閑話小題 ~霊感について

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   * このところ、神秘体験について問題にしてないが…
 この感覚は、何かの切っ掛けで現れ出てきて不思議な現象に振りまわされる。
この感覚の持ち主が身近にいて、その影響を受けるケースがあった。意味ある
偶然の一致が多く、幽体離脱、研ぎ澄まされた直感など… 過って何度か、
ここで取上げていた。そのキッカケが父親の死であった。 元もとあったが、
父親が亡くなる時に、身近にいて私に小さなビル建築の立上げの手助けをする
過程が魂の共同作業になっていた。と同時に、父親の死の恐怖の共同体験を
することにもなっていた。 その負のエネルギーの強さは、何とも云い難し!
 婿取りの長女夫婦の実息子の兄と私への露骨の追いだしが、父親の死直後
から始まっていた。姉夫婦からしたら共同創業者だが、父親からすれば、関係
ない。その違いは、あまりに多くの思惑を踏んでいる。 
 
 外的な付き合いは、全て姉夫婦の担当。仕入れは父親が全権をもって、それ
そのものを楽しんでいた。 内的鬱憤を仕入れに集中していたワンマン経営。
大手通りの真中で、店舗規模は小さくても目立つ存在。 周囲からみれば、
長女夫婦と、実子の二人息子の対立は、その時節が到来すれば目に見えていた。
 両親とも、気兼ねがあってか、理想的な人物として扱いは卑屈なくらい丁寧。
父親にとって、それは有難い助っ人だが、そこに跡目相続の永遠の問題が深く
複雑に絡みあうことになる。自分の立場からして、両親の愛情を一身に受けて、
いれば、御身が安泰の立場…小賢しい末っ子である。ならば、それでいけば
良いと… 現在に至っている。社会学の学問が、これほど難しい世間を面白く
客観視させてくれる。

 前置きが少し長くなったが、背景から説明しないと、共同意識とか、父親との
魂の融合が理解できないのは当然の理になる。大相撲で大鵬の孫が3人、角界
入って活躍をしているが、これも大相撲の世界を知ってこそ、少しは理解可能。

 ♦ これは本当に本当だが、偶然、今日のテーマの関連を書いてあった!
  そう先は長くないんじゃないかな… 危ない感覚になってきた。
・・・・・・
7060,閑話小題 ~新宿ねずみ -2
2020年07月13日(月)
      < 歌舞伎町 ラストトーキョー はぐれものたちの新宿
        2019-08-12 | ドキュメンタリー >
   * 母の生立ち
 私がモノ覚えがついたのが、生後半年ぐらいから。一般的には3~4歳という
から、長岡空襲の焼け野原の中、それなりの空気があったのだろう。ただ両親が
必死だったのが直に伝わっていた。年齢的に同世代の両親の時代背景が、共感を
振幅させる。私が住んでいた学生寮は、歩いて30分のところ。学生運動華やか
なりし時である。これを見ていて、如何に両親に大切に育てられていたかを
思い知る。理想に近い学園生活。時代は右上がりの高度経済成長の最中…!

≪ …新宿は世界一、乗降客が多い駅、その中の新宿の町と母を撮る。
 母、71歳:子供の頃、父に愛人ができ、父はほぼいない母子家庭で育った。
たまに父が戻ると、母を殴っていた。と記憶にある。お金は、父、父の愛人
からもらっていた。大学の費用もだしてくれ、学生運動に参加した。
歌舞伎町近辺でデモなどをした。
そこが彼女の原点になり、大学を出て27歳で歌舞伎町、ここを選んだ理由。
デモなどをしていたので、ここで何かをしたいと思ったそう。
麻雀屋を開業する。多額のお金をかり20代で始めた。
 新宿のねずみ、と自称する。今では3店舗の経営者。45年続けている。
31人女性従業員がいて、みな70代以上か~ 全員、とてもお元気。
 母は晩婚で信用金庫勤務の夫をもち、一人娘を産む。
それがディレクターの映絵、何と読むのかな?
父は74歳:退職し、町内会の仕事をしている。元気。
娘には子供の頃から歌舞伎町に入るな、といい育ててきた。良い職につける
よう、塾へ多数いかせ、遅刻もしないで、勉学に励むことをいってきた。
◉ 娘は勤勉、レールに乗り、NHKに入ったのだろう。 
 歌舞伎町は五輪などで再開発がかかり、大きな変化の時期。町はだんだん
効率よくなり、古い町からとおざかっていく。母は、平成が終わる時、店を
閉めようと考えた。近くに麻雀チェーン店ができていきたこと、古いやり方
ではダメかと思っていた。 最後のキャンペーンを考える父母。お客さんも、
従業員もみな高齢になったこともある。
18年、父に肝臓がんが見つかるが、幸い手術ができ、元気になった。
母は、社交ダンスを習っていて、これがとてもいい。
スタイルも71とは思えないほど!
19年2月、考え方が変わり、若い人たちにも来てもらおうと、
もう1回ここから、がんばっていこうと思うようになった。  ~つづく ≫
 ―
▼ 歌舞伎町に出入りする人たちは、底辺の人が主。彼らは筋金入り。
 踏まれても踏まれても立上ってくる強さがある。母親は27歳で7千万の
借金をしてマージャン店を開業。夜半に娘の布団に入りこみ、呟く!
『怖くて、恐ろしくて』の本音を呟く。 「20歳で創業者になる!」と、
宣言したが、何の能力がベースに存在しない。それなら、無理をして、
「自信があるフリ」をせざるを得ない。「最初は誰も、そうだ」と気づいた
のは、何度か立上げを経験してから。風にむかって、然も自信ありげに
背中に帆をたて、立向かうしかない。不安で、恐ろしくて、出たとこ勝負。
、27歳でマージャン店を開業するには、それなりの訳あり…? 

・・・・・・
6693,閑話小題 ~二日月(山岸凉子スペシャルセレクションⅧ) -1
2019年07月13日(土)
          『人生を狂わす名著 50』三宅香帆著
   * つまらない真実 VS 面白い嘘
< 物語とは何のためにあるのか? 面白いから… だけど、ただの娯楽と
 言い切るにはあまりにも私たちをつかんで離さない。虚構の物語は、言って
しまえば、ただの嘘なのに。物語という「嘘」の装置は―― 時に事実を述べる
よりもずっと深く誠実に、「真実」を語ることができるから。
山岸先生の『二日月』の中の『朱雀門』はこの芥川龍之介の『六の宮の姫君』
を題材にした現代の話です。> 
 このテーマ日記も、旅行記から、創業の話、読書録など身近なテーマを
「物語風」にまとめて書いている。身近な人や、一年後、数年後の私に理解
しやすいことを前提に。そこには誇張と、主観が入りこんでしまうし、それが
売りの個性と自分勝手に決めつけている。そう割切らないと、18年も続かない。
 
  ~まずはネット検索での山岸凉子朱雀門』あらすじ
《 話は女子中学生の千夏(ちか)が家で芥川の『六の宮の姫君』を読んでいた
 ときに、叔母の春秋子(すずこ)のお見合い用の着物を呉服屋が届けに来た
ところから始まります。

 春秋子はイラストレーターで、32歳の独身。千夏は、自分の好きなことをして
自立して生きているカッコイイ春秋子に憧れています。
 そんな春秋子が着物を着てお見合いに臨むことに、千夏は少しガッカリ。
背景には、春秋子の母(千夏の祖母)が病気で入院して、いつまでも一人でいる
春秋子を心配していたことがありました。

 そして春秋子は母が亡くなったのを機にさらにお見合いに本腰を入れ始めます。
千夏は、化粧も服もバッチリ決めて気合いを入れてお見合いに臨む春秋子を見て、
全然らしくないと失望します。
 ただお見合いは何度やってもうまく行きませんでした。ほとんどは春秋子が断る
のですが、たまに気に入った人がいても今度は相手に断られるというパターンです。

 そんなある日、芥川龍之介の『六の宮の姫君』を読んでいた千夏は、たまたま
訪れた春秋子とその小説について話をします。
 千夏が「姫君があまりに可哀想」と言うと、春秋子は六の宮の姫君はたしかに
芥川が書いたようにふがいないのだと言います。
 そしてこの話で芥川が言いたかったことは、「『生』を生きないものは、
『死』ぬに死ねない」ということだと指摘します。 》
 
 ―
▼「じゃあ、『生』を生きたのか?」「『生』を生きるとは如何いうことか?」
の問いが成り立ってくる。<準備を含めた45年の創業人生。本当に生きていたか?
生きたと思い込んでいただけではないのか?>と。マトモに生きてこなかった輩、
その鬱憤を身近な粗を探すことでしか自分を表現できないため、それは辛辣。
極限の、いや極限を超えた人生ということか? とすると? 如何だろう?
 そこで、芥川の『六の宮の姫君』とは、如何なる内容か?  ~続き。

・・・・・・
6330,閑話小題 ~緩慢たる自殺
2018年07月13日(金)
    * 理想的自殺の方法
 先週の同期会のテーブルで、手術から5年経過した肝臓癌の男が、毎日五合の
酒を飲んでいるという自虐的告白から、これは緩慢なる自殺ではないか?の話に。
そして死期の確定時の自殺の良し悪しから、自殺方法へと、話は移っていった。
自殺方法など、普通は話題にしないためか誰もが聞き耳を聳てていた。
 こういう話なら、駅前ホテルをしていたこともあり、事例ネタは充分にある。
問題は、深刻なネタを笑ネタにすること。 30年で、平均3年に一度位だろうか。
 当事者として、自殺事情と方法の報告義務があるようで、マネジャーからだが、
詳細を聞いてきた内容といえば~
<・印象に残ったのは、開業5年目の最初の自殺。家庭内トラブルで家出をした
 30歳位の女性。ユニットの湯槽で、大量のウィスキーと睡眠薬を飲んで、酩酊し。
そのまま水死した自殺。知らせを聞いて駆け付けた迷惑そうな義父と旦那の態度に、
警察の担当が、驚き、飽きれ、怒っていた!という。女性は、湯槽の下にシーツを
置いてお湯を入れて、自分の遺体を持ち出しやすくしていた気づかいがあったと…。
この部屋の取扱いを自ら判断しなくてはと考え、一週間、誰も泊めず、その間に、
近くの神主からお祓いをしてもらい、私が泊まることにした… 別に変な現象は
無かった。 しかし、20年程したある日のこと、その部屋に泊まったところ、
夜半にユニットから『ウェーン』という人の泣声のような音が聞こえてきた。 
恐る恐るドアを開けると、電気を付けっぱなしだった換気音が、泣声に…。 
としても、普段とは違う泣き声な…。 翌日、事務所に行って暫くすると、
マネジャーが、青い顔をして、『社長の泊まった部屋の真ん前の部屋で、自殺が
ありました』との報告。その泣き声?が、あまりに生々しかったことも含め、
震えあがっていた。間違いなく、人知に及ばない世界が、この世にはある。>
<・次は、哀しい話。服を掛けるフックで首吊りを自殺をした男性。警察が、
 身元を調べると、アパートに同居していた連れの女性が最近、亡くなっていた。
しかし、二人の身元とも虚偽で、身元不明者。何があったか知らないが、得体の
知らない闇が有りそうだが、手がかりは全くないと。それも、出会ったばかり?>
一つ間違うと誰の足元に転がっている、在り来りの事情故に生々しい哀しさを誘う。 
多くの人に囲まれて死んでも、死ぬときは独りである。やはり生きているうち!

――――
2001/12/21
[157] 自殺
ホテルオープン後5年で初めて自殺が出た。
やはりくるべき時がきたかというのが実感であった。
まだありありと憶えている、警察が呆れていたいたことを。
「確認に来たあまりに冷たい旦那と舅の態度を。」
‘表象’を見ただけだからその2人のことを責める事ができないが。
まずは神主を呼んで御祓い、その後1週間客を泊めず閉鎖。
その後私が泊まる。さすがかなり酒を飲んで、酩酊状態で泊まった。
そのバスで(亡くなっていたバスに入ったが、怒りでそのドアを殴りつけた。
その跡は今でも残っている。今でも新潟で泊まる時は7割がたその部屋である。
ヤクザとか危ない客(私もそうか)が来るとその部屋に泊めるという。
その4年後再び他の部屋で自殺、その後、2~3年に1人の自殺者が出ている。
 朝7時前に自宅に電話があると、ああまた!ヤクザの脅しか、自殺かと!
最近ヤクザのそれはほとんどなくなったが。「ヤクザは自動的にに3秒で
暴力団担当’と‘機捜’と‘駅前交番’に電話する事がマニュアル化して
あり、これは彼らは情報で解っているから絶対にこない。」
 間抜けな流しが時に来るが、すぐ赤い顔をして出て行く。
最近では、「最期の部屋に泊まって戴いて有難う」と思うようにしている。
自殺方法と、その事情を詳しく知るにつけ、人生の深遠さに身も竦むことに…。
見事な死にかたにバスタブにシーツを敷きその後、お湯を一杯溜め睡眠薬
ウイスキーを飲んで溺死。もし死にたくなったら一番よい方法ではないか。

――――
2001/12/19
[138] 夢についてー8

 (今まで見た夢で印象に残っている夢をかいてみます)
海岸線に飛行している夢ーこれは自己実現に対し欲求不満が原因らしい
谷の間を飛行している夢ー最高の気分
お城の天井裏に姫と家臣が隠れ住んでいるイメージ
白熊に追われ港のヘリに立っているイメージ
長岡の大手ドウリの店ー子供のころの3階の部屋の夢
どこかの町でトイレを探している夢
大学の時代いた寮の部屋の夢ー葬式の式段に自分の写真が飾ってある夢
5歳のころ一番上の兄が死んだとき白馬に乗って天に昇っていく夢
母が白い巡礼の服を着てーそれも7~8歳の姿で、
もう亡くなった不運の一生だった叔母が見ている夢
ー母の生前の10年前の頃
あまりに鮮明に見えるので確認のためもう一回みるとピンボケになっていた夢
お寺みたいな屋敷を入っていくと廊下があり、その向こうに池がある、
その池が幻想的である夢

――――
2003/04/25
不思議-シンクロニシテー

 以前にもシンクロニシティーについて書いたが、また書く。
親戚の葬式で不思議なことがおこることが多い。
不思議な現象で特に多いのが虹だ。5~6回はある。先日も葬式から
帰ってきて散歩にでると、過去15年以上を散歩をしているコースで
初めて大きな虹を見た。ああまた出たという感覚である。

 その中で一番凄かったのは、7~8年前に義父が亡くなった時である。
葬式が終わり柏崎から車で帰ってくる曾地峠で虹が7回も次々に出て、
その下を通ってきたのだ。曾地峠は過去に数百回は車で通っているが虹が
出たのは勿論はじめてである。
 
 以前にも書いたが、ゾクッとしたのは8年前に近くの分家にあたる
従兄が自死した時のある現象である。
納棺の時に、突風が自宅に吹き込み桜の花吹雪が舞い込んだのだ。
写真を撮っていたが、汗びっしょりになった。
そして納棺が終わると同時に、その突風が止んでしまった。
天気予報で午後の三時過ぎに突風が吹くといっていたが、
納棺の時間が偶然に一致したのだが。
死ぬ前日に桜の花をいっぱい撮っていた。
こういうのをユングが「意味ある偶然の一致」といっている。

 涙雨というのは昔からある。
晴天でも葬式の時だけ雨が降る現象だ。
それなら大都会では毎日降っていなくてはならない。
地方におきやすいのだろう。
人知のはかれない何かがあることは間違いない!

