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2002年5月18日
410, 自分の人生ー いろいろの悩み−2
昨日の続編でもある。
書いていて、改めて中学の担任の先生の悩みの深さに気づいた。
それすら理解できない子狐レベルを除けば、それぞれの人が理解できるし、身につまされる問題である。
それでは「自分の人生」とは何であるか。やはり親からの自立である。
あるいは、育った環境ー社会からの自立である。そしてその人独自の生き方が自分の人生でないか。
しかし、それ(自立とか脱皮をしない人生)も自分の人生ではないか?という疑問がでる。
しかし自分の趣味とか、与えられた環境をフルに生きれば、それが自分の人生といえる。
そういう意味で、先生にとって適正でなかったのかもしれない。
80?の人はやはり先生の悩みに近い悩みを持っている。
「自分の人生これでよかったのか?」という疑問を持っている。
サラリーマンも事業家も100?は最後は挫折するという。
勝ち組の人も、最後は後進にその立場を譲らなくてはならない。
後進の人や事業そのものもは、その人を乗りこえるため、それまでの破壊を始めるからだ。
そしてその時初めて敗者の気持ち立場が見えてくる。
その年齢の景色を正直に先生が話されたのだ。
おそらく先生の過去の行蔵の中に、いっぱい宝が詰まっているはず。
気づかなかったのかもしれない? その年齢に段々近づいてきている。
50歳代後半から60歳に訪れる、最大の人生の危機の典型ではなかろうか
そう、初老性鬱病!
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