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2004年05月05日(水)
1128, 「ライフ・レッスン」ー10
ー忍耐のレッスン
「耐えることは信じることー信仰をもつことーに似ている」という著者キュープラ・ロスの言葉がよい。
耐えることによって、その信仰は深く強く根を地中深く入っていく。
『石の上にも三年』も、耐えることの重要性をいっている。
耐えることによって、はじめてレッスンにまで高めることができる。
『耐えがたきを耐える』のが忍耐になる、いずれは、うまくはいくのだからという信念をもって。
忍耐にも、じっとしているべき時にじっとしている忍耐と、積極的に立ち向かいながら耐える忍耐がある。
また絶望に中で、その絶望を受けいれる忍耐がある。それぞれの忍耐を経験するのも人生では必要なことだ。
ー以下は抜粋である
・忍耐の要諦は、すべてはいずれはうまくいくものだと悟るところにある。
宇宙の計画を信じる力を養うことだといってもよい。でも、その悟りはすぐに忘れられる。
だからこそ自分が思うとおりのタイミングで進行させるべく、状況をコントロールしようとする人が多いのだ。
・忍耐はある意味で、筋肉のようなものである。普段からつかってないと、
いざという時に役に立たないものだ。日常の生活の中でささやかな忍耐の筋肉を使ってなくては。
・「結果でなくてプロセスを大事にすること、自分の感情とつきあうこと、
起こっている事態が送ってくるメッセージに耳を傾けることを学んだみたい。
宇宙の力と自分自身の力を信じることもね。自分の中にこんなにつよい力があり、
必要なときにそれを使うことができるなんて、考えてもなかったもの。
何を変え、何を受け入れるかも学ぶことができたみたい。」
・人生は経験の連続だ。たとえそのときの自分がわからなくても、すべての経験には理由がある。
何らかのメッセージがある。だが、いらいらして「これはまずいぞ!この事態を変えなくては!」
と思っているうちは、そこからレッスンを学ぶことはできない。現におこっている事態を否定したり、
泣言をいったり、変えようとしたりするのでなく、黙然とそれを経験すればよい。
・時間は楽しむためにあるって思えるようになったんだ。そう考えれば、楽しいことはいくらでもある。
この世界には力がある。みえなくても、気づかなくても、すべてのものごとは善の方向に向かっている
ことを信じてほしい。それが信仰というものである。耐えることは信仰を持つことと同じことなのだ。
いかなる状況、いかなるときにあっても、宇宙があなたの人生にもたらすものは、
あなたがそうなることになっているような人になるために必要な経験である。
真実の鍵は信じること・・・耐えることにある。
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【-忍耐について-】
・忍耐は仕事を支えるところの、一種の資本である。 −エドマンド・バーク
・天才とは強烈な忍耐者である。 −トルストイ
・艱難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生ず。
−「新約聖書-ロマ書5章」
・忍耐――肉体的な小心と道徳的勇気の混じり合い。 ーハーディー
・堅忍という美徳は、しばしば頑固と混同される。 ーコッツェブー
・君の心の庭に忍耐を植えよ、その草は苦くともその実は甘い。−オースティン
・我々は現在だけを耐え忍べばよい。過去にも未来にも苦しむ必要はない。
過去はもう存在しないし、未来はまだ存在していないのだから。 −アラン
・重要な事はなにを耐え忍んだかという事ではなく、いかに耐え忍んだかという事だ。
−セネカ
・世の中の事はなんでも我慢できるが、幸福な日の連続だけは我慢できない。
ーゲーテ
・忍耐――それによって凡人が不名誉な成功を収めるくだらない美徳。
−A・ビアス
・大いなる精神は静かに忍耐する。 ーシラー
・現在我々は悪い時期を通過している。 事態は良くなるまでに、恐らく現在より悪くなるだろう。
しかし我々が忍耐し、我慢しさえすば、やがて良くなる事を私は決して疑わない。
−チャーチル
・立派にやり遂げたことに対する最大の報酬は、それをやり遂げたことそのものにある
−ボルテール
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