以前書いたものをコピー。
――――
H0407霊的体験
 二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な
 体験をしてみた。
死後一週間後位か妙な夢をみた。私自身父の気持になり“死にたくない。
もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。
そして夢よりさめた時の妙な気持。私自身父になってしまった。いや私自身
(父自身)生きている!という妙な不思議な感覚である。
夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が
自身実感できたのだと思う。それが夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒に
なったという不思議な実感。恐らく経験した人間ではないとわからないはずだ。

また死後二~三日後の夢も強烈な夢(?)であった。
何か強烈な恐怖感がおそってきた。その時、父のベットで寝ていたが
“おやじ助けて!”と言ってしまった。と同時に廊下の向こうにある仏間より
本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。
そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたがその時隣に寝ていた母が
スクッと立ちあがりトイレに行った。全身汗びっしょりであった。
まだまだ不思議な事がいっぱいある…。あれ以来最近は少なくなったが
幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。

――――
H0511妙な夢―(Ⅰ)  
 ある夜半、自宅のどこかで音が聞こえた。
泥棒ではないかと起きようとするが半睡眠状態で身体が動かない!
起きよう起きようとしているうちにスーッと身体が起きて廊下に出て、
居間に行き、台所を通り、寝ていた部屋へ一周してもどってきて布団に入る。
ところが、ところがである。自分の肉体は反対側の向きでねている。
まずいと思い反対側にねがいって自身の肉体と一緒になるという夢(?)である。
これが単なる夢か幽体離脱七日まだわからない。
 また、こんな夢(?)もみた、明け方、自分の身体が1.8m位浮いて
(そのまま水平にいて)下をみると自分の肉体が下にみえる!直観的にまずい
と思い下にもどろうとするがもどれない。かなりうなされていたと思うが?
何年か後に誰かにきいたが、霊現象の一つで、よくある事だそうだ。
こんな事もあった、これは夢ではないが屁の天井や床の下四ケ所で次々と音がする。
はじめは気のせいか夢かと思い、じっくりと観察を数夜してみたが、しかし夢では
なかった。ところで当社の税務事務所の応接間でも同じ現象があるそうです。
H0511妙な夢―(Ⅱ)  秋葉原ワシントンホテルに泊まった時の事、夜半、
何かのケハイに横を見ると女の人の顔が浮いている。夢だろうと腕をつねったが痛い、
これは面白いと、メガネをかけじっくりとみた。全体が白光色の黒髪の27~28才
位の、のっぺらした美人であった。別に恐ろしいという事もなかったが顔ははっきり
と憶えている。ところが何年か後に会社のある人にその話をしたところ
“それってみんな同じ顔をしているんだよね!”といわれた時、はじめてゾーッと。
 またこんな夢もある。夜半目がさめて寝むれないので、般若心経をとなえて、
ウトウトした頃、急に別空間にひきずりこまれそうな感覚になり、まずいと中断した。
あの別空間は“別宇宙”“ブラックホール”的イメージであった。
その前後の夜半に夢で宇宙船みたいなものが近くおり、乗れという、これも
乗ったら危険と直観し去けた夢である。あれに乗ったらどんな景色がみえた
のだろうか?単なる夢とかたずけられない妙な内容であった。

閑話小題 ~ 光陰、矢の如し

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   * 人生のドン詰まりに
 後期高齢者になって、半年が過ぎ去った。半年前の境目辺りに、腰痛が出て
寝込んでしまったが、やはり甘い現象でない。連れが先に亡くなったら、独り、
住まいも、現実生活には厳しいはず。足腰が弱った事態は、何とも気力が弱る。
都会の暮らしで、独り取残された古老は、何とも侘しい気持ちになるのだろう。
同年代の3分の1が鬼籍に入ったが、それも死ぬべき時には死ぬが良かろうと…
この年齢の、孤独は、甘くはない。良い悪いは別として、古来からいわれて
いるように連れとは己が先に立つ方が良いみたいだ。とはいえ、少しでも残照を
味わいたいもの。 医院で、学生時代の知人の患者を遠目で見るにつけ、その
侘しさは、深い哀愁に満ちている。
 ――
   * 名古屋場所も、後半に入りつつあるが…
 今年も後半に入り、大相撲も、二人のモンゴル人が優勝を競っている。
最期は、白鵬が優勝を勝取るのだろうが、序二段から復活してきた照乃富士も
可能性が大である。若手の阿炎、琴乃若、王鵬、若隆景、琴勝峰、豊昇竜など
有望力士が目白押し。何とか白鵬から、その次世代に繋がれそうだ。
照乃富士は、その繋ぎになる。
ここで、大リーガーの二刀流の「大谷翔平」が、100年前のベーブルースを超え
ようとする実績を出してきた。国内外では、オリンピック以上のフィーバー?
 別に国威表明が箱物建設の利益が有ったとしても、それに求める必要も
なかったことになる。営々と築かれた国力も減少し… 考えることもないが!

・・・・・・
7059,閑話小題 ~新宿ねずみ -1
2020年07月12日(日)
      < 歌舞伎町 ラストトーキョー はぐれものたちの新宿
         2019-08-12 | ドキュメンタリー >
   * 新宿ネズミの母
 何とも時代がかった味わい深いドキュメント。去年の今頃に一回目が放送
された続編…。歌舞伎町という歓楽街の世界を生々しく映し出す。母親も娘の
質問に生なましく本音を曝け出す。また他の店の御客の本音も含まれる。 
 歌舞伎町の水商売の実態が垣間見れる。行場のないハグレ者が集う街。
その底知れぬ歓楽街の生々しさが、…追い詰められた経営者の母親の本音が、
娘の撮るカメラから直に伝わってくる。デレクターの娘も本気で質問。
母親も、それに応える。
8人兄姉の末っ子で、両親に溺愛された反面、兄姉から、その分、
虐めがあった。両親の身近で本音を聞いて育ったため、この母子の本音
の対話には… 何やら既視感のような不思議な感覚があった。
3~4年で8割の店が入替る街、歌舞伎町。そこにはドラマが生まれてくる。
恐らく、一年後には、現在進行形の店の閉店? が放送される? 
それが現に日本中、世界中に起きているのでは… 
  
   ~NHKの番組紹介より
≪ 新宿で一番古い麻雀店を45年にわたり経営している番組ディレクターの母。
新型コロナの感染拡大で店は開店休業状態に。もう閉店するしか道はないのか
何十年も共に働いた従業員はどうなるのか…
ある夜母は家族を前にして決断を語った! 何とか生き延びようと奔走する
経営者の4か月に娘のディレクターが密着。思わず弱音をこぼし涙する母、
毅然とした態度で決断を告る母… 日記形式で記録したセルフドキュメンタリー
 ~デレクターの一言~
私の母は、新宿で老舗の麻雀店を営んでいる。ところがこの春、新型コロナ
の影響で経営がピンチに!番組ディレクターが、翻弄される母の4か月を記録
した“新宿ダイアリー”
NHKの30代女性、ディレクター、柏木映絵が母の
これまでの人生を撮る、というちょっと珍しい、ドキュメント。100分。
 母を去年と今年にわたり2年取材した。二人の会話、姿も映る。  ≫

 ――
▼ 娘に母親が、「娘に自由に生きて欲しいと言っていたが、現実は縛りつけて
 いた。」の言葉が真に迫っていた。子供には苦労させたくないと、先生を何人
か付けて学ばせ、小中校の時に、一度も遅刻をさせなかった。それも自己満足」。
母親の語る言葉の何れも、飾りがだけ、心に響く。時どき合間にゴミ箱のネズミ
を映し出すが、これが母親のイメージとピッタシ。.…確かに生き抜くのは大事業!
                              ~つづく
・・・・・・
6692,閑話小題 ~つれづれに哲学 ―本当に頭が良い人とは?
2019年07月12日(金)
   * 本当に頭の良い人ってのは!
 
 世の中には、頭が良い人が実に多い。それ以前に…
「それにつけても、自分の頭の悪さよ、カッパエビセン」である。
頭の良い人とは、「難しい言葉を簡単な言葉に変えて、相手も、自分に対して
理解しやすく出来る人。 自分の語彙の豊富さをひけらしたり、難しい言葉を
使って頭が良いと思いもしない人。
 1、難しい言葉や言い回しを避けて
 2、相手の視点を意識でき
 3、例え話を多用でき
 4、習慣力を応用でき、
 5、努力、準備を楽しみまで持ち上げる力を持ち
 6、何事にも興味を持ち得て、「日々是好日」が身に付いている
その第一歩が、心の底から、ソクラテスではないが、「自分ってのは何で、
ここまで頭が悪い!」っていう自覚。 それじゃあ、あの本当に頭の良い人
ってのは、何ゆえに、自然に身に付いているのか? やはり、環境からくる
ものじゃ、ないのか? 本当にバカに関しては、直ぐに自覚できるが… 
 ー―
   * 中二病があるそうな…
 『中二病』って言葉を初めて知った。 ネット検索によると…
<中学二年頃の時節の「自分は選ばれし特別な存在」という自己愛が暴走し、
周囲の感覚を超越した自分になろうとする病。これを源として、現実的に不可能
な世界に憧れたり、逸脱的な趣味・嗜好を顕示したりする>と。誰もが心の底に、
持っているが、周囲の言動から、自己修正をせざるを得なくなり、自然消滅?
するもの。今でも堂々と、「私は選ばれし者」と、公言する者がいるが…
これは、存在論になる。私が此処に存在するのは偶然か、必然か? 
フランスでは、その中二に「哲学」の科目を与えられているとか?
 第二反抗期ともいわれ、扱い一つで、人生が根底から破綻する可能志を含む、
誰もが通る道。 今では誰もがスマートフォンを手に出来る時代。それ故に、
不安程度が高まる危険性がある。そうこう考えると、親の責任は、より大きく
なっている。 そこで、その具体的症例を調べると、これ面白い!
 それは、後でテーマにする。人生、振返ると危険な爆弾の山の繋がり。

 偶然だが、脈絡として丁度良く、去年の文章に続く。
・・・・・・
6329,閑話小題 ~何でまた、17年もかけて…
2018年07月12日(木)
  * ネット社会は、小さな物語の公開から
『複数の小さな物語の作成と読返しで、内省する日々ですか…』とブツブツ、
ここで呟く日々。 毎日、TV、タブレット、パソコンなどのデジタル世界と、
現実世界?では、スポーツジムと、早朝一時間のチャリ遊覧の日々。
その合間にベッドか、居間で横たわる。『17年、ほぼ休むことなく、6300テーマ
を書き続けるのは何で?』と、書いている私自身でも度々、疑問に思うこと。
このバカバカしさが面白いから、ただ、それだけのこと。
 日々キャッチした情報をブログに記録し、クラウドしてしまえば、何時でも、
何れの場所でも、そこにアクセスできる上に、他者に公開することで、その利益
を共有することが可能になる。 そこは「サテライト・オフィス」そのものにも。
とすると、スマ―フォンと、ブログの普及は大きな物語の終焉を意味する。
ブログは、個々の複数の小さな物語の創作と公開そのもので、それがネット上で
地球上に公開される。このことを、リオタールは、著書『ポスト・モダンの条件』
(1979年)で、かってのマルクス主義のような近代を特徴づける大きな物語
終焉を説き、複数の小さな物語の時代としてのポスト・モダンの到来を予告した。 

《 近代すなわちモダンの時期における思想文化は、進歩や革命、あるいは
 人間主体の解放といった「大きな物語」で自分を正当化できると思っていた。
しかし、そうしたイデオロギーは、歴史的にみて、ソ連の崩壊で終焉し、複数
の小さな物語が主流を占めるとし、ポストモダンの到来を予告した。
 哲学や科学が目指してきたもの=自己実現、人間の解放、人類の進歩など
人間や社会を根本から変えるような「大きな物語」の終焉をむかえた。
20世紀前半の第一次、第二次世界大戦と、後半のソ連の勃興と崩壊とともに、
決定的に大きな物語そのものは凋落してしまった。現代とは、互いにバラバラで
異質のままのローカル言語ゲーム同士が、整然たる秩序に組込まれることなく、
混在しあう時代。これらの小さな物語を調停する新しい価値基準はもはやない。
むしろ必要なのは、安易に既成の価値観によりかからない、様々な異質のもの
同士のせめぎあいに堪えられる強さを持つこと。》(『世界の哲学・思想』より)

▼ それぞれがスマートフォンを持ち歩き、写真や、ビデオを撮影し、互いに
 遣り取り出来る時代には、大きな物語より、身の回りの小さな面白い写真や、
映像に対し、人々は反応する。何事も一万時間の集中した時間の投入がベースと
いうが、私は、その二倍近いエネルギーを投入してきた。で、日々の経験を
そのまま飽きもせずに… 成るほど、これが私のベースであり、限界でもある。
ー―――

2018/05/04
閑話小題 ~17年書き続けると
   * 5月4日は、このブログ開始記念日
 このブログは、私の人生を根底から変えてくれた。
まる17年間、6260回も続けてきた。学生時代に、基礎教養不足に気づき、
読書習慣と本屋通いを習慣に取入れた。その割に、読みっぱなしのためか、
読んだ割に知識が身に付いてなかったことに焦りがあった。55歳時に、
何とかパソコンを我が生活の中心に取り入れたいと近所に出来たての
PC教室の通うことにした。当時は、ブログは出始めた頃。
「個人HPの作成の過程でネット社会に近づくこと」を目的にした。
以来、現在に至っているが、2007年12月から、「はてな」のブログを
始めて10年あまり、今では、来訪者は、ほぼ「はてな」に移動した。
 しかし個人HPの「内部検索」が、私にとって非常に効果的になっている。
以下にコピーした過去のテーマは、これによる。例えば、「イスラエル」と
検索すると、数秒もしない内に、時系列で現れ出てくる。脳のクラウド化の
感覚が何とも奇妙。写真も、然り。 下記の中に書いてあるように、学生時代
のカード日記作成の下地」がある。下記も「カード日記」で検索したもの。
 ある意味、潜在意識化された記憶をキーワードで引張り上げが可能に…。
ささやかだが、私には、非常に効果的システムである。TVで「タンザニア
の放映があれば、タブレットで検索すれば、たちまち当時の記憶が鮮明に
現われ出てくる。若者、子供が、こんなことより遥かに情報機器を使い
こんでいるのだから… 情報化社会の一端を連日、目の当たりにして、
その面白さ、楽しさを充分に満喫できる日々が信じられない感がする。
 何事も一万時間か、10年続けることですか。

