもなく、社会の習慣である。
                    −J・S・ミル
・痩せた自由は肥えた奴隷にまさる。
                    −イギリスのことわざ
・自由は外的な事実の中にあるものではない。それは人間のうちにあるのであって、
 自由であろうと欲するものが自由なのである。
                    −エルンスト
・自分自身を支配できないものは自由ではない。
                    −マッティアス=クラウディス
・自由に気がついていないときこそ、人間は一番自由なのだ。
                    −ローレンス
・自由は責任を意味する。だから、たいていの人間は自由を恐れる。
                    −バーナード・ショウ
・人間が自由であり得るためには、神があってはならない。
                    ーシェリング
・自由であるとは、自由であるべく呪われていることである。
                    ーサルトル
・真に重大な自由はただ一つです。それは経済的な自由なのです。
                    −モーム
・自由は新たな宗教であり、われらの時代の宗教である。
                    −ハイネ
・ビロードのクッションの上に大勢で座らされるよりも、
 カボチャの上に座って、カボチャを自分で占領した方がいい。
                    −ヘンリー・ダビット・ソロー
・自由を愛することは他人を愛することだ。力を愛することは自分を愛することだ。
                    ーハズリット
・おお自由よ!汝の名においていかに多くの犯罪がなされたことか。
                    −マダム・ジャンヌ・ローラン

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