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2006年05月07日(日)
1860, ローマから日本が見える−11
おはよ〜!(*^ワ^*)i
−読書日記ー
《その戦法を知りながら、
騎兵力を増強できなかったのか?》
ローマ軍には騎兵を増やそうにも増やせなかった事情がある。
この時代には、鐙が発明してなかったので、自分の両足で馬の胴体を
締め付けて乗るしかなかった。
この技法は子供の時から馬に乗りなれてないと到底乗りこなせない。
ちなみにハンニバルは、カルタゴの同盟国の北アフリカのヌミディア人と、
ガリア人という、騎馬に長けた民族が参加していた。
またローマ軍の主体が重装備歩兵であったため、騎兵中心に変身しにくい要素があった。
重装歩兵がローマ軍組織としてあまりに中心過ぎて、これを変えるとローマ軍の
組織そのものが弱体化してしまう恐れがあった。
《ハンニバルの誤算》
ハンニバルが限られた手勢でアルプスを越えて、単身イタリア半島に
乗り込んできたのには、もちろん彼なりの計算があった。
戦いに勝ち続けていれば、ローマ連合も盟主ローマから離反し、
寝返ってくる都市が続出すると踏んでいた。
ところが、ハンニバルの予測に反して連合軍の連帯は強固であった。
ローマが長年かけて造り上げた「政治的建設」は、ハンニバルの心理作戦でも
揺らぐことは無かった。
茶でも!~~旦_(-ω-`。)
《スキピオ登場》
(字数の関係でカット、2008年05・08)
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