――――
2016/12/08
なぜ本を読むといいか? ~7
        <本を読む人だけが手にするもの>藤原和博
  * 確実によい本に出合う方法はあるのか?
 本の選択能力を磨くには、どうしたらいいか。
“どのよんなジャンルでもいいから、数にあたることが大切”と著者はいう。
あたり前のことだが、その中で、著名人の読書指導書を、何処かで読んでおく
べきである。ツボを心得ているかどうかで選択肢が変わってくる。
それ以前に、あらゆるジャンルの絶対量の読書が必要になる。
 ~その辺りを、第5章に具体的に述べてある。
≪・“こうしたよい本に出合う機会は、当然のことながら、読書の量を
 重ねれば重ねるほど多くなる。「これだ!」という本を数えたことがない
から確かなことはいえないが、私の場合、おそらく300冊ぐらいだろうか。
300冊という数字だけを見れば多いかもしれないが、それでも3千冊読んで
の300冊だ。9割の本は、私の感性には引っかからなかったということ。
でも、それで損をしたとは思わない。無駄な本に出合わずに効率的に本を選ぶ
ことなど、どだい無理だと思っているからだ。
・また、他人の脳のかけらをつなげて新しい視点を獲得したいと思うならば、
自分には相場観のないジャンルや著者の本を手に取ることも大切だ。相場観を
持たない世界では、だれだって効率もクソもない。全く外れになる可能性も、
おおいに歓迎しよう。そのリスクを取ることで、リターンが得られるのだから。
・大事なので、結論を繰り返す。
 本当に自分に必要な本と出合いたいと思う人には、「乱読」の習慣化をすすめる。
予想もしなかった考え方に出合ったり、本を介して未知の人物との遭遇が将来
起こる可能性もある。その化学反応は、読む前にはわからないことが多い。
 本に即効性を期待する人もいるが、私は違うと思う。
本1冊の値段は文庫本で500円前後、新書で700円〜900円、単行本で
1300円〜2000円程度である。買ったうちの9割がダメでも我慢できる。
 外れる確率は高くても、偶然の出合いがあるほうが、よほど面白い物語に
なると思う。それは人生における人間との出会いと変わらない。 人生における
偶然の素晴らしい出会いを、効率的に設定することなどできはしない。
本との出合いも、同じなのである。数をこなそう。≫
――
▼ 現実の体験や読書評を連日書いてきたが、一つのテーマに対して、
 その選定から、起承転結をマトメルに膨大のエネルギーを入れている。
文字の認識度が低いためである。子供の頃から漫画が好きで、絵からの
認識度があるが、読書脳は希弱のベース。 まして、文章化など・・ 
 それに気づいたのが学生時代。それを取り戻す為、毎日2時間以上の読書量
の確保と、日記と、メモを小まめにとることにした。 で、辿りついたのが、
ブログ、この雑記帳的随想日記である。 大学を卒業直後、何か足りないと
気づき、一年間、独学に近い状態で、産能大学で遊学。フィールド(現場)の
情報を効率よく残すには、如何すべきか? そこで得たのが、記録方法。
この随想日記の原型の方法、カード日記である。それも、大型カードに、
記録を残し、日付を入れて、毎日、得た知識のカード化。新聞切抜きは、
それを二枚重ねホチキスでファイル状にして、カードに挟んで茶封筒に入れる。
 ところが、これに問題が生じてきた。そうすると、最少単位のテーマを
二度と見ることがなくなる。その弊害が、その習慣の自然消滅の原因になって
しまう。 現在のブログに、毎日、同月同日の文章をコピペをしているのは、
かって書いた内容を、一年に一度、目を通す為である。また、ブログ内検索で、
思い出すキーワードで過去文を瞬時に引出している。実際、この随想日記は
私には非常に有効なシステムになっている。「私は無能で、遊び好きで、怠け者」
と自覚しているため、習慣化という第二の天性を多く重ねるしかないことを、
人生で学んできた。 他者の冷たい蔑視に、殆ど気にしないでいられるのは、
<少し離れてみれば、所詮、石の形、大小が違えども、砂利、砂でしかない> 
 を自覚しているため。 良質の量の増加は、質の自然変化を促す。それも、
 砂利の中の比較世界の話、アフォと、パーの違い。
トランプとクリントン女史の討論を見れば、自明? 韓国の女子たちも然り。
すると、安倍・麻生コンビも如何だろう?と 自然考えてしまう。・∀・)ニヤ
                              娑婆!                
 ・・・・・・・・
3481, ライフログのすすめ
2010年10月06日(水)
  <ライフログのすすめ―人生の「すべて」をデジタルに記録する!     
                 ゴードン ベル , ジム ゲメル (著)>
 ― 内容(アマゾンの紹介文より)ー
人の記憶力には限界がある。だが、あなたの見聞きしたもの、触れたもの、
そして普段は気にかけない自分の位置情報や生体情報まで、人生の「すべて」
をデジタルに記憶させれば、いつでも簡単に検索して取り出すことができる。
仕事に役立つのみならず、病気の兆候を発見することや、いずれはヴァーチャル
な分身に人生を語らせることも可能だ。いいことずくめの「ライフログ」の
時代はやってきたのだ!みずから「人生の完全記録」を試みるコンピューター
科学の重鎮が、その基本概念と可能性、実践法までを情熱豊かに語り尽くす。
▼ 序文をビル・ゲイツが書いている。著者の二人はマイクロソフトの主席
研究員と、研究員。特にIT業界で名が知られている70歳を超えたゴードン・
ベルが、人生のすべてを記録し、「完全記憶(トータル・リコール)」として
利用することの可能性や実現方法を語っている。PCの性能やストレージの容量
が劇的に向上しているこの時代、今までの人生の膨大の「思い出」をほぼ保存
していくことは、そんなに遠くない未来に可能になるという。  
10年近く前にHPを立ち上げ、それまで読みっぱなし、書きっぱなしだった
読書感や、毎日の思いを公開することで自己啓発をしようと発念し、現在まで、
ほぼ休むことなく続けてきた。ネタ探しを含めると、一日2~3時間は要している。
 で、この程度。 更に、これまでの旅行記や写真や、過去の思い出の写真も
ネットに載せ公開することにした。それが「ライフログ」だったのである。
五十歳代の10年間30年分の人生を圧縮して押し込んで生きようと考え実行
した結果である。もう一つの秘境・異郷旅行と二本立ての一本である。
まず習慣化し、それが苦痛を乗り越えれば私にとって黄金の習慣になる、
と思いつめて続けてきた。ところが先日、この本を手にとって「これだった!」
と思い知った。
10年間が一つの目安と本文中にあったので、この習慣も、ある時点に到達
してきたのである。 著者の内容をみるとスケールも深さも違っている。
当たり前のことだが。しかし膨大のエネルギーを投入したのも事実である。 
ライフログ化」というコンセプトのブログや商品も出てくるはず。特に
タブレット式パソコンのソフトは狙い目になる。私も10年のキャリアがある
から、経験を生かせる筈だが。面倒か! 夕飯でも、ペットでも、自分の毎朝
8時の顔写真でも、毎日デジカメで撮り、ブログで載せ続ければ、それも
ライフログの一つになる。高校の同級生が卒業してから46年以上、手帳に
毎日、仕事、私生活を木目細かく書き続けてきたという。 

・・・・・・
2005年11月03日(木)
1675, 「自薦エッセイ集 魂の光景」-1
                      -読書日記
「創造する心 日野啓三対談集」につづいて、図書館から
日野啓三著「自薦エッセイ集 魂の光景」を借りてきた。
読めば読むほど、日野啓三の深い洞察に驚きざるを得ない。
数年前に亡くなったが、1990年代、60歳代に入ってから大きな
手術をし、死と向き合うことによって、一段と深い所に達したようだ。
心の奥底に、先祖たちの、生物のあらゆる記憶の存在を感じている。
神秘思想に非常に近いところにいる。 しかし同時に心の奥底に、
神秘思想のところがありながら、「意識は脳の働きである」という
意識を明確に持ったまま、心の奥深い世界を描写している。
 印象に深い章から抜粋しながら考えてみる。

ー「書くことの秘儀」ー
”小説を書くってことは、なにひとつ実在しないところから、
リアリティを生み出すことだ、”
”だが死は恐怖であると同時に、生をより自覚的に劇的に物語的に、
悲壮の輝かしく喜ばしいものと痛感させる条件ではなかっただろうか。
死者を弔い。祖霊、神霊への祈り、祭り。
それに伴う様々な建築物、道具、装備品の洗練。 歌と壁画。
食って寝て性交をして子供を育てる以上の膨大な事柄が、
われわれの生を満たすようになったのだ、意識と言葉の進化によって。
一口に言語といっても、他人とのコミュニケーションのための話し言葉と、
ひとり物思い思考しその過程と結論を刻みつける書き言葉とは、
ほとんど異質なものである。 新人を、その抽象的・象徴的能力を
特徴づける。   

閑話小題 ~二度目のワクチン接種の終了

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   * 昨日の午後、ワクチン接種が終了
 3週間前に初回、昨日は2回目のワクチン接種が無事終了した。
痛みが前回同様に残ったが、2~3日を目途としてひけるだろう。
その効果が出るのは2週間後というから、再来週辺りで安心できることに…
身近にコロナ禍の被害者は皆無のため、危機感は少なかったが、首都圏在住者の
それは地方都市とは違うようだ。 
 週5回のスポーツジム通いも、週3~4回に減らし夜遊びも、昨秋以来、一切
控えていた。年齢が年齢とはいえ、何やら肩身が狭い生活だった。
パンデミックの拡大は、そのまま続いているようだが、これも、8月が目途。
秋口からの反動の景気回復が問題になるが、イメージとして3割まで落ち込んだ
売上が7~8割がた回復しても、7~8割が一杯一ぱい!。
但し、これでパンデミックが治まるとは言えず、あとは成行き次第。
 ―
   * 大谷フィーバーが続いている
 ある日、突然、これまで通りには打てなくなるのだろうが、それにしても、
信じられない投打の活躍。主が投手で、従がバッターと思われていたのが、
実は逆だった…? 本当に‘日本の大谷から世界の大谷’になるのか…?
通訳の青年がピッタリと寄添うが‘積極一貫’の中村天風の精神論同様、
スタッフ、情報サービス効果が出ている…。通訳なら当初の契約条項に加える
ことが可能。何処かの情報組織と契約して、常に通信で送ればよい。巨人の
丸選手はメモ帳に、その都度、書きこんでいる… 
間違いないことは、現時点は、出来過ぎ!ということ。まずは、年内である。
ところで、ベーブルース2と騒がれていた「何…」は、何処に!

・・・・・・
2015年07月11日(土)
思いが人生をつくる ー③ 最もやっかいな‘スピリチュアルなプライド’
        『思いが人生をつくる』~ジェームズ&リリー・アレン
   * もっとやっかいな‘スピリチュアルなプライド’
 人間は程度の差があるにせよ、多かれ少なかれ、‘知的プライド’も、
‘スピリチュアルなプライド’を持っている。 問題になっている「IS」
 の原理主義をみれば、極端なプライドが浮び上がって見えてくる。
 それは、ユダヤ教キリスト教も同じこと。 ~その理由とは~
≪・「知的プライド」より、もっとやっかいなのが「スピリチュアルなプライド」。 
 なぜならこのプライドは、「知的プライド」よりもあいまいで、なおかつ人を
 容易にだますからです。「スピリチュアルなプライド」が、同じ信仰をもたない
 人に対して「救われない存在」というレッテルを貼るのです。「スピリチュアルな
 プライド」をもつ人が、「世界はおかしい、すべてさかさまだ。私たちが社会を
 正さなければいけない。私たちだけが、スピリチュアルな信仰を啓発することが
 できる」という発言をするのです。
・しかし世界は、このような人が生まれる前から存在していましたし、
 彼らの信仰する宗教が現れる前に存在していたという事実はどう説明するので
 しょう? 「自分よりも他人をもっと尊重しましょう」というスローガンは、
 明らかに受け入れがたいものです。この「人を混乱させる」スピリチュアルな
 プライドを排除しましょう! すべての宗教は善であり、神の道を純粋に説いて
 いるはずなのです。私たち人間はすべて、人生の灯りを探求しており、また
 自分たちの灯りに従って生きているのです。そして一番の理想は、その灯り
 のみに従うこと。すぐ他人よりも優れている人は、すべての人に奉仕しなければ
 いけません。「知的プライド」を克服する良い方法は、「私たちは無知である」
 と知ることで膨大な量の知識、無限の世界、そして私たちが想像もつかない
 ような概念のことを考えるのです! ≫
▼ 「自分よりも他人をもっと尊重しましょう」は、一見、素晴らしい言葉。
 「自分と同じように他人を尊重しましょう」が正しい。出来ないなら、まず
フリをすればよい。人は概ね一ランク~二ランクは自分を買い被っている。
問題は、自覚できるか出来ないか。出来ないと、他人の揚げ足をとって、
鬱憤を晴らすしかない。だから、世には争いが絶えない。しかし、これなくして
人は生きられない時がある。生きる灯り、これは経験と知識を通し得るしかない。
・・・・・・
5961,人生楽しいかい? -1
2017年07月11日(火)
         <「人生楽しいかい?」ゲオルギー・システマスキー著>
   * 人生楽しいかい?
 『人生は楽しいかい?』の問いかけが題名の本。
現在の私に、そう問われれば、『た・の・し・い』である。 
両親から、「事業でも、趣味でも、遊びになるまで徹すれば楽しめる」と
常日頃から教わってきた。それが可能かどうかを見極めて、一度、始めたら、
徹することと… 。リタイア後に、この指令そのままのように、スケジュール
を立て、毎日を過ごしている。そうでもしてないとバランスを崩し、炎上する
自らの弱さを知るため。これらの指令は現実そのもの。老いの知恵でもある。
SJのヨガを5年4ヶ月、合計千回近く、参加してきたが、この指令の多くが
ヨガに重なる。 毎日が楽しくなければ、大元からグラツクほど、過去の否定
材料が山積みにある上に、老化現象である。外的炎上はあっても、内的炎上は
直接、老人性ウツに直結する。
  ~アマゾンの内容紹介より~
≪世界各国の教育、医療、軍事、セキュリティ関係者が注目するロシア武術
「システマ」。本書はストーリー形式で、その独特のメソッドを伝えるもの。
 うだつの上がらないサラリーマンの僕が出会った謎のロシア人“ゲオ”。
小太りで一見パッとしないゲオが僕に伝えてくれたのは、ロシア特殊部隊で
 生まれた「人生を変える方法」だった――。
 【システマとは?】 冷戦後のロシア発! 
アメリカ、ヨーロッパ、中東、アジアの45か国、250以上の団体で実践。
世界各国の教育、医療、軍事、セキュリティ、関係者が絶賛する人間能力
開放メソッド。 プロローグ 出会い
 [本書の使い方]
【指令1】「よかったこと」に目を向ける
【指令2】ゆっくりやる
【指令3】知る
【指令4】距離を測る
【指令5】呼吸する
【指令6】姿勢を整える
【指令7】視点を動かす
【指令8】限界に触れる
【指令9】最悪を想定する
【指令10】動き続ける
【指令11】力む
【指令12】成功体験を忘れる
【指令13】相手を観察する
【指令14】衝突をコントロールする
【指令15】分かち合う
【指令16】任せる
【指令17】生きろ        ≫

▼ 15年間の準備期間と、実業30年、計45年間は、上記そのままを、自らに
 指令し、実践してきたようなもの。誰も助けてはくれない現実の中、自作
自演で前に向かって歩くしかない。「そんなこと、全員が、そうしているじゃ
ないか!今さらじゃないか!」といえば、そのとおり。「楽しい」かどうかは、
解釈の問題。要は目的と目標を明確にして、計画をたて、歩んでいるかどうか。
楽しくしていれば、楽しいことが寄ってくる。
<動き続けよ、湖面のように静かに> 現実から目を逸さず、逃げないこと。
「正・中心・一点・無」の心構えで立向かうこと。泣いても笑っても同じ人生。
笑って楽しまなくては。「楽しむ」のは天性もあるが、第二の天性、
習慣化でも身につけることが可能。次回から、それぞれの指令を取上てみる。
 静かに、問題の中心を見続けて、動き続けること。悪貨に染まらないこと。
悪貨なら、染まりようがないか?… 「ところで、昨日は楽しかったか?」。
「早朝の自転車散歩に、午前中のTVドラマに、SJも、夕刻の大相撲TV観戦に…」
上げればキリがない。楽しいことを意識をして探し出したからである。

・・・・・・
7058,閑話小題 ~久々に「運」について ―2
2020年07月11日(土)
          「運」を味方につける48の習慣 /藤木相元 (著)
 悪意は無いのだろうが、その人が席に入ると、何時の間に空気が他者の批判、
非難が話題の中心になる。蛇蝎のごとく嫌われるが、誰も顔に出さない。出世
ラインを外れたウダツが上がらない人に多い。その鬱憤に、傷付いた人を、
直接、間接的に石ブツケするから始末が悪い。 それが、マイナス「因縁」の
「縁」の間接原因をつくっていることを、自覚できない。 顔は暗く淀みが
色濃く出来ている。 …彼等の世界は目先の{比較科学」が支配している。
地元の親戚縁者に、その特徴を備えていたのが複数、存在していた。
腐った女のように、揉み手をして、「何か面白い情報がないかね!』が枕詞。 
 …その真逆が、著者があげる「運」の強い人! 運こそ、
<的を見据えた努力の結果!> 私のように何時の間にか、的を見失い、
この様! 自分が知ってること以外、何も知らない! 人生は残酷でもある。
 ―
   ♦ Amazonの説明より…
≪ 人はみな、生まれながらに幸せになるようにできています。
 「運」の仕組みがわかれば「好運」は確実に手に入るのです!
 好運の基本は「明」。「暗」を遠ざけ「明」を呼ぶために知っておきたい
  
  ――91のルールとは――。
・明るい美人は運がいい。
・「休息禅」をすれば、顔相が良くなる。
・無表情は運気を逃す。
・微笑は、縁を結ぶ。
・学ぶことは「明」をつくる。
・自分を好きになること。
・隠さずに額を出して、気を発する。
・考え込みすぎるのをやめる。
・不幸は、幸福を手に入れるための準備。
・過ぎたことは悔やまない。
・反省をするなら、その場でする。
・笑いは、健康と運によい。
・失恋は本当の恋の始まり。
・自分を褒めなさい。
・恋を心の糧にしなさい。
・無理しないでゆっくりやる。
・冷静にして、腹を立てない。
・すべての物事を善意に解釈する。
・まだ来ぬ明日のことを案じない。
・よく眠る。
・迷信は、いいことだけを信じる。
・お経を唱える。そこに価値がある。  ≫

 ――
▼ 良く遊び、良く学び、良く働くことを念頭に置き、
 日々を過ごすこと。これさえ守れば、運がついてくる。
何処の世界にも2割の比率で、上記の条件を兼ね備えた人がいる。
世の中の幸せの8割は、2割に集中するという「パレートの法則」がある。
幸運のための仕込みに常日頃から入っている。よくみると、言葉に敏感!
下位2割の人たちを直に選別し、警戒する。 須らく、世の中の本流から
外れると元に戻すに、膨大のエネルギーを要することを知っている?…
年齢を重ねる度に、経験を重ねる度に、それに適した人物と出会う。
全身から発するオーラに、それが出る。何とも、世の中は、良く出来ている。
行蔵そのままが顔に出る。他人のそれは分っても、自分のそれは見えない。
 
