■
2004年04月23日(金)
1116, 「内面なんて、見せかけだけのもの」
何気なく図書館で立ち読みをしていたら、この言葉が飛び込んできた。
早速借りてきて読んだが、一理あるようなないような。 しかし面白い内容である。
ー抜粋をしてみるが、際どい内容だが、まあいいだろうー
老詐欺師が私のおだてに乗って、自分の若いときの女性遍歴を話し始めた。
よくぞまあ、こんなことまでという内容であった。 その話も終盤にさしかかったとき、
私は彼に、「・・女性の、どんなところがあなたはいいと思いますか?」
と訊いてみた。しばしうつむいて考えていたが、やがて「・・・やっぱり、美しさだね」と言った。
「それは・・・顔の?それとも、内面の?」と私。「顔だよ。顔。それしかないよ」
「内面とかはどうでもよいこと?」「・・・きみはね、まだ若いね。いいかい、
内面の美しさなんてものは、見せかけにしか過ぎないんだよ」
「内面なんて見せかけだもの」という言葉は、ズット私の言葉に残った。
それから十数年の間に、わたしもかなり、さまざまの女性とつきあった。
もちろん仕事上だが。 例外なく心の美しい人たちであった。
彼女たちは心が純粋で、内面が美しくて、それのみを自分の価値観として生きてきて
ビジネス的な話は何ひとつ理解できなくって、それどころか、私の方にも
内面の美しさを要求し、つまり金などという汚いことを云々するなと,強要してほどほど困った。
一方で、外面〜顔〜の美しい女性は世間に対する見栄を大事にして、
シビアなプロの論理をキチット応えてくれる。こちらが芸能プロダクションということもあって、
求めているのが綺麗であることだけだ、というプロの要求にシビアに答えてくれた。
そういう体験をするたびに、あの老詐欺師の言葉が、常に私の脳裏にフラッシュバックしたものである。
ーー
以上であるが、社会生活の中では女性の職場が多かった経験を話すと実際のところ、
当たらずとも遠からじである。美人ほど、冷たく心汚いと思っていたが、その逆であった。
コンプレックスが無いことと、常に愛されている状態にいるせいか心豊かな人が多い。
「私は特に美人が好きだ、だから貴女が好き」と思って接すると、相手も解ってくれるから、
逆に気持ちが通うケースが多かった。 まあ、人畜無害と思われていたのだろうが。
もっとも美人でも卑しい人間も多いが、両親などの家庭問題があるからだ。
それと自称美人と思い込んでいる人も例外になるが。
「内面なんで見せかけ」という言葉は偽善という意味あいもある。
心が綺麗なわけがない、そう見えるだけ、そう本人も思いたいだけとも
いえる。多くの人をこなしてこなくてはいえない言葉である。
ー唐沢俊一 「壁際の名言」 海拓舎 長岡中央図書館
・・・・・・・