・・・・・・
6691,閑話小題 ~日々・是・驚き
2019年07月11日(木)
   * 異音・異臭する方が当たり前!
 「超常現象の原因を探る」の類のTV番組で、「ラップ音とか、サッシが揺れる
現象で、何とも面白い場面が…。 ある時間帯になるとガタガタと揺れる原因が、
近くの下水管の排水音。その音波が、サッシの隙間に反応し発するのが原因。 
 専門家が曰く、
「私たちは異音の真っ只中で生活していることが分ってない。聴こえないことが
当り前と、勝手に思い込んでいるだけ!」。そう言われれば、至極当然である。
 これは社会でも言えること。私たちは本来異質な存在であるが、日常の平凡な
生活の繰返しの中で、それを忘れてしまう。小さな世界の中で、異質が現実的で
ないと思い込んでしまう。内幕情報屋のオバサンの世界がそれ。「子狐」には、
そのテリトリーの生活情報が全世界で、それが現実にあいなる。 異音を、彼ら
なりに解釈をして、直に異常者か、超常人間?になる世間様の御話に…。 
 ところが、スマートフォンタブレットなどのパソコンで、国境、人種間の
垣根を超えて、一瞬で、世界を駆け巡るようになったため、始末が悪い。
情報社会、グローバ社会は、地頭で考える能力が要求される。何もかもが異音の
真只中で、その見極めが要求される。そこで必要なのが、安易な世間様の見極め。
長年かけた地頭の育成が必要に。それがバカの考え休むに似たりとしても…
「あれはあれ、これはこれ!」と思い込んでいる常識とやから、疑ってみる必要
がある。
 そうこう深夜半に、考えていると、カラスの互いに鳴きあう声が聞えてきた。
夕方になると群れを成して、カラスは西に向かって帰っていくのに、何んでまた、
声が聞えてくるのか? そして深夜半に鳴き声をかけあう? と。すると突然、
大きな虫が寝室内を我が物顔で飛びまわるが、「ああ、これが当り前のこと」
と、この下書きを想いだしながら考える。私たちは本来、異界に住んでいる。
それが、何時の間にか、日常に埋没して、忘れてしまう。
 さて、これをネット上に掲載した後に、ミニ・チャリ回遊に出発、午後からは、
SJのヨガがあり…、我が平々凡々の日常が始まる。庭では若いカラスの威嚇の
鳴き声がうるさい。

・・・・・・
6328,読書日記 ~「天使はなぜ堕落するのか」
2018年07月11日(水)
       <「天使はなぜ堕落するのか―中世哲学の興亡」八木雄二(著) >

  * 天使と悪魔、そして人間と神  ~『読書脳』立花隆著より~
《 古代教父の教えでは、
 ・人間も天使の一種である。悪魔も堕落した天使である。
 ・人間は悪魔の誘惑に負けて正義の道を踏み外した天使であり、
 ・キリストも神の子たる天使である。
 ・人間は罪を犯す。罪を犯すとは悪魔に魂を売り渡すことである。
  悪魔から魂を買い戻すためにキリストは十字架にかかった。
  これがキリスト教の根幹である。
理性は天使と人間しか持たない。しかしそれが完全な理性でなく、不十分な理性
であるが故に、自分の力は神の力と同等かそれ以上と思い込む放漫の罪を犯す。
そして神以上であろうとする。そこから堕落がはじまる。また、不十分な理性は、
より大きな有益さは確実に正義に勝ると教える。そこから堕落がはじまる。》

▼ 大辞林で【天使】を検索すると
ユダヤ教キリスト教イスラム教などで、神の使者として神と人との
 仲介をつとめるもの。ペルシャに由来する観念とされる。エンジェル。
② やさしい心で、人をいたわる人。女性についていうことが多い。白衣の天使」
③ 天子の使者。勅使。
 文字とおり「天の使い」、神の死者である。

この個所を読んで、直に思いついたのが
 中原中也の詩「山羊の歌」

ー汚れつちまつた悲しみに ー

汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる

汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる


汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の皮裘

汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる


汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく

汚れつちまつた悲しみは
倦怠のうちに死を夢む


汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気づき

汚れつちまつた悲しみに
なすところなく日は暮れる
――
青年期の日記が残っていて、ここでも書いた。それらを読返す度に、上記の詩が
脳裏にかすむ。老人期に若かりし日を思う時の心情が、この詩である。決断や、
トラブル時の対処に「後味を悪くしない」を前提にしてきた。経験を重ねると
いうことは、汚れていくことでもある。その汚れを、洗い落とすに、読書、旅、
散歩、音楽、そして芸術作品のシャワーが必要になる。

・・・・・・
4866,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー34
2014年07月11日(金)
   * 開業前の戸惑い
 店の先頭に立った切った張ったの千葉・長岡の8年間の生活から、今度は、
小さいが社長の立場。御客との直接接点がゼロになってしまった。しかし、準備
期間の一年は、開業直前までは何もかも独りである。学校に新卒、職安には中途
採用、リクルートには東京まで管理職の募集に行かなければならないが、それら
は長岡で経験済み。前宣伝も広告代理店と打ち合わせ、ホテルの備品の購入の
全てを自ら決定していく。それらが、直前に集中するため、加熱状態になるが、
それが面白い? 既存の組織があれば、それぞれの部門の責任者を決め、一つ
ずつ対話をしながら決定していくのが、それが無い場合、独り言を口に出して
決めていく。開設準備室のベニア板一枚、隔てたゼネコンの現場事務所の主任が、
それが何とも不気味だと注意もされた。8年ぶりの今回も、独りからの出発。
 この慣れには、3~6ヶ月は、かかるが、戸惑が先にたつ。 全て、置いた
環境が自分を慣れさせる。ホテル開業の数週間前に、学生ショップの開店。
その後、ホテル開業になる。 その間に、色いろなことがあった。
ある30歳前後の女性が、開設事務所に履歴書を持って訪ねてきた。
『私は古町で、学生ショップの会社の事務をしている。ある長岡の問屋の方から、
貴方のことを聞いているが、貴方の経営戦略が面白そうなので、是非、事務に
雇って欲しい』という。私にすれば『エッ何?』の小説のような話。
『商道徳上、いくら何でも、それは出来ないでしょう』といっても、なかなか
引き下がらない。最後は引下がったが、今度は『私が立場上、駄目なら親友が
働きたいというので、駄目もとで、面接だけでも!』と、本人を連れてきた。
それが品が、この上ない上流階級?ふうの御婦人。 私を余程の凄腕と勘違い
をしているよう。なるほど、長岡と新潟だけでも、これだけ割りきりが違うと、
思い知った。 もう一つ、開業直前、地元紙に〈学生ショップを併設した面白い
ホテル〉の見出しで、記事を書いて貰った。掲載された当日の夕方、自宅に一本
の電話、『私は三条駅前で学生服を販売している者だが、貴方のアイデア
ホテル開業を羨ましく思う。間違いなく成功するでしょう・・』と、一方的な話。
何と答えてよいか分からず、「はい、そうですか、有難うございます」と、
丁重に答えるしかなかった。15年の準備期間を経た立ち上げ。 その戦略を
褒めてもらったり、押しかけが来たり! 世の中は、面白いもの。
その間には、前の会社の、ある社員が訪ねてきて『会社がピンク色?に染まり、
誰一人、真剣に仕入れをしない。あるのは男女間の噂話。このままでは会社が
潰れてしまう。クーデターを起こすので戻って欲しい!』と必死の訴え! 
私も命を張った大勝負の時節!で、断ったが、これ、誰にも言わなかった秘話。
その数ヶ月後、会社の危機を議論をした翌日、心不全で亡くなっていた、という。
彼の口癖が『とにかく、この会社が好き!』だった。何とも哀く気の毒な出来事
だった。 この頃から、姉夫婦の立ち上げた会社の不調の噂も流れてきていた。 
商売は常時戦場!決して生易しくない。

閑話小題 ~ガスネタの面白さに嵌って… ~2

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   * 20・30年スパンの具体的なネタとは
 図書館で、10m程のところから、聞いたことがほど、汚い爆音が…
それは、知恵遅れの青年の周囲の気兼ねの無いガスオンであった。
気兼ねをしないと、こういうのが出るんだという想いが脳内をよぎった。
これも失禁の一つ。その後、図書館内で爆音は聴こえてこないので、復習効果
があったのか。 若い女性が、外聞もなく、30年にわたる新潟~長岡間の新幹線の

構内で若い女性が、顔色をかえて、トイレに駆け込む姿を何度かみたが、その迫真は… 
 
 作家の体験談といえば、椎名誠の週刊誌の連載の内容が、それは…
< 30年程前になるが、新宿駅構内で、色いろあって、間に合わず、トイレに
かけ込んだ直後に失禁した内容が、何とも身に迫った文章! ツアーでの
それは深刻だ。  …知人が新潟の事務所に真剣な顔をして…
「近々にインドのツアーに参加するが、多くの知人の下痢の話を聞いている。
何か良い対策が無いか…」と宣う。「大人用オシメが薬局に売っているので、
着用するしないは別として常に身近に持っていればよい。それと添乗員に、
心配の事情を話して、前もって5千円ほどチップを渡しておけば!
そして、日本の下痢止めは、インドでは効かないので、これもインドの薬局で
早々に買っておけばよい。それだけで、心配は三分の二は減りますよ!」
それを聞いて緊張していた顔が解けていた。
 
 かなり以前の話になるが、タモリの昼バラエティで、この手のエピソードを
面白可笑しく話していた。 知名度もあり、気楽にトイレに行けないため、
ギリギリ我慢する。我慢に我慢を重ねて辿り着いた結果が、爆音一発だけ!
何だったのか、あれは! に、会場が爆笑。

・・・・・・
7056,閑話小題 ~久々に「運」について ―1
2020年07月09日(木)
          「運」を味方につける48の習慣  藤木 相元 (著)
   * 新型コロナ禍で、運について考える…
◉ 運について何度かテーマにしてきた。何気なく図書館で手にし、借りてきたが、
切口が違うって面白い。「運」は字のとおり、運ぶこと。待っているより、自ら
行動して手元に引き寄せること。20歳で創業を決意し、15年かけ準備。バブル
まで10年かけて膨張、そして20年かけて崩壊。合計45年の創業人生を過ごして、
65歳で終えることが出来た。満足感も…後悔もない! 無事乗り切ったとしても、
今回の超特大のビッグスワンに打ち勝てはしない。むしろ、9年前に、整理出来て
良かった? 運・不運も解釈次第になる。何故に神が、ここまで生き伸ばしたか?
この黒鳥を見せる為。 これも身勝手な解釈でしかない。 実際に身を挺した分、
罵声を浴びながら7転八倒した分、著者よりも自分の実感は深い。 結論として、
大部分の人は好い加減に生きているだけ、甘いが… それも人生!

◉ つくづく思うのは… 
このパンデミック、細胞生物の人間に対する、細菌を通した神からの問いかけ! 
群れて文化・文明を創り上げた結果が、いともアッサリと、根底から崩壊。 
断言するには早いが… 人類の長所だった群れの習性が、そのまま欠陥と露呈
してしまった? 運も不運も自らが創り出した妄想? 死ぬなら死ぬしかない。
この文章を書いて気づいたのが、<好き勝手の結果、アナタ(人類)の命運が
尽きただけ。 ここで一度立ち止まり、世界のありかた、処し方を考え直す時… 
その為には、パンデミックで人類半減も致し方がない?

◉ 何やら、トランプの出現で、世の中が一段と薄汚れたようだ。あのプーチン
ドン金、習主席の謳歌に対するに、彼のキャラも必要かも。 数千年かけて
創られた欧米文化帰結は何だった? この持論を前提に、この本を読むと、
違った側面で「運」を考えることが出来る。
                        
◉ 読返してみて、好きなればこその内容。運があると信じていれば、幸運の
機会は自然と多くなる。運がないと思っていると、その機会に気づかなくなる。
「有難い」と思う習慣があれば… 有難いことが寄ってくるもの。

・・・・・・
6188,閑話小題 ~「自分は運がいいほうだと思う?」 -1
2018年02月21日(水)
   * 自分は運がいいほうだと思うか?
 先週末の朝日新聞で「自分は運がいいほうだと思う?」をテーマにしていた。
 ~要旨といえば~
< 有名な話では、松下幸之助さんが社員の採用面接のとき、よく
「あなたは運が良い方だと思いますか?」と聞かれたといいます。自身でも、
「自分は運がいい」と一日に何度も言うという。 その理由の一つは、
そう自分に言い聞かせ思い込むと、自信が持てるようになり自分から積極的に
行動できるようになるということ、もう一つは「自分は運がいい」と思う人は、
今を肯定的に捉えて、悪いことが起こっても他人のせいにしないと… 
 そして「自分は運がいいほうだと思う?」に、7割が運が良いと、3割が悪い
と答えるという。
 運が良かったと答えた一番の理由が、良い人間関係に恵まれていること、
良い環境と、良い両親のもとに生まれたため、そして成功が失敗を上回って
いるためという。
 運が悪かった人では、「思い通りの人生ではない」ことと、努力が報われない、
努力が報われない、人間関係が恵まれてなかった、などをあげている。>

☆ ~運について幾つかネット検索からひろってみると、
・人生の岐路で迷った時に、困難な方を選んだ方が運はついてくる。
・楽観主義の方が運がよく成功しやすい。
・夢や目標がかなった状態をいつも頭のどこかで思い描いていると、幸運が
 目の前に現れたときにキャッチできる。ーなどがありました

☆ 「運がいいと思っている人ほど運が良い」ということです。確かに成功して
 いると見られる人ほど「自分は運がいい」という。
正反対の「自分は運が悪い」と言い続けている人がいます。会社の愚痴、仕事
の愚痴が多いですが、思い通りの仕事はなかなか担当させてもらえず…

▼ 運については、30数年前の経営セミナーで、『運の作り方』という
 テーマで聞いたことがあった。創造工学研究所所長の中山正和氏で、川喜田
 二郎のKJ法に対し自身の方法をNM法と名づけた。 ~その要旨といえば、
<何かをする前に、判断をするが、結果が良ければ運が良かったという。逆に
 悪ければ運が悪いという。それには、心が澄んでいるほど正しい判断が出来る。
 そこでまず、般若心経を暗記し、唱え続けることで、心を空にして、現象を
 捉えて判断し、ことに当るに、般若心経は、プラスに働く。> …と。
 そこで3週間かけ暗記することに相成った。暗記してしまえばしめたもの。
 何時どこでも、夜半、眠れない時とか、通勤の車内とか、チョッとした合間に
 唱えることで、悟りに近い状態になれる。私の因縁のある有識者?の多くが、
 例えば二人の息子や、兄夫婦、直ぐ上の、姉、会社の正社員などの人たちが、
 暗記することに相成っていた。100人は下らないない?。
  …で、この有様? 茹でガエルになってしまったからじゃないですか                          ~つづく
・・・・・・
H0605
般若心経のすすめ

 十年前に創造工学の中山正和氏の“運のつくり方”という講演で、
般若心経のすばらしさを聞いて一ケ月がかりで丸暗記をした。
今まで何万回唱えただろうか。
当社では入社教育で丸暗記が必須となっている。
二人の子供ま毎朝の仏壇での私のお経の為か丸暗記をしてしまった。

十年間の経験より(私の実体験より)
直観した事を列記すると
①自分サイズの時空を超えた一つの視点をえた
②心臓音に波長があっている(リズム)
③α波がくみこまれている
④“念”がこの中に入っている
⑤お寺・神社等で唱えるとTPOとして、
 その場のイメージが鮮明に残る
⑥情報雑念等を切断、整理をする働きがあり、
 結果として“運=無意識の判断”を左右する
⑦これをくり返しているとベースとして“空”がつみ重ねられてゆき、
 自己の中にその中空がつくられる
⑧夢の中で“空”を直感するイメージを得られた、
等々限りない。
 
 立花隆と宇宙飛行士との対話の中で
「彼等は地球をはなれた体験の中の一瞬に、
キリストや仏等の教祖が苦難の上で直感した“絶対無”を観た」
のではないかと言っている。
それは般若心経をくりかえしの中で、
少しでも近づける様な気がする。

・・・・・・
2016/09/25
閑話小題 ~幸運の人と、不運な人
   * 人は、すべからく幸運である
 以前、書いたことばかりだが、思いのまま、「幸不幸」について書いてみる。
・人間は、「いま、ここに、私」として存在するだけで、幸運である。
 「神様の御導きびき」といえば、それまでだが、幸運な偶然の一致の重層で、
 存在している。他者と比較が、この幸運を見えなくしている。
・自らを幸運なタイプと自認する人と、不幸と自認する人との、一生の間の
 運命の差は膨大になる。不運な人は、チェンスがあっても、自分が駄目と
 思っているため、目前にあっても気づかない。どうせ、駄目だからが無意識
 のうちに働き、そのチャンスに気づかない。
・幸運な人は、チャンス到来に、そら来た!と敏感である。何せ、幸運だから。
 幸運であるには、何があっても上位に自らを置かなくては。まずは20%に、
 そして、6%、3%、1%にと。 
・幸運な人は、幸運のある同類を呼ぶ、というより集合する。幸せ本には、
 まず、「幸運の人に近づけ」と。彼らには、幸運を自ら引き寄せる力がある。
・以前、<幸運を呼寄せる力を得るためには、『般若心教』を暗記をして、
 ことあるごとに唱えなさい>と、創造工学の先生の講義を聞いて、早速、
 二週間かけて暗記をした。「色即是空 空即是色」と、心を澄ませておけば、
 情報選択と決断も間違わない。運とは、判断し、その行為が、正しい場合を、
 「幸運」といい、間違った場合を不運という。だから、情報に対する純粋な
 視線が必要となる。特に、情報過多の現在こそ、重要である。
・生活習慣は、第二の天性である。 二ランク上の生活習慣を立て実践すれば、
 二ランク上の人になれる。その差は、時間とともに莫大になる。
・「恒産あって、恒心あり」、長年かけた蓄えが必要となる。なぜ?といえば、
 人の心を自由にも不自由にする力が、金銭の有無に厳然としてある。お金の
 心配からの解放が純粋な心を生み、それが幸運を呼ぶ。(真逆もあるが)

・・・・・・
5440,人生で最も大切な技術 ー心の自由
2016年02月06日(土)
      『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 自由への大いなる飛躍
 ここで、エゴから開放されることが、心の自由という。御隠居生活は、
今さら、老いさき短いのに、エゴもなにもないだろうという諦観が、拘りから
自らを解放させる。森の生活から、サバンナの生活の移行が、「心の自由」を
実感させる。森は森で面白いが、サバンナにはサバンナの面白さがある。
 心を自由にするにエゴからの解放を勧める。遺伝子科学は、遺伝子の進化
の本質はエゴにあると解明したが、そこは知的生物?たる人間様。せめて
心の自由を、「私の・・」からの解放が必要である。 ~その辺りから~
≪ 自由になる、ということは、自分の運命の支配者になることである。
 ただ、自由と聞くと、行為、動作、意見等の自由、自分が決めた目標達成
の機会を獲得する自由、等というふうにとかと解釈されがちである。
そのように自由を納得することは、自分の外側に自由を置いて、思考の横暴な
振る舞いを看過することになる。実際、西欧では、自分のしたいことをして、
衝動おもむの赴くままに行動するのが自由、という解釈が一般的である。
しかし、そうした考え方はおかおとししい。したい放題とは、心を混乱させる
思考の慰み者として、自分自身を決めるのも同然である。それは、山頂で吹き
まくる風によって、あらゆる方向にへし曲げられる草と同じ状態である。
「私にとって幸福は、したいことを誰にも一切ロを挟まれないですること」
BBCのインタビューに答えていた英国の若い女性がいた。無秩序な自由の唯一
の目標は、欲望を即座に達成することである。だが、果たしてそれが幸福を
もたらすだろうか、という疑問が生じる。その疑問には十分な根拠がある。
 自然で自発的な行動は、精神的な混乱がない限り、長所となる。しかし、
心の中で渇望、嫉妬、傲慢、恨みなどの狂犬を荒れ狂うままにさせておくなら、
間もなく、心はそれらの狂犬に占拠される。一方、自由な心は、膨大で、
明確で、静寂な空間で、そこに痛みはなく平安だけが強化される。・・(略)
 心の自由は、とりわけ、「私に」と「私の」という独裁者エゴからの解放で
ある。エゴは自分が嫌うあらゆるものと衝突し、自分が欲するあらゆるものを
自分のものにしようと必死になる。それ故、自由になることは、心を支配し、
曇らせる苦痛の絆を断ち切る作業と言える。それは、自分の人生を、習慣と
心の混乱によって作りだされる性癖や性質に明け渡す代わりに、自分の手中に
収めることである。水夫が船の舵柄を緩めて帆が風にはためくままにして、
潮の流れに漂わせている場面を想像すれば、それが自由な航行とは呼ばれずに
漂流した状態だとわかるだろう。自由な航行とは、舵をしっかり握って
自分の選んだ目的地に向けて航行することである。
 日常生活でこうした自由が体得できたなら、他者に対して心が開かれる上、
忍耐力が備わることになり、自分の選んだ人生の方向からまったく外れずに、
断固として突き進む覚悟ができるだろう。実際、方向感覚を持つことは
生きる上で不可欠である。ヒマラヤをトレッキングする際には、何日でも
何週間でも歩く覚悟をしなければならない。・・≫ 
▼ 英国の若い女性が言った、「「私にとって幸福は、したいことを誰にも
 一切ロを挟まれないで・・」の「したいこと」を、「幸福になるために」
に替えれば良いこと。そのために、少々自由を犠牲にしなければならない。

 

閑話小題 ~挫折とは何か…?

 

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     * 「挫折」とは何を意味するのか…?
 人生で数多くの挫折を味わってきた。人生の節目とあいなる経験。
その割には、挫折そのものについて深く考察することが少なかった。
あるキッカケで、それまで順調だったことが、何やら下むきに回転していく。
それだけでなく、気分が落ち込み…欝状態に。そして体調まで自らを落しこみ、
最悪、自殺のケースまでに至る… 
 
 そんな折、図書館でNHKアナウンサーの下重暁子著の
『人生にとって挫折とは何か』があった。学生時代のニュースで馴染みの
NHK看板嬢で「挫折とは無縁におもえたお嬢様…?である。 時どきTVで
見かけるが、なかなかの教養の持ち主。順調の出だしと思われた彼女が…
何で「挫折」をテーマにしているのかと手に取ってみた。
  …
≪◉ ヤスパースの哲学における基本的概念で,人間がもはやその悟性や意志に
 よって離脱することのできない限界状況,すなわち死,苦悩,闘争および
責任などに直面する際に出現する宿命的な経験をいう。 この挫折の経験に
おいて,むしろ現存在は一層深く開明され,同時に包越者にいたる道が暗号
として現れる。
◉ 挫折を経て「未熟な自分」に気づくことがまずは大切なのかなと。…
 それ自体が「思考の枠組み」を広げられていること。
挫折して、もっと挫折したことに気づいて、自分の信念を疑いそして自分と
戦いながら、常に「思考の枠組み」を広げていくことが大切かと。
つまり挫折は、自分の人生がもっと楽しくワクワクさせてくれる自分の
資産であって、その資産価値は自分次第で変わる。≫
 ――
▼ 幼児体験に、地元長岡が空襲で‘両親を含めた家族10人’が焼け出された
 最中で、何とも殺伐としていた現風景。国家そのものが、敗戦した挫折状態。
家族も当然、何の生活保証もない茫然自失状態。一つ判断を間違えると、明日
の糧が無いのは幼いながら気づいていた。 ネット検索にあった、「挫折」
を糧として、「思考の枠組み」を広げていく機会になる。
 考えてみたら、人生の最終コーナーで、会社清算に、あい成った経験をした。
両親の戦争体験と敗戦を直接、見聞きしていたこともあって、万一の備えを
事業計画に練り込んでいた。 「君子、危うきに近寄らず」がベースに置く。
そして、他者より数歩先を歩くには、『孤独』なる心の維持が必要となる。
まず、『孤独の鳥の5つの条件』を満たさなくては…それが苦痛なら、創業など、
求めるべきでない。 他者の失敗を糧に生きる卑しい動物として生きればよい。
上にある止まりの枝を下に降りると、幾らでも卑しいのが蠢いている。
この輩には「挫折などあろう筈がない」あるのは、世間様の常識のみ!

・・・・・・
7055,閑話小題 ~コロナ菌より怖い、金欠病菌! ≒ガイアの夜明け
2020年07月08日(水)
    * コロナで激変!働く現場の行方
 このパンデミックの与える医療以外の働く人の戸惑いに驚かされる。
経営者も、そこで働く者も、収入が断たれ、茫然とするしかない。1990年のバブル
崩壊、2001年の9・11テロ、2004年、2007年の中越地震と、刈羽地震、2008年の
リーマンショック、2011年の東北大震災とたて続き、ダウンした経験があるため、
このパンデミックの与える影響の大きさにタダならぬ恐れを感じる。この3月に、
私が20年にわたって続いた大波が、一挙に、数ヶ月で起ってしまったようなもの。
その大津波は、この数年、吹き荒れることは必定。これでは、心が折れてしまう。
 ここで、倒産の集計には入らない「自主的な休廃業」が2万5000件にも上り、
夏以降さらに増加が見込まれるという。“第二波、第三波への懸念から、先の
見通しが立たず、事業を諦めてしまう経営者が多いというのだ  
 東TVの、「ガイアの夜明け」は、以前、みていたが、シリーズで、コロナ禍に
直撃してしたサービス・飲食業者の苦境の生現場をレポートしていた。
 ―
【コロナ倒産24時…“倒産”情報部員に密着!「これは入り口にすぎない…」
4月。企業倒産などの信用情報を調査する「帝国データバンク」にカメラが入った。
これまでの企業倒産で経験したことのない現象が…5月の倒産件数は、56年ぶりの
低水準に!? 理由は、裁判所がコロナ対策で業務を縮小。倒産手続きの「自粛」
が要因だという。一方、倒産現場を歩く情報部員は、リーマンの時とは違う
地殻変動」を感じていた。「旅館・ホテル」「飲食」「アパレル」など、
「人の動きが止まったこと」から始まった企業倒産が、幅広い業界に連鎖・波及
すると身構える。帝国データでは、倒産の集計には入らない「自主的な休廃業」
が2万5000件にも上り、夏以降さらに増加が見込まれるという。“第二波、第三波
への懸念から、先の見通しが立たず、事業を諦めてしまう経営者が多いというのだ。
「コロナ倒産」は、新しい経済・ビジネスを作るための“痛み”なのか?
「稼ぐ術」をなくした経営者たちの、それぞれの選択を追う。】
 ―
▼ 都会の飲食業界は、三密を狙って成立つ職業。それが根こそぎ否定されるは!
まだ現在地点は、その入り口。これは、都内、国内だけの問題ではない。いや、
サービス業界だけでなく、全ての業界に至る問題。その根は深い。ガッチリ、
固定客をつかまえていたと信じていた彼らにも死活問題。 私の命名
「7・5・3」現象。7割減、5割減、3割減、それ以下は問題外。 厳しいが、
これが現実。それぞれにより、対策が違ってくる。問題は、廃業の時期!
キツイが、避けられない。これも事業の必須事項。

・・・・・・
6688,閑話小題 ~七夕の短冊に祈りを込めて
2019年07月08日(月)
   * 毎年、この時節、半期の
 今年の前半が終わろうとしているが、比較的に何ごともなく推移し終わった。
・国内では、5月に「平成」から「令和」に年号が変わり、6月にはG20大坂
サミット開催し、無事終わった。プロ野球セリーグは、誰も予測しなかった
巨人が独走。パリーグは予測どおりにソフトバンクが独走に。大相撲は、白鵬
隔場所ごとに休場し、翌場所に復活する戦略で何とか、オリンピックまでの
延命戦略を忠実に実行。これはこれで良い。
・近く実施される参院選挙は、自民党有利の予測。
・世界の政治は、トランプ劇場が、相も変わらず続いている。ホルムズ海峡で
日本タンカーに攻撃があったが、何処の国かは闇の中。北朝鮮は何とか平成を
保っているが、波乱含みのまま。
・プライベートでは、卒50周年の会が、開催され出席した。私にとって節目。
親戚関係の不幸は無かった。腰痛は、出たり止んだり。スポーツジムは週4~
5回をキープ。今年から時どき休むことにした。死に損なう危険があるからだ。
とは言いつつ、最大の出来事が無事平安に推移すること。
 毎年、前半が穏やかだったが、後半に荒れる傾向がある。
――
   * 七夕の短冊に祈りを込めて
 名古屋場所の初日と千秋楽日は、毎年、プロ野球と大相撲を同時TV観戦をする
のが慣わし。同時にゴルフ、バラエティも挟むため、それは忙しい一日になる。
何故に、一週早い第一日曜にしたのか?の疑問は、七夕の目出たい日に合わせた
粋な計らいのためと遅ばせながら気づいた次第。 大相撲も、プロ野球も、
「短冊に何を書きましたか?」の質問が何とも味わい深いのが、あった。
共通してあったのが、「10年若くなりたい」。それに対した解説のコメントが、
「これは人類永遠の願い!」…と。 5年でなく10年が何とも微妙。
ということは、最初から10年若く見える服装、そして体力づくりを目指せば
よいことに! 気持ちも同じ。成るほど、何かしら年齢に気持ちがついていか
ないのは、自然かつ健全ということ。 私の願いは… 
『より深く、より広く、より新鮮に世界を味わう健全な精神にレフレッシュ』 
  さてチャリ散歩だ。

・・・・・・
6325,閑話小題 ~今年も半期の終了 -6
2018年07月08日(日)
   * ~スイス 名門寄宿学校~ Ⅲ 『ボー・ソレイユ』
 まだまだ書き足りない感が残ったため、録画の三度目の見直しをした。
以前、『3・10・60・27の法則』の法則をテーマに取上げた。ここの教育方針は
帝王学』で、まずインテリジェンス(知性)のベースの
構築を図っている。
インフォメーションが「生の情報」であるのに対して、インテリジェンスは
「加工された情報」という意味で、インフォメーションをもとに分析された情報
などのことをいう。加工された情報を鵜呑みにしないで、ベースに自らの知性で、
生の情報として考えられる能力を生徒に身に付けることを目指している。
そのためには、「何故、何故、何故」と、常に自己問答する習慣が必要と教える
のである。洗練された自由人である。この情報・知識を元に、知恵に変えて、
モノゴトを判断し、プラスに導くことが、インテリジェンスになる。
  ~この紹介文より~
≪ アルプス山中のヴィラールにあるボー・ソレイユ校は1910年の設立で、由緒
ある著名なプライベートスクールです。英語で学ぶ国際部とフランス語部があり、
卒業時にそれぞれIB、FBを取得することを目指して学習します。進学率はほぼ
100%で、ヨーロッパ、北米の大学を中心に進学します。
 「バランスを大事に」をモットーに勉強だけではなく、スポーツや色々な活動
に全面的に参加し、一つに偏らないバランスの取れた人間形成を目指します。
スポーツだけではなく、演劇や音楽などバラエティに富んだ課外活動が用意
されており、週末には屋外探検活動や近郊都市への遠足に出かけることも多く
あります。修学旅行や休暇期間には、ヨーロッパだけでなく、南米、アフリカ、
アジアなど世界中の様々な場所への旅行に参加することができます。

11歳から13歳が学ぶ科学の授業では教科書を使いません。低学年のカリキュラム
には五つのテーマがあり、これらのテーマに基づいてあらゆる授業が行われます。

1.Adaption(適応力):語学、数学、科学、地歴、芸術、体育
2.Discoery(発見):語学、数学、科学、地歴、芸術、体育
3.Risk(リスク):語学、数学、科学、地歴、芸術、体育
4.Respect(敬意):語学、数学、科学、地歴、芸術、体育
5.Traditions(伝統):語学、数学、科学、地歴、芸術、体育

――
課外活動のイアン・レイ氏はリーダーシップは生徒たちの人生において重要で、
すべてに影響を与える存在であるリーダーに役に立つスキルを身に着けてもらう
と言いました。責任感があり向上心を持っていること、それがリーダーの条件
だと言います。学校では世界に広く目を向けるだけでなくそれぞれの国の言葉や
文化も大切にしています。


▼ 11歳といえば、日本では小学校五年である。この頃から、年に1200万の教育費
 をかけてベースを教え込む。それも8年も。まあ、能力格差がつくのは自然の理。
選ばれた教師が、その全てを注いで、生徒に教え込む。それも、俗世を遮断した、
浮世離れしたスイスの山麓で… それも、世界中の国から集まった異色の人種と、
寄宿するのだから… こうなると、問題は血筋・血統まで行きつく。成るほど、
自分とは、自らの分、分際ですか。私の分際から見えてくるのは、当然こうですか。
 
・・・・・・
5228,思いが人生をつくる ー②  ~知的プライドは危険
2015年07月08日(水)
       『思いが人生をつくる』~ジェームズ&リリー・アレン
  * 知的プライドは危険
 学生時代、読書の絶対量の少なさを自覚し、知的コンプレックスに陥った。
以来、早朝を中心に2~5時間の読書習慣を続けてきたが、この程度。しかし
半世紀近く続けると、その量が質の向上に繋がってくるが、大学ノートに、
せめて1ページでもメモの習慣を付けておけばと後悔をし、14年前から、
個人HPで、その内容を記録をし、公開を始めたのが、これ。 自ずから、
8~9割方の人が、読書の絶対量が少ないことに気づくことになる。
特に地方の人は、それに気づく機会が少ない。そうすると、対話できる
相手が少なくなる。そこで、自分の壁が出来ていく。所詮、それも馬鹿の
壁になるが、それが知らずにプライドになっていく。 これが危険という。 
~その辺りを抜粋~
≪ 外見や衣服、もしくは富や地位をひけらかすプライドといった些細な問題は
 取り上げません。もちろんこのプライドも、好ましくありませんが、所詮は
弱い心、もしくは大人気ない心から生まれたもので、心が成熟すれば克服できる。
 より危険なプライドは、「知的プライド」です。なぜならこのプライドは、
成熟した心に現れながら、その存在は明確ではないからです。
熱心な研究や思考の力、もしくは高等教育によって誰かが他人より秀でると、
そこに「知的プライド」、もしくはそれに近い感情が生まれます。
 ある人はこの感情によって、他者を「惨め」と決めつけたり、物事の真意を
つかめない人に対しては、もっとエスカレートして「馬鹿な連中だ!」と叫んだ
りするのです。この類のプライドが、近代の改革を台なしにしています。
利己的な改革に異常なほどに固執している政治家があまりに多く、自分に賛同
しない人を「惨め」ととらえ、この感情を他の民族や先人たちにまでも、
伝染させるのです。・・・
 「私は真理を守るために力をつくします」
そう老いた哲学者に語りかけた若者がいました。
「若者よ、そんなに真理を守ろうとしているは、真理か、
 それとも、真理に対する自分の意見か、どちらなのだ?」
哲学者は、そう静かに質問したのです。
人が真理を知るとき、それを守ろうとしません。なぜなら、真理そのものが
守られた存在だからです。同じように美徳に関しても大騒ぎなどしないのです。
静かに、しかし、明確に、真理は、それ自体が人生の中で人格のようなものと
して存在意義を示しています。人格とは、だれもそれに対して反論したり、
議論できるものではないのです。 言葉や議論は、砂の上に書かれた文字のよう
なものです。それに対し人の行動や人格は、人生という永遠の岩の上に、
けっして消えないように刻みこまれた彫刻のようなものなのです。 ≫
▼ 「世間」を嫌っているのが、私のみすぼらしい「知的プライド」が、
 原因だろうかと、思い浮かんだ。現象をそのまま、事実と区別しない輩。
こういうことは、黙っていればよいものを。わざわざ。知らないということは、
底知れぬ恐ろしさがある。 この「知的プライド」の危険性もだが!
この半世紀も何を読んできたというのか? このことを知るためか!

・・・・・・
5958,洗って使える 泥名言 ~3 ーライオンは弱い奴を狩りに行く
2017年07月08日(土)    
            <『洗えば使える 泥名言』西原理恵子 (著) >
   * ライオンは弱い奴を狩に行く
  ~ 他の章の面白い泥名言が… ~
<すべての男は3等賞や。それを一等にするも、三等にするのも自分や。> 
 と、知り合いのママが言っていたというが… 凄いことをいう。更に、
<三等を三等のままにしておくのも立派なことで「それで充分やんか」>
 だと。それもこれも、泡沫の夢幻の話。死んでしまえば皆、同じ。

<ライオンは弱い奴を借りに行く。>
 暴力と貧困は、高いところから低いところに行く。世間とかいうゴミダメは、
 こういう弱者探しを生業に成立ち、日常会話で「にわか裁判」をしている。
 まず検事がいて、裁判長、そして傍聴人までいる。多くが、人生不燃焼組で、
 その燃え残りに火をつげ、自己満足する輩。対象は「大変な人」。

<よく離婚とか、彼女と別れる段になって、きれいに別れようとするバカが
 いるじゃないですか。あれ、一番ダメなんですよ。何やっても嫌われるの
 なら、「どうして、こんな奴と」思われるぐらい嫌われた方がいい。>
 キレイに事業撤退とか転職をしようとするから、ダメ。嫌われ罵声を浴び、
「これも有りか」と、独り打ち震えるのを逆に楽しむ位でないと。 
「最期は、キレイに撤退したい〉の私の要請に対する弁護士の答え
〈借金を踏み倒すのに、キレイも汚いもない。70点が最高点と思って下さい!
〈それでは、70点に近づけるように、お願いします。〉と方針決定。
 甘かったかもしれないが、過去の経験からして、やはり、後味の悪いのは、
 傷口に悪い。

▼ 大変な家庭環境の中で、下ネタ経験充分の人生もあり、とう泥名言の数々。
 緑の原野(娑婆)には、花も実もあるが、捕食動物も、被捕食動物もいる。
狩るか、狩られるかの弱肉強食のドラマが日ごと繰り返されている。ところで、
『今、何になっているの?』『何を狩ってんの?』『何を楽しんでるの?』
『人間をしているの!』『好きな遊びを探してるの』『趣味を楽しんでるの』…
… など、様ざま。問題は、時間が限られていること。キーワードは、『よく』
が、それぞれの生きざまの頭についているかどうか。その為には考えることだ。

・・・・・・
4863,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー31 
2014年07月08日(火)
  * 都銀支店長の全面協力が、出発第一歩!  ~後半編へ
 時は、1980年3月1日。都銀・営業のTさん(兄と私の嫁を世話をした恩人)
の上司である支店長が、私に面会したいという連絡が入っていた。
当日、本店の朝礼で辞任挨拶をした足で銀行に行った応接室で、辞めるに
ついての経過と、今後の事業計画を述べたが、それを黙って聞いていた支店長が
おもむろに、『現状のままでのホテル計画なら賛成できないが、貴方が会社を
辞め、以前に手がけた千葉のビルを売却して始めるのは筋が通っている。当行と
して今後の資金計画の全てを協力します!まず千葉のビル売却からですね!』と。
金融の知識や、長期資金調達方法が皆無の私にとって、渡りに舟の信じられない
言葉! 小説のような話である。何ごとも、実績? 直前に辞任の挨拶をして
きた帰りに、次の事業計画の最大の理解者を得て、最大課題の解決の糸口を
得たとになる。その間、僅か一時間。幸先良い出発になった。地銀の役員
クラスでは、無理! 今の私が都銀の支店長なら全面協力をするが・・ 
地方豪族化した彼らでは?それもあり、今回の私の結末は、地方豪族システム
の価値観で染まった地元権力の残存者には最高の物語? それもいい。
 あと一つ、現在も酒友だが、当時の相互銀行の計算センターの部長が、
そこの契約コンサルタントのW先生が、私の事業計画を聞きたいという。そこで、
ありのままを話すと「この事業計画は間違いないでしょう!」の、お墨付き。
私にすれば15年間の捨身の計画だが、誰も、それを知らない。もし都銀の
支店長の全面協力が無かったら、その経営コンサルタントと契約することに? 
その後、姉夫婦の倒産の後始末と、義父の会社の不動産トラブル解決をして
貰うことになったが・・ 既に20数年前に亡くなった。
・その前の節目は、実家の会社で、産地の大手問屋の全面協力と、暖冬で
 暴落した冬物で大当て、波に乗せたこと。 
千城台ビルの二店舗は、商社のS氏が本気で面倒を見てくれた。 
・その前のジャスコ辞任後の産能大時代では、千葉の新興住宅地の中央四つ角
 商業地の売出し記事をみて応募、抽選で当選、次へのステップになっていた。
・今回は、都銀支店長が全面協力の約束。 などなど、節目節目で、何もかも
プラスに働いたのも、右上りの時代に捨身で挑んだため。どれも紙一重で、
思わぬ因縁がプラスに導いた。捨身で、全力で節目に挑めばこそである。
・・・・・・
5593,幸福の条件とは ~④ ドーダの四分類
2016年07月08日(金)
           <「幸福の条件~新道徳論」鹿島茂著>
   * ドーダの四分類
「ドーダ!」という自己愛・威張り動機で人間は行動し、歴史もこれで動く、
という論だが、面白いのは、それを四分類をしたところ。『ドーダ』をネット
検索をしたところ、分かりやすい解説があった。 ~その辺りから~
≪ この価値は、ドーダという自己愛の表現を、「陽ドーダ」「陰ドーダ」
「外ドーダ」「内ドーダ」の四つに分類したところにある。
・陽ドーダは、ストレートの直球型。「ドーダ、おれはすごいだろう」である。
・陰ドーダは、ひねくれた変化球型。貧乏が清貧になり、粋が乙になる。
 病院での病気自慢や、不幸自慢など、日本のドーダはこの陰ドーダ系が多い。
 筆者は、日本が戦争で負けた、いや、戦争を起こしたことそのものも、西郷隆盛
 の陰ドーダの怨霊が日本人の思考としてこびりついているからだと説く。
 要するに、負けるが勝ち、現実で負けて思想で勝つというやつだ。
・外ドーダは、ドーダの向くベクトルが外に向うこと。その典型がお手本ドーダ。
 お手本を外に求めて、自分がそれに忠実であることを自慢する。日本の学者の
 ほとんどがこのお手本ドーダである。
・内ドーダは、自己の告白の赤裸々さを自慢する赤裸々ドーダ。
 不幸ドーダ(あれ、陰ドーダとどう違うのだろう)、根拠なく自己の国や
 出身地を最高とするお国自慢、愛国ドーダ。≫
――
▼ 「限度なき貧欲」を漫画家の「ドーダ」の一言で、歴史上の難解な事件を
 解明するとは新鮮な着想である。人の心は、この4つが絡みあい捩れている
ため、まずは、一つずつ、とき解いていかなければならない。この随想日記を
書き続けているのも、「どうだ、15年以上も続いているだろう!」の気持ち
が有るため? いや、新たな知識、日々の刻印のため。それより面白いが先に
立つため。「ドーダ」だったら、途中で、止めていたはず。モナコのヨットの
船着場で、夏場、豪華パーティが開かれる。これも主催が、招待者に、
『ドーダ、凄いだろう!』の、見栄のため。世界の金持ちも、こんなもの。
エジプトの古代のファラオが、豪華神殿をつくり、近隣の王族に見せつけて、
戦意を奪ったというが、これも「ドーダ」の典型だろう。当然、事前の知識が
なかった私も、数千年の時間をおいて、腰を抜かさんばかりの動転をした。

閑話小題 ~孤独の鳥の5つの条件

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 下重暁子著の『人生にとって挫折とは何か』である。
元・NHKのアナウンサーで、多くの著書を出している。
その中で、16世紀のスペインの詩人クルスの詩を紹介している。
「五つの条件」というのは、タレントの大原麗子が衣裳部屋にも貼ってあった詩。

孤独な鳥は、高く飛ぶ
孤独な鳥は、仲間を求めない、同類でさえ求めない
孤独な鳥は、嘴(くちばし)を天空に向ける
孤独な鳥は、決まった色を持たない
孤独な鳥はしずかに歌う
                サン・ファン・デ・ラ・クルス

  …その解釈がネットに有った…
≪1・求道者は仲間と一緒になって低空を飛び、餌を探すような楽な生き方を
 選択しません。見かけの安全や安定を求めず、精神的に自立し絶えず限界に
 挑戦します。
2・求道者は月並みな幸せに埋没しません。
 必要とあらば友人や愛する家族をさえ後にする覚悟があります。
 彼は世間的な評価や理解を必要としないのです。
3・求道者は絶えず意識の高みを目指します。
 彼は強い向上心と好奇心そして克己心の持ち主です。
4・求道者は特定の思想に染まりません。
 彼の行動の基準は正邪善悪ではありません。
 いわゆる道徳的でさえないかもしれません。
5・求道者はとても繊細な人です。
 彼は人生の切なさや哀しみを知っています。
 だからとても優しく唄うのです。

世界に新しい価値をもたらす人、道を開く人はきっとこんな人たち。≫


▼ 孤独の鳥は、
<空高く、仲間を求めず、嘴を天空に向け、決まった色を持たず、静かに歌う> 
 まさにイエス、釈迦のように、静かに歌う。 詩人は何と言葉巧みに、
その精神を歌い上げる。…その周辺には、低い枝の上で、仲間を求めて、
上から目線で、決まった色をした鳥たちが、行先もなく騒がしく鳴き喚く。
それに、老醜が加わるため、正にゾンビそのもの。要するに、小母さん、
小父さんの群れである。その時だけは、立派な評論家に変身して、尤もらしく
理路整然とした意見を持った自覚無しのゾンビに… 。

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7054,閑話小題 ~チョットした小噺!
2020年07月07日(火)
   * チョッとした小噺
◉ アメリカ、ブラジル、南アフリカ、フランス、イタリアなどの市民が自撮り
した市民の声の特集が何とも痛ましく生々しい。下層階級ほど、生活の確保の
為の経済問題が直近の問題に。コロナ菌より怖い、金欠病菌からの防御!
そこには差別化の問題が。
<コロナ菌より、目先、一日を生き延びる方が重大問題!>の悲鳴が真に迫る。
コンビニに買い物に行って無事に家に帰ってくる方が、買出しに行った本人と
家族には重大事。日本とは、ほど遠い治安悪化の問題が前提に。アメリカは、
有色人種、取り分け黒人は、病院の前で門前払い!目に見えない国家システムが、
この異常の死者数に現われている。日本では健康保険が完備されて、自由に
病院に出入が可能だが、欧米社会はそうではない。今日明日、どう食つなぐかが、
ベース。黒人が白人警察官に絞殺された写真が拡散されて暴動になった。
これも偶然に写真に撮れられ拡散したため!黒人のオバマ前大統領とクリントン
女史対、白人至上主義の現大統領の対立が背景にある。アメリカは、欧州で食い
つめた白人の流民が建国した国。数千年の歴史を持つ中国とは違う。コロナ禍は、
この複雑な構造を炙り出した。日本、とりわけ地方の年金暮しとは事情が違う。

◉ 昨日の15時過ぎ、家内が近くのサエゼリアに友人とお茶のため、行った
ところ、ほぼ満室だと。間隔をあけるための席も消え、以前に戻ったとか。
私も午後に行ったスポーツジムも、以前の8割方の会員がいた。今さら部屋に
閉じこもる生活も、チョッとした切っ掛けで元に戻る。 コロナ禍は長期戦!
‘巣篭り’といえば、私が始めて9年と3ヶ月になる。
直に巣籠用スケジュールをたてて、実直に実行。 数ヶ月は、厳しかったが、
置かれた状況が、後押しをしてくれた。今では、この生活が当り前! 
結果として、この結末が日々の生活に‘最善’とさえ思えるように。
考え方の角度一つで、どうとでも変わる!

・・・・・・
6687,閑話小題 ~島に辿りついた3人の兄弟の話
2019年07月07日(日)
          『人生を狂わす名著 50』三宅香帆著
   * 私は、島に辿りついた3人兄弟の話が好き。
 何気なく借りてきた、この本の中で紹介されていた村上春樹
アフターダーク』の一節を読んで、驚いた。 著者が「現実」と「本」が
交差して、「現実」そのものが変えられてしまったと。成るほど!面白い話は
尽きぬ。  例え話は、鋭く真実をついてくる。
 ―
≪・三人の若い兄弟が漁に出て、嵐にあって流されて、長いあいだ海を漂流して、
 誰も住んでいないハワイの島の海岸に流れ着く。 美しい島で、椰子の木が
生えていて、果物もたわわに実り、真ん中に高い山がそびえていた。 
 その夜、神様が三人の夢に現れてこう言った。
『もう少し先の海岸に、三つの大きな丸い岩をお前たちはみつけるだろう。 
お前たちはその岩をそれぞれに転がして好きなところに行きなさい。岩を転がし
終えたところが、お前たちそれぞれの生きるべき場所だ。高い場所に行けば行く
ほど、世界を遠くまで見わたすことができる。どこまで行くかはお前たちの自由』
・神様が言ったとおり、三人の兄弟は海岸に三つの大きな岩を見つけた。
そして言われたように、その岩を転がして行った。とても大きな重い岩で、
転がすのは大変だったし、ましてや坂道を押して登るのはえらい苦労だった。
・いちばん下の弟が最初に音を上げた。
『兄さんたち、俺はここでいいよ。ここなら海岸にも近いし、魚もとれる。
 じゅうぶん暮らしていける。そんなに遠くまで世界が見れなくてもかまわない』
 といちばん下の弟は言った。 上の二人はなおも先に進み続けた。
・しかし山の中腹まで行ったあたりで次男が音を上げた。
『兄さん、俺はもうここでいいよ。ここなら果物も豊富に実っているし、じゅうぶん
 生活していくことができる。そんなに遠くまで世界が見れなくてもかまわない』。
・いちばん上の兄はなおも坂道を歩み続けた。道はどんどん狭く険しくなって
 いったけれど、あきらめなかった。我慢強い性格だったし、世界を少しでも遠く
 まで見たいと思ったんだ。そして力の限り、岩を押し上げ続けた。何ヶ月もかけて、
 ほとんど飲まず食わずで、その岩をなんとか高い山のてっぺんまで押し上げること
 ができた。彼はそこで止まり、世界を眺めた。今では誰よりも遠くの世界を見渡す
 ことができた。そこが彼の住む場所だった。草も生えないし、鳥も飛ばないような
 場所だった。水分といえば氷と霜を舐めるしかなかったし、食べ物と言えば苔を
 かじるしかなかった。でも後悔はしなかった。彼には世界を見渡すことができた
 からだ…。というわけでハワイのその島の山の頂には、今でも大きな丸い岩が
 ひとつぽかんと残っている。 ≫
 ―
▼ 含蓄の深い話である。いちばん上の兄が眺めた場所は世界を眺めることが
 出来る場所。ツアー道があるならば、より厳しい秘・異郷先に挑戦し、その先
を味わい、帰ってくる。大自然の神秘に触れ、感動を通し同化し、地球の広さと
深さを垣間見て、帰路に就く。それで充分である。物質的満足感を遥かに超える
充実感。他者への説明の必要はない創業、いや、人生の味わいそのもの。
その味わいは、味わった者しか知り得ない至高体験。ただ、住みたいとは思わない。
 海辺の岩場で囲まれた岩穴で、外洋を知ることなく満足して生きるのも人生。
そうそう、外に出て世界を知るのも人生。問題は丸い岩を押し上げていく代償。
長男に見えていたのは、さて如何だろう? 丸い岩だけ。時どき、休み、下界を
垣間見ていた。その味わいは、麓に留まった弟たちには知り得ないこと。
としても、その石は重かっただろうに! 如何だろう次男のように、中腹に留まり、
時にピクニックで山頂に登って世界を眺め、時に海辺で釣り三昧。ただ、風当たり
が悪い?それぞれ、問題は生じてくる。反面、ハワイの土地柄で、何処も同じか!
 この手の話なら、限りなく面白そうな話が浮び上ってくる…   ~つづく

・・・・・・
6324,閑話小題 ~昨日は、中学校の同期会
2018年07月07日(土)
   * 同期会、つれづれに
・・・・・
4121, 空腹感のすすめ
2012年07月07日(土)
             「老後に後悔しない10の備え」三浦朱門著  
 最近、「空腹の勧め」をTVなどで紹介しているのを見かける。以前も、
ここで飽食の猿と空腹の猿の生存年齢の違いを取り上げたことがあった。
生物は長年、飢餓の境目に生きてきたため飽食に対しての身体が出来ていない。 
著者は、空腹感状態の方が身体に良いという。私は終戦直後に生まれ、それも
大人数の兄姉の末っ子だったたこともあり、
今でも腹八分目は食べないと気が済まない。 ー以下は、そのくだりー
  * 空腹のすすめ
≪人間にかぎらず、動物というのは空腹であるのが健全な状態である、と言う。
 空腹である、ということは、摂取した食料が体に採り入れられ、それが身体
各部の必要なエネルギーになり、新しい細胞を作っている、ということであって、
動物の体を作ってゆく、という面では生産的であり、体内に蓄積されたエネルギー
を消費するという面では消費的な活動をしているのである。空腹というのは、
今、体内に採り入れた養分をしかるべき所に配分しております、という合図。
それで、もう体の中の余分なエネルギーは残っていません、というのが疲労
あり、休息と食事の時間、ということになる。それなのに、生物の中でも最も
恵まれた動物である人間は、空腹を感ずると、すぐに食べはじめる。
体を生産的なことに動かしながらも、食べ物、飲み物を口に入れる。
考えてみてほしい、空腹感は、あれで結構、好ましい状態なのではないか。
少なくとも食いすぎの状態よりも、気持ちがいい。「腹が減ってきた。
何を食おうかな」と私たち祖先は考えて、獲物になるものを探したのであろう。
空腹はそういう根本的な動物の行動を促す動機になる。それなのに現代の日本の
ような先進国では空腹を感ずると食料が手に入る。戦前の家庭婦人の場合は違った。
朝から掃除、洗濯、昼食は残り物でいい加減にすまして、午後は洗濯物をとり
入れて、アイロンをかけて収納する。さて一休みという段階で、ちょっと空腹感
を覚える。空腹になって、それでは夕食のメニューを何にしようか、その材料を
買いに着物を着替えて、駅前のマーケットに買物に行こう、夕食は何ということは
まだはっきりしないが、マーケットに行けば、その日の安いもので、亭主の好さな
ものが見つかるだろう。つまり空腹が夕食の準備、そのための買い出しといった
新しい行動をうながしたのである。こうやって、夕食の準備をして、子供には
先に食べさせて、寝かしつける。 自分は空腹をガマンして、午後八時ごろに
帰宅する亭主を待つ。≫
▼ そういえば独身時代、三食を自分で準備をして食べていた頃は、
 時間が来たから食事をするというより、腹が減ったため食事をしていた。
そのためか、何を食べても美味しかったことを憶えている。この年齢だと、
腹5分位が丁度よいというが、まだ腹8~9分目まで満たさないと物足りない。
 人間は精神的空腹感も同じように必要か!青年期の精神的渇望感が懐かしい。

・・・・・・
5227,「エリック・ホッファー自伝」 ~⑤『適応しえぬ者たち』
2015年07月07日(火)
            「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳
   * 適応しえぬ者たち
季節労働者キャンプにいることが何を意味しているのかがわかった。
 ここにいるわれわれはゴミの集まりなのだ、と。」 
誰が好んで、ここに居るものか、社会に適応できぬ者たちが、ここにいる。
まあ、シビアである。 私の社会生活、アウトサイダーと自認していても、
適応できないだけかも、 ~その辺りから~ 
≪ ―開拓者としての放浪者?―ば かげた考えのように思えた。しかし、
白い砂漠を横切って歩いている間中、この着想について思いをめぐらせていた。
開拓者とは何者だったのか。家を捨て荒野に向かった者たちとは誰だったのか。
人間はめったに居心地のよい場所を離れることはないし、進んで困難を求める
こともない。財をなした者は腰を落ち着ける。居場所を変えることは、痛みを
伴う困難な行動だ。それでは、誰が未開の荒野へ向かったのか。明らかに財を
なしていなかった者、つまり破産者や貧民。有能ではあるが、あまりにも衝動的
で日常の仕事に耐え切れなかった者。飲んだくれ、ギャンブラー、女たらしなど
の欲望の奴隷。逃亡者や元囚人など世間から見放された者。そして、このほかに
冒険を求める少数の若者や中年が含まれる。おそらく現在、季節労働者や放浪者
に落ちぶれた者と同じタイプの人間が、一昔前は開拓者の大部分を占めていた
のだろう。新しい国への移住はほとんど例外なく、これに妥当する。
 オーストラリア移住の前衛を占めたのは元受刑者だったし、シベリアに定住
したのは流罪者や囚人だった。アメリカで初期と後期の移住者は失敗者や逃亡者、
重犯罪人だったし、宗教的情熱に突き動かされた開拓者だけが例外である。
ともかく、この放浪者と開拓者の親縁性の発見は、私の心を強く捉えた。
それから何年もの間この発見、表面的には放浪者にも開拓者にも関係ない考察と
絡みあい続け、それまで関心を抱くことがなかったテーマについて考えるよう、
私を導いたのである。そして、人間の独自性とは何かという根本的な問題に
突き当たったのだ。
 人間という種においては、他の生物とは対称的に、弱者が生き残るだけでなく、
時として強者に勝利する。「神は、力あるものを辱めるために、この世の弱きもの
を選ばれたり」という聖パウロの尊大な言葉には、さめたリアリズムが存在する。
弱者に固有の自己嫌悪は、通常の生存競争よりも遥かに強いエネルギーを放出する。
明らかに、弱者の中に生じる激しさは、彼らに、いわば特別の適応を見出させる。
弱者の影響力に腐敗や大敗をもたらす害悪しか見ないニーチェD・H・ローレンス
のような人たちは、重要な点を見過ごしている。 弱者が演じる特別な役割こそが、
人類に独自性を与えているのだ。われわれは人間の運命を形作るうえで弱者が
支配的な役割を果たしているという事実を、自然的本能や生存に不可欠な衝動
からの逸脱としてではなく、むしろ人間が自然から離れ、それを超えていく
出発点、つまり退廃ではなく、創造の新秩序の発生として見なければならない。≫
▼ 弱者の立場から、その役割の重要性を看破している。「特別の適応」を
 弱者は見出していく。弱者の自己嫌悪は、通常の生存競争より遥かに強い
エネルギーを放出する。それは、挫折をした節目で、内に向かって出てくる
それである。それが強者に勝利する原動力になる。適応しないことも時に重要
になる。ただし、目的が、そこに有るかどうかが、孤高と弧底?の境目になる。

・・・・・・
5957,洗って使える 泥名言 ~2
2017年07月07日(金)
            <『洗えば使える 泥名言』西原理恵子 (著) >
   * 鉄マン ―性のアスリート 
  何のことやら?の、深く、かつ面白い下ネタが次々とつづく。  
★ <金ちゃんね、夜5回、朝2回なの。これは恋だと思うの> 
 まあ、驚きというか。その下りが… 
《 猛者といえば岩下志麻子ちゃん。彼氏と夜5回。朝2回ぐらいやらないと
 恋じゃないという。普通の日本人のやり方じゃあ単なる御あいさつなんです。
本当に‘鉄マン’だなと思う。もはやアスリート。
 志麻子ちゃんが常々言っているのが、
「私が悪いのではなくてマンコが悪いの」
「私にマンコが付いているのではなく、マンコに私がついているの」
すごいのは、租チンには当たったことがないっていう。… で、巨根の人
だけアソコが赤く光るとかね。そういう人だけを食べているの。だから、
志麻子ちゃんに素通りされたら、男として残念なことになります。まあ、
逆にロックオンされたら困りますけど。》
★ <歴代の女が泣いてわめいて角取ってくれた中古の男がちょうどええ。>
★ <一人3ちんぽ>
 「チンポマエストロ」と呼ばれている知り合いの不倫道の先生の教えで、
「不倫するなら一人3チンポぐらい持っておけ」と。一本に固執するから、
 さまざまなトラブルや事故が起きる。「あの人と連絡がとれない」とキーッ
 とならないために「じゃあ、こっち」「そっちがダメならこっち」と。
 いきなり日曜日に相手の家に「来ちゃった」とかならないように。
 3本を上手くまわしましょう。
 「そもそも向こうが奥さんと二股をかけているんだから、こっちも二股を」
 という「チンポフェアトレード論」を前から主張しているですけど。だから、
 不倫道としては3本まで。あまり多いと、色いろ支障が出てくる。毛利元就
 の3本の矢じゃないけど、3本のチンポの教えとして心に刻んでおいて下さい。
★ <こんな気持ちのいいことでもお金をもられるなんて夢みたい>
 以前、タイで会った若い買春婦の子の言っていたから、色んな人がいる。

▼ 鉄マンから見えてくる人生がある。男と女では、あまりに格差がある。
 男社会は、下スキャンダルに厳し過ぎる感がある。 で、晩年?、
「やっときゃよかった話」になる。

 

閑話小題 ~『昔は良かった!』を繰返すバカ

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        <「バカの研究」 ジャン・フランソワ・マルミオン著>
   * 放置されていた老人バカ
 親戚の『法事』がほぼ無くなってしまったが、法事で愚痴と、仲間内の
悪口と、社会、政治の批判、そして行き着くところが…「昔は良かった!」を
連発する従姉の亭主が存在していた。この数年、亡くなった話は聞いてないから、
その家系が絶えていないのだろう。 が、あれでは… コロナ禍を切っ掛けに、
世間を代表する法事そのものが激減していくのだろうに… 
 昔の出来事の嫌な部分は時間と供に消え失せる事が多いため、生き残った古老
は、「昔は良かった!」と言いつつ消え去っていく。 悪口、嫌味の多くは人間的
要素であるため、声高々に語れないこともある。老化する度に保守的、否定的に
陥り、腰が曲るなど無様に変形してく。老兵は静かに消えていくのが社会のため。
<元もとバカがいたのではない。経験と、未経験とともに更にバカになる。>
のが実感。 で、こんなバカなことを書いている。<他人様には、それが簡単に
把握できるが… 自分では、自尊心もあり、なかなか捉え難い>も然り。
 ――
 ▼ この書をネット検索すると、妙に納得する文章があった!
≪ 本書の主旋律は、おそらく2つです。
・1つは、知的な人ほどバカの罠におちいりやすい。
なぜなら、バカとは「傾向」や「バイアス」が極端に誇張されている状態だから。
補足するなら、ある臨界点を超えていない知性は危ういということと理解した。
つまり、ソクラテスの「無知の知」のように、人の知性に完璧なことなどあり
えないのだから永遠に追求しなけらばならないという謙虚さを持たず、自分の
知性は必ず正しいのだという思い込みこそがバカだということ。テリトリーが
500mバカである。
・もう1つは、「バカと天才は紙一重」です。
誰かの言動を見聞きして、バカじゃないか?と思うのは、世間一般で理解されて
いる常識を超えているからであり、そんな「バカ」な行動こそが、独創的で
クリエイティブな天才のそれと重なるところが多いということです。
この点についてのスティーブ・ジョブズの次の言葉が印象的な本でした。
「世界を変えられると考えるほどのバカだけが、本当に世界を変えられる」 ≫
 ――
♦ ステイホームで、寝室の大型TVの前でYouTubeなどをみて、笑い、納得して
 いる 自分を冷ややかに感じながら毎日を過ごす日々に充実感があるため、
家内の罵倒に辛うじて耐えている。 …昨日の午後のこと…
一時間ほど、エアロに参加し、帰ろうと下足箱の前で、キーが見当たらない。
運動着の上から着たズボンを脱ぐわけにもいかず、他人が居ないのを確かめつつ、
ベルトを緩めていると、悪いことにオバサンが近くに来て、私の姿の緩さに独り
笑いだした。その姿は痴呆老人そのもの!…家内の生活習慣は昔のまま晴天雨読。
雨が降ると、セッセと家事に勤しみ。天気になると、200m先のスーパー、運動ジム
か、誰かとランチ。 今の梅雨時は、外の出れない鬱憤の攻撃対象にあい成るため、
寝室に篭るしかないが… これが、これでYouTubeが、面白くて、それなりの時間
を過ごせる。で、下足箱前の自分の姿のようなユルキャラの無様な痴呆老人その
ものに… 部屋からの卑猥な笑い声に家内が心配をして… 
<本当にバカになるよ!>と…マイナスの連鎖になる。20年間、一日二時間、
 書きだめをした文章の海の中の安らぎは何とも味わいがある。>

・・・・・・
7053,読書日記 ~平均思考は捨てなさい
2020年07月06日(月)
     <平均思考は捨てなさい─出る杭を伸ばす個の科学 トッドローズ>
   * コロナ禍を機会に!
 世界中が戸惑っているのがTV、PC画面を通して伝わってくる。自分は違うと
私も思っていたが、その最たる者だろう。目安が目標になる弊害の典型。
日本は階層化圧に対するつよい心理的抵抗が存在する。平準化圧である。
「全部ならして平らにしよう」とする圧力が、国民のDNAには存在する。
島国の特徴で群れの特質でもある。そこに、このグローバルのコロナ禍。
人生をノンビリと生きるには、それもいいが、味わいつくすには物足りない。
図書館で見つけて借りてきた本だが、この時節には最適な内容…

  ~Amazonの読者レビューに秀逸な纏めがあった。
≪ 平均思考を捨てる3つの原理を個人的にまとめてみました(80ページより)

「私たちは誰もが他の皆と同じなることを目指す。いや、誰もが "他の皆と
 同じこと" で "皆よりも秀でる" ことだけを目指す」
   1.「バラツキの原理」
→あらゆるものの資質は、複数のものから構成されている。
   2.「コンテクスト(状況)の原理」
→人は特定のコンテクスト(状況)でのみ首尾一貫している。
   3. 「迂回路の原理」
→ゴールまでの最適な経路は個性によって決定される。

著者は、本書の核となる上記3つの原理が、平均思考から脱却できる方法と述べる。
本書に沿って詳しく見ていくと(先頭の数字は参照ページです)
   1.「バラツキの原理」とは?
110 平均的なパイロット用に設計されたコックピットにフィットしたパイロットは、
 一人もいなかった。
→身体的な特徴には、バラツキがある。(相関係数0.43以下)
119 IQテストのような一次元的な評価で知性を図ることは確実に誤解を招く。
→IQテストの数値が100でも、要素ごとの才能はバラツキがある。
 (ex. 語彙、知識、計算、推量…)
124 学歴、功績、母校での評判は将来の予測の役に立たない。
→仕事ができる人物に共通する単一の特徴など存在しない。
   2.「コンテクストの(状況)の原理」とは?
133 個人の行動の予測に、人格的特性は実際のところ役に立たない。
→人格的特性により決定される行動は全体のわずか9%

136 気質(ex. 内向的or外向的)によって行動が決まるのではなく、
  状況で行動は決まる。
→人間には本質的な特性など存在しない。ある場面において内向的、
  別の場面では外向的に振る舞う。
144 正直さもコンテクスト(状況)に左右される。
→テストの自己採点を行った生徒たちの道徳心には一貫性がなかった。

148 自制心(自己コントロール能力)もコンテクスト(状況)に左右される。
→直前に信頼できない大人と接した子供は、自制心が著しく低下した。

   3.「迂回路の原理」とは?
165 癌の成長経路を平均した"標準的なモデル"通りの経路を辿ったのは、
  全体のわずか7%
→同じゴールにたどり着くにも、大多数が複数の経路を辿る。
  ("標準的なモデル"は役に立たない)

170 学習するペースに柔軟性を持たせるだけで成績は向上する。
→マイペースで学習した生徒の90%は成績優秀者として評価された。
  (同時進行で20%)

177 人生のあるゆる面において能力は順序正しく発達するわけではない。
→能力の欠如ではなく、道順の誤りであることに気づける。

以上の他にも
・平均思考が定着した歴史的な背景とは?
・一流企業(Googleマイクロソフト、etc…)の人材採用の特徴とは?
・個性を最大限に活かすための新しい教育モデルとは?
科学的な視点から考察されているので、非常に読みやすかったです。≫
 ―
▼ 1万年にわたってつくり上げてきた群れを極力、排除するのが細菌との
 戦いで優先されると今さらいわれても… これは、5年間でなくて、数十年に
わたる人間の本質に関わる問題。それは大きい変化を伴う。私が住むのは城下町。
長年かけた平準化は、正否半々。

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6686,読書日記 ~哲学の女神との空想上の対談 ―3
2019年07月06日(土)
                  『哲学の慰め』ポエティウス著
  ★ さらに「哲学の女神」の言葉を…
    ~ 真の幸福は、外でなく内なる心の状態である ~

≪ ◉ 人間は愚かにもウツロイやすいものに幸福を求めてしまう。
 だが、真の幸福は内にある。自らコントロールできるし、不運だといって
壊れない。ストア派と同じ考え。今日、起こった不運を達観することによって、
自らどうにもならないものに影響されないことだ。 
 幸福とは世界ではなく、心の状態である。エピクロスはこれを悟ったのである。
女神は、もう一度、自分の方に、ポエティウスを自分の方に向けたかったのだ。 
富や権力や名誉は来ても去っていくので価値はない。そのようなものに幸福の寄り
どこらにしてはならない。幸福とはもっと堅固で、奪われることのないものから、
生れなければならない。 ポエティウスは死後の生を信じているのだから、現世
のつまらないことに幸福を求めることは間違っていると。
いずれ、死により全てを失うから。
◉ それでは、ポエティウスは、どこに真の幸福を求めるべきか。
 天使の女神の答えは、「神あるいは善」ということになる。
女神のいう神とは、プラトンが提唱する善のイディアだろう。
 女神はポエティウスが知っていたことを思いださせようとする。
これもプラトンの考え方である。プラトンは、学問とは、すでに持っている
考えを思い起こすことと努力することだと。ポエテゥウスがある程度知って
いるのは、自由や世間の称賛を失うのを怖れる必要が無いということ。
こうしたことは、ほとんどコントロールできない。大事なことは状況をどう
考えるかであり、それを選ぶことができるのだ。 
囚人は神を信じてきた多くの人を悩ませてきた、本質的問題に突き当たる。
神が全知全能なら、これまで起こってきたこと、そして、これから起こることを
知っているはず。それについて女神は…<私たちは前もって知っているものの、
人間が、どう行動するか、何を選択するかによって、あなた達を見極めている
ことを忘れてはいけない!> と。何も、自由意志なのだ。 
◉ 11世紀を生きたイタリアの修道士で、のちのカンタベリー大主教になった
 アムンセルムスが、私たちが神の概念を抱いているという事実が、論理的に
神の存在を証明しているという。 アムンセルムスの『存在論的証明』である。
彼は『プロスギオン』で、<神が「それより偉大なものを考えることができない」
存在であると主張する。言い換えれば、神は想像しうる最も偉大な存在ということだ。
力、善、知においても最も偉大であり、それよりも偉大なものは想像できない。
できるとすれば、それが神なのだろう。神は至上の存在だ。 ≫

 ―
▼ 死刑執行を前にして、心の底の善こそ、最も重要と目覚めることと学ぶ。
 私の実践判断の中で、『可能な限り、後味の悪いことは避ける!』があり、
判断、決断時のフィルターにしてきた。ふり返り、これで多くが救われていた。
それもこれも、「最後の最後は、おのれ独り」といいうことになる。
人生、学び足りなかったことが、あまりに多い! 甘い、いや甘かった!

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6323,閑話小題 ~今年も半期の終了 -5
2018年07月06日(金)
    * ~スイス 名門寄宿学校~ 2 ―『ボー・ソレイユ』
 人生を振返り非常に恵まれていたと思うが、特に学生時代が充実していた。
昭和40年代前半で、ベトナム戦争と、経済成長が急激の右上がりの真っ只中。
現在からみれば時代格差もいいところ。その中で、500坪ほどの早大・事務局長
の庭先に「くの字」の男子学生を中心にした寮生活。「くの字」の真中に炊事場と
洗濯場があり、両側が出入り口とトイレがあった。床は土間で、個室で鍵が付いて
いた。寮生には、秋田、福島、新潟、九州、石川など全国から様々な職業の子弟で、
早大が半数と、その他の大学に通っていた。一年もすると、数人の学生と旧知の
仲のように親しくなって、それぞれの部屋にフリーパスのように、出入りするのが
当然という雰囲気になっていた。そこで知らされたのが、読書の絶対量不足。

 2年生まではクラブと、この寮の学生が交流範囲。しかし、2年後半からは、
3ヶ月に一度の軽井沢の友愛山荘のアルバイトが、加わっていた。軽井沢の山荘で、
私以外の海外旅行の計画話を聞いて、「自分も」と、一大決心をして3年の夏休みに
1ヶ月間の欧州ツアーに参加し、別世界を垣間見た。さらぶ別次元の家柄の子弟とも
親しくなったことと、その因縁で、4年時に、『武澤ゼミ』に参加することになった。
その年次ごとに、アップスケールを着実にしていたことになる。
 それぞれの時期に知り合った友人とは現在も交遊が続いている。様々な世界に触れ、
様々な友人と知り合えたことは、何にも替えがたい経験となった。とりわけ、何人か
の教授との出逢いが大きく人生を左右した。それがあればこそ、11~18歳までの
多感の時節の寄宿舎の内容に、ひたすら、関心してみていた。

 オープンハウスと、シェアハウスを加えて二つに割ったような寮生活(自炊…)
と、クラブ、そしてゼミは、それぞれの共同体そのものが、共同意識として、
良い意味で自分を支配し、レベルアップさせる働きしていたようだ。
 学生時代に大きく培われるのが、『自主性』と、新しい世界への『挑戦』と、
『平等』と、『変化』への果敢な精神。新たな経験と知識を、夜を徹して酒を飲み
かわし、語り合う。そこで、自分と、この私の世界の小ささの認識をすることに。
そして、外に平がる膨大の世界への直感。スイスの山麓で、ベストの仲間たちと、
先生と、ベストな食事などの環境下での8年の寄宿生活。この効果は無菌なるが
故に絶大になるのだろう。

 進級する度に、一つずつ世界が広がっていった学生時代。『ボー・ソレイユ』
にも、世界各地の秘境ツアーが紹介されていた。この年齢で、世界各地の絶景が
もたらす精神の効果は絶大のはず。現在、アフリカ、中近東からの難民が地中海
の波間を彷徨っている。あまりにも世界は、格差が大きく開いていく。
王侯・貴族の世界を知っておくのも、悪くないという話の一節! それぞれの
背中のリュックには、多くの行蔵が入っている。あの静かなスイスの寄宿生活
には、はち切れんばかりのエネルギーが迸り出ていた。
    
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5591,私の人生で出あった大断層は
2016年07月06日(水)
   * 私の人生で出あった大断層とは
 日本の断層といえば、戦国時代、明治維新、太平洋戦争の敗戦、そして、
バブルとバブル崩壊による日米経済戦争の敗戦である。敗戦直後に生まれた
私にとっての最大の断層は、ソ連・東欧の崩壊と時を同じくしたバブル崩壊
 アメリカによる日本潰しだったバブル崩壊について、あまり語られないが、
太平洋戦争敗戦に比する経済敗戦。あれ以来、大規模な金融再編、大型スーパー
や百貨店の倒産、西武鉄道グループの銀行管理などが連鎖して起こった。
 その結果、資産デフレが、10年、20年かけて、じわじわと日本経済の体力を
奪っていた。2001年の9・11テロ、2008年のリーマンショック、2011年の3・11
大震災が、更に加わった。そうこう考えると、地方の一中小は、他動的な、
思いもよらない大波に飲まれたら一瞬に消え去るしかない。 私の事業も、
バブルとバブル崩壊の結果、デフレの大波に飲みこまれたことになる。
 バブル崩壊以前の大波といえば、
・大学卒業から2年半後の1971年8月に、ニクソン大統領の発表した、
ドルの金との交換 停止によってドルの価値が急落したドルショック。
・次にオイル・ショックで、1973年(第1次)と1979年(第2次)に 始まった
(ピークは1980年)、原油の供給逼迫および原油価格高騰と、それによる
世界の経済混乱である。
・そして、極めつけは、アメリカの謀略の1985年のプラザ合意がある。
プラザ合意については、バブル崩壊後にさまざまな議論がなされたが、
バブル景気とその後の失われた20年(長期の経済低迷)の起点という
見解がある。
そうこう考えると、私の人生も、世界の政治経済の潮流に漂っていただけ。
もう一つ、1995年のウィンドウズ95の発売と、普及。そして、最近の
スマートフォンタブレットの普及である。ネット社会が、何時の間にか、
現実社会を覆ってしまった。その結果、頭と足が腐ってきた。

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5226,「エリック・ホッファー自伝」 ~④
2015年07月06日(月)
            「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳
    * 運命の出会いと別れ
 ホッファーの放浪者としてのベースは、『旧約聖書』との出あいである。
それを引き合せてくれた運命的邂逅の相手が、雇い主のユダヤ人であった。
ユダヤ人の神は他の神とは違い、怠惰な貴族でなく、働き者の職長である。>
のとおり、ホッファーも放浪労働者として、真理を追究していく道を選んだ。
 ~その辺りから~
≪・ドイツ系移民の子としてニューヨークで生まれたエリック・ホッファーは、
 7歳で母を亡くし同時に失明。15歳で突然視力が回復すると、また視力を失う
 怖さから本を貪り読むようになる。18歳で父を亡くし天涯孤独の身になると、
 さまざまな労働に従事するかたわら公立図書館を利用して読書に没頭する。
 家系はみな短命で、50歳以上生きた者が誰もいなかった。自分の命も40年
 だと疑う事なく信じていたホッファーが40歳までの"半生"を綴っている。
・ローズベルトが大統領になる前のアメリカは、自己憐憫とはまったく
 無縁だった。言葉を交わした人間の誰一人として、自分の不孝を他人の
 せいにする者はいなかった。
・雇い主のシャピーロとの会話は本の話題が中心で、彼は私が何を読んでいる
 のか知りたがった。彼は大学を卒業しており、死んだ叔父が倉庫を残さな
 かったら、学者の道に進んでいたらしい。つまり、大学教授になる代わりに、
 やり手のくず鉄屋になったのだ。私は贈罪日に倉庫を閉めたのを見て、
 初めてシャピーロがユダヤ人であることに気づいた。それからユダヤ人に
 関する本を読み始め、シャピーロが私に関心を示したのは、彼がユダヤ人で
 あるからだと確信するようになった。ユダヤ人は特別な民族である。
 彼らは神を見つけ出し、その数に比して歴史的に大きな役割を担ってきた。
 <ユダヤ人の神は他の神とは違い、怠惰な貴族でなく、働き者の職長である>
 そうした神を崇拝し模倣した西洋においてのみ、機械時代が訪れた。
 中国人と日本人はその発明の才と技術習得力にもかかわらず、機械時代を
 招き寄せられず、西洋から受容しなければならなかったのだ。
 この考えにシャピーロは喜び、ぜひそのことを書いてみるべきだと言った。
・古代の始まりからユダヤ人は、人間の顔に表れる象形文字を判読する能力に
 秀でていた。人間が何をしようと何を考えようと、それは顔に刻み込まれる。
・新たな好奇心が私を旧約聖書へと導いていた。ちょうど筋肉がついてきたという
 意識が、青年をウェイト・リフティングやレスリングへと駆り立てるように、
 精神が成熟してきたという意識が、私を未知の新たな仕事へと向かわせた。
・貧困者に対して非情になるなという訓戒が、争いごとにおいて
 貧者の肩をもつなという冷めた諫言と並存している。
・この世の現実に執着するあまり、古代ユダヤ人は来世のことを考えなかった。
 彼らにとって最高の報酬とは、自分の寿命を延ばしてもらうことである。
・真実を構想して未知のものを思い描き、物語を語る能力は、未知のものを
 探るうえで必要不可欠な才能だ。≫
▼ 放浪労働者から解放される機会が多くあったが、敢えて、その道を
 選ばなかったのは、40歳までしか生きられないという思い込みがあった
ことと、旧約聖書の影響である。しかし、放浪労働者は違っていた。
ただ社会的不適応者でしかなかったが、彼らの群れには魅力が隠されていた。

・・・・・・
4120, オニババと、粗大ゴミ
2012年07月06日(金)
 * 女の変容    「老後に後悔しない10の備え」三浦朱門
 流石に20歳年上の書いた老いについての話は参考になる。奥さんが
曽野綾子なら旦那に対しても厳しいはず。特に「男から見る女性の、対男性
の態度に四つの時期」が面白い。女性は更年期を過ぎる頃から第四期の
オニババ化が始まる。  ーその辺りを抜粋するー
≪ 男から見ると、女の対男性の態度に四つの時期がある。
・ 最初は男を敵視し、警戒し、ことさらに無関心を装う思春期。
・それから特定の男あるいは男たちには打ち解けて、彼のことに心遣いを示し、
 男としては、うん、この女は優しくて、オレの世話を何くれとなく見てくれる、
 と思わせる。これを青春期とする。これは結婚しても数年は続く。
・第三期はオバサン期である。オバサンは家庭の主として独裁権を振るう。
 それに従わない者は、子供であろうと亭主であろうと容赦しない。
 彼女の独裁権が及ばないのは、舅と姑だから、彼らへの鬱憤は専ら、
 亭主にむけられる。舅、姑は亭主の親だからである。
・第四期がオニババだが、こうなると、彼女は世を呪い、人を恨み、身のまわり
 のあらゆる物が、自分の意図と違う状況にあると、すざまじい勢いで叱り
 つける、そのくせ、自分は何もしない。人に指図してやらせるだけである。
 この場合の指図される相手は、多くの場合い、亭主しかいないから、オニババ
 の夫としては、少なくとも肉体的には健康であることが望ましい。 ≫
▼ 数ヶ月前に、色いろあって自宅の名義が家内に変わった。
 予測はしていたが、急に態度がオーナー然として、私は宿六扱い。
ペットに餌をやっていたのを見て、「居候が居候に餌をやっている」だと。
オニババ化の一場面である。この数年で、団塊世代が大量に定年を向かえ
家の滞在時間が多くなった。現在、日本中がオニババと団塊粗大ゴミが
イガミアッテいる。私など平均4時間は外出。ちらほら愚痴が聞こえてきて
いるが、当人にとっては切実の問題。以前読んだ、あるエッセーにあったが、 
定年になった時に、「食事以外は外出するか、自室以外に出ないよう」
妻に言い渡されたという。まあ、現在の私も似たようなもの。
家が大きいので、まだ助かっている・・ 更年期を過ぎ、身体が老化を
始めると過去の思い出が大きな比重を占めてくる。人間の記憶の大部分が
マイナーで占められている。記憶は主語が消えてしまうので、そのマイナー
を身近の人に見ることになる。その槍玉が連れ合いになり、オニババ化が
進んでいき最悪、熟年離婚になる。せっかく、会社の嫌な上司から
解放された挙句に